コードギアス 反逆のルルーシュ L2   作:Hepta

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~ 古王の胎動(前編)~

 人間は死の間際、それまでの事を思い出すという。所謂(いわゆる)、走馬灯というものだ。

 では、今まさに死を迎えようとしている青年にも、それは見えたのだろうか?

 答えは否だ。何故ならば……。       

 

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   コードギアス 反逆のルルーシュ L2  

 

   ~ 前日譚 古王の胎動(前編)~

 

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 ライは暴走し紅く輝くギアスの紋章を宿した双眸をゆっくりと閉じる。

 

 ――連れて逝く。この呪われた力も一緒に。

 

 そう心中で呟くと、スイッチを押す。

 そうする事で彼の全ては終わる筈だった。だったのだが――。

 突如としてコックピット内に警報音が鳴り響いた。

 驚いたライが瞼を上げ瞳を見開くと、飛び込んで来たのはメインモニターに表示された【脱出】の二文字。

 ライが疑問の声を上げる間も無く装置は作動すると、彼を乗せたコックピットは光に包まれ始めた月下から切り離され、彼を捕獲しようと近付いて来た敵の頭上を一瞬のうちに飛び越えた。

 エナジー切れだと思い完全に油断していた敵集団は、慌ててコックピットブロックが飛び去った方向に機首を向けるも、直後に至近距離で起きた爆発に巻き込まれ、一瞬のうちに炎の中に消える。

 ライも直撃こそ免れたものの、脱出ブロックは激しい爆風と熱風に錐揉みにされ、開いたパラシュートも一瞬で燃え尽きてしまう。

 パラシュートを失った脱出ブロックは、瓦礫が散乱している地面へと叩き付けられた。

 転がり続ける脱出ブロックの中で、ライは両手で操縦桿を掴み両足に力を込め瞳を閉じると、眉間に皺を寄せながら必死な形相で総身に受ける衝撃に耐える。

 どれだけ転がっただろうか。

 朦朧とした意識の中で彼の瞳に映ったのは、火花を散らしつつも【脱出】の文字を点滅させるモニター。

 そして、それに呼応するかのように発せられる警報音。

 やがて文字は薄れてゆき、音も途切れ途切れになってゆく。

 それを茫然自失といった様子で見続け、遂にそれが完全に消え去るまで見届けると、ライは顔を伏せると自分で自分の両肩を抱いた。

 火花が散る音に混じりながら、ライのくぐもった声が響く。

 ライにとって、音を響かせて点滅しながら消えていったモニター。それは愛機の鼓動のように思えたのだ。

 それが完全に止まった。

 今、彼の愛機は死んだ。

 一緒に逝く筈だった。その事に悲痛な思いを抱きながら。

 

 ――また、僕だけが生き残った……。

 

 悲しみの淵に佇むライ。

 だが、ふと何かに思い至ったのか。

 ライは徐に顔を上げると、次に震える手でハッチを開け最後にそこから這うようにして抜け出した。

 暫く這い続け、倒壊したビルの元に辿り着いた時、彼が聞いたのは背後より響く小規模な爆発音。

 その音に誘われるかのように、這い蹲ったまま振り向いたライが見たのは炎上する脱出ブロック。

 それを精気の無くした瞳で見つめるライは、同時に先程の事に想いを巡らす。

 何故、急に脱出装置が作動したのか。思索した後に思いついた理由は全くもって荒唐無稽なものだった。

 ライは自嘲気味に笑う。一体誰が信じるだろうか、と。

 いや、誰も信じない。

 例えラクシャータであったとしても、渋々ではあろうが誤作動だと切り捨てる事だろう。

 だが、ライにとってあれは月下が自らの意思で作動させたのでは無いのかと思えたのだ。

 それは、どれほど無茶な操縦をしようとも、従順であった月下が主に対して見せた最初で最後の反逆。

 ライがこれ以上仲間を死なせたくないと思ったように、月下も主を死なせてはならないと思ったのだろうか。

 だが、最早それを知る術は無い。真相は遠く音を立てて燃えているのだから。

 ライは痛む肢体に力を込める。

 そうして壁に手を置くと、体を支えて何とか立ち上がった。

 すると、軽く脳震盪を起こしていたのか。目眩を起こしたライは足下から崩れ落ちる。

 咄嗟に両手を付いて何とか耐えるも視界が歪み、ライは堪らずその場で吐いた。

 不快な味が口内に広がる。

 吐き終わったライは再び煌々と燃え上がる脱出ブロックを見つめると、漠然とした面持ちで問い掛けた。

 

 「僕に生きろというのか?」

 

 ライは暫しの間、返って来る筈の無い言葉を待ち続けた後、沈痛な面持ちでその光景から逃げるように視線を逸らすと周囲を見渡す。

 すると、直ぐ右手の地面に大口を開けた闇が広がっているのに気付いた。

 

 「地下道……か」

 

 ライはその闇に引き寄せられるように、覚束ない足取りで降っていった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 地下道の内部は天井部分が所々崩落しており、その間から僅かに月明かりが差し込んでいた。

 その為、空間を支配する闇は歩く分にはさほど障害にはならず、ライは10分程、左肩を壁に預けるようにして歩き続けた。

 やがて、立ち止まった彼は思い出したように振り返る。背後にあるのは薄暗い闇。

 入り口付近で燃えている月下の明かりも届かぬ場所まで来た事を理解すると、ライは壁に背を預けるように腰を下ろし力なく項垂れた。

 今はもう、何も考える事が出来なかったのだ。

 何かを考えようとするだけでも、頭がどうにかなってしまいそうで。

 ライはパイロットスーツ越しに左手の指輪を弄る。今はただ、こうしていたかったから。

 どれだけの時が経っただろうか。

 不意に地下道の更に奥から足音が近付いて来たのを感じ取ったライ。

 だが、今は顔を向けるのも億劫だった。その為、顔を伏せると意識だけを集中させる。

 徐々に近づく足音。

 やがて、それが複数ある事に気付いたが、流石に人数までは分からなかった。

 

 ――地下に逃げ延びた団員か、一般人か? それともブリタニアからの捜索部隊か? もし後者なら、今の僕を見つけるなんて不幸な連中だ。

 

 そうこう考えながら近付いて来る複数の足音に耳を澄ましていると、やがて足音はライより5mほど近付いたところで急に留まったかと思うと一言。

 

 「見つけた」

 

 集団を代表したのは野太い声だった。

 その声に敵意は無かったが、安堵する声色でも無かった。

 ただ、見つけた、という短い言葉だけ。

 しかし、それ以降、詰め寄る素振りすら見せない事を訝しんだライは徐に顔を上げた。

 その時、瞳に飛び込んで来た自身を照らすライトの光にライは思わず目を背ける。

 その反応を見た集団は、やや慌てた様子で周囲の壁や床に光を反らす。

 その仕草にライは少し口元を緩めると、わざと聞こえるような声で呟く。

 

 「奇妙な連中だ」

 

 それはまるで己に不快な思いをさせるのを極端に恐れているように感じられたからだ。

 ライは再び顔を向けたが、一瞬、理解出来なかった。

 何故なら、集団は本当に奇妙だったのだ。

 集団は4人組であった。

 更に、その4人全てが儀式めいた黒い衣服を全身に纏い、ご丁寧に顔まで黒い布で覆うと、鼻と額の間のみを僅かに空けているだけ。

 そこから素顔を全く伺い知る事は出来ない。目元だけでは、辛うじて僅かに男か女かの判別がつく程度。

 ライは、半ば呆然とした表情で端から順にその連中に視線を合わせていく。

 その時、急に男達の後ろから幼子の声が響いた。

 

 「お前達は下がっていて良いよ」

 

 その言葉と共に集団が左右に分かたれると、真ん中より現れたのは紫色の瞳を持つ一人の少年。

 自身の身の丈よりも遥かに長い黒色の外套を纏うと、金色の髪も地面に垂れる程に長い。

 その姿を見た瞬間、ライの脳裏に言い知れぬ不安が去来すると共に、少年の顔立ちにどこか面影がある事に気付く。

 

 ――似ている。彼に……けれど違う。彼じゃない。

 

 ライは心に動揺が広がりそうになるのを押し込めると努めて平静に。しかして睨みつけながら問う。

 

 「誰だ?」

 

 それなりの威圧は含めた筈だった。

 その証拠に、両脇に控えていた集団は一斉に後ずさったのだから。

 しかし、少年はそんなライの言葉に一歩も動じること無く、寧ろ平然と受け止めたかと思うと嬉しそうに口元に三日月を浮かべるだけ。

 だが、その事がライの不安を更に煽る結果となる。

 

 「答えろ。君は誰だ?」

 

 ライは思わず命じた。

 だが、周囲の4人は各々の名前を告げるも、肝心の少年は口元に軽く手を添えるとせせら笑うだけ。

 そんな少年の態度に、まさかと思ったライは少年を見つめつつ思考を回す。

 そうして、期せずして出た結論から、ライは瞳を見開いた。

 そんなライの反応を見た少年は口元の三日月を崩す事無く、ようやっと応じた。 

 

 「そう、僕にギアスは効かないよ。でも、話は後。君はこれから僕と一緒に来てもらうよ。弟を待たせるのは、兄しても心苦しいんだ」

 

 まるでライの意思など関係ないかのように急に饒舌になった少年がそう告げると、両脇に控えていた4人がにじり寄る。

 次の瞬間、三人が力任せにライを地面に押さえつけ、残った一人が手慣れた手つきでライの口元にマスクを付けようと手を伸ばす。

 

 「止めろっ!!!」

 

 瞬間、ライは声を荒げるも効果は無かった。

 

 「終わりました」

 

 一人がそう告げると、少年は地面に押さえつけられて、マスクの間からくぐもった声を発しながら睨み付けるライを尻目に事も無げに言い放つ。

 

 「それじゃあ、行こうか」

 

 まるで遊びに行くかのように高揚のある声を発した少年。

 だが、次の瞬間、ライは我が目を疑った。

 少年の足下から地下道に広がる闇よりも更に濃い闇が湧き出たかと思うと、次第に辺りを包み込んでいったのだ。

 ライは抵抗を試みるも4人掛かりで押さえ付けられていればビクともしない。

 そうしている間に、闇は彼らを包み隠すかのように広がる。

 やがて、闇が霧散した後には少年とライ、そして彼を押さえつけていた4人の男達。その姿は何処にも無かった。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 黄金色の夕日が映える不可思議な空間で、一人の男が本を読んでいた。

 ページを捲る音が黄昏の間に響く。

 男が読んでいる本。それは黒く重厚な本だった。外装は黒皮で製本され、表には男の国の国旗が彫金されていた。

 長年に渡り代々受け継がれてきたその本は、古代から現代に至るまで、男の国に貢献した数多の英雄。その姿絵と偉業の数々が記されていた。

 すると、それまで流すように読んでいた男の手が不意に止まる。

 男はそのページに目をやると瞳を細める。

 そのページだけは他とは違っていた。

 余程多くの人間に読まれたのか、至る所が黒ずんでボロボロになっている。

 だが、他と最も違うのは、描かれるべき英雄の姿絵が存在していない事。

 それは、まるでその姿を意図的に隠すかのよう。

 その代わりと言わんばかりに、ページは夥しい文字で埋め尽くされ、そこには一人の若き王の残忍さや狂気を描いた嘘のような奇怪な逸話が数多く記されていた。

 

 そこに記されている一人の王の物語。

 それは、父親と異母兄二人が相次いで不可解な死を遂げた事から始まる。

 その事で王位継承権が当時、末の王子でしかなかったその王に継がれ、彼は齢13で玉座に座った。

 ここから、その王の狂気じみた嘘のような話が始まる。

 王は力ある者であれば、身分の貴賤なく如何なる者であろうと重用した。

 それは当時としては異例の改革であったが、その事に異論を唱えるような臣下は一人として居なかったという。

 何故ならば、どのような傍若無人な振る舞いを行う者であろうとも、王の御前でたった、たった一言だけ言葉を聞けば絶対の忠誠を誓ったからだそうだ。

 そうして武力を得ていった王は、狂気じみた謀略を駆使し、即位より僅か半年でそれまで数十年に及んだ隣国との戦いに勝利し城下の誓いを強いると、余勢を駆る勢いそのままに、瞬く間に南部の諸国を支配下に置く。

 そうして、次に島の覇権を巡り北の諸国を纏め上げた首魁、不死王と近隣諸国に恐れられた蛮族の王との都度、12回にも渡る大会戦の全てに勝利し、残党を北の地に追いやった。

 次に大陸を志向した王は、僅か三年の間にその大部分を支配下に置くも。やがて王は自らの狂気に囚われたのか。

 地領に戻った際に突如始まった蛮族の再侵攻に対して、治めていた国と護るべき母親や妹、果ては庇護すべき民。その全てを戦いに狩り出して族滅すると、最後は自らも炎の中に消えたとされる。

 読み終えたところで、男は不意に背後より声を掛けられた。

 

 「皇帝陛下、嚮主V.V.がお戻りになられました」

 

 皇帝と呼ばれた男は振り向く事無く、開いていた本を静かに閉じる。

 それを合図とするかのように、男の背後に控えていた黒衣の衣服に身を包んだ男が再び口を開く。

 

 「ですが、一つ問題が。ギアスの力が最終段階に入っているとの事」

 「そうか……」

 

 皇帝は好都合だとでも言わんばかりに小さな笑みを浮かべた。

 そして一拍置いた後、まるで無邪気な子供のように手にした本を放り投げる。

 本は弧を描くように落ちて行き、やがて雲海の中に消えていった。

 そう、男にとって最早それは必要無かったのだ。

 幼少の頃より憧れ、目指した存在。

 誰よりも憧れ続けた結果、徹底的に調べあげ、その存在理由を知った時、男は心の底から驚喜した。

 自身の目的。

 かの王はそれを叶えるために必要な、この世界に隠された最後の鍵だったのだから。

 が、一度は手中に収めかけたにも関わらず逃げられた。

 そして再び見つけた時、王のすぐ側には厄介な存在が居た。

 皇帝である男であっても手を出すのは容易ではなかったほどに。

 だからこそ、それとなく情報を漏らした。

 そして、兄が欲しいと言った時、内心ほくそ笑んだ。

 これでようやっと手に入ると思ったからだ。

 後はそれをより確実なものにする為に、兄に対して曖昧な態度を示し続けた。

 そうすれば、兄は更に食いつくだろうと思ったからだ。結果、今に至る。

 連れて来たのだ。しかも暴走のおまけ付きで。

 

 ――やっと手に入れた。ならばもう、あのような本など必要ない。

 

 口元を僅かにつり上げると、皇帝は踵を返し悠然とその場より立ち去る。

 向かう先は謁見の間。そこで待つ兄、いや……ライに会う為に。

 

    ◇ ◇ ◇

 

 ライは闇が晴れると自分が先程とは違う場所で抑え付けられていた事に愕然とした。

 そこは先程のような月明かりが照らす薄暗い地下道ではなく、優美な内装が施された部屋であったからだ。

 前方には天井より注ぐ淡い光に照らされ輝く玉座めいた物が見え、そこから反射した光が部屋を薄く照らしている。

 それらを見たライは記憶の中に似たような場所を見つけた。

 

 ―― 謁見の間 ――

 

 思わず起き上がろうするライだったが、彼の肢体は相も変わらず黒衣の男達に押さえつけられており、それは叶わない。

 ライは振り返ると男達を睨みつける。

 するとその時、不意にライの直ぐ傍を布が擦れる音と共に、一つの影が通り過ぎた。

 目線を上にすると、そこには先程の少年が居た。

 ライが怒りを露に睨み付けると、気付いた少年は視線を落とす。

 暫しの沈黙。

 お互いに視線をぶつけ合っていると、ライは突然部屋に誰かが入ってきた気配を感じた。

 少年もまた、それに気付いたようでライから視線を外す。

 ライはつられるかのように視線を動かすと、入ってきた人物を見て顔を顰めた。

 その男の髪は白髪で、老いに片足を突っ込んだように顔には皺が目立ち始めてはいたが、その目は年相応とは呼べず、寧ろ若々しい精気に溢れていた。

 ライはその男を知っていた。

 友であるルルーシュの最終目標であり、最愛の女性、カレンやその仲間達から日本を奪った存在。

 世界の3分の1を支配する超大国の主。神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。

 瞬間、ライの脳裏に二つの疑問が浮かんだ。

 一つ。

 ここに皇帝が居るという事は、ここは帝都と言う事になる。

 しかし、トウキョウ租界からどうしていきなりこんな場所に居たのかライには理解出来なかった。

 二つ。

 少年が先ほど語ったあの言葉。

 しかし、二つ目の疑問はすぐに溶解することとなる。

 

 「シャルル。彼を連れてきたよ」

 「感謝しますよ、兄さん」

 

 ライの背筋に悪寒が走った。嫌な予感がしたのだ。

 その予感の前では、本当に兄弟なのかという疑問など些事に過ぎなかった。

 少年にはギアスが効かなかった事。そして地下道で体験した不可思議な現象。

 その事から、少年は間違いなくギアスに関連する者であるという事。そして、皇帝がその少年と一緒に居るという事実に。

 

 「ライゼル・S・ブリタニアよ」

 「っっ!!??」

 

 必死に思考を巡らしている最中に突然皇帝から呼び掛けられただけではなく、ライは今まで誰にも話した事の無い嘗ての名を告げられた事に目を見張る。

 そんなライの驚きが余程愉快だったのか、皇帝の口元には少年と似通った三日月が浮かぶ。

 

 「息子が大層世話になったようだ」

 

 ライは自分を半ば無理矢理目覚めさせ、いいように身体を弄くり回した男。バトレーの嘗ての君主、クロヴィスの事を思い起こすが、すぐに思い直した。

 面識など全く無かったのだから。

 疑問を内に秘め、しかし、憶することなく睨み返すライ。

 すると、思惑が伝わっていないことを察した皇帝は爆弾を放り込んだ。

 

 「分からぬか? 息子とはゼロ、いや、我が不肖の息子、ルルーシュの事よ」

 

 平然と告げる皇帝を余所に、ライの脳髄にはまるで雷に撃たれたかのような衝撃が走っていた。

 

 ――ルルーシュが息子? じゃあ、ルルーシュは皇子という事に……なら、ナナリーも? だとするとクロヴィスやユーフェミアは……。

 

 そこまで考えて、ライはルルーシュが余りにも自分と、二人の異母兄を殺した自分と似過ぎている事に更なる衝撃を受ける。

 しかし、皇帝はそのライの表情に満足したのか、鷹揚に頷いた。

 

 「本題に入るとしよう」

 

 急に険のある表情に戻った皇帝。

 対するライはその一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけるが、その答えは横から発せられた。

 

 「今から本来の君に戻ってもらうんだよ。彼のギアスを使ってね」

 

 少年の愉悦を帯びた瞳も今のライの視界には入ってこない。

 

 ――駄目だ、ルルーシュ! 皇帝と会っては!

 

 事ここに至っても、ライはルルーシュの身を案じた。信じていたのだ。カレンが必ず連れ戻してくれると。

 対する皇帝は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるライの様子に、さして気にした素振りも見せず淡々と語る。

 

 「今の御主の瞳に宿る微かな光。さしずめ希望といった所か。それは我らにとって不要なもの。さて、両目を開かせよ」

 

 ライは咄嗟に顔を伏せる。

 同時に皇帝のギアスも相手の目を見る必要があることを推察すると必死に思考を回す。

 一方で、両腕を押さえていた黒衣の男達は皇帝の命に無言で頷くと、ライの髪を無理矢理掴み引き起こす。

 二人の視線がぶつかる。

 苦悶の表情を浮かべつつも、睨み付けるライに向けて皇帝が告げた言葉は死刑宣告にも等しかった。

 

 「記憶を書き換える。学園での事。騎士団での事。その全てを忘れ、古の姿に――」

 

 一瞬の忘我。

 ライは皇帝が何を言っているのか理解できなかった。

 そんな彼の心の内を知ってか知らずか、皇帝は今までとは一変して穏やかな表情を浮かべたが、逆にそれはライにとっては何よりもおぞましいモノに見えた。

 

 ――いや、嫌だっ!!

 

 ライは血の気が引くのを感じた。

 先ほどまでの気丈な態度は四散し、半狂乱になったライは必死に首を振って視線から逃れようとするが、二人がかりで押さえつけられてしまえば灰銀色の髪を僅かに揺らすだけ。

 それは凡そ抵抗とは言えない貧相なものだった。

 対する少年も、ましてや皇帝でさえもその姿には思わず眉を顰める。

 つい先ほどまで、虜囚の身に落ちても決して折れようとしなかったその瞳が恐怖に染まっていたからだ。

 必死の抵抗。

 忘れたくなかった、諦めたく無かったのだ。

 目覚めた後にライが出会った多くの人々。彼らと過ごしたかけがえのない日々。

 それは、最早ライにとって無くてはならない物。

 最後はそれを護る為に嘘まで吐いたのだから。

 全てを失った時、自分は一体どうなるか。ライは想像したくもなかった。

 目の前に居る男、皇帝はきっと自分を利用する。

 そうでなければ記憶を書き換える必要など無い。殺せば良いだけの事なのだから。

 そうなった時、カレンが日本を取り戻すために戦い続ける限り、ルルーシュがゼロとして生き続ける限り、自分は間違いなく二人の前に立ち塞がる事になる。

 そうなればきっと互いに傷つけ合う事になる。自分が傷つくのは構わない。しかし、仲間を傷つけてまで生きるなど、今のライには耐えれなかった。

 そんな事になるくらいなら死んだ方がマシだったのだから。

 何とか言葉を発しようと躍起になるが、マスクの間からはくぐもった声が漏れるだけ。

 最早、言葉にさえならない。

 最後の抵抗空しく、ライのギアスは完全に封じられていた。

 

 「嘗ての御主に戻るがいい!!」

 

 皇帝は両手を広げると外套を靡かせ、三日月に吊り上げた口元から言葉を紡いだ。

 瞬間、紅い鳥が羽ばたいた。

 壊れてゆく、ライの世界が音を立てて。それはさながら走馬灯のよう。

 学園での事。

 記憶を失っていた自分を温かい心でもって接してくれた皆の姿が消えてゆく。

 

 ――会長チョーーーーップッ!!

 

 そう言ってライの頭を軽く叩いた後、楽しそうに、何か思い出した?と問い掛けるミレイのしたり顔。

 

 ――私はライの事を友達だと思ってるよ?

 

 会って間もないというのに、一番最初に自分の事を友達だと言ってくれたシャーリーの笑顔。

 

 ――あの、折り紙を教えてくれませんか?

 

 そうして初めて桜を折れた時、満面の笑顔を浮かべたナナリーの無垢なる姿。

 

 ――僕と君の道は、交わる事が出来るかもしれない。

 

 意思の強い眼差しで、思いの丈をぶつけてきたもう一人の親友、スザク。

 

 ――お前のそういうところ、マジで羨ましいよ。

 

 会長に想いを寄せていながら、中々振り向いて貰えず落ち込んでるリヴァルの横顔。

 

 ――あ……ありがとう。

 

 最初は警戒されていたが、次第に打ち解けてくれるようになったニーナ。

 

 一瞬のうちにそれら全てが音を立てて砕け散った。

 ギアスに冒され紅く染まったライの双眼。その瞳の奥に確かに宿る柔らかい光が薄れて行く。

 騎士団での事。

 出自不明であった自分を信頼してくれた皆の笑顔が消えて行く。

 

 ――何だ? これはやらんぞ。

 

 幸せそうにピザを食べるC.C.の横顔。

 

 ――どうだ? ライ、驚いたか?

 

 仮面を外して柔らかく微笑んだ後、自らに手を差し伸べてくれたルルーシュの姿。

 

 ――あなたが好きよ、ライ。

 

 頬を染めながら鍾愛(しょうあい)の笑みを浮かべる、ライにとって初めて恋い焦がれた大切な女性(ひと)

 カレンの姿がゆっくりと砕けていった。

 同時にライの瞳の中にあった光も四散する。

 最後に一筋の涙が頬を伝うと彼は意識を失った。

 

 この時、ライという青年は死んだ。

 肉体の死、ではない。それよりも遥かに残酷なものだ。

 ライをライたらしめていたその根源が殺されたのだから。

 黒衣の男達は青年の体から力が抜けるのを感じると、やっと終わったかと言った素振りで軽く息を吐く。

 そして徐に青年のギアスを封じていたマスクを外し、その身体から手を離そうとする。しかし――。

 

 「駄目だよ」

 

 それまで無言で一連の流れを面白そうに眺めていた少年は、一転すると緊迫した表情を張り付けていた。

 慌てて押さえ直す男達。

 

 「そう、何があっても離したら駄目。しっかり押さえててね。これからが本番なんだから」

 

 少年は緊張からか小さく喉を鳴らす。

 初めて見る余裕なさげな主の姿に、男たちは動揺を禁じ得ない。

 暫くして、真っ先に異変に気付いたのは青年を押さえ付けている男達だった。

 彼らは互いに顔を見合わせると、瞳に疑問の色を浮かばせる。

 何故なら、自分達が押さえ付けている青年の身体からは先程とは打って変わって一切の気配が消えていたのだ。

 鼓動はある。体温も感じる。だが、何かが違う。例えるならば人というよりも物に触れているような感覚に近い。

 そんな動揺する彼らの様子に気付いた少年は、努めて平静さを装い正面に陣取ると、次の瞬間、恐ろしく柔和な声で話し掛けた。

 

 「おはよう」

 

 押さえられている青年がわずかに身動ぐ。

 覚醒へと向かう青年。

 続いてゆっくりと顔を持ち上げると静かに双眼を開いたが、既にそこには先程の光は無い。

 あったのは紅く毒々しい瞳だけ。

 その瞳が少年を捉えると僅かに揺れた。

 

 「よく眠れた?」

 「お前か……V.V.……何故起こした?」

 「時が来たんだよ」

 

 さしたる驚きも無く平然と問う青年に、V.V.と呼ばれた少年は嬉しそうに答えるのみ。

 すると、青年は自分が見下ろされている。その事実を不愉快に感じ立ち上がろうとするが、そこで自分が男達に押さえ付けられている事に今更ながら気付いた。

 

 「私を押さえ付けているこの下郎共は何だ? お前の僕か?」

 

 不愉快さを隠す事無く再度問い掛ける青年。だが、V.V.は何も答えない。

 その態度に今度は止めさせろと言わんばかりに批難の視線を浴びせるが、その時、V.V.の横に現れた影に気づいた。

 青年が視線を移すとそこに居たのは皇帝の姿。

 当然、今の彼には誰だか分かっていない。

 

 「誰だ? 貴様は」

 

 皇帝は答える代わりに挑発するかの如く睨みつけた。

 その態度を見て青年の瞳が危険な色を孕む。

 

 「答えろ。貴様は誰だ?」

 「儂は神聖ブリタニア帝国皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア」

 

 彼の"命令"に対して皇帝は簡潔に返した。

 

 「神聖ブリタニア帝国? 貴様が皇帝だと?」

 

 青年はほんの少し怪訝な表情を浮かべる。

 ブリタニアは知っていた。かつての宗主国であったのだから。しかしどこか違う名前。

 そして、青年の知っている皇帝とは全く異なる。

 斯様(かよう)な覇気に溢れる者では無かったのだから。

 

 「もういいよ。離してあげて」

 

 青年が思考の海に沈もうとしていると、第一段階をクリアした事を認めたV.V.が安堵のため息と共に命じた。

 それを受けて彼を押さえ付けていた手が一斉に離れると、次にV.V.は皇帝を指差し告げた。

 

 「彼も僕の協力者だよ。君も僕に協力する義務がある筈だけど?」

 「協力だと? それは契約の事を言っているのか? 何を今更……お前は何も話さなかったでは無いか。その皇帝とやらを使い願いを叶えればいいだろう?」

 

 青年は抑揚の無い言葉を浴びせながら、ゆっくりと起き上がるとV.V.を見下ろした。

 見上げたV.V.は更に語る。

 

 「神を殺す為には力ある者は多い方がいいのさ」

 「それがお前の願いだったのか?」

 

 突拍子もない言葉だったのか。青年は少々驚いた様子で瞳を見開く。神などという存在をV.V.が信じているなど思ってもいなかったからだ。

 しかし、青年が詳しく聞こうと口を開いたその時、突如として皇帝が割って入った。

 

 「それについては、儂から話そう」

 

 そして淡々と語り始めた。神を殺し、世界の嘘を破壊する事が自分たちの目的なのだ、と。

 青年はその話を最初は馬鹿馬鹿しいといった面持ちで興味無さげに聞いていたが、やがて母と妹の話になった時、初めてあからさまに表情を変えた。

 青年は静かに唇を噛み締め瞳を閉じる。

 涙こそ流さなかったが、その顔は泣いていると言ってもおかしくはないものだった。

 

 「御主の母と妹もまた、神の犠牲者だ。無論、御主もな」

 

 皇帝の哀れむような言の葉を受け、青年はゆっくりと顔を伏せた。

 その姿を背後から見ていた黒衣の男達は、青年が涙を必死に耐えているのかと思ったが、それは間違いであったと直に気付く事となる。

 突如として、冷えきった何かがその部屋を包み込んだ。

 次に彼らは青年を中心に燃え上がる青い炎を幻視するも黒衣の男達は声も出ない。

 今直ぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、地下道で感じた時よりも比べ物にならぬ程の殺気を感じ、今度は身動き一つ取る事が出来なかった。

 だが、皇帝とV.V.はそんな彼から発せられるそれを平然とした面持ちで受け止める。

 

 「いいだろう。母と妹の仇となるのなら、協力してやろう。ただし、私を謀れば容赦はしない」

 

 静かに顔を上げてそう答えた青年の瞳には光が宿っていた。

 だが、それは柔らかさの欠片も無く、触れるもの全てを切り裂き兼ねない程の鋭さを持った光だった。

 それを見た皇帝とV.V.は同じように邪な笑みを浮かべた。

 

 「では、まずその暴走を押さえねばな」

 「何だと?」

 

 皇帝に告げられて初めて彼は自分のギアスが未だ暴走状態である事を知らされた。

 実際には二度目の暴走なのだが、それは知るよしもない事。

 

 「嘗ての、全てに絶望した頃の御主ならまだしも、為すべき目的を得た今なら容易い筈。力に飲まれる程、弱き者ではあるまい?」

 

 先程と同じく、邪な笑みを浮かべたまま皇帝は諭すように前置きすると――。

 

 「捩じ伏せよ」

 

 威厳のある声で告げた。自分に出来て、御主に出来ない筈が無いとの思いを込めて。

 皇帝の挑発にも似た言葉に、言ってくれるなと愉快そうに笑った後、青年は静かに瞳を閉じる。

 その途端、青白い炎が先程よりも激しく燃え盛った。

 そして、時折噛み締めた唇が妖しく歪むと、その間から断続的な息使いが零れる。

 しかし、最初は荒々しかったそれが次第に治まっていくに連れて、彼を包んでいた炎も緩やかになり、最後には消え失せた。

 それを機に、彼の後ろで自由を取り戻した男達は、その場に力なく座り込んでしまう。

 そんな彼らの様子を遠目に見たV.V.は、情けないなぁと一人心の中で愚痴った後、目の前に佇む青年を見上げた。

 ゆっくりと見開かれていく瞳。

 それが開き切った時、そこに紅い色は無く、あったのは蒼い色。

 それを認めたV.V.は肩越しに振り向くと小さく頷く。

 

 「見事」

 

 それを認めた皇帝はさも愉快そうに笑った後、告げた。

 

 「これより御主はV.V.と行動を共にせよ」

 「私に子守りをしろと?」

 「僕は子供じゃないんだけど?」

 

 その命令が不服だったのか、青年は眉間に皺を寄せて問い返すと紫色の瞳を細めたV.V.が咎めるが、彼はそれを一蹴した。

 

 「黙れ。見た目の問題だ」

 「見た目など気にする必要は無い。良いな?」

 

 皇帝は、最後に目の前の青年が果たして自分と共に歩むに相応しいか試す意味も込めて、普段と同じく異論は許さぬという口調で咎めた。

 それを聞いた青年は瞳を閉じて思慮に耽る一方で、皇帝は彼からの答えを静かに待った。

 流れる沈黙。

 皇帝の問い掛けに対して黙るなど本来であれば不敬そのもの。しかし、皇帝は咎める事はしなかった。

 青年がどんな言葉を返してくるのか興味があったのだ。

 もし、彼が他の者と同じく聞き飽きた言葉を返すのならば、幼き日に抱いた想いを捨て去って駒として使うだけ。

 しかし、もし違った時は……。

 

 「やむを得ん。引き受けてやろう」

 

 沈黙を切り裂いたのは尊大な言葉。

 それは皇帝が聞き飽きたモノでは無かった。

 この時、皇帝は確信した。この者こそ幼き頃自分が憧れた男だと。

 皇帝である自分の前でも、何ら恐れる事なく自身の思いをこともなげに言い放つ存在。

 自分に対して、こうも威風堂々と接する者は、最早V.V.しか居なかった。力を得る者は同時に孤独も得る。

 そんな現状に身を置いていた皇帝にとって、彼の態度は実に新鮮に感じられ、自身でも気付かぬうちに自然と笑みを浮かべていた。

 一方でそんな青年の態度をV.V.も気に入ったのか、先程の不機嫌さもどこへやら。目元を緩ませると嬉しそうに笑う。

 

 「光栄に思え。私と並び立つ事が出来るのだ。この私、ライゼル・S・ブリタニアとな」

 

 最後に青年、ライゼルは高らかにそう宣言すると三日月を浮かべた。

 その蒼い瞳に狂気を宿して……。

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