筆者はチーレムアレルギーですが、チートじゃなけりゃハーレムは好きです。
その一報は、瞬く間に駆け巡った。
「燐子。それは本当かしら?」
「はい………」
「参ったわね、よりによってこんな時に………わかったわ。燐子、彼の様子はどう?」
「今は安定しています」
「そう………よかったわ」
「あの、友希那さん」
「どうしたの?」
「彼の件、わたしに任せていただけませんか?」
「………わかったわ。お願いね」
「はい。お任せください」
友希那はここで、自分が行くとは言わなかった。彼の事に関しては、あまりにも未知の部分が多過ぎる。そしてそれを知れる人間と知れない人間に分かれている。友希那は後者だ。だからこそ、前者としての感覚を持つ燐子に任せるべきと判断した。
ベッドの中ですやすや寝息を立てる京は、燐子の目から見てどこにでもいる普通の少年でない要素が見当たらない。反抗期で卑屈になるような、学生らしく社会そのものに疑問を持つような。しかし、掛け布団を捲るとその普通とはまったく違う光景が目に映る。
赤い斑点のようになった注射痕や赤い線を引いたような刺傷と切傷、目を背けたくなるほど痛々しい傷痕は物語っている。普通に生きていればつきようのない量の傷だが。
「友希那さん、その………」
「信じられない?」
「………はい。とても、信じられるものではありません」
「私もそうよ。だけど、それは紛れもない事実。あの子がそれを受け止めているのに、私達が目を背けるわけにもいかないわ」
「そう………ですね」
京は自身を根暗と評しながらも、その物怖じしない性格やユーモラスな語り口のおかげもあってか、ハードな友希那からソフトなリサまで幅広く対応している。
「それじゃあ、任せたから」
「あの、その………」
「どうしたの?」
「本当………というか、信頼してもいいんですよね?その、京くんの情報………」
「確かめようがないわ。私は彼相手に尋問なんて、恐ろしくて出来ないもの。どんなしっぺ返しをくらうかわからないわよ」
「………はい」
「ごめんなさい。ちょっと忙しくなったから切るわ」
「どうか………したんですか?」
「リサが暴れ出したわ」
「は、はぁ………」
電話の向こうから、ドタンバタンと騒がしい音に加え、知った声同士がいくらか荒くなって聞こえる。どうやらあの面倒見の鬼の禁断症状が出てしまったようで、それをあのポテトと中二病が必死に抑えている現場に運悪く燐子が着信をかけてしまったようだ。
何か、響いてはいけない鈍い音を残して電話は切れた。
「………」
今は、あちらは3人に任せておこう。とにかく、今は京の事に集中しなければならない。
ゆっくりと頰をさすると、彼はくすぐったそうに声を漏らした。
「可愛い………」
蒼白な肌には夥しい数の傷痕がついているが、そのどれもが瘢痕化していない。適切な治療がされていないか、それとも治癒するより早いペースで新たな傷が出来たのか。
「何でこんな事出来るんだろ………」
社会に出れば、とんでもない巨悪や理不尽が待っている。しかしその穢れを知らない女子高生にとってはそれが、怒りを通り越した疑問にしかならなかった。話は全て聞いた。だからこそと言うべきか、それでもと言うべきか。
理解不能。
意義不明。
それでいて、存在理由も不明。
「馬鹿みたい………」
やってしまおうと思い至った時点で、彼をこうしたどこかの誰かは、きっと知らないのだろう。弄ぶだけ弄んで地獄に突き落とした子供が、今は新進気鋭の女優や名家のご令嬢の寵愛を受けている事など。結局のところ、挫かれるべきがどちらかなど明白だ。
「ん………寝ていましたか」
「あ、おはよう」
「今何時です?」
「1時」
「あぁ、半日無駄にした………」
どれだけ彼が天才でも、出来ない事はある。それは摂理に逆らう事。きっと彼に出来ない事のひとつが不運にも、子供にとっての全てに逆らう事が当てはまっていたのだろう。
「京くん、大丈夫?体は何ともない?」
「おかげさまで。燐子さんはいつからここに?」
「ちょっと前から。友希那さんが心配してたよ」
「そうですか。それはご迷惑を」
燐子は、あえてリサの事を伏せた。京に彼女は荷が重い。人には誰しも、1人になりたい時間というのがあるもの。しかし、その意思に反ってでも燐子は側にいるべきであるとした。理由は、ある情報筋を信じるならば、という但し書きがつくが。
「良かった………」
「大袈裟ですよ」
「本当に死んじゃうんじゃないかって、心配だったんだよ?」
「別に、どうという事はないでしょう」
「そういうのが、いけないんだよ」
「もっと自分を大切にしろと?」
「うん」
「貴女は、おかしな人ですね」
「そうかな?」
「ええ。おかしいです」
思わず京のツボを刺激するところであった。悪ぶりたいわけではない。自分を大切に、何て言葉にわざわざするまでもなく生きとし生けるもの全てが行なっている事だ。だからこそ、燐子の言葉がおかしくて仕方がない。
「貴女のその言葉、とっても矛盾しています」
「どうして?これ以上ないくらいわかりやすくて、貴方を第一に考えてるでしょ?」
「私を誘拐してですか」
「保護してる、の間違いだよ」
「ほう………」
物は言いよう。いや、行動がまったく伴っていないという意味では物は何も言ってくれないようだ。窓には分厚い板が打ち付けられて太陽の恵みが遮断され、ドアには何やら近未来チックな錠前がかけられ、燐子の懐にも穏やかでない拘束具がしまってある。
「そういった趣味が?」
「全然。でも、動けない京くんを見てると、ちょっと興奮するかも………」
「私にそんな趣味はありません」
ここがどこなのかはわからない。何せ観察し、推理し、導き出すより前に眠らされてしまったのだから。
「知ってますか?睡眠薬って猛毒なんですよ?」
当然、一般で処方される睡眠薬は吐き気を催す成分が含まれていて大量に摂取出来ないようになっている。しかし、その成分は自殺防止用に後付けされたもの。そして、相応の設備と技術があれば後から外す事も可能。
「ペッ、資本主義の暴力ですか」
ちょうど、そんな事に大枚をはたけそうな金髪が1人いた。なるほど彼女なら、薬事法違反のど真ん中を突き抜けてもその事実を消しゴム出来るだろう。
「このままだと京くん、本当に死んじゃうよ?」
「それで有形力の行使に出たと?」
「言葉じゃわかってくれそうになかったから」
「そんな事ありませんよ」
「あるからこうなっちゃったんでしょ?」
「正当化です」
「正しいもん」
事実として、京は無理がたたって倒れたという事ではない。燐子が使用した魔法で眠ったというだけで、彼自身今のところはすこぶる元気である。
ただ、彼も知らない事を除けば、の話ではあるが。
「どこまで私の事を?」
「何でそんなに傷だらけなのか、とか、色々」
「誰から?」
「トップシークレット」
「いえ、いいです。予想出来ます。カルテの情報を横流しされるようなどデカイところは、残念ながら1人しか知りませんが」
どうやら彼女は大活躍のようだ。
「さて………これであの人でなしに傷付けられる事もなくなったね、京くん」
「私は今、人生最大の恐怖を感じているところてす」
「どうして?」
「そういうところですよ」
無知の恐怖というか。ここまでの事を良かれと思っている、という点が主にいただけない。
Q.有形力の行使は確かに強引だろうが、しかし、その思いはただ一途に、無理をしてほしくないという彼女の善意である。それの想いだけでも汲めないものか?
A.本人の同意なしに閉鎖空間に置く事を監禁と呼び、それは
というところには、やはりらしさが出ているのだろう。
そう決められているから。そういうルールだから。
覆しようがない。それはある意味、不可能への免罪符となり得る。
「何を言ってるの?こうなったらもう、私が貴方のルールなんだよ?」
相手が正常でいてくれれば、の話だが。
「………そうですか」
根底にあるものは、心配だからとか、無理してほしくないからだとか、純粋なものかもしれない。しかしその想いまで正しくあれないのなら、それは身勝手にもなるのではないか。彼女のその言葉は、そんな京の反抗を瓦解させたようだ。
最早、言葉が通じる段階はとうに過ぎている。
京がどう感じていようとも、そうさせたという事実さえあれば充分だろう。
「私は………疲れていたのでしょうね」
「うん。そうだと思うな」
素直に反省の言葉を述べると、満足そうに燐子は京の頭を撫でた。
この場、この状況、彼女の微笑み。慈愛という言葉は間違っても似合わないようだ。
東京23区のある都市で、一家3人がまとめて失踪した。家族構成は至って普通の父と母、それから子の3人。現場には、致死量ではないが母親のものである血液が床に付着しており、警察は事件性が高いとの判断を出した。
「あんなのに支配されてたら、京くんが穢れちゃう。だから、保護だよ。私は貴方を思ってるの」
家族はそれぞれの関係も、よくあるもので、聞き込みによると中学生くらいの息子は自閉症であると母親がよく話していたとの事。
「辛かったよね?怖かったよね?でもそれも今日でおしまい。これからはずっと私が一緒だから」
燐子があやすようにぎゅっと体を寄せると、京の体の冷たさを感じる。燐子の熱がじわりと伝わっていくらか熱を帯びているようにも思えるが、人間の体温とするにはあまりにも冷たい。
「こんなにされちゃって………ん、ほら、そう。ここに頭のっけていいから」
ベッドの上で正座をして、太ももの上に京の頭を乗せる。最初は抵抗感に身をよじらせていた彼も、決して痩せ過ぎていない肉感や石鹸か香水の心地良さには勝てず、10分とかからずに寝息を立てはじめた。
「可愛いなぁ、本当に………」
彼は涼しい顔をしているが、救いを求めているようだ。決して消える事のない関係に固執しているようで、だからこそ、声に出さずとも尊いものを欲しているようだ。
彼は強いが、完全ではない。
付け入る隙といえば言葉は悪いが、多くの友人がいるのがその証拠だ。
「長かったなぁ………」
1年近くだろうか。それだけ何も知らずに、普通を装う彼に馬鹿正直に接していたのは。だからこそ、知ってから押し寄せた後悔の波は凄まじかった。
何も知らず
何も成さず
知ろうともせず、そして成そうともしなかった。
ただの友人でありたいなどと、過去に戻れたら1年前の自分に数発お見舞いしてやりたいところだ。
「ね、京くん………ゴメンね。今まで辛かった分も、一緒にいようね。ここで私と2人きり………」
時を戻せないならば、進む時の中で何かを成すしかない。それが燐子の場合は、これだった。
「ん………」
「京くん………?寝てるよね?」
どうやら、止まらないようだ。どこまでも無防備な彼を見ていると、どうにかしたくてたまらない。
さて、彼は当然、生まれてこのかた知るべきを知らずに生きてきたわけで。ソレは本来ならば双方の同意が求められるが、燐子が自分で話した通り。
彼が従うべきルールは白金燐子そのもの。
「………いいよね?2人きりだもんね。ふふ………ふふふ………」
彼の背中を持ち上げて顔を近付け、濃厚なキスをする。蹂躙するように口内をねぶり、身体そのものを支配するように、束縛するように強く抱き締め、そしてそのまま力を抜くように彼の体を押し倒した。
「いっぱいイイコトしよっか………クスクス………寝てる時にするのは4回目かな?」
4回ともなれば手馴れたもので。誰も見ていないというのに、娼婦のように腰をくねらせ、スカートを捲り上げて絶対領域を眠る京に見せつけたりと、1人で楽しんだ後で、事にかかる。
「もうぜーんぶ知ってるんだから。貴方がどうすれば満足してくれるかなとか、どこが一番感じるのかなとか。寝てる時だってあんなに気持ちよさそうにしてたんだから、起きてる時にシたら京くん、私に逆らえなくなっちゃうかもね………」
胸の谷間に顔を埋めさせると、服越しでは伝わらないしっとりとした感触が全体に染み渡るようで。
「だから、ね?寝たフリしてないで、いい声で啼いてほしいな」
次の日から、京は彼女に対する一切の抵抗をやめた。
王道監禁ヤンデレ、りんりん。なんか今回は際どい描写多いですね。
まぁ趣味なんですけど。