筆者はどうしても、主人公をヨイショする物語が苦手なので凄まじく書く手が止まりました。内容もかなりそういう要素を抑えめにしましたが。
でも仕方ない。
ライブハウスCiRCLEで、今日も嵐が吹き荒れる。
「そうだわ!もういっそミッシェルを打ち上げましょう」
「何言ってるんですかねこの人は」
「本気なのが恐ろしいところにございます」
どうしても演出が決まらない、と店番をしているライブハウスへ突入したハロー、ハッピーワールドの面々を捌くのは容易ではない。常識人2人がいないとなれば、振り回されるだけ振り回されるが、幸運な事に京はそういった場にはまだ遭遇していない。
「花音はどう?何か案はないかしら」
「ふぇ?ううん………そんな、私は素人だし………」
「いいのよ、そんなの関係ないわ!面白いかそうじゃないかですもの!」
「知らない人間から知ろうとするのはお互いにとって酷な話です。如何でしょうか花音さん、案はこちらで出しますので良し悪しを奥沢さんと判断していただけませんか?」
「う、うん………ありがとう。ゴメンね、私、役に立たなくて………」
「弦巻さんが破茶滅茶してるだけですからお気になさらず」
松原花音。決して悪い人間ではない。寧ろ、行動力が低いというのはこのバンドの中だけの話であり、端的に言えばそもそも比較対象がおかしい。あの3バカに勝る行動力がある人間など、片手の指だけで数えられるくらいだろう。方向音痴、気弱、そして他人からの頼み事を断れないという三拍子揃った巻き込まれ体質でもある、悲哀の乙女である。
「あまり押し付けてはなりませんよ。弦巻さん」
「こころって呼んでほしいわ!」
「あーはい、そのうち」
とにかく、3バカのやりたい放題に常識人コンビが巻き込まれ過ぎないようにするのも急務である。
「ゴメンね、ありがとう」
「過重労働ですからね」
こころも根っからの善人ではあるものの。吹っ飛ぶ時はとことん箍が外れてから吹っ飛ぶので、押さえ付けられる人間がどうしても必要になってしまうのである。
「暫定案は並べておきますので、続きはスタジオでどうぞ」
「そう?ありがとう!みんな行きましょ!」
「あ、待って〜!」
京自身、たとえ気心の知れた仲であってもあの輪の中に入りたいと、どうしても思えない。実際こころ達が見せる破茶滅茶な側面はあくまで一面でしかない事など承知しているが、しかし、京に言わせれば違う。
あんなのが二面も三面もあってたまるか。
とにかく、静かである事を良しとする京とはとことん合わない。仲が悪いだとか遺恨があるとか、どちらかが一方的に相手を嫌っているとかではない。寧ろ仲は良好な方だ。
「難儀ですねぇ」
きっと仲が良い故の弊害もあるだろう。友達、という関係が絶対正義でない事がわかる。
それでも花音は、見かけによらずタフというか、順応性が高いというか。
「理解し難いですね………」
「そうかな?慣れだと思うけど………」
「私は無理です」
「そ、そうなんだ………」
ある時、カフェテリアで京が角砂糖を消費していた時。元々内気で、バンドメンバー以外との深い関わりがあまりない彼女にとって京は気を許せる相手らしく。彼女の相席のお願いを受け入れたところから始まる。
花音は優しく、気弱で、内気。属性近縁種である京にとっては、弦巻こころや北沢はぐみと比較して接しやすい人物
とはならない。普通の男子高校生と比べるといくらか華奢で低身長な彼と話していても、口では頼りになると言いながらどこかよそよそしい。それが違和感となり、距離感を測れずにズルズルとここまで来ている。
「ふぇぇ………わかんないよ………」
「また弦巻さんからの無茶振りですか?」
「あ、うん………」
「助言程度なら出来ますが」
「でも、京君、忙しいでしょ?」
「ずっとふぇぇを聞かされるよかマシです」
「ご、ゴメン………」
彼女も不器用なもので、臆病という事もありやたら弱音が多い。それがどう、というわけでもないのだが、叶うならば静かであってほしい。無茶を振った方も振った方だが。
「別に出来ないなら出来ないで良いではありませんか」
「そういうわけにもいかないよ………任されてるんだもん」
「難しいですね、貴女も」
「うん………」
力不足であるという弱音を吐きながら、しかし、その内向的な性格のせいで断りきれない。難儀である。こころも善意で経験させる、というよりメンバーが5人しかいないのだから個人の能力を高めたいというこころの狙いは正しいが、いかんせん花音は自己評価の低さのせいでそれが締め付けられる原因となってしまっている。
「やはりメンバーにこだわっている様子ですか」
「うん。こころちゃんはそんな感じ」
「何とも彼女らしいですね」
圧倒的な財がありながら、こころはそれを使いたがらない。仲間達で始め、そしてそれを仲間達で完結させる。それがハロー、ハッピーワールドのあるべき姿で、そこには何人たりとも過干渉を許さない。弦巻こころらしいというか、令嬢らしからぬというか。
「私も、言われた事くらいは出来るようになりたいから」
「そうですか。やはり集団というのは難しい。私の頭では理解出来ません」
「そうかな………居場所が欲しいっていうのは、多分みんな考えるものだと思う」
「それには同意しますが」
何とも健気な事である。
「息抜きでもしませんか。そんな面倒な事休みなしでやるおつもりですか?」
「あ、うん………ところでさ」
「はい」
「砂糖、入れ過ぎじゃないかなって」
「デフォルトです」
「そ、そうなんだ………」
思考のほどは共感を呼べないようだが。
「やはり花音さんから見ても不健康ですか?」
「何か、病気にならないか心配だなって」
「今井さんにもまったく同じ事を言われて、自宅から砂糖と蜂蜜が消えました」
「そ、そんな事しないって………」
「わかっています。だから相席をお断り申し上げなかったのですから」
飽和これこれ、心配になるくらいには紅茶の中に角砂糖が溶けてなくなっていく。
花音には強硬手段に出れるだけの膂力も度胸もありはしないのだが、油断は禁物。可愛らしさに惑わされると、家の中から不健康であるとして脂肪と糖が綺麗さっぱり消えて無くなる。遡る事これより2週間前、Roseliaの件で嫌というほど思い知った。
「玄関開けて白金さんがいたらそりゃ油断もします」
「そ、そうだね………」
同じ系統というか、一念発起するであろう人物が花音の所属するハロー、ハッピーワールドにも若干1名存在するので、要注意。京にとって、特に目の前のクラゲは、Roseliaの根暗巨乳こと白金燐子と同じポジションになりかねない。
「仲良しなんだね、みんなと」
「………まぁ、良くしていただいてはいますが」
「羨ましいな。私はほら、内気だから」
「別に無理をする必要はありません。貴女と友人以上の存在になりたい人間なら、向こうから声をかけて来ますよ」
「そうかな………」
「だからバンドなんて集団行動が出来ているのでは?」
京に言わせれば、自分以外の誰かが自分と同じ意思や目的を持っているだけでそれは集団であり、それで行動を共にするのだから集団行動である。
「………そうだね。ありがとう」
「どういたしまして」
「凄いね」
「何がです?」
「心の持ちようの問題なのに、凄く説得力があるっていうか。あぁ、そうだなって思うの」
「思ってもらうために喋っていますからね」
「実際に出来るっていうのは凄いと思うな」
褒められ慣れていないと奇妙な事に、照れ臭い以前にどこか居心地の悪さというか、そういった意味での気分の悪さを感じる。素直な花音には申し訳ないが、それは京にとっての悪手である。
「あ、ゴメンね。何か、いけない事言っちゃったかな………」
「いえ、特に何も。私も悪い気はしません」
「そ、そう?何か怒ってるみたいだったから」
「顔は元からです」
しかし、花音もまた成長するもので。バランサーと言うか性格もまた均整が取れているというか。良くも悪しくも尖っている他の皆と比べると、他人の心の移り変わりにも機敏に反応出来る、そういう意味では器用な彼女に、京も居心地の良さを感じているのだが。
「何だかケーキも食べたくなってきました」
「え、これ以上甘いもの食べるの?」
「よろしければ花音さんも如何です?奢りますよ」
「私はいいかな………太っちゃいそう」
「ケーキ一切れ食べたくらいじゃどうにもなりませんよ」
「そうだけど、塵も積もればさ………」
「ドラムの運動量なら、塵も消えそうですが」
「や、やめよ!この話!」
「私はただスイーツの提案をしただけなのですが………」
運ばれてきたショートケーキを、京は几帳面に切り分けて口に入れる。
年頃の女子ともなれば体型を含めて自分の容貌が他人にどう映っているのか気になるものだが、それでも花音は些か度が過ぎる。
「やはり足を引っ張りたくないという思いがそうさせますか」
「………すごいね」
「花音さんみたいな人は例外なくそんな感じです」
「それがわかるのも、すごいと思うな」
花音は何かと、京に対して『すごい』と言う。例えば心の内を言い当てた時、思い悩んでいた彼女に筋道を提案した時。自分よりも他人を立てるのは心優しい彼女の癖なのかもしれないが、一度それを、やめてほしいと京が口にした事がある。
「京くんは凄い人だもん。それを言ってるだけだよ」
この時点で、『あぁ、やめてくれないんだろうな』と察知した京はこれ以上しつこくその話題を出すのをやめた。花音は変に意固地というか、聡いというか。本気で譲ってはならないものとそうでないものをよく分析している。
「私も、京くんみたいに要領よく生きれたらって思うの」
「私はあのバンドで上手く立ち回る花音さんを参考にさせていただきたいのですが」
「ふぇ?う、うーん………」
「お互い気苦労が減りませんね。まぁあのバンドはそれすら楽しめるのですが」
あのバンドは確かに良くも悪しくもガールズバンドの中では破天荒を起こす存在だろう。しかし、何を引き起こすかについて言えば楽しみで仕方がない。それがサプライズになるのかただのびっくり箱と化すかは、こころのみぞ知るだが。
「どうすればいいのかなぁ………」
「まだそれで悩んでいるのですか?」
「うん………」
こころから押し付けられた、もとい頼まれた仕事が進んでいないと思えば、彼女は悩んでいた。
元々、世界を笑顔にしたいとこころが始めたバンドに、半ば強制された形で入った花音であるが、活動を重ねるごとにこころの不思議な魅力に引き込まれた。
花音自身、そのあまりにも壮大過ぎる言葉に最初こそ面食らったものの。弦巻こころは、その壮大で荒唐無稽とさえ思える夢に邁進している時が一番彼女らしく、輝いていた。
では自分は?
その入り方さえ受け身だった自分に、そのどうしようもなく魅力的な夢を共に追いかける資格があるのかと問われれば、きっと答えられない。
「みんな凄いなって。そう思えば思うほど、私には何があるんだろうなって」
よくある事だ、と京は思う。しかし、それで辟易する事はない。友人であれば、という一種の贔屓目だとしても、彼女なら本当にその沼にはまりかねない。それほどまでに、松原花音は純粋だった。
「貴女は私を、凄いと言いました。そんな私にその言葉をかけるのは間違っています」
「………そうだね。ゴメンね。こんな事、妬み嫉みなのはわかってるんだけど………」
偽る事は大罪だが、この場に限ってはその必要さえないようだ。
「弦巻さんの人を見る目は確かです。人の能力を熟知している。だから滅茶苦茶であれど無謀ではありません。中核として必要とされている、そんな貴女が羨ましくて仕方がない」
彼は続けた。真剣にそれに耳を傾けていた花音はこの後、弱音を吐かなくなった。成長したのだと、こころは歓喜したようだ。
あえてここで切ってみた。最後にどんな言葉を続けたのかはご想像にお任せします。