純愛の名の下に   作:あすとらの

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押しかけ賢妻、さーやちゃん。

あんまり表層の言動がヤンデレらしくないですが、まぁ、そこは表面上ではなく「沙綾が京と一緒にいるため」とお考えいただけると幸いです。


山吹沙綾の献身(裏)

深夜2時。草木も眠る丑三つ時を妄信して、絶対にその時間に目を開けない人間もいるらしい。動機は不純ながらも健康的なものだが、京も同じかと問われればそうではない。

 

何せ時は金なりを地で行く彼の事で、1日が24時間しかない事を嘆くのは口癖にさえなりつつある。

 

「はい。出水ですが」

「あ、出た」

「………沙綾さん。何事ですか?」

「寝なさい。不健康でしょ」

「あのそれブーメランですよ」

 

電話を取るというのは、たとえタップ一回でも億劫なものだが。本当に身を案ずるならば自分の慣れたやり方でやらせてほしいと言えば、あるいは京を気にかけて沙綾が倒れるようでは本末転倒であると言えばいくらでもやめさせる事は出来るが。

 

彼はそうしなかった。

 

「私はいいの。京はどうなの?」

「私だって体の事を考えていますよ。ただ健康は金で買えますが時間は金で買えないだけで」

 

自分の意思の押し付けは、その大義の在り方に関わらず対人関係を悪化させる一因となる。彼女の論は彼女なりに導き出したもので、同じ労力ならば突っぱねるより流す方がいいに決まっている。

 

「まぁ………ひと段落つきましたし、そちらの仰せのままに」

「うむ、よろしい。それじゃあね」

「はい」

 

沙綾の生活に興味が、というより危惧すべき何かがあるような、その片鱗を見たような気がする。

 

「まさかあの人も夜型なのか………?」

 

高校生らしいといえばらしいが、彼女はブーメランを恐れない強い心を持っているようだ。

 

 

 

 

 

「ふふふ………」

 

愉快、何と愉快な事か。山吹沙綾は笑った。

 

彼が眠れない理由も、彼が暗闇にいようとしない理由も、全て知っている。お節介から一度電話をかけてみたが、案の定であった。

 

やりたい事があるなど口実に過ぎない。彼が何かに恐れている事も、彼が何に恐れているかも知っている。

 

『起き抜けに催涙スプレーだったものを』

 

彼はその呪いから未だ解き放たれていない。逆に、年が経つごとに締め付けられている。

 

それを私が解き放ってやれたら、きっとそれは甘美なものになるだろう。しかし………果たしてそれだけで終わっていいものか。救うだけ救って、自分の使命はそれで終わったとばかりに突き放す。それは最早偽善ですらないのではないか。

 

彼を大海に突き落とし、お前ならやれると押し付けて見えもしないゴールを提示する。偽善や独善ですらない、純然たる悪である。

 

目を見開いて、その現実を受け入れて。

 

彼を救うだけではいけない。真に彼のためを思うならば、その身だけでなく、その後降りかかるであろう火の粉までを見通さなければならない。もっとも、彼はその重要さを認知しながら委ねている節もあるが。

 

その理由は………知るよしもないのであるが。

 

「難しいなぁ、京は。まったくもう」

 

それもまた、愉快ではあるのだが。

 

 

 

 

 

京自身、まだ沙綾についてわからないところがある。

 

彼も彼なりに現代の若者らしく自己評価は低めではあるが、それでも異性が親しく話しかけてくるという事実を受け止めれば、嫌われているわけではないと言える。が、しかし、山吹沙綾はその中でも京への好意が露骨だ。

 

「京、疲れてない?大丈夫?」

 

事あるごとに、あるいは何かにつけて、沙綾は京の側にいようとする。明確な目的はひとつ、彼に世話を焼きたいそうだ。とにかく大家公認であるという事実を引っさげてやってくるものだから手のつけようがない。

 

「いやあのですね」

「ん?」

「鍵閉めてましたよね?」

「愛の力だよ」

「鍵の力に決まってるでしょう」

 

鍵を開けて何をするかといえば、特に有害な事はしない。どころか、手料理に家事にと京を世話するので、断るに断れない。ものぐさで溢れる京にとっては、彼女の存在はありがたくさえあった。

 

「あ、またこんなにお菓子買って!」

「3割引の魔力ですね」

「まったくもう………体に悪いでしょ」

「頭にはいい薬です」

「体悪くしたら意味ないでしょ!」

 

と、今となっては様式美と化した京と沙綾の攻防ではあるが、最近は沙綾の方が折れる事を知らなくなってきた。

 

「本気で心配してるの。本気でだよ?」

 

と懇願するようにされては、京も語気を強められない。何とか有耶無耶にはしているものの、どこか沙綾は焦っているように見える。

 

「………別にどうって事ありませんよ」

「違う。貴方の体は貴方だけのものじゃないんだから」

「どうだか」

 

短く、吐き捨てるように京は言う。

 

悪ぶるつもりはない。

 

そして、沙綾の訴えもわかっている。

 

しかしどう言い換えたって、それはいくらなんでも勝手なのではないか?

 

健康でいるメリットを享受するのが京ならば、不健康であるデメリットを仕方なしと受けるのもまた京である。

 

至極単純。別にそれを、わざわざややこしくする事もあるまい。その気持ちだけありがたく受け取っておく、というわけにはいかないのだろうか?

 

それが彼の思うところである。

 

「納得いかないって顔してる」

「当然でしょう」

 

まったくわからない。どうしても理解に到達出来ない。

 

そんな京の心を個性と呼べるか否か。その答えは三者三様。

 

「もう………」

 

中でも沙綾のようになるのは少数派だろうが。

 

「自分を大事にして。じゃないと私、心配でおかしくなっちゃいそう」

 

 

 

 

 

………京の切なる言葉は、届かなかったようだ。

 

「本当にしょうがないなぁ、京は。私がいないとダメダメなんだから」

 

溢れ出る歓喜を噛み締めた沙綾がうっかり口にした言葉である。

 

疑いようもなく、沙綾は京に恋慕を抱いていた。しかしそれは単なる恋と呼ぶには行き過ぎていた。彼女は彼の糧のひとつとなる事に自らの存在価値を誤って認知し、その使い方を間違えた。

 

彼の支えである事。生きていく全てである事。不足したあらゆるものを補えるように。

 

愛おしい。愛おしくて仕方がない。他人を受け入れるという弱さも、遠ざけようと自分で自分を貶めるその蛮勇も全て。

 

———-離れてあげないよ、京。

 

全てを委ねてもらうその日まで………いや、彼の全てを握る事がようやくスタートラインに立ったという事だ。

 

その暁には、山吹沙綾は彼の生きる基盤であれる。母親のように、あるいは姉のように。朝から夜まで彼に頼られる。それだけできっと沙綾の心は満ち満ちる事だろう。失われてしまった彼に与える事が出来るのだから。

 

何て

 

何て

 

何て

 

「ステキ………」

 

美しい恋物語な事か。

 

 

 

 

 

 

何も変わりはしない。京の周囲は、独白の前と比べても何一つ変容したところなどない。ライブハウスにいれば姦し娘が台風上陸が如く京に話を振り、競い合うための対バンという至極面倒くさい状況に巻き込まれ、偶に常識人組から労られて。

 

まるであの日だけが空白となって抜け落ちたよう。京を取り巻く環境は変わる事がなかった。

 

「あれ?さーや、いないと思ったらこんなとこに!」

「あはは………ゴメンね香澄。こういうワケなんで………」

「申し訳ありません戸山さん。お宅のドラム、拝借しています」

「もう………お手伝いするならするって言ってよ!私だって何か出来たかもしれないのに………」

「ゴメンって………ほら、多分みんなもうすぐ着くよ?スタジオで待ってたら?」

「これから2組ほどお客様がいらっしゃる予定ですので、そこを占拠されると業務に支障をきたします」

「うん………」

 

そう、いつも通りに戸山香澄が底抜けに明るい声で暇潰しに興じ

 

「あたしの方が早かったです………!」

「認められないわ………!」

「またやってるんですか、あの2人は」

「まぁ、ライバルっていいじゃん?」

「あぁいうのはどんぐりの背比べと言うのです」

「ふーん………あんまこっちに飛び火してほしくないなぁ」

「まったくです」

 

ストイックボーカル組がまたわけのわからないところで自尊心に火がつき、偶に京に飛び火して

 

「ねぇねぇ京くん、ちょっと聞いてくれない?」

「はい」

「今日さぁ、事務所の人に何か追い出されたっていうか、すごく強引に休みなさいって言われてぇ」

「まぁ、仕方のない事かと」

「何で?」

「そういう事情です」

 

大人の世界の深淵の底を垣間見て

 

「京!家の中を見てもいなかったから来たわよ!」

「馬鹿ですか貴女は」

 

怒って

 

表層に見える全ては、正常に動作しているように見える。

 

「京………今日も、ね?」

「………はい」

 

 

 

 

 

徐々に、しかし確実に、沙綾は京の心の中に入り込んでいった。表向きは甲斐甲斐しく世話をする彼女だが、それは純真と呼ぶにはあまりにも行き過ぎたもの。

 

「うん………?」

「どうしたの?」

「………いえ」

 

そこになかった筈のものがある。逆に、ある筈のものが消えている。最初こそ些細なもので完結していたものの、今では無視出来ない、というよりどうしようもない。

 

「そんなもの必要ない。私がいれはいいんだからさ」

 

「そんなの捨てちゃいなよ私と貴方にはもう関係ない事でしょ?」

 

「もうそんなものなくてもいいじゃない。そのために私がいるんだから」

 

とにかく徹底して、沙綾は自分の役割が省かれる事を嫌う。自分がやると京が進言しても、とにかくじっとしていろ、休め、と言うばかりで手を回させてくれない。

 

「沙綾さん」

「ん?」

「ここ最近はずっとそんな感じですが。お体は?」

「大丈夫だよ。大丈夫だから心配しないで。もっと私に頼ってくれてもいいんだよ?」

 

まるで話が進歩しない。通じているには通じているのだが、いつもこの辺りで話は切られて終いとなってしまっている。

 

沙綾は歓喜に身悶えした。まったく嬉しくて仕方がない。

 

彼の側にいれる。彼が頼ってくれている。沙綾にしなだれかかる京は、どうしようもなく魅力的であった。

 

しっかりと抱き締めて沙綾の体を感じさせると、彼はそれを受け入れるようにだらりと体を脱力させる。どうしたって愛おしい。

 

「いいなぁこれ………」

 

このまま沙綾は自分の生きがいだけで、どれだけ京にとっての大きな存在となれるのか。

 

それが沙綾自身、楽しみで仕方がない。

 

今はまだ、京にとっての便利屋であっても構わない。いずれ、時間はかかっても親しい関係であれるように。

 

ゆくゆくは………

 

「………ふふふ」

 

他の誰にでもない、山吹沙綾にだけ縋り付く、脆弱な出水京をさらけ出した彼を徹底的に慰めて、甘やかして、堕落させて、依存させて。

 

いずれ外など見えなくなるように。

 

深い傷を舐める天使か、それとも彼につけ込んで意のままにしようとする悪魔か。

 

知らない人間は知らない。言える事はそれしかない。

 

「そうそう。もっと人に頼らなきゃ」

 

もっとも、その深みまで知る人間などそこにいやしないが。




表側がただの押しかけ女房なだけに、ヤンデレ半減にも見えてしまうさーやちゃん回。何せ良し悪しも反響もわからんもんで………これでいいんかなぁ。

RASはちょっと待ってください。ガルパ民の筆者には未知のエリアなので、一旦飛ばします。すまねぇ。

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