ロロとの出会いより3日後。
嚮団内に一室をあてがわれたライは、皇帝から送られて来たゼロに関する資料を熱心に読み耽っていた。
机の上に積み上げられた膨大な書類。
それはライの姿を隠してしまいそうな程だったが、彼は黒皮の豪奢な椅子に深く身を沈めると飽きる事無く読み進めていく。
そこに記されたゼロの姿。それは皇帝の話以上に興味深い人物だった。
ゼロ、黒の騎士団なるテロ組織を率いた謎の男。
幅広い視野で戦場を見渡し、悪魔的とも言える戦略を駆使して帝国に幾度と無く煮え湯を飲ませた男。
各地のテロ組織やイレブンを蜂起させたトウキョウ租界での決戦、ブラックリベリオンにおいても武勇の誉れ高いコーネリア皇女に重傷を負わせたという。
しかし、ライに言わせてみればその後の行動が不可解だった。
捕虜の話によれば、戦局は優勢であったにも拘わらず部下に理由を告げずに突然戦線を離脱したと言う。
数多の戦場を駆け巡ったライにとって、王を失った軍がどうなるかなど考えるまでも無い事だった。
結果、彼らは当然の如く瓦解し無惨な敗北を喫した。
そう言った意味では、重傷を負ったにも拘わらず、ライは戦闘終了まで自らの負傷を隠し続けたコーネリアを賞賛するべきだと思った。
そんな事を考えながら、机上にあるカップを手に取ったライは中に注がれた紅茶を飲み干す。
すると、側に従っていたロロが直ぐさま代わりの紅茶を注ぐ。
終わるとロロは何事も無かったかのように元の位置に戻り、ライの様子を飽きる事なく見続けている。
そんな甲斐甲斐しく仕えるロロの姿を横目で見たライは、どうやら名を与えたという事は想像以上に心を掴んだようだな、と内心ほくそ笑むとロロに向けて笑みをつくる。
その口元は笑っていたが、瞳には一欠片の優しさも無い。
普通の人間が見れば冷笑以外の何でも無いような笑みであったが、それはロロにとってみれば任務が成功した時に見せてくれたV.V.の笑みと同じ。
そこに喜びを見出していたロロにとって、ライの笑みが気になる事などある筈も無く、寧ろこんな事で喜んでくれる事に喜びを見いだしていた程。
どれほど渇望しても、V.V.が決して与えてくれなかった名を、ライはいとも間単に、寧ろ当然のように与えた。
ライが微笑む度に、自分が役に立っている事が実感でき、ロロの心に嬉しさがこみ上げて来る。
これ程の幸せは今のロロには考えられなかった。
だが、やがて離れなければならなくなる。
ライと会う前に既に自分が行う任務の事は聞かされており、機情への顔見せも済んでいる。長い任務になる可能性を推察していたからだ。
ロロがライと離れる事に一抹の寂しさを抱きながら彼の横顔を見つめていると、不意に部屋の壁に取り付けられた巨大なスクリーンが僅かな起動音と共に点灯したかと思うと、幼さの残る顔立ちをした少年、V.V.の顔が映し出された。
それを見たロロは頭を垂れて敬意を示す。V.V.の事も嫌ってはいなかったのだ。
親も家族も居らず、他に行く宛てが無かった自分を拾ってくれたのは他ならぬV.V.だったのだから。
片やV.V.はそんなロロの仕草を一瞥した後、我関せずといった様子で書類を読んでいるライに話し掛ける。
『やぁ、捗ってる?』
「お前が話し掛けるまではな」
『相変わらず辛辣だね』
手元の書類から視線を移す素振りも見せず、吐き捨てるかのように言ったライからの皮肉たっぷりの台詞に対して、V.V.は笑みを絶やす事無くまるで世辞を言われたかのように軽く受け流した。
「暇潰しなら他の奴をあたれ。私は忙しい」
『ゼロが着いたんだよ。一応、知らせておこうと思ってね』
ライの書類を捲る手が止まった。
そうしてライは書類から眼を離すとゆっくりとV.V.に視線を向ける。
「感謝しよう」
彼にしては珍しい言葉を発した後、少々拍子抜けした様子でいるV.V.を余所に、ライは無造作に書類を放り投げて席を立つと出口に向かって歩き出した。
そんなライを見たロロは慌てた様子で問い掛ける。
「あ、あの…どちらへ?」
「ゼロに会いに行く。ロロ、何時でも任務を開始出来るよう準備を進めておけ」
「……分かりました」
ライは立ち止まると振り向く事無くそう告げた後、再び歩み始める。
が、ロロは遂に来てしまったと思い視線を床に落とすと押し黙った。
扉の開閉する音が聞こえ、ライが出ていったのを確認したV.V.はそんなロロの姿を一瞬見咎めたが、やがて何事も無かったかのようにモニターを切った。
一人、部屋に残されたロロの心の中には、この幸せな時が終わりを告げてしまう。その事に対する寂しさが渦巻いていた。
認めたく無かった。しかし、どうする事も出来ない事だとも分かっていた。
今のロロには、静かに拳を握りながらじっとそれに耐える事しか出来なかった。
いや、それしか術を知らなかったのだ。
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コードギアス 反逆のルルーシュ L2
~ 前日譚 古王の胎動(後編)~
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ライは嚮団施設にある遺跡を使って帝都まで向かうと謁見の間の前で一旦立ち止まった。
彼にしては珍しく足早にここまで来た。
一息吐き僅かに乱れる呼吸を整えると、流行る気持ちを押さきれなかったのか、勢い良く扉を開く。
そうして広間に進んだライの視界には三人の人物が映った。
一人は言うまでもなく皇帝。
あとの二人のうち一人は床に俯せになったまま、微動だにしない。
最後の一人は茶色の癖毛の青年、スザクだったが、当然、ライはその事を知らない。
突然の訪問者であるライに驚いたのだろうか。
スザクは睨みつけるような瞳でライを見つめていた。
実際は、睨んだ訳では無く逆光が眩しかったからそのような眼になってしまったのだが、その事を知らず純粋にその眼が気に食わなかったライは、威嚇の意味も込めて青い炎を身に纏わせると、その青年の足下に拘束服を着せられて俯せになっている黒髪の青年に向けて歩みを進める。
大抵の人間ならば、今のライから発せられるその雰囲気に逃げ出すかその場から動けなくなるのだが、その青年は恐るべき勇気を持って立ちはだかろうとする。
青年の勇気を認めたライは素直に感心したが、同時に少々嗜虐的な気分に囚われた。
――どこまで耐えられる? お前の胆力を見せてもらおうか。
そうして何とも趣味の悪い考えを巡らせながら、悠然とした足取りで歩み寄る。
「陛下、お下がり下さい!!」
「構わぬ……して、何用か?」
青年の心は未だ折れず。
しかし、焦る声色で上奏するが、皇帝からの相も変わらぬ平然とした問い掛けに興を削がれた気分になったライは、纏っていた炎を消す。
同時に青年に対しての興味も消え失せた。
そうして、今は皇帝の問い掛けに答えるよりも目の前のゼロと呼ばれた男に興味が戻ったライ。
彼は傍まで歩み寄り片膝を付くと、意識を失ったゼロの髪を無造作に掴み上げた。
「この男がゼロか」
その顔を覗き込みつつ、ライは努めて冷静な感想を口にした。
そうして暫しの間じっくりと観察した後、次に率直な感想を口にした。
「若いな、しかしこの歳であれ程の事を成すとはな」
まさかこれ程まで若いとは思わなかったのだ。
あれ程の戦略を練る男だとの前提に立っていたライは、もっと狡猾な面構えを想像していた。
だが、現れたのは端正な顔立ちをした自分と同い歳程度にも見える黒髪の青年。
自分が抱いたゼロへの幻想をあっさりと否定されたライであったが、不思議と不快には思わなかった。
寧ろ自然と笑い声が漏れる。
ライは凍り付くような声で一通り笑った後、ゼロの髪を静かに放しゆっくりと立ち上がると、問い掛けの答えを待っているであろう皇帝に向き直る。
そして、まさか待ち望んでいたなどと言える筈も無かったライは、いつもと変わらぬ態度を示す。
「ゼロなる者が如何ほどの男か、少し興味が湧いたのだ」
しかし、皇帝は彼の心中を見透かしたのか、愉快そうに口元を歪める。
それを見たライは片眉を僅かに動かすと、何が可笑しいのかと文句の一つでも言ってやろうと口を開くが、突然響いた声に耳を疑った。
「ラ…イ…?」
驚いて視線を僅かに下げると、皇帝を守るかのように立つ先程の青年が動揺を貼付けた表情で見つめていた。
ライは、未だV.V.と皇帝以外では知る筈の無い自身のもう一つの呼び名を、何故目の前の青年は知っているのか理解出来なかった。
二人からは既に幾度となくそう呼ばれ大分慣れてはいたものの、会った記憶も無い青年に突然その名を呼ばれて我慢出来る筈が無い。
ライは射殺しかねない瞳を向けると、冷気を帯びた声で問い掛ける。
「誰だ? 貴様は」
ライの問いに、一瞬身体を強張らせた青年、スザクはそれ以降語る事無く押し黙ってしまった。
だが、そんな態度をライが許す筈も無く、その双眸に紅い鳥が宿る。
が、寸前で只ならぬ気配を感じ劣ったシャルルが動く。
「その者にギアスを使うことは儂が許さぬ」
背後に守る皇帝から告げられた言葉に、スザクは驚愕した表情を張り付けると唇を震わせながら呟いた。
「そんな……君もギアスを持ってるなんて……」
「何だと?」
その台詞はライの限界を容易に越えさせた。
痺れを切らしたライが、皇帝の言葉を無視して再びスザクにギアスを使おうとしたその時。
「止めよ!!」
察知した皇帝の言によって、ライはまたしても止められる事となった。
「枢木よ、ルルーシュを連れ退出せよ」
「Yes……Your Majesty」
スザクは気を失っているゼロ、ルルーシュを担ぐと、覚束無い足取りで退出していった。
扉が閉まると同時にライは口火を切る。
「どういう事か説明して貰おうか。何故、あの男は私の名を知っていた? それに、お前はゼロの名前を知っていたのか? 資料には載っていなかったが!?」
「ゼロの正体は我が息子。名をルルーシュという」
「っ!? お、お前は私に自分の息子を監視させる気か!?」
平然と語る皇帝にライは嫌悪感を覚えた。それは親のする事とは思えなかったからだ。
その言葉を聞いた時、ライは母と妹を護ることを放棄した男、認めたくは無かったが、自身の半身を構成する男の後ろ姿を思い出し、怒髪、天を衝くかの如く睨み付ける。
だが、答えが返って来る事は無かった。
「悪趣味な奴め」
ライは侮蔑の意味も込めて辛辣な言葉を口にした。
だが、その発言にも皇帝は眉一つ動かす事無く、厳めしい表情を向けるとただ一言。
「付いて来るがよい」
そう言うと踵を返して歩き出した。
◇ ◇ ◇
「また、此処か……」
黄昏の間でライは項垂れるように呟くと、次に怒りを抑えながら皇帝からの説明を待つ。
「これから話す事は他言無用」
皇帝はライにそう釘を刺すと話し始めた。
一通り聞いた後、ライの怒りは治まっていた。
「兄弟を殺し、親をも殺そうとするのは、ブリタニアの名を冠する者の宿命か?」
ルルーシュの行いを嘗て自分と照らし合わせたライは呟く。
しかし、その口調は恐ろしく軽い。
まるで罪とさえも思っていないような口ぶり。いや、実際彼は何とも思っていないのだ。
ライは以前の疑問を一度に聞く良い機会と考え、ゆっくりとした口調で問い掛けた。
「ルルーシュにギアスを掛けたのか?」
「如何にも」
その答えをライは無表情で受け止めた。
別段、驚く事ではなかったからだ。推察通り、やはり皇帝も持っていたかといった程度。
しかし、同時に何かが妙だ、とも思った。
その為、自分の問いにこうもあっさりと答える皇帝に対して、ライは更にもう一歩踏み込むべきか悩む。
が、僅かに間をおいた後、意を決した彼は恐らく聞き流されるであろうと思いながらも、一番答え辛いであろう事柄を尋ねる。
「お前のギアスはどのような力だ?」
「…………記憶を書き換える」
「なっ!?」
僅かに逡巡するも、皇帝は次の瞬間には事も無げに言い放った。
対して、聞き流されるであろうと踏んでいたライにとって、流石にその答えは予想外であり二の句が告げない。
そんな無防備なライの懐に皇帝が乗り込む。
「探り合いは好かぬ。知りたいのはその事だけではあるまい?」
「……私にも、か?」
「如何にも。しかし、安心せよ。御主の母と妹に関してだけは一切触れておらぬ」
皇帝はライを落ち着かせる為に念を押したのだが、言われた方にしてみれば何の確証も無い事。
「……それを信じろと?」
そう言うとライは無言で皇帝の瞳を覗き込む。
皇帝もまたライの瞳を覗き返すかの如く、敢然とした態度で見返した。
「嘘では無いだろうな?」
王であった頃に否が応でも培った洞察力を駆使して、僅かな動揺も見逃すまいと睨み付けながら尋ねるも、皇帝の瞳には微塵の動揺も無く、濁り無き瞳で見返すのみ。
ライにとって、その瞳は少なく見ても嘘を吐いている者の眼には見えなかった。
確かに、それだけで確証を得れたと言うのは余りにも危険かもしれない。
しかし、どれ程問い掛けようと、恐らくこれ以上は言う事は無いだろうと、更なる追求は無駄と悟ったライ。
だが、やはり一度抱いた疑念をそう簡単に払拭出来る筈も無く、渋々ではあったが怪訝な口調を滲ませつつ話題を変えた。
「いいだろう……一定の信は置いておく。その上で聞こう。どこを書き換えた?」
「御主が目覚めたのは、今回が初めてでは無い」
「以前一度目覚めており、その時の記憶を消したという事か。それだけか?」
「気にならぬのか?」
「前の記憶に未練はあるかという問いならば未練は無い。私にとって何よりも大切な記憶は母と妹。二人と過ごした日々。そして私の過ちのみだ。それに……二人以外で私に大切な者が出来る筈も無いからな」
そう答えたライは、どこか憂いを秘めた瞳を黄昏の彼方に向ける。
彼の灰銀色の髪が金色の夕日に照らされて眩く光る。
そう、出来る筈が無い。二人こそが自分にとって何よりも大切な存在。そんな己の心に宿る二人を押し退ける事が出来るような存在が居たなど、今の彼には想像する事さえも不可能だったのだ。
そんなライの横顔を見た皇帝は、満足げな笑みを浮かべた後、正面に向き直ると暫しの間、二人は一言も言葉を交わす事無く、ただ雲海の彼方を眺めていた。
やがて、頃合いかと思ったのか、不意に皇帝が語り出した。
「ルルーシュを決して殺させるな。御主の部下とやらにも徹底させよ」
その言葉に意識を戻されたライは、一つの疑問が瓦解していくのを感じた。
――それなりに大切に思っているという所か?
それを言葉にする事はしなかったが、ライは何となく皇帝の心の内が見えたように思えた。
ライは無言で頷くと、それを見た皇帝は努めて冷静に今回の本題中の本題でもある事を告げた。
それらを聞いたライは、ここに来てから初めて心の底から笑った。
暫しの間、黄昏の空間に透き通るような、しかして
やがてその声が消えると、目尻を僅かに潤ませながら呼吸を整え終えたライは感想を口にした。
「……どうやら、本格的に退屈せずに済みそうだ」
目尻に浮かぶ雫を拭き取る事も無くライは再び笑う。
皇帝はそのライの妖艶とも言える笑みを無言で見届けた後、再び語り出す。
「必要な物は後で届けさせる」
「1つ目は戻り次第取り掛かろう。だが、二つ目はどうする?」
「特務総督府より、エリア11は復興に今暫く時間が掛かると聞いておる。それに、ルルーシュの周囲を固める必要もあるのでな。行動を起こすにしても暫しの時が必要。時期が近付けば追って知らせる」
「その間、ルルーシュはどうする?」
「試したい事があるのでな。それを施した後に欧州へ送る」
皇帝の言葉にライは腕を組むと小さく頷く。
「膠着状態だったな。それで? 送ってどうする?」
「彼奴には天秤を傾けさせる」
「こちら側にか? 皮肉なものだ」
ライはこれまでブリタニアに仇名してきたゼロ、ルルーシュの運命を嗤う。
一方で皇帝は思いついたかのように呟いた。
「御主も行くか?」
「戯言を。あそこは一度征服した地だ。何故、二度も行かねばならないのか」
提案を真顔で拒否したライは、心底嫌そうな表情を浮かべると続けて一言。
「それに、傾けるだけなのは性に合わない」
「ほぅ? では御主なら如何とする?」
「知れたこと。破壊する。土台ごと全てを、な」
気負う素振りなど一切見せずに、出来て当然であるかのような絶対の自信を覗かせるライの横顔に、皇帝は笑みを深くする。
「懐かしき顔に会えるやも知れぬぞ?」
そんな皇帝の言葉に疑問符を浮かべるライ。
皇帝は語る。
「ユーロ・ブリタニアの盟主はハイランドという」
「私の軍の騎士団長にそのような名の者が居たな」
ライは感慨深げに呟いた。
ユーロ・ブリタニアの中核を成す大貴族会議。
そこに
彼の一族は嘗て大陸侵攻時にライゼルに付き従った軍団の二団長、騎士団長と歩兵団長のうちの前者の末裔であった。
その騎士団長は、ライゼルが本国召喚に応じようとした際、本国に謀議の兆しありとして歩兵団長と共に激烈に反対を表明した男であり、彼の原初の信奉者と言える。
ライゼルが炎の向こうに消えた後は、本国からの帰国命令を撥ね退け続け、後に勃発した本国での皇位継承争いの際に離反。
以後、大陸を拠点とし欧州貴族として生きる道を選び、ブリタニアが破れイングランドが島を平定した後も彼の子孫達は島の支配者としての正当性を認めず、たびたび両国間の戦争の原因を引き起こした。
しかし、時代の流れには勝てず、市民革命の折に触れて体制維持が不可能である事を悟ると断腸の思いで新世聖ブリタニア帝国に臣従する道を選ぶ。
その際、当代の当主は時の皇帝リカルドからハイランド家が秘蔵する門外不出の
リカルドにしてみれば、国是の象徴として祭り上げていたライゼルの唯一の姿絵を失うのは惜しく、臣従の条件から外さざるを得なかった。
次にリカルドが妥協案として本国での展覧を条件とすると、その当主はこう言ったという。来たりて見よ、と。
その心意気を買われ、然したる条件も無く臣従を赦され現在に至る。
因みに、ブリタニア皇帝で実際に足を運び見たのはリカルドと現皇帝シャルルの二人のみ。
そんなハイランド家の忠節を知らぬライは、僅かに懐かしんだ後、思考を切り替える。
「何時でも開始出来るよう、監視の準備だけは進めておこう」
そう言ってその場から去ろうとする自分を無言で見送る皇帝に対して、ライは先程の横顔が嘘のような陰惨な笑みを浮かべた。
「部下とは親密になっておく必要がある。今のままでは付け焼き刃にもならないからな」
◇ ◇ ◇
時は巡り今日はロロの出発の日。
この日が来るまで、ライはこれまで以上にロロを側に置いて自らの存在を植え付けていった。
それに呼応するかのように、ロロにも感情の発露が見られるようになった。
いや、以前のロロを知っている嚮団の人間からすれば別人のように見えただろう。
しかし、ライにとっては満足出来るレベルには達していない。
彼の中では、何とか付け焼き刃になった程度の認識でしかない。
だが、それも無理からぬ事と言える。
ライは二人以外の、ましてや赤の他人に愛情を注ぐ術を知らないのだから。
だが、ライと行動していたからだろうか。
彼に対しては絶対に無かったが、ロロは他者に対して単刀直入な発言や高圧的な態度を取るようになり、度々目撃したライはそれとなく自分の言動と似てきたようで、何となく妙な気持ちを抱いていた。
「それでは、行ってきます」
施設内のメインホールとも言える場所で、背後に巨大なギアスの紋章が赤々と輝く扉を背に、子供達に囲まれて深紅の玉座めいた椅子に深々と腰掛けると、脚を組んで頬杖をついているライに対して、ロロは寂しそうな表情を浮かべると名残惜しそうにそう告げた。
片やライは、落ち着かせるかのように頬を僅かに緩ませて笑みを作る。
だが、相変わらず瞳は笑っておらず、冷笑めいた笑みを浮かると抑揚の無い声で命じた。
「任務を復唱しろ」
「はい……僕はルルーシュ・ランペルージの弟役。ルルーシュを監視し、あくまでも接触して来たC.C.を捕らえる事が任務です。その為、ルルーシュの殺害は厳禁とする事」
ロロは先程見せた表情を消すと、ライに命じられるがまま淡々とした口調で返した。
ワザとそうした表情を作っているのならば上出来だと言いたかったが、ライはそれが未だに直らぬ地の部分だと知っていた。
だが、今更どうにもならない。
「機情との連携については?」
「取る必要は有りません。任務が優先されます」
「定時連絡は?」
「絶対厳守です。その他の連絡にも、何があっても応じる事」
明確な意思を薄紫の瞳に宿しながら、ロロはライからの質問を流暢に返してゆく。
ライとしても、それについては及第点をやっても良いと思えるものだった。
「いいだろう。最後に一つ、言っておく事がある」
「何でしょうか?」
「ギアスの事は誰にも知られるな。機情でギアスを知っているのはヴィレッタ・ヌウという女だけだ」
「その女以外に知られた場合はどうしますか?」
その問いにライは何も答えなかった。
ただ、壮絶な笑みでもって返すのみ。
そう、それだけで十分だったのだ。
「分かりました。その女以外に知られた場合は消します。可能性がある場合も同様に」
ロロは先程とは打って変わって陰惨な笑みを浮かべると、さも嬉しそうに答えた。
これについては、ライは満点に近い点数をやっても良いと思える程だった。
「いい答えだ。では行け」
ライが口元を僅かに釣り上げて冷笑を浮かべなが命じると、ロロは軽く頭を下げた後、出発しようと背中を向ける。
「ロロお兄ちゃん! 気をつけてねー!」
「行ってらっしゃーい!!」
ライの側に居た子供達も、手を振りながら屈託の無い笑みを浮かべて自分達の兄に見送りの言葉を手向けた。
「いい子にしてるんですよ」
ロロは振り向いて微笑を浮かべながら、彼らに対して軽く手を振った後、出口に向けて歩いて行った。
後ろ髪引かれる思いだったが、ロロは決して振り向く事はしなかった。
何よりも、これはライから与えられた任務だったのだから。
――絶対に成功させるんだ。あの人の為にも。
ロロの耳に聞こえる弟達の声が徐々に小さくなっていく。そうして、遂には聞こえなくなった。
暫く歩いて施設の出口付近まで来た時、ロロの眼に小さな人影が映った。
「何だか凄い気迫だね? ロロ」
「……V.V.」
影の正体は、嚮団の主でもありロロにとっては育ての親とも言える存在、V.V.の姿だった。
「行ってきます」
そう言って、ロロは頭を垂れた後V.V.の側を通り過ぎようとしたが、不意に呼び止められた。
「僕の方からも一つ言っておく事があるんだ」
まさかV.V.から労いの言葉を聞けるのかと内心喜んだロロだったが、その期待は直に裏切られる事となる。
「ルルーシュの記憶が戻ったなら、ゼロが復活したなら、殺していいよ。でも、C.C.の捕縛は最優先だよ?」
「っ!? で、でもあの人は……」
先程の気迫は何処えやら。全く違う命令を告げられて狼狽するロロに対して、V.V.は品定めをするかのような瞳を向ける。
「ロロ、君の本当の主は誰?」
「それは……嚮主様です」
「いい答えだね」
ロロの瞳に動揺の色が広がる。
それを認めたV.V.は、安心させるかのように穏やかな口調で告げた。
「彼との未来が欲しいなら、それは忘れてはいけないよ?」
「っ!!……分かり……ました」
その言葉は楔となって実に的確にロロの心に突き刺さった。
V.V.からの命令を受けると言う事は、ライの言葉に逆らう事になる事は分かっていた。
しかし、V.V.の言葉もまた。ロロにとっては絶対だったのだ。
それに、ロロは逆らえば下手をするとライにも危害が及ぶかもしれないとも思ったのだから無理もない。
だが、ライは自分達の同士であり、更に言うなら弟である皇帝と何よりもV.V.自身がライを気に入ってるのだ。
そこまでする気は更々無いのだが、そのような事をロロが知る筈も無い。
――やるしかないんだ。あの人との未来の為にも……。
そう心に堅く誓ったロロは、再び頭を垂れた後、出口に向かって走り去って行く。
そんなロロの後ろ姿を、V.V.は三日月を浮かべながら見送った。
亡国のアキトに繋げてみました。
捏造なので、御容赦を。