コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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~ 紅と蒼の別離(後編)~

 目覚めたライの視界にあったのは、見慣れた天井だった。

 ライは、自室の天井に似ているなと思いつつ、首だけを動かして辺りを見渡す。

 すると、壁の色彩や机等の調度品、果てにはカレンとお揃いの色違いのマグカップが棚に在るのを見て本当に自室だと気付く。

 しかし、その事がライの思考を余計に混乱させた。全部夢だったのか、と。

 彼は体を起こして窓の外を見やる。

 外には夜の帳が落ちていた。

 しかし、その空は燃えるように赤く、遠く租界の建造物の間からは時折鋭い閃光が走る。

 そして、その光に呼応するかのように低く鈍い音が窓ガラスを揺らす。

 それは戦いの音だった。

 事態を察したライは慌ててベッドから飛び降る。

 そうして部屋を出たところで、すぐ近くを血相を変えて慌ただしく走り去ろうとしている女性団員の姿を認めると呼び止めた。

 

 「何があったんです!? 状況は!?」

 「あぁっ!! 戦闘隊長!!……実は……」

 

 両肩を掴み、喫緊の状況説明を求めるライに対して、団員は悲痛な面持ちで語る。

 副指令が撃たれた事。ゼロの突然の戦線離脱。仲間の相次ぐ戦死。

 次々と知らされる凶報に、ライはただただ唖然とするばかり。

 すると目の前の団員は耐え切れなくなったのか、遂には泣き崩れる。

 そんな彼女を見てそのままにしておくのは躊躇したが、事態は一刻を争うと判断したライは、彼女から扇の居場所を聞くと――。

 

 「貴方は、今の自分がやれる事をして下さい」

 

 そう言い残すと、全速力で扇の元に駆け出した。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

 ~ 前日譚 紅と蒼の別離(後編)~

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 やがてライが扇の元に着いた時には、全ては終焉へ向けて走り出していた。

 彼は移動式のベッドに横になり、他の隊員からの治療を受けつつ誰かと連絡を取っていた。

 側まで走りよったライは、肩で息をしながら問う。

 

 「扇さん、一体誰に? 通信相手はゼロですか?」

 

 すると、扇は苦痛で顔を歪ませながら、目線で通信機を持っていた隊員を見やり、ライに手渡すように促した。

 

 『もしもし? 扇さん!?』

 

 受け取ったライの耳元に響いたのは彼女の声。

 

 「カレン?」

 『えっ!?』

 

 突如として相手が変わった事に驚いたカレンだったが、直ぐに声の主を理解すると申し訳なさそうに一言、ごめんなさい、と謝った。

 彼女の謝罪に対して、ライは、気にしていない、と宥める様に言った後、ゼロの居場所を問い質すも

 

 『分からない。急に戦線を離脱するって。でも探そうにも何処を探したら……』

 

 彼女は、悲しみを湛えたような声色で弱音を吐く。

 それを聞いて、確かにこの混戦の中見つけるのは至難の業だと思ったライも言葉に詰まる。

 その時、不意に扇が空を指さした。

 追うライの視線の先には、租界から離れる様に飛び去って行くランスロットの姿が。

 

 「あいつに……発信機を……な」

 

 扇の痛みに耐えながらなんとか発した言葉を拾ったライは、瞬時に理解すると通信機に向かって大声で叫んだ。

 

 「カレン!! 東の方角だ! そこからランスロットが見えるか!?」

 『っ!?……見えるけど……』

 

 突然のライの大声に驚きながらも、彼女もまた空を見つめ飛び去って行くランスロットを捉える。

 無線機からライの声が響く。

 

 『スザクを追え! 彼がこんな時に戦域を離れる理由なんて一つしか無い。僕の分までゼロを護ってくれ!』

 ライの言葉を聞いたカレンの瞳に力が宿る。

 

 「分かったわ!」

 

 そうして、補給部隊に対して接収済みの空輸機を回すよう命じたカレン。

 最後に、二人は互いに万感の思いを言葉に込め合う。

 

 『行ってくるわ』

 「あぁ、気を付けて」

 『あなたも、ね』

 

 ライは、唇を噛みしめると名残惜しそうに通信を切った。

 それは、カレンと共に行けない事への苛立ちか、それとも又してもゼロを護れない自分への不甲斐なさか、あるいはその両方か……。

 しかし、これが不幸にも最後の会話となるとは、この時の二人はまだ知る由もなかった。

 すぐ側で二人のやり取り、その一部始終を聞いていた扇は認めて良かった、と撃たれた事による痛みも忘れて瞳を閉じると、純粋にそう思った。

 しかし、そこである種の違和感に気付く。

 そして再び瞳を開いた時、自分の目に飛び込んできたライの表情を認めた瞬間、それが杞憂では無いと悟る。

 蒼い瞳は、ある種の思いを抱いている事を雄弁に物語っていたのだから。

 扇は止めようと手を伸ばすが、再び襲う痛みが今度こそ彼の言葉を遮ってしまう。

 

 「これ、お借りします。他の皆さんは、扇さんを……副司令をよろしくお願いします」

 

 ライは通信機を手に扇を治療している隊員にそう頼むと、踵を返しその場から立ち去って行く。

 その後ろ姿は頼もしくもあったが、どこか寂しそうで、それを見た隊員達は、妙な胸騒ぎを抱いたまま彼を見送った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 戦況は悪化の一途を辿っていた。

 ライは直ぐさま部隊の状況把握に勤めようと、コンソールパネルに指を走らせる。

 だが、浮かび上がった状況は散々たるもの。

 先程聞いた隊員の話より遥かに悪い。

 今でも戦線を維持出来ているのは、指揮官が藤堂だからだろう。

 ライがこれから取るべき手段を必死に模索していると、突如短い電子音が鳴り仲間の悲報を告げた。

 そこに表示されたのは一人の女性の名前。

 

 ――井上さんまでっ!!

 

 ライは、あの日優しくカレンを抱きしめ頭を撫でていた井上の事を思い出すと、思わず拳を作りパネルを殴りつけた。

 鈍い音が辺りに響く。

 他の隊員も驚いた様子でライを見やるが、今の彼に声を掛ける事が出来るような勇気のある者は、この場所には誰一人として居なかった。

 もし居たのなら、未来は変わっていたのかもしれない。しかし、そうはならなかった。

 ライの胸中で青白い炎が音も無く燃え上がる。

 それは嘗て彼が持ち、記憶を失う事でずっと忘れていた感覚。

 思い出した今となっても、それまでの記憶が何とか封じてきたが、カレンにとって姉とも言える女性が死んだ瞬間を目の当たりにした事で、とうとうタガが外れた。

 ライは天を仰ぎ見ると自問自答する。

 

 ――何故、僕はこんなにも無力なんだ!?……そうか、そうなんだな? まだ……まだ足らないのか。なら……。

 

 それは願ってはいけない事。だが、ライは胸中で叫んでしまった。

 

 ――寄越せ! 力をっ!!

 

 ルルーシュのギアスは王の瞳。その瞳を見る者は(ことごと)く心奪われる。

 では、ライのギアスは?

 彼のギアスは王の声。その声を聞く者も又、悉く心奪われる。

 ライが願ったその瞬間、彼の右目にも紅い鳥が浮かび上がった。

 鈍い痛みを感じたライは、ふと契約者の言葉を喚び起こす。

 

 ――これ以上は望まない方がいい。望めば運命に飲み込まれるよ? 以前の僕にとって、それはとても喜ばしい事だったんだけどね。でも、いつの間にか僕はその時は来て欲しくないと思うようになっちゃったんだ。我侭を言ってごめんね。これは僕が出来る精一杯の償い。だから……おやすみ。

 

 忠告も聞かずに、また力を望んでしまった事に対してライは自嘲気味に笑った。

 

 ――結局、これが僕の本質なんだろうな。次は右目か。僕は左目で一度全てを失った。次はここに居る皆か? 大切な皆を傷つけ続ける事が僕の存在理由なのか? させない……もうさせない! 見ていろ!!

 

 今、ライの決意は固まった。

 彼は通信機を片手に矢継ぎ早に指示を出す。それが終わると周囲に向かって声を張り上げた。

 

 「全団員は速やかに撤収作業を開始しろ! 完了後、ポイントT3で残存部隊と合流。その後、ルート8を通り脱出。負傷者を見捨てるな!」

 

 周りに居た隊員に対してそう命じると、振り返る事無く歩き出し、次の瞬間には全力で駆け出してた。  

 自分の月下の場所を知っていそうな人物の元へ。

 背後から無数に発せられる、了解、との声を背に受けながら。

 

 ――だが、彼は知らない。契約者の忠告、その本当の意味を。そして、彼の右目にもギアスが発現したその時、世界のどこかで歯車が動き出す音が鳴った事を――

 

 学園内を駆け回るライは、程なくして目的の人物を見つけた。

 

 「ラクシャータさん!」

 「あらぁ。思った以上に早く起きたみたいね。成る程、参考になったわ」

 

 彼女は、口元を僅かにニヤつかせた後、手に持ったキセルを咥えた。

 

 ――ラクシャータさんが準備した薬だったのか。

 

 その事実に対して、以前のライなら実験台にしないで下さい、とでも言っただろうが、今の彼は寧ろ今までお世話になった事に対する感謝の念しか浮かばず、つい口元が緩んでしまった。

 それを見て、いつもの様子と違う事を不審に思ったラクシャータが訝しむ。

 

 「なぁに? ニヤニヤして。気持ち悪いわぁ」

 

 辛辣な言葉ではあったが、それは彼女の本心ではない。

 その事を理解していたライもさして気にした素振りを見せない。

 

 「僕の月下の事なんですが――」

 「何? 残念だけど、坊やは乗せるなってゼロからキツく言われててさぁ」

 「何処に置いてあるか答えろ」

 

 ライは迷うことなく命じた。

 これで近くになければ彼の計画は頓挫しかねないところだったが、ライには確信があった。

 ラクシャータはナイトメアを自分の子供のように大切に扱っていた。この非常時に遠くに置いて来るなど有り得ない。絶対に近くに持って来ている筈だ、と。

 そして、それは当たりだった。

 

 「いいわよぉ。場所は――」

 

 そう言うとラクシャータはライの愛機の待機場所を教えた。そこは幸い、今の場所からはそれほど離れていなかった。

 ここからなら走って5分もあれば着ける。彼女が元に戻るまでの間、ライは頭の中で学園の地図を広げると最短距離を導き出す。

 

 「あらぁ? 坊や?」

 

 意識が戻ったラクシャータは、ライが目の前に居る事に驚いたらしく、珍しい声を上げる。

 それを聞いたライは再び心の中で感謝する。

 

 「先程、ディートハルトさんに連絡しました。この地区はまだ騎士団の制圧下ですから、今のうちに彼と一緒に神楽耶様の所へ。その後は彼に従って下さい」

 「……………………」

 

 無言を貫くラクシャータ。

 何かがあった。

 しかしそれが何だったのかは未だに掴みきれていない様子で考え込んでいる彼女を余所に、ライは軽く頭を下げたあと、再び走り出す。自らの愛機の元へ。

 

 「ちょっとっ!」

 

 慌てて引き止めようとしたラクシャータだったが、ライは振り返る事無く走り去って行った。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 学園地区の外れにあるトレーラーまで辿り着くと、ライはそこで片膝を付きながら主の帰還を待ち続けている蒼い月下を見つけた。

 急いで乗り込むと、今もなお前線で戦っている部隊に通信を送る。

 

 『黒の騎士団総員に告ぐ!!』

 

 通信機から聞こえてきた声に、藤堂は一瞬ゼロが戻ってきたのかと思ったが、すぐに彼の声だと気付いた。

 

 「ライ君か!?」

 『これより撤退戦に入ります!』

 

 一瞬、何を言い出すのかと思った藤堂であったが、直に考え直す。彼でさえも勝てないと踏んだのか、と。

 政庁の想像以上の防衛力と、親衛隊を率いるギルフォードとグラストンナイツの火力に押され、前線を死守する事に忙殺されていた藤堂は、いつの間にか引くべき時を見失っていた。

 いや、それだけならまだどうにかなっただろう。ゼロの不在。それが今の彼らには何よりも大きかった。

 

 「卜部さん、ポイントT3に向かって下さい。今、そちらに数十名向かってます。合流したら、彼らを率いて撤退を!!」

 

 唯一激戦区から外れた場所に居る卜部に対してライが頼むと、卜部の返信は早かった。

 

 『今何処に居る? レーダーに映ってないが?』

 

 ライは先程扇から拝借した通信機を使っていた。加えて、月下はまだ起動準備も完了していない。

 レーダーに映らなくて当然の状態だったのだが。

 

 「……先程被弾した影響かもしれません。……早く撤退を!!」

 

 そう言って嘘を吐いた。が、不思議と彼の心は痛まなかった。

 

 『君も来い!!』

 

 それは甘い誘惑だった。恐らく、今までの彼ならそうしただろう。

 しかし、ライは再び嘘を吐く。

 

 「……既に囲まれてます。脱出は……難しいです」

 『紅月の事はどうするつもりだっ!?』

 

 だが、その名前を聞いた時、ライの心は張り裂けんばかりの痛みに襲われた。

 思わず、隠し続けた本音を吐露してしまいそうになる。

 しかし、ライのギアスは再び暴走した。血塗れの母と妹。そこにカレンや、多くの仲間の姿が重なる。

 だからこそ、彼は決して言う訳にはいかなかった。

 

 「お願いが……あります。彼女に、カレンに愛していると伝えて下さい。それとゼロに、共に歩めなくてすまない、と」

 『お前まさか――』

 「カレンは、きっとゼロを連れて来てくれます。彼女なら、やってくれます!!」

 

 卜部の言葉を遮ると、ライはそう力強く言い切った。

 沈黙。

 ライの独白は残存する全部隊に向けられている。

 しかし、誰も何も言う事が出来ない。ライの決意の固さ。その言葉から溢れ出た明確な意思に圧倒されていたのだから。

 そして、最後にライは自らその静寂を終わらせる。

 

 「以上、黒の騎士団戦闘隊長兼作戦補佐、皇ライ。通信終了!!」

 『待っ――』

 

 ライは慌てて止めようとした卜部の言葉を無視すると、通信機を叩き壊した。

 スピーカーからは何かをぶつける様な激しい音が聞こえ、その音に我に返った朝比奈が叫ぶ。

 

 『藤堂さん!! 救出を!!』

 

 すかさず千葉や仙波がそれに同調するも、藤堂は小さく首を横に振る。

 

 「卜部、聞いていたな?」

 『……はい』

 「お前は彼を信じてポイントへ向かえ」

 『しかしっ!!』

 

 抗議を口にしようとする卜部。しかし、上官でもあり彼自身も崇拝する藤堂の命令である。逆らう事など出来る筈が無かった。

 

 『承知しました。ですが、中佐は?』

 「ここが抜かれては後方部隊までやられる。それに、あんな言葉を聞かされるとな。こちらも最後までみっともなく足掻いてみるとしようか」

 

 藤堂は、嘗てゼロに言われた言葉を用いると不敵な笑みを浮かべた。

 

 『……ご武運を』

 その決意を聞いた卜部は、悔しそうな声を滲ませながら通信を切った。

 

 『お供しますよ、藤堂さんが居る所が俺の場所ですから』

 『私もです、中佐』

 『同じく』

 

 残りの四聖剣は、あくまでも藤堂に付いて行く事を宣言した。そもそも彼らは直ぐ側で付き従っているのだ。

 覚悟を決めた部下にまで撤退を命じるのは、寧ろ無粋以外の何物でもない事を藤堂は理解していた。

 

 「済まない。……では、行くぞ!!」

 『『『承知!!』』』

 

 そして藤堂は、一気に攻勢に出るブリタニア軍をその鋭い眼光で睨みつけると、真っ向から受けて立った。

 それは軍人としての最後の意地でもあり、ライの覚悟に対する敬意の現れでもあった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 同時刻、神根島。

 ここでは、一足早く一つの戦いに決着が着こうとしていた。

 

 「近付くな!! こいつはルルーシュだ!! 君や日本人を、それにライまで利用した男だっ!」

 

 そう言いながらスザクは、ルルーシュを片手で地面に押さえつけたまま、助けようとしたカレンに対して振り向く事無くもう片方の手に残った銃を向けた。

 その事実に、カレンの身体が強張る。

 銃を向けられた事に、では無い。

 ルルーシュが自分とライを騙し続けていたという事実が、行動を阻害したのだ。が――。

 

 「利用? ライを?」

 

 ルルーシュはそう言うと、馬鹿め、と言わんばかりに軽く笑った。

 

 「何が可笑しい!?」

 「アイツを利用しただと? 違うな、間違ってるぞスザク! アイツは、ゼロである俺を唯一受け入れてくれた男だ!!」

 「なっ!?」

 「えっ!?」

 

 その言葉にスザクの両目が大きく見開かれる。それはカレンも同じ事。

 しかし、その言葉は彼女にとっては更に理解出来ないものだった。

 

 ――ライは知っていた? 何で? どうして?

 

 疑問がカレンの頭の中で渦を描く。

 その事により、ゼロを、ルルーシュを助けなければという思考は完全に停止した。

 無理もない。敬愛する上司が同じ学園のクラスメート。今はその事実を受け止めるだけでも精一杯だったのだから。

 

 「どういう事だ!? 彼にもギアスを使ったのか!!」

 「似てるんだよ、俺とあいつは」

 

 鬼のような形相で問い詰めるスザクに対して、しかし、ルルーシュはそんな彼の言葉をあざ笑う。

 

 「だが、残念だ。出来る事ならスザク。お前も一緒に来て欲しかった。俺とお前とライ。3人が力を合わせれば出来ない事なんて――」

 「ふざけるなっ!!」

 

 ルルーシュを押さえつけていたスザクの腕に、より一層力が籠る。

 思わず呻き声をあげたルルーシュだったが、すぐに憎々しげに声を発する。

 

 「こ、この分からず屋がぁ! カレン! 撃て! スザクを!!」

 「君はまだこんな男を信じる気か!」

 

 ゼロからの命令ならば、以前のカレンであったならば迷う事無く撃っただろう。

 しかし、彼女はすでに真実を知ってしまった。ゼロはルルーシュだった、と。

 そして、ライもゼロの正体を知っていたという更なる事実が、彼女から思考能力を完全に奪い去っていた。

 

 ――嫌、何が何だか分からないっ!

 

 そして、彼女はその場から…………逃げるように走り去った。震える体を必死に押さえて。もう限界だったのだ。

 カレンの小さくなってゆく気配を背に感じつつも、スザクは全ての意識を目の前にいる男、自分を睨みつけている嘗ての友に向けた。

 

 「終わりにしよう、ルルーシュ」

 

 冷めた表情で短く告げると、持っていた銃を床に落としルルーシュの鳩尾を穿った。

 

 「かはっ!!」

 

 短く苦悶の声を上げたルルーシュは、赤く光る左目をゆっくりと閉じながら、意識を失っていった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ライは顔を(ひそ)めながら必死に操縦し続けていた。

 そこかしこから響く警告音。

 その音でコックピット内は騒然としていた。

 だが、ライにとってそれは愛機の悲鳴のように聞こえ、彼は思わず耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。

 しかし、それは出来ない。今止める事は出来なかったのだ。

 

 「済まない、月下」

 

 短く詫びると、ライはレーダーに目線を落とす。

 飛び込んで来たのは藤堂達の状況。

 先程まで善戦していた彼らの機体は今は活動を止めていた。

 LOSTはしていない事から、エナジー切れと判断。

 そして、機体のすぐ両脇には彼らの機体を取り押さえるようにして立つ敵の反応。

 鹵獲されたと判断したライは、同時に藤堂達の無事を半ば確信すると一先ず安堵の息を零す。

 

 ――その場で処刑は先ず無い。藤堂さん達と対峙していたのがあのギルフォードなら。

 

 妙な話だが、ライは敵の指揮官に一定の信を置いていた。

 武力・胆勇・高潔・忠誠・慈悲・信義・礼節・崇高。

 およそ騎士道と言われるそれを身に宿す男。

 コーネリアの騎士、ギルバート・G・P・ギルフォード。

 彼ならば動かなくなった相手を殺すような事はしない、と。

 ライは微笑を浮かべると、後方より自らを破壊しようと追いすがる敵集団に意識を切り替える。

 

 ――少し離し過ぎたか。

 

 そう判断すると月下を減速させた。

 気付いた敵集団はここぞとばかりに迫るが、ライの月下はそれをあざ笑うかのように急加速して突き放す。

 まるで捕まえてみろとでも言わんばかりのその態度。彼らはライフルを乱射して追い縋る。

 

 「そうだ、もっと追って来い!」

 

 ライは倒壊した建物の間をまるで縫うように逃げ続けた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 『卜部さん!!戦闘隊長が!!』

 

 率いていた団員の声に誘われた卜部がレーダーを見やると、敵の真っただ中に一機の味方信号が。

 そこには「Rai」と表示されていた。

 

 「クソッ!!」

 

 壊れてなどいなかった。全ては自分をそう仕向ける為。ライの意図に気付いた卜部は奥歯を噛み締めた。

 そうして再びレーダーを注視する。

 すると、ライは16機近いナイトメアに追われながらも逃げている事に愕然とする。

 同時に、事ここに至ってもまだ一人でも多くの仲間を救おうと、敵の意識を自分に向けさせている事が見てとれた卜部は驚嘆の声を上げる。

 

 「囮になっているのか!!」

 

 そのお陰か。

 後詰めの為に控えていた神楽耶達は既に戦域を離脱する事に成功しており、レーダーの端に僅かに映るのみ。

 

 『前方に味方部隊!!!』

 

 慌てて前を見た卜部の目に、仲間の姿が映った。

 ライが合流させると言ったその言葉通りに、彼らはそこに居た。

 

 「流石だ……」

 

 卜部は短く呟くと――。

 

 ――捕まっても良い。生き延びてくれ。彼らと紅月の為にも。

 

 そう願いながら、今なお戦い続けるライを救えない自らの無力さを憎みつつ、戦域を離脱した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ブリタニア軍で最初に異変に気付いたのはギルフォードだった。

 自分達が藤堂と対峙している間に、両翼から後方部隊を責めれば一気に落とせたものを。

 その両翼に布陣した部隊は、何故か後方では無く明後日の方向に進んでいたのだ。

 その事を不審に思った彼は、報告を求める為に回線を開く。

 

 「私はギルバート・G・P・ギルフォード。各部隊状況を知らせよ。何故包囲を解いた!?」

 

 暫しの沈黙の後、荒い息使いと共に部隊の一人が返答した。

 

 『奴です、あの蒼いナイトメアが! 双璧の一翼を追い詰めました。これより破壊します』

 

 その言葉を聞いて、ギルフォードは改めてレーダーを凝視する。

 そこには1機の敵ナイトメアが、まるで一軍を引き連れるかのように映っていた。

 その事から、直に敵パイロットの意図を見抜いた彼は思わず心の内で賞賛した。

 彼の目から見ても、また騎士道精神から見ても、仲間を、あるいは部下を護る為に自らを囮とする行為、それは紛れも無く騎士と呼べる行いだったからだ。

 だが、そこで一つの興味が湧いた。

 ゼロに忠誠を誓う双璧、その一翼。

 何故あのような者に使えるのか理解出来なかった彼は、命令を下した。

 

 「了解した。しかしそいつは並の相手では無い。無理に戦わずエナジー切れを誘え。その後は捕らえよ。我々もこれより援護に向かう」

 『Yes, My Lord』

 

 ギルフォードが命じたのは破壊では無く捕獲。

 そう、彼はほんの少し興味が湧いたのだ。

 その言葉は、直ぐ側で両腕を背中に回され憮然とした態度でいた藤堂達にも聞こえ、彼らは皆が皆信じられないと言った表情を浮かべていた。

 たった一機で、まだ粘り続けていたのか、と。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 「ライフル残弾なし。エナジーも少ない。輻射波動は……使えないな。もって後5分と言った所か……」

 

 ライはそう呟くと、なおも後方より追い縋る部隊に目をやった。

 が、先程とは打って変わって、彼らは寡黙にライを追うだけだった。

 その姿にライは瞬時に己に捕獲命令が下知されている事を理解した。

 

 「感謝するべきかな?」

 

 恐らくそう命じたであろう人物を思い浮かべたライは、小さく笑った。

 そう、全ては計算の上での事。

 今の自分の行動は、彼からは騎士の様に見えるだろう、と。

 それに自分の実力も知っている。破壊しようとすれば部下に要らぬ犠牲が出る事も彼なら控えようとするだろう。

 ならばこそ、ギルフォードならばそう命じるだろうと読んでいたのだ。

 

 「だけど、僕は清廉潔白な騎士なんかじゃ無い。血に塗れ狂気を纏い、仲間を騙した只の嘘吐きだ」

 

 その言葉と共に、ライは操縦桿から手を離す。

 ゆっくりとした動きで速度を落としていく月下。そうしてついには停止した。

 その動きを見た追跡者達は、ついにその時が来たと思った事だろう。

 ライはモニターにそっと手を触れながら愛おしげに呟く。

 叫び声はいつの間にか止んでいた。

 

 「すまない。無茶をさせた」

 

 その時脳裏を過ったのは、いつか聞いたラクシャータの声。

 

 ――敵に渡すのだけは駄目よぅ?――

 

 彼女にとっては、自分の子供が鹵獲されて、弄られる事など我慢ならない事なのだ。

 しかし、それはライにとっても同じ事。

 

 「大丈夫だ、僕も逝くから」

 

 ライのギアスは暴走している。皆の側にいれば傷つけるだけ。

 何よりも、今のライにとってカレンを傷つける事だけは絶対に、それだけは絶対に許されない事だった。

 再びフラッシュバックする記憶。二人の亡骸にカレンの姿が重なり苦悶の表情を浮かべるライ。

 最早、取りうる手段はただ一つ。

 そうしてライは、出撃前に機体に装着させた流体サクラダイト、その起爆スイッチに手をかける。

 包囲網を敷いた敵部隊がここぞとばかりに殺到する。

 完全にエナジー切れだと思ったのか。或は、自分がいの一番に捕獲する事で功績を上げようと思ったのか。

 

 「そうだ、来い。もっと近付いて来い」

 

 そう呟いて凡そ似合わない邪悪な笑みを浮かべると、ライは暴走し紅く輝くギアスの紋章を宿した両目をゆっくりと閉じる。

 

 ――連れて逝く。この呪われた力も一緒に。

 

 そう心の中で呟くと…………スイッチを押した。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 卜部が無事に戦域を離脱した時、後方から轟然たる爆発音が鳴り響いた。

 振り返った彼の視線の先にあったのは巨大な火柱。

 慌ててレーダーを見た卜部の目に飛び込んできたのは、先程まで反応のあったライの月下を中心に、円を描くように居た敵のナイトメアが次々とLOSTしてゆく映像。

 

 ―― 自爆 ――

 

 嫌な言葉が卜部の脳裏を(よぎ)る。

 

 「馬鹿、野郎がっ!!」

 

 思わず呻いた卜部は握り込んだ拳をモニターに映るLOSTの文字に叩き付けた。何度も何度も。

 やがて、卜部は胸中で炎の中に消えたライに敬礼を送ると移動を開始した。

 遥か前方の海岸線に佇む一機のナイトメアの元へ。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 神根島より戻ったカレンは、紅蓮から降りると膝を抱えて一人、海岸線に佇んでいた。

 目に映るのは漆黒の海。

 

 ――ライはゼロの正体がルルーシュだって知ってた。

 

 やがて東の空が明るんで、海が薄らと蒼い色を帯び始める。

 それを眺めていたカレンは誰に聞かせるでもなく、静かに想いを口にした。

 

 「会いたい……ライに。会って聞かないと……」

 「紅月! こっちだ!」

 

 突然後ろから声を掛けられるも、力無く振り向いたカレンが見たのは、手を振る卜部と彼に従う騎士団の面々。

 彼女は立ち上がると皆の居る場所に向けて歩み寄る。だが、その足取りは重い。

 卜部は近づいて来たカレンの姿を見て、思わず息を飲んだ。

 それはいつもの彼女の姿ではなかった。顔は生気を失ったかのように青白く、泣いていたのか瞼は薄らと腫れていた。

 

 「一体……何があった? ゼロはどうした?」

 

 しかし、カレンは何も答えない。

 ただ、誰かを必死に探すかのように周囲を見回すのみ。

 その様子を見た卜部はすぐに理解した。彼を捜しているのだと。

 だが、今はまだ言えなかった。

 言えば目の前の少女は壊れてしまいそうなほど、危うい存在に見えたから。

 

 「直に追手が来るぞ。一先ず脱出――」

 「卜部さん。これで全員?」

 

 カレンは卜部の言葉を遮ると、改めて後ろに佇む皆を見る。

 そして思う。なんと少ないんだろう。嘗て、あれほどの数の仲間が居たというのに、と。

 力なく頭を垂れる者。空を見上げ、遥か虚空を見つめる者。

 みな一様に疲れ果てている。

 しかしその時カレンは気付いてしまった。愛しい灰銀の色が無い事に。

 嫌な予感がし、鼓動が早まるのを感じたカレンは、それを必死で押し殺す。

 

 「彼は、ライは……何処?」

 「彼は……」

 

 そこで卜部は言い淀んだ。

 

 ――今の紅月に誰が言える?彼が死んだなどと。それに俺自身、彼の死を直接確認した訳じゃない。LOSTしただけで、無事に脱出している可能性も否定できん。

 

 卜部は必死に前向きな考えを抱こうとする。

 が、本当は薄々感じていたのだ。あの爆発の中、生きていられる人間など居る筈も無いと。

 

 ――あの時、あいつの言葉を押し切ってでも助けに行くべきだった。

 

 だが、それは出来なかった。何故ならば、彼はほんの一瞬躊躇したのだから。

 その結果、自分よりも遙かに若く日本を背負うべき男が死んだ。

 卜部は、自分は死ぬ覚悟も度量もある、と思っていた。その筈だったのに動けなかったのだ。

 悔しさと不甲斐なさが卜部の体を駆け巡り、彼はそれに耐えるかのように眉間に皺を寄せながら固く瞳を閉じる。

 だが、感傷に浸っている暇はない。

 問われた以上は何かしらの言葉を彼女に伝えなければならないのだから。

 卜部はゆっくり息を吐いた後、両目を開けると努めて冷静に言葉を紡ぐ。

 

 「彼は、撤退する部隊を守るために、自ら囮役を引き受けた。その際に、サクラダイトを搭載した月下で、敵もろとも……」

 

 卜部は、穏便に、出来る事なら希望を持たせるような言葉を伝えようとした。

 だが、彼は知らなかったのだ。それは彼女にとって死を告げる言葉と同義だという事を。

 

 「今は、生死不明だ」

 

 生死不明。兄の時と同じ言葉。

 カレンは自分の中の世界が音を立てて壊れていくのを、確かに聞いた。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 黒の騎士団とそれに呼応した人々による日本解放の為の武力蜂起。

 後にブラックリベリオンと呼ばれる戦いより三日後。

 神聖ブリタニア帝国、謁見の間。

 ここでもまた、一人の男の人生が終わろうとしていた。

 左目を塞がれたルルーシュは、その端正な顔に憎しみの表情を貼り付ける。

 そのルルーシュを見下ろすように立つ男の両目には、紅い鳥の紋章が浮かんでいた。

 その男の名は、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。ルルーシュの父親でもある男。

 

 「うわあぁぁぁっ!!」

 

 ガラスが砕け散るような音がルルーシュの脳裏に響くと同時に、壊れてゆく彼の世界。

 最後の記憶が頭の中で音を立てて崩れると、ルルーシュは意識を失った。

 

 「枢木(クルルギ)よ。そ奴を連れて行くがよい」

 「Yes, Your Majesty」

 

 跪き、ルルーシュを押さえつけていたスザクは短く答えると、嘗ての友であった者の肩を担ごうと手を伸ばす。

 その時、突如として背後にある扉が開き、何者かが入ってきた。

 驚いたスザクは慌てて振り返るが、その姿は見えども顔は逆光で伺い知る事は出来なかった。

 その者はスザクからの警戒の念を一身に受けながらも、悠々とした足取りで歩む。

 その姿に、スザクの中で警鐘が鳴る。

 しかし、スザクはそんな自身の内なる警告と必死に戦いながら、何とか皇帝を護ろうと前に立ち塞がった。

 

 「陛下、お下がり下さい!!」

 

 だが、そんなスザクを余所に、皇帝は突然の来訪者であるにも関わらず、何ら動じる事無く言い放つ。

 

 「構わぬ……して、何用か?」

 

 その者は皇帝の問い掛けと共に纏っていた気配を消した。

 が、御前であるにも拘わらず一切の答礼をする事無く、意識を失い床に俯せになっているルルーシュの側まで歩み寄る。

 その時になって、スザクはようやっとその者の顔が見て取れた。

 が、その顔を見たスザクは思わず息を飲むと体を震わせ後退る。

 そんなスザクの動揺が愉快だったのか、皇帝はほんの僅かに口元を歪ませる。

 だが、一方でその者は二人の様子をまるで気付いていないかのように無視し、片膝を付き意識を失ったルルーシュの髪を無造作に掴み上げると、酷く高揚の無い声を発した。

 

 「この男がゼロか」

 

 そう言って暫しの間じっくりと観察するかの様に覗き込んだ後、さも愉快だとでも言わんばかりの口調で独り言のように呟いた。

 

 「若いな、しかしこの歳であれほどの事を仕出かすとはな」

 

 その者は一通り笑った後、ルルーシュの髪を静かに放しゆっくりと立ち上がると尊大な口調で告げた。

 

 「ゼロなる者が如何ほどの男か、少し興味が湧いたのだ」

 

 その時になって初めて、その者は皇帝の眼を見据えた。

 だが、そこには一片の敬愛の念も込められてはいなかった。寧ろ不敬意外の何物でも無いような鋭さを秘めた蒼い瞳。

 しかし、皇帝はそれを咎める事無く、寧ろ愉快そうな笑みを浮かべるのみ。

 その姿を見て、スザクは震える声で呟くようにその男の名を呼んだ。嘗ての友の名を。

 

 「ラ…イ…?」

 

 次の瞬間、スザクの言葉を聞いたその者は、蒼い双眸をほんの少し開かせたが、直ぐに細めると口を開く。

 しかし、それは最早スザクが幾度となく聞いた彼の声ではなかった。

 優しさも憂いも無い凍てついた声。明確な敵意を含んだ声で。

 

 「誰だ? 貴様は」

 

 世界の歯車は動き始めた。ゆっくりと、しかし……確実に。

 その先にあるのは幸せな世界か。それとも更なる絶望か。

 答えを知る者は、まだ誰も居ない。




場面転換が激しすぎますね。読み辛いかもしれません。
こんな本作ですが、ライカレ至上主義です。
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