純愛の名の下に   作:あすとらの

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初回がリサ姉の理由?

(特に)ないです。


今井リサの慈愛(表)

彼女が彼と知り合ったのは、何てことのないある日常の一幕であった。

 

スタジオCiRCLE(サークル)はガールズバンドご用達な訳であるが、少年は居た。

 

あるいは逃げたと表現した方が正しいか。

 

「ゴメンね〜、(ケイ)ちゃん。こんな時間に任せちゃって」

「構いませんよ月島さん。私も丁度暇を持て余していたので」

 

京と呼ばれた少年は、月島という女性と同程度の身長しかなく、成長期の男子としては年不相応と言える。

 

「誰も来なかったでしょ?」

「ええ。来るとしたらここら辺りからでしょう」

 

店番、と言うにはあまりにも襲い来る暇が大きく、また伽藍堂の店内はどうしようもなく静寂故に目立った。

 

「一番乗りはどこだと思うね?」

「やはり固いのはRoseliaでしょう」

「ホントのところは〜?」

「大穴で湊さんのソロ利用」

 

茶番劇ではあるのだが、話題に事欠かないのもまた事実。その壮大な無駄話を広げ、そうこうしているうちに学校は放課後へと突入したようで、来店者は訪れる。

 

「開いているかしら」

「勿論。お早い到着で、湊さん」

出水(イズミ)くん?珍しいわね。いつもはもっと遅いのに」

「私の場合、時間に比例して暇が増えるものでして。スタジオは空いていますので、ご自由にどうぞ。それから頼まれていたものです」

「ありがとう。後で聞いておくわ。まぁ貴方の事だから大丈夫でしょうけど」

「ご期待を裏切らないよう祈っています。ええ本当に」

「それから、リサちゃんが心配してたわよ。また倒れたんですって?」

「お恥ずかしながら」

 

他愛のない話。訪れた客こと湊友希那と京の間に一切の笑顔はなく、どちらも無表情のまま能面のように話すだけだが、感情がこもっていないわけではない。友希那はそう告げ、スタジオに入っていった。

 

その後も各々の都合で時間差はあれど、着々とメンバーが揃っていき、残すところあと1人となった。

 

「リサちゃんは?」

「さぁ」

「さぁって………もしかしてこの前のアレが響いてるんじゃ?」

「………それは由々しき事態です。そうなれば私にも責任があるというもの」

 

心優しい月島まりなにとって、あまりこういった責任の所在を示すというのはあまりいい気分がしないのだが、彼はこうでもしないと力を貸してくれない。

 

「京!」

 

が、どうやらその必要はなかったらしい。

 

「………リサさん。既に皆様揃っていますよ」

「それより京っ!大丈夫なの!?どこか痛いところはないの!?」

「五体満足です。全快です。だから少し離れて………」

 

今井リサ。バンドグループ『Roselia』のベースパートを担う少女。

容姿や表面上の喋り方は所謂ギャル系であり、京の苦手の直線上を駆け抜け、現代の若者を突っ走るイマドキな彼女であるが。

 

実は、料理上手で家庭的。

実は、お節介な世話焼き。

実は、虫やお化けに悲鳴をあげる乙女。

 

正直知り合って間もない頃の京は彼女と深く関わろうとしなかったが、人は見た目で図れないということで。

 

「本当に?本当に大丈夫なんだよね?」

「2度言わせないでください」

「………うん、ゴメン………ね?」

「もう皆様お揃いです。ご迷惑をかけてはなりませんよ」

「うん………」

 

わかりやすく肩を落とし、リサはスタジオへと入っていった。

 

「ちょっとキツかったんじゃない?言い方」

「今日はかなりあっさりしていました。これがいつもならあと3時間はあのままだった。気にかけるべきは私ではなく、メンバーの方々です」

「そうなんだけどさぁ………」

 

冷徹なまでに正しい。それでいて、その京の言葉の根幹にあるものは有限な時間を友人に割くべきという彼なりの心遣い。

 

あまり強く言えない。どころか、優しさといえば褒めるべき。

 

「いいですねぇ、実に青春ですね」

 

そう薄く笑う彼の言葉には、羨望、哀愁、凡ゆる感情が込められていなかった。

 

 

 

 

 

「おや、今日はお早い」

 

防音室から少し漏れる声と音をBGMに、読書に興じること実に2時間。唐突に防音扉が開く。ひょこりと顔を出したリサが、ばつが悪そうに話す。

 

「あ〜、うん。ちょっとね。アタシは早退」

「珍しい事もあるものです。体調が優れませんか?」

「うーん、なんかこう………体じゃないんだけどね」

「心労ですか。無理はなさらず、リラックスしてくださいね」

「ありがと。今から帰るの?」

「ええ。やんごとなき事情があるもので」

「じゃあ一緒に帰ろ。アタシも1人じゃ寂しいからさ」

「………構いませんが」

 

まことに残念な話だが、非常に厄介極まりないが、仕方のない事なのである。

 

黄昏時は既に過ぎ、太陽に代わり月が照らす頃になると、やはり年頃の女子高生が1人で外出というのは相応しくない。

 

「リサさん」

「ん〜?」

「口実としては三流ですよ」

「……………あ〜」

 

流し目でリサを見て、要点だけをそう述べる。彼女は頭を掻くと、降参とばかりに苦笑する。

 

「スゴいねぇ、京は。お礼になでなでしてあげよう」

「そういうのいいんで」

「あぅ。冷たいなぁ」

「常識的と言っていただきたい」

 

彼の思考は鈍感と呼ぶにはあまりにも研ぎ澄まされ、平凡と呼ぶにはあまりにも聡明で、普通の男子高校生と呼ぶには凡ゆる面でその能力を凌駕していた。

 

人を見て、人の仕草を見て、人の表情を見て。

 

「それよりさ、演奏、聴こえてた?」

「微小ではありますが、あそこの防音室はそこそこ技術が古いので音が漏れます」

「どうだった?ねぇどうだった?」

「どうと申されましても、Roseliaが出来た経緯を知っていますので、いつも通り高水準としか言いようが」

 

自らの立場を鑑み、そしてRoseliaの部外者として決して深入りせず、しかしメンバーを知る者として一方的に突き放す事をしない。当たり障りのないと言えばそれまでではあるが。

 

「京って、ほーんと口が上手いよね」

「こういうのは逃げ方の問題なんですよ」

「へぇ〜………」

 

こと、煙に巻くという事においては彼の得意分野である。

 

「そんな事より、いいんですか?」

「何が?」

「あの湊さんが早退を許すとなれば、相当ご自身の中で妥協したか、それとも嫌な顔をしたか」

 

あのスタジオを利用するバンドグループは様々だが、その中でも湊友希那率いるRoseliaは、実力において飛び抜けている。それもこれも湊友希那の悲願のためとされ、リサを含む他のメンバーもそれを了承した上でメンバーを組んでいるのだが。

 

「あぁ………」

「リサさん?」

 

彼女の顔が翳る。それを彼は見逃さなかった。

 

(地雷を踏んだか………?)

 

まさかと思うが、世には万が一という言葉がある。リサはRoseliaに並々ならぬ思い入れがあっただけにあり得ないと信じたいが、それでも見たものを消す事は出来ない。

 

「ほら、友希那も京の事気に入ってるし、紗夜も頼りにしてるしさ。結局みんな京が心配なんだよ」

「そう………でしょうか」

「うん。だからさ、京は優しいから抱え込んじゃうんだろうけど、やっぱりアタシ(・・・)の事、頼ってほしいなぁって」

 

慈母のように微笑む彼女に、取って付けたようなセリフは似合わないようだ。

 

「………はい。何かあれば、今度はお願いします」

「うん。あ、アタシこっちだ」

「では、さようなら」

「明日はどうなの?CiRCLEにいる?」

「明日は少し私用がありますので。月島さんに任せています」

「………そっか」

「申し訳ありません」

「いーのいーの。用事なら仕方ないよ。そんじゃね」

「ええ。また明後日となるでしょうが」

 

 

 

 

 

例えば、堪えられない悲しみがあったとして。喪失にさえ似た疑念が苛み、それが苦しみになったとして。ある時にそこから救われたならば。

 

単純なもので、救済者に恋慕を抱く。

 

彼女の場合、それが京という少年であった。

 

Roseliaのボーカルである湊友希那は、良くも悪しくも純真であった。芯が強く、しかし自らが信じたものを時に盲目的ともいえるほどに信じる少女であった。その性格は強いリーダーシップを発揮すると共に、他人との確執を生むキッカケにもなり得てしまった。

 

リサはそんな友希那の性格を、幼馴染として理解していた。そして理解すれども、共感する事は出来なかったようだ。

 

「アタシ………最低だよ。幼馴染として、友希那の事、わかってあげられないなんて」

 

数ヶ月前に、リサは京にそう弱音を吐いた。今井リサという少女は歳相応に無知で、不器用で、しかしどこまでも健気であった。だからこそ、器用に生きる彼に助言がほしかったのだろう、ほぼ無意識に近い状態で出た弱音であった。

 

「貴女は些か優し過ぎる。自分本位は悪ではありません。世の人や私がそうしているように」

「アタシは………」

「では言い方を変えましょうか。他人の心の支えを全うしようなんて超能力者にでもなってからのたまってください」

「……………」

 

リサは優しかった。それは京に対しても例外ではなく、助言が欲しいと思いながら辛辣な言葉を浴びせて欲しくないという矛盾を抱え、そして矛盾する事に申し訳なく思いながらいるリサの心に深々と突き刺さった。

 

「心でも読んだら、真に湊さんの意思に添えるでしょう。でもそれは不可能です。私も、貴女も」

 

どこまでも正しく、冷徹で、それでいて残酷。しかしリサにとっては思ってもみなかった。

どうすれば友希那が笑顔になれるか。その一点に限っていたリサの前提をひっくり返すそれは、衝撃であると共に天啓のようであった。

 

「あはは………そう、だよね………うん、そりゃそうだ………はは………」

 

涙がとめどなく溢れ、それに対し京が、不要な慰めや憐憫の言葉をかけなかった事をリサはよく覚えている。確かに物言いは冷たかった。突き放された気だったした。

 

しかし、それ以上に救われた。出来ない事を出来ないままにするというのが、悪い事ばかりでないと、あるいは時に苦悩のタネとなり得る妄想をシャットアウトするという意味で大きな意義があった。

 

広い視野で、しかし、自分の手に余る事に独力で突っ込まない。

 

思えば、それに救われた。リサの中で京は、ただの知り合いから良き友となり、そして何度か弱音を受け止め、彼の言葉を知るうちに、それは慕情へと変わった。

 

しかし、奇妙なのはひとつ。

 

———京は強い。自分の全てを巧みに隠し、古傷を偽装し、時に自分の性格さえも作り上げて。ある時空中分解しかけたRoseliaを修復した。

 

だからこそ、だからこそ自らを偽り、人の心を僅かに二言三言で動かす強さを持つ彼を………

 

(どーしてそうなっちゃったかなぁ………)

 

心の強さという面の、その出水京という1人の人間の。

弱くなれば、彼もまた歳相応に、傷付いた雛鳥のように、母に泣きつく稚児のように。

今井リサという1人の人間に、溺れてしまわれるのだろうか………

 

口角を吊り上げ、不気味に笑うその彼女の顔に、純粋さは、あるいは本来彼女が持っていた筈の人懐こさは既に失せ、あるのはただただ邪悪さを孕んだ笑みであった。

 

 

 

 

 

休日の話だが、度々リサは彼の家を訪れては、甲斐甲斐しく世話をする。その理由は単純明快で、世話を焼く事が喜びだと、屈託のない笑顔で答えた。

 

「うん、嬉しいよ。アタシはこうやって京のお世話をするのが、楽しいし嬉しい」

 

人の心を掴むために、京は様々な努力をした。高校生にすらなっていない子供の言葉を届かせるために。それが思わぬ形で花開く事になろうとは思わなかった。

 

ある時、リサは言った。

 

「なーんか京の事、ほっとけなくてさ。危なっかしいっていうか、たま〜に無茶苦茶しそうで怖いっていうか」

 

それの致すところは一体全体どんな欲求が彼女の中で渦巻いているのか。残念ながら、人の心を読めない京ではそれを理解しかねる。思えばそれが誤ちだったのかもしれないが。

 

そしてまたある時、京とリサが知り合ってから親交を深めた頃。また言った。

 

「ね、ね、ね。どうだった?上手くやれたかなぁ」

 

そして、兆候は現れ。

 

「あはは、いいのいいの。アタシがやりたくてやってるんだから。だからさ、もっとアタシに頼ってくれていいんだよ?」

 

後戻りするべき場所がどこだったのか、それは最早振り返る事しか出来ないが。

 

「ふふふ、そっかそっか。いいんだよ〜。アタシはちゃんとわかってるからね」

 

 

 

 

 

 

ある休日の事。二階建てのアパート。1DKほどの部屋のゲームチェアに腰掛ける京の耳に、ベルが鳴る。

 

「はい」

 

機械を通してで少しばかりの変容はあれど、妙にハイテンションなその声には聞き覚えがある。

 

「やっほー。突然ゴメンね。今ちょっと大丈夫?」

「リサさんですか?少々お待ちを」

 

扉を開けると、立っていたのは思い描いた通りの人物であった。容姿だけで醸し出される陽気さと、それと対比されるように柔らかい笑顔。

 

「ちょっと用事があってさ」

「どうぞ。中で聞きますので」

「あ、ホント?ありがとね」

「ええ、まったく狭い部屋ですがよろしければ」

「アタシそういうの気にしないの〜。それじゃお邪魔するね」

「はい、どうぞ」

 

狭いは狭いが、京も清潔さを保っている。いや、清潔、というよりは………

 

「なーんもないね」

「荷物開けてませんから」

 

それは生活感がないと言った方が正しい。リノリウムのフローリングには傷も汚れもつくられておらず、家具らしい家具もなく、物寂しく部屋の隅に机が据えられているだけである。

 

「京、もうお昼ご飯食べた?」

「いいえ」

「何か作ってあげよっか。アタシ、結構料理得意なんだよ」

「いいので?」

「もっちろん。リクエストは?」

「高カロリーなら何でもいいです」

「もう、なーんでそういう事言っちゃうかなぁ。じゃあ何か、お肉使ったもので」

 

小さく佇む冷蔵庫の中身を漁りながら、リサは物憂げに話す。

 

「よろしくお願いします」

 

妙に小綺麗水回りで、水垢のないシンクや使われた形跡のない皿。リサが恨めしげに京へと詰め寄る。

 

「………さては朝も食べてないな〜?」

「人は1日の断食で死なない構造になってます」

「そういう問題じゃない!まったく………ホントに京はアタシがいないとダメなんだから〜」

 

誰が食事にエネルギー効率だけを求めるというか。その様子だとマトモどころか食事すら摂取していないようで、身体には目立った異常はないものの、リサは目敏く捉えた。

 

手際よく切り、焼き、盛り付ける。

 

「はい、どーぞ」

「………美味しそうですね」

「むふふん。そりゃアタシが本気で——あぁんもう、ちゃんといただきますしなきゃダメでしょ?」

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 

ただ京が昼食を頬張るだけ。ただそれだけの画を、リサは満面の笑みを貼り付けて、ただじっと顔を京の方に向けている。

 

「………ん〜?別にぃ?」

「それより今日は何用でございますか?」

「あ〜、このブレスレット、期間限定でしょ?なーんで持ってんの?買ったの?」

「ちょっと」

 

どうにも、彼女は下手くそだった。彼とは違って。それがある種の哀れみというか、京は俗に『自分が出来るのに貴女は出来ないんだ』と言えるタイプの人間なだけあって、的外れながらもそれ以上の指摘を彼自身が拒んだ。

 

「あ〜、もしかしてアタシ、邪魔?」

「決してそのような事は。というか邪魔だったら電気料金請求してから門前払いします」

「地味にえげついなぁ………んじゃあいーよ。早速本題いくから」

 

芝居がかって拗ねるような仕草を見せる。幼子のように口を尖らせ、ぶーたれたように鼻を鳴らし、

 

「あ〜………」

 

満足したように、長く溜息をひとつ吐くと、まるで世間話をそのまま出すように、まるでなんて事のない日常の一幕に落とし込むように、

 

あるいは策謀に塗れたとして………

 

「ポストに入ってた」

「……………?」

 

おもむろに一枚の写真をテーブルに置く。

 

なんて事ない、ただのビル街を切り取った1枚。

 

一体どこの企業の現行犯だと、場違いな事ながら吹き出してしまいそうになるものの。

 

それは虫の知らせとするには理論的に組み立てられ、出来過ぎているが、とにかく常人の第六感を五感に収めた彼だが、所謂それは猛烈に嫌な予感がするというもので、伸ばした手をそのまま引っ込めた。

 

「……………」

 

知りたいという単純な知的好奇心が頭を擡げる。知ってはならないという理性と競合しながら、激しくせめぎ合う。

 

今井リサは不器用である。しかしそれが気にならないほどに彼は、純粋に知りたかった。

 

「どうしたの?」

「いえ………何か………」

「………そっか。やっぱり辛い?」

「いや………」

 

京にとって、それは避けるべき、あるいは忌むべき、あるいはその両方を成すべきだった。

彼は鈍感でなければならなかった。しかしながら不思議なもので、そこに恐れはなかったという。

 

「よしよしいい子だ。リサさんはちゃーんとわかってるから安心してね」




基本的に表裏、として2話構成にしようと思ってます。今回は表ですね。

裏がどうなるのかは知らん。

ちなみに筆者の語彙力はこれくらいの量で限界を突破しました。
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