謁見の間での、傍目にはおどろおどろしく聞こえる会話が終わりを告げた後、衣服を着替えさせられた青年、ライゼル。
彼は皇帝とV.V.、二人に誘われるがまま薄霧が立ち込める廊下を外套を揺らしながら歩む。
しかし、彼の端正な顔立ちには、不機嫌此処に極まれりといった具合で眉間に深い縦皺が刻まれていた。
―― 神を殺し、世界の嘘を破壊する ――
当初、それが母と妹の仇になると聞かされた彼は賛意を示した。
にも拘らず、それ以降、眼前を歩む二人からは一体どうやって神を殺すのか。その具体的な説明が一切無かったからだ。
いや、それだけであればここまで不機嫌にはなっていない。
若干の不満を抱いてはいたが、最初は誘われるがまま二人の後ろを歩いていた。
が、建物の中だというのに薄霧が立ち込めるような珍妙な場所を歩かされ、更にはその霧が進むにつれて濃さを増してゆくのに対しても、何の説明も無い。
遂に我慢出来なくなった彼は、苛立ちを隠す事無く二人の背中に険のある声を浴びせる。
「何処に連れて行こうと言うのだ?」
「とても良い所だよ」
「付いて来れば良い」
彼が不機嫌だと言うのは声を聞いただけで容易に想像出来たであろうに、V.V.から返って来たのは何とも曖昧な返事だけ。
皇帝に至っては、端から説明する気ゼロの返答しか返って来ない。
彼は、振り向きもせずに返答した二人の答えとは言えない言葉に少々呆れたのか。
「まさか、この廊下は黄泉の国にでも繋がっているのではないだろうな?」
馬鹿にするかのように軽口を叩いた。
当然、彼自身黄泉の国など信じてはいない。
戯言のつもりでつい口走った台詞だったのだが、前を歩いていた二人は唐突にその歩みを止めると同時に振り向いた。
「面白い事言うね」
「其の問い掛け気に入った」
V.V.は童でも見るかのような表情で返し、皇帝は口元を僅かに釣り上げて微笑を浮かべた後、少し鼻を鳴らすと不満顔を貼り付けている彼に対して言い放った。
「それに、
彼はそんな皇帝の台詞に少々面食らった様子でいたが、直に戯言など言うものでは無いな、と思ったのか。
眉間の縦皺そのままに、口を真一文字に閉じると今度こそ黙って2人の後に続いた。
やがて暫く歩いた後、ぼんやりと霧が晴れ始めると、突然不思議な場所に出た。
黄金色の夕日が注ぐ広大な空間。
建物の中を歩いていた筈が、気がつくと雲海の中に静かに浮かぶ神殿のような場所に居た。
その幻想的とも言える光景に、呆気に取られた様子でいる彼を尻目に皇帝は誇らしげに語る。
「これこそが神を殺す為の武器、名をアーカーシャの剣という」
それを聞いた彼は尚更理解出来なくなった。
目の前に広がるのは神殿のような構造物のみであり、何処をどう見ても武器には見えなかったからだ。
「この神殿が武器だと?」
「左様」
「どのようにして使う?」
これは最早、自身の理解の範疇を越えていると判断した彼は、より詳しい説明を求めるも――。
「気が早いよ。まだその時じゃ無いんだから」
「では、それまで何をしていろと?」
「ある男の監視を頼みたいんだよ」
「監視だと?」
クスクスと笑い声を洩らすV.V.に嗜められた彼が怪訝な様子で問い掛けると、何とも間の抜けた言葉が返って来た為、彼は一瞬V.V.が巫山戯ているのかと思った。
眠りから叩き起こされて最初に言われた言葉が、神を殺すから協力しろ。
いや、その事はさして気にしてはいなかった。
問題は、壮大な話を聞かされた後にこのような非現実的な場所にまで案内されて、否が応にも気持ちが昂って来た所に言われた言葉が男の監視。
この落差は一体何なのだと思った彼は眼で続きを促すと、察したV.V.は言葉を続ける。
「あぁ、君が監視する必要は無いよ。部下を一人付けるから、その子から状況を聞いて僕に報告してくれるだけで良いんだよ」
「小間使いのような事を私にやらせる気か?」
その言葉は、彼自身が先程対等であると宣言したというのに、まるで自分を下に置こうとする発言だった。
気に食わなかった彼は噛み付くように言うも、V.V.はそんな言葉をヒラリと躱す。
「面白いと思うけど?」
「本当に面白いならお前がするだろう?」
「二人ともやめよ」
突如として皇帝の制止が入った。
その事には納得がいかなかったが、皇帝の有無を言わせぬ眼差しを見て、理由ぐらいは話してもらえるのだろうな?と臆する事無く念を押すと、遂に先程からの不満が解消されそうな言葉が返って来た。
「我々の計画に一つ、欠けている物を持っている女がいる。
「餌、と言う訳か。その女の名は?」
続きが気になった彼は平然と皇帝の言葉を遮ると、皇帝は少々苦笑しつつも告げた。
「C.C.という」
「人間の名では無いな」
彼は率直な感想を口にした。
しかし、そこであることに気付くと側に居るV.V.に視線を落とす。
視線が合ったV.V.は破顔する。
「当たり。彼は彼女を誘き寄せる為の餌。君は餌の監視」
良く出来ました、とでも言いたげな笑みを浮かべるV.V.。
対する彼は両腕を組んで押し黙ると、皇帝と同じ様に黄昏の空に視線を移した。
望まれた役目は監視する事。
それだけであれば彼の心を動かすには程遠い。
ただ誘き出すだけであれば、その男を公開処刑にでも何でもすればいいというのが彼の意見だったからだ。
だが、それをしないとなると何かしらの理由があるのだろうという事も同時に思う。
その事に対して少々疑問は残ったが、彼は視線はそのままに、鋭さを増した瞳でどちらに言うでもなく命じるように告げた。
「その男の事を話せ」
「やる気になったの?」
どうやら本当に引き受けるとは思っていなかったようで、V.V.は少々驚いた口調で彼を見上げるが、彼の視線は相変わらず。
「お前と同類の女。ならばその男もギアスを授かってるのでは? ギアスの力は王の力だ。どのような男か知りたい。その上で決める」
皇帝、お前もな、とまでは言わなかった。
V.V.の協力者である皇帝であれば、恐らく持っている筈だと踏んでいた。
だが、今は同じ目的を共有する者同士、この場は下手な詮索などせずに、何れ機会を見つけて聞き出せば良いだけだと判断したのだ。
「よかろう。では、話すとしよう」
相変わらず皇帝の視線もそのままだったが、そう前置きすると話し始めた。帝国に、己に弓引いた男の事を。
だがその時、僅かに皇帝の表情が緩んだのを彼は見逃さなかった。
それはどこか懐かしむような表情に見え、彼は自身の疑問が少し深まったのを感じながら、皇帝の言葉に聞き入った。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ 前日譚 古王の胎動(中編)~
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話しが終わった時、彼の心に残ったのはゼロという男に対する純粋な興味だった。
皇帝の話の中に出てきたゼロという男に言い知れぬカリスマ性を感じたのだ。
それはゼロが戦いに破れた敗者とはいえ、彼の興味を引くには十分なもの。
しかも、今、まさにこの帝都に向かっているという。
だが、到着するまでは、まだ若干の猶予があった。
「ゼロという男の詳しい情報が見たい」
「よかろう。後で届けさせる。だが、あくまでも監視に徹せよ。何があろうとも殺すな」
その時の皇帝は今まで以上に真剣な様子で、彼はその言葉に益々疑問が深まると同時に少々不快に感じた。
確かに彼自身、用済みとなった餌に用は無いとも思っていたが、そこまで非道な振る舞いをする気は現時点では無かった。
何よりも、食い付くまでは生かす必要があり、皇帝の台詞は捕らえた後に言うべき言葉の筈。
だが、それはまるで捕らえる前に自分が殺すかのように思われていると理解したからだ。
「そのような愚行を私が行うとでも? 侮辱する気か?」
「そうであったな」
「それに、そういった事はV.V.に言え。私の部下となる者が無能であれば、そのような事態を招く可能性はあるからな」
言うと同時に視線を左下に向けると、遅れ馳せながらも皇帝が後に続く。
二人の視線を浴びる形となったV.V.は、ヤレヤレといった様子で首を振った。
「分かったよ。でも、あの子はそれなりに優秀だから大丈夫だと思うよ。取りあえず今日の所はここまでにしとこうか」
そう言うと無理矢理とも思えるように会話を打ち切ると、再び彼に視線を移し手招きするように告げた。
「君は僕に付いて来て。その子を紹介するから」
「良いだろう。だがどのような者でどう監視させるか、お前の考えをその者に会うまでに聞いておきたい」
「それは歩きながら話すよ、ライ」
V.V.がその名を口にした瞬間、辺りに冷気が生じた。
その出所に対して、澄まし顔でどうしたの?と言ってのけるV.V.に、出所である彼は酷薄な剣幕で告げた。
「私をその名で呼べるのはたった2人。母と妹だけだ」
「これはもう決まっている事。その方が色々と都合が良いんだよ」
そう言うとV.V.は軽い足取りで彼の側まで近付くと上目遣いになる。
それは端から見れば何とも可愛らしい仕草に見えただろうが、今の彼には憎々しい姿でしかない。
中腰になった彼は、顔を鼻先が触れそうな至近距離まで近づけると、怒気を孕んだ口調で凄む。
「決まっているだと? どういう事だ?」
だが、V.V.はそんな彼の態度を寧ろ楽しんでいるのか、陰惨な笑みで返すのみ。
一触即発の空気が周囲を満たし始める。
しかし、不意に後ろから、この疑問に対してだけは明確な返答が返って来た。
「御主の名は帝国にとって神聖なもの。皇族と言えども語る事は許されぬ。他の者との顔合わせの際に、その名は邪魔になる」
「顔合わせをするだと?」
彼は思わぬ答えに先程の怒りも忘れて、驚きを隠し切れない表情を浮かべた。
自らはV.V.と共に居て、男の監視をするだけで良いと思っていたからだ。
「表に出す事はせぬが、御主の存在はごく近しい者達には知らせる。息子としてな」
「止めろ。私に父親なぞ居らん」
「御主は先程、我らと肩を並べると言った。ならば我らは対等である。対等の者の命令を聞く気はない。それとも、発言を取り消すというのか?」
さっさと立ち去ろうと踵を返した所で、続けざまに放たれた皇帝の言葉に彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
一度言った事を取り消すなど、自身のプライドが許さず、そうまで言われてしまっては最早どうする事も出来ない。
「……名については許そう。だが、顔合わせは断固拒否する。行くぞ、V.V.」
しかし、彼の最後の抵抗か。
不愉快極まりないと言った口調でそう吐き捨てると、一人元来た道に向かって歩き出していった。
「彼には、ここのもう一つの使い方を教えないとね」
V.V.はそんな彼の後ろ姿を見つめて愉快そうに皇帝に告げた後、小走りで彼を追いかけて行く。
そんな二人を見ながら、皇帝は鋭さを帯びた瞳でその背を睨む。
――兄さん、もう嘘は吐かないで下さいよ?
◇ ◇ ◇
V.V.と共に薄暗い地下施設を案内されている途中、彼、ライは様々な説明を受けた。
この場所の事。男の監視をどのように行うのか等々。
話終えたV.V.はふと思い出したかのように問い掛ける。
「ライは無茶をするよね。彼に対してあれだけ尊大な態度を取るなんてさ」
その名を呼ばれるのにはまだ不満があったが、最早どうにもならない事を理解していたライは、敢えて触れる事なく答えた。
「殺されるとでも? それならそれで私は構わない」
そう、ライは本当にそう思っていた。何故なら、元々彼は生きるつもりは無かったのだから。
しかし、隣を歩いている少年、V.V.と結んだ契約のせいで自ら死ぬ事が出来ない。
V.V.の願いが母と妹の仇を討つ事に繋がるのであれば、今直ぐにでも神を殺して今度こそ永遠の眠り、死を迎えたかったのだ。
彼にとって大切な2人が居ない世界など、その後どうなろうと知った事では無いのだから。
そんな思いもあり、仇を取れない事に未練はあったが、今のライは殺してくれるのなら寧ろ感謝してやろうとも思っていたのだ。
しかし、皇帝はライの不敬を咎める事さえしなかった。その事に対しては、中々懐の深い男だと評価していた。
そんなライの言葉を聞いたV.V.が笑みを浮かべていると、視線の先に一人の少年の姿を認めたV.V.はライの袖を引く。
が、その時になって初めて、V.V.はライが指輪をしている事に気付き疑問符を浮かべた。
ライの事はV.V.も本を読み皇帝程では無いが多少の事は知っていた。
だが、その本の中で彼が結婚しているなど何処にも記されていなかったからだ。
誰から貰ったのか分からない謎の指輪。
ひょっとすると、彼が過ごした学園や騎士団の中でそういった相手が居たのかもしれない。不味い事になる前に、外させるべきだろうかとも迷ったが、指輪の事を下手に追求した結果、自分に要らぬ嫌疑を抱かせるくらいなら聞くべき事では無いと判断したV.V.は、結局見て見ぬ振りをするとライと共に少年の元まで歩み寄った。
「ほら、彼に挨拶して」
「よろしく…お願いします」
その少年はV.V.に促されるがままライに挨拶したが、その仕草は何とも儀礼的。
それだけでもライを不愉快にさせるのには十分だったが、何よりも彼を苛立たせたのは、栗色の髪の間から覗く薄紫の瞳から発せられていた、ある種の人間が持つ薄暗い光のせいだった。
父親と異母兄二人を殺して即位した当時、王宮は権謀術数、卑しい貴族が未だ蔓延っており、ライはそれらを駆逐する為に徹底的な弾圧を行った。
結果、殆どの者は一族郎党粛正したが、まだ若かったライは残党から報復を受ける事となる。
だが、そこは相手も心得たもので、王には何も通じないと見るやその牙は王の母と妹に向けられる事となる。
その計画を知ったライは、間一髪といったところで防ぐ事に成功したが、その怒りは治まる事を知らず、関与したものを3日3晩責め抜いた末、惨たらしく殺した。
今、ライの目の前に所在無さげに佇む少年は、その時、母と妹を狙った者、暗殺者の目に瓜二つだったのだ。
警戒の色も露わに、ライは少年に問い掛ける。
「名は何と言う?」
「……有りません」
目の前に居る少年は、そうポツリと呟くと悲しそうに視線を彷徨わせた。
「どういう事だ?」
ライはその答えに少々驚くと共にV.V.を睨みつけるも、返って来たのは何とも残酷な言葉。
「この子が名前を持つ必要なんて無いよ」
「貴様……」
「大体、名前なんて付けたところで、覚えるのが面倒なだけだよ」
「では、お前はこの者を何と呼んでいる?」
呆れ果てたライは冷めた口調で尋ねたが、V.V.は特に気にした様子も無く、しれっと答える。
「別に? 普段は番号で呼んでるけど? あぁ、でも任務の時は味気ないからコードネームで呼んでるかな」
仮にも嚮団のトップであるV.V.。
その者に、少年は普段名前で呼ばれる事さえ無いという。
名前はその人間の個を形作る大切な要素。
名前で呼んで貰えるという事は、この世界に自分という存在が確かに居るという事を、自分だけでは無く他人が認めてくれるという事。自身の存在証明の一つでもあるというのに、少年はそれさえも認められていないという。
そこまで考えたライだったが同時に、成る程な、とも思った。
任務の時は、番号では無く仮初めの名ではあるが与えられる。
それは自分が唯一認められている時間。また呼ばれたい。そう思うからこそ死に物狂いで遂行しようとする。
――結果、体のいい駒の出来上がりという訳か。しかし、それではこの任務には少々役不足だな。
そう思い、目の前の少年に視線を落とすと先程見せた薄暗い光は消え、今度は捨てられた子犬のような瞳でV.V.を見つめていた。
そんな少年の視線に気付いたV.V.は面倒だと言わんばかりに溜息を一つ。
「兎に角、この子を君の部下に当てるから。嚮団から機情に派遣する駒としてね。君達二人で監視してもらうよ」
そう言うと、V.V.はもう用は終わりと言わんばかりに踵を返すと振り返る事無く立ち去って行く。
その後ろ姿を見た少年は、顔を伏せて肩を震わせていた。
だが、その仕草は逆にライを喜ばせるものであった。
――悲しむ余裕があるか。まだ、完全に人形となった訳では無いようだな。ならば、私の好きなように作り替えてやろう。
心の中で歪んだ笑みを浮かべると、未だに顔を伏せている少年に対して顔を上げろと命じたライ。
その言葉にゆっくりと顔を上げる少年。
ライは静かに語り掛ける。
「任務の際、V.V.には何と呼ばれていた?」
その問いに対して、少年は言いかけたが直に何かを思い出したようで口籠ってしまった。
――成る程、任務以外では口にする事も禁止しているのか。徹底しているな。
少年の様子から、そう推察したライは少々感心した後、丸みを帯びた口調で促す。
「ここに今V.V.は居ない。言え」
少年はV.V.の去った方向をチラリと見た後、たどたどしい口調で答えた。
「……ロロ」
「ロロ、か。では、今日からお前の名前はロロだ。以降、そう名乗れ。私が許す」
それは少年にとって予想外の言葉だったようで、思わずといった様子で瞳を見開くも、直ぐに先程と同じく悲しげな表情に戻る。
「でも嚮主さまは……」
「私に同じ言葉を二度言わせるな」
ライは、有無を言わさぬ口調で断じると、薄暗い施設の中に木霊する。
それが消えると、暫くして少年の口から言葉が溢れる。
「ロロ……僕の、僕の名前……」
それを聞いたライは必死に何度も名前を復唱する少年、ロロから視線を逸らすと、軽く溜息を吐いた後にV.V.が去った方向を見つめる。
――全く、困ったものだ。人形のような者を弟役に据えるなど。このような事は、繊細に事を運ばねばならないと言うのに。
そう、ただ報告するだけなら人形でも構わない。
だが、
ライが欲したのは、目的の為ならばどのような手段も厭わない者。
そういう意味では、目の前の少年は正に打って付けだった。命じれば戸惑う事無く人を殺せるだろう。
だが、周囲の人間が取っ付き
その意味では、少年は不適格だった。
後は、自分に忠誠を誓う存在。
それはギアスを掛ければ早い話だったが、それでは言われた事を淡々と行うだけ。
笑えと言えば笑うだろうが、そこに感情の発露は望めない。益々人形に近づくだけだ。
だからこそライは少年に名前を与えた。
それは少年が今一番欲しがっていながら、手に入れる事が出来なかったもの。
与える事で、ライは最も効率良く少年の心の中に己の存在を植え付けてみせた。
後は適当に優しさを与えてそれを深く刻んでやればいい。それだけで、忠誠を誓うようになるだろう。
それに、V.V.から聞かされた少年の持つギアスは少々厄介な物だった。
ライの双眸が怪しく光る。
そうして未だ嬉しそうに自分の名前を何度も呟いているロロに対して、ライは静かに命じた。
「ロロ、私にギアスは使うな」
「分かりました」
紅い鳥が羽ばたき、一瞬ロロの瞳に紅い縁取りが浮かんで消えた。
これで、万一裏切られる事となっても自分にギアスを掛ける事は出来ない。
それに、ライはギアスを使えない場合のロロには驚異を感じてはいなかった。
ロロのギアスの特性か、殺し合いなどする必要が無かったのだろう。
片やライは自ら剣を手に取り、幾度となく自らの手で敵を斬り殺して来たのだ。
腕には覚えがある。負ける要素は微塵も無かった。
――これで準備は整った。
ライが密かにほくそ笑んでいると――。
「あの……お願いが」
「何だ?」
その言葉に我に返ったライが見たのは、建物の影からゾロゾロと出てくる子供達の姿。
どうやら先程のライの声につられて集まって来たようだった。
やがて子供達はロロの周りに集まると、一斉にじっと何かを頼むかのような瞳でライを見つめる。
咄嗟に嫌な予感がしたライは立ち去ろうとしたが、それを引き留めるようにロロが願う。
「僕の弟と妹達です。どうか、その……」
最後まで聞かなくとも分かるその言葉の続きを予想したライは、他にも同じような存在が居る事を語らなかったV.V.を憎々しげに思いながら軽い目眩を覚えた。
――これが貴様が嫌がった本当の理由か、V.V.。