純愛の名の下に   作:あすとらの

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説明回。それでいて短い。本編は次回からとなります。


プロローグ

彼は優れていた。故に常人ではなかった。

 

彼は察知する才能がありながら、許容する心がなかった。

 

彼はどこまでも優しかった。だからこそ人を恨めなかった。

 

故に彼は、壊れてしまったのである。黒く陽の差さないどこかへと………

 

ならなかったのである。

 

確かに彼は壊れた。精神を汚染され、完膚なきまでに叩きのめされ、ガラスの心は破片すら残らないほどに粉砕されてしまった。しかし、それでエンディングを迎えるとはいかなかったのである。

 

それを縁と言っていいものか。

 

「アタシが守ってあげる。もう誰にも傷付けさせないからね」

 

「もう離れちゃダメ。あたしから離れたらきっと死んじゃうよ?」

 

「今まで辛かったでしょ?私を使って、貴方の手足にして?貴方のためなら何だって叶えてみせるから………」

 

「フフフ………もう世迷い言に毒される必要は無いんだ。さぁ、行くべき場に行こう、私と2人で………」

 

「安心して!アナタを傷付けるような奴は駆除すればいいんだから!」

 

しかし、形はどうあれ、それで少年が救われたのも紛れも無い事実なのである。

 

 

 

 

少年は苛まれた。14年の人生の中で、実に10年を退廃と暴力と狂気の中で過ごした。その聡明さは自らを縛り、また無慈悲に心を突き刺した。

 

救いの手を差し伸べた彼女達は、確かに正気とは呼べなかったかもしれない。しかしそれは、どこまでも救われず、暗澹に堕とされ続けた彼を本気で愛した証なのである。その偏愛もまた、愛なのである。

 

しかし許容量と限界値というのは確かに存在するもので、そして彼には、その変革はあまりにも突然すぎた。

 

「あぁ、そんな、やめてください。そんな、私には………それは………荷が重い、です………」

 

逃避としか言えなかった。が、しかし、恥と外聞を捨てるには彼些か聡明過ぎた。

 

より論理的に

 

より倫理に則り

 

より己に正当性を傾けて

 

主張というものはそうしなければならないというのが、彼にとっての常識だったからこそ。

 

拒めなかった。彼女達の愛という名の毒牙を、毒牙と知りつつもそれを振り払う事が出来なかった。

 

「貴方は少し優しすぎるのよ?」

 

流麗な金髪をたなびかせる少女はそう指摘する。それに対し、少年は言った。

 

「優しいのではない。人の悪意に触れるのが嫌な、ただの現実逃避です」

 

自虐的に、しかし的確であった。自分の事は自分が一番知っている。それは彼に対しても有効で、どこまでも正しく自分を見ていた故に、涙を流してそう返した。

 

純白の乙女達に影が差す。

 

皮肉にもそれは、確かに愛の形のひとつであった。


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