友希那編が終わったら死ぬ予感
彼は基本的に、嫉妬するという事がない。当然妬み嫉みをパワーにするタイプの人間もいるだろうが、京はそれに当てはまらない。故に、合理的に考えたのだ。妬んだところで、それがどうなるわけでもない。それが負の感情となるのなら、持つメリットなどないに決まっている。
「こんにちは、京」
「はいこんにちは。どういったご用件で?」
「ちょっと力を借りたくて。いいかしら?」
「勿論」
湊友希那。実力派ガールズバンド、Roseliaのボーカル。小柄な女子らしからぬ力強い歌声やボーカリストとしての才能は勿論、決して妥協を許さない努力家。それでいて作詞に関する知識もあり音感も優れるという、天は二物を与えずという言葉を疑いたくなるような音楽の才媛。ただしそれ以外については推して知るべし。
クールビューティに猫を愛する愛猫家でもある。
「ここはどういう言葉が適切かしら」
「語彙力不足で英語をぶち込むのは高校生がやりがちなミスです。前後や全体の雰囲気を考えると………」
「………なるほど。ありがとう。やっぱり貴方を頼って正解だったわ」
「いえいえ。どうです、この後はやれそうですか?」
「いえ、この後を頼むわ。ラス前の文句について悩んでてね」
「そうですか。やはり貴女は完璧主義だ」
「当たり前でしょう」
彼女はプライドが高く完璧主義者。高校生らしからぬストイックさを持つが、それだけと言えばそれだけ。
別に高慢ちきというわけでも、自信過剰というわけでもない。だからこそ京を頼るという事をしながら、バンドを組むという事をしている。友希那は京から見ても面白い人間で、自分を上げる事をしても他者を下げる事を絶対にしない。クールで大人びていて性格が悪いようで、話せばまったくそういうわけでないという、矛盾したような性格が同居している。
「こう言っては失礼なのだけど、そういった知識はどこで学んだの?」
「別に、人間の脳は反芻すれば覚えるように出来ています」
「そういうものかしら」
「そうじゃなければ人類は絶滅の一途を辿ります」
「貴方は偶に、話をわざと大きくするわね」
「お気に召しませんで?」
「正直、わかりにくいわ」
「それは失礼」
ばつが悪そうに京がむくれると、慰めるように頭を撫でる。
「ふふふ………」
「ふっ………」
我慢していた笑いが吹き出す。
「貴方が笑うのはまりなさんの前だけだと思ったわ」
「失礼な。私だって表情筋が死んでるわけじゃないんですよ」
「じゃあ瀕死じゃない」
「貴女にだけは言われたくないです」
その日はさっさと終わらせるべきを終わらせて、友希那はお礼とリサのクッキーを置いて帰っていった。
「………甘っ」
翌日、ライブハウスCiRCLEにて、Roseliaの練習に来て欲しいとのメッセージを受信した。その日の、しかも約束の時間2時間前にそういったことを頼むのはらしいといえばらしい。そして約束の時間に間に合うくらいに家を出ると、偶然にも同バンドのベース、今井リサと出会った。
「おぉう京、珍しいじゃん。どったの?」
「おたくのボーカルに、練習に来いと」
「ありゃりゃ。何かあったのかね」
「どうせ美竹さんあたりとどんぐりの背比べでもしているのでしょう」
「そん時は間に入ってあげてよ?」
「それはRoseliaの潤滑剤こと貴女の役目ですよ、リサさん」
「えぇー?ライバルといる時の友希那はかなーり頑固だからなぁ」
「ならAfterglow側の潤滑剤に任せましょう。どうにもならなかったら仲良く喧嘩してる2人を肴にジュースでも飲みましょう」
「性格悪いぞー」
拗らせているという意味ではあのボーカル組も中々のものだとは、あえて口にしなかった。
CiRCLEでは準備万端といった様子で、既にメンバーが揃っていた。それにしても、女子高生がバンド活動の楽器を準備する光景に対し、『物々しい』という感想を抱くのもRoselia故なのだろうか。
「よっすー」
「どうも」
「あら、2人とも一緒だったのね」
「偶然ねー、京」
「ええ。リサさんが裏路地で時間を調整していた事以外はまったくの偶然でした」
「……………」
「リサ?」
「あははー………」
まったく、よく観察していなければ京はこの場で自意識過剰の笑い者になるところだった。もう何百回とやったシミュレーターが功を奏する事になるのは京自身も予想外の展開だった。あるとしたら、もう少し先の話かとばかり思い込んでいた。
もっとも、そのシミュレーターは彼が3度瞬きをすれば終わるものではあるのだが。
「まぁまぁ。遅れたわけでもありませんし」
「そうね………」
「それで湊さん、そろそろ私を真昼間に呼び出した理由を説明しても良いのでは?」
「不服かしら?」
「ご存知ないかもしれませんがね、私、外に出るのは得意でなくてですね」
「いいじゃない。美女に囲まれてるわよ」
「黙って猫と戯れてろ」
「口調変わってるし………」
若干ピリついた雰囲気、というより友希那が遠慮していないだけなのだが、とにかくそこを仕切り直すためにリサが割って入る。
「あこと燐子は?」
「呼んでないわ」
「おっと?」
「今日はこの3人よ」
「また珍しいですね」
「そうかしら?」
「湊さんとリサさんの間に私ですか」
「貴方の事だもの」
「私ですか」
大変よろしくない予感がする。というより、話題が自分の話し合いを聞くというのが果たして意味をなしてくれるのか、甚だ疑問である。誰かの家を使わないという辺りがガチさ加減なのだろうが、それにしたってライブハウスでするような事もなかろうに。
「一体なんです?もうちょい呼ぶべき人がいるでしょう」
「予定がね」
「あっそうですか」
友希那は京に顔を向けて目を見ると、ひとつ諦めたように溜め息を吐いた。
「そんなに警戒しないで頂戴な。世紀の重大発表があるわけじゃないんだから」
「じゃあ何ですか。リサさんのバイト先が燃されたとかですか」
「物騒過ぎるなぁ………」
「まりなさんがね、最近構ってくれないって」
「………は?」
その疑問符に全てが集約されていたと言っても過言ではない。
『進んで体を追い込みにいくとかとんだマゾヒストですね』
などと供述してアウトドア派を見下す京が外出したとなれば、友人のためかあるいはやんごとなき事情故か。事実今回は前者に当てはまったため鉛のようになった体を動かして来たはいいものの。まさかこうなるとは予想も出来なかった。というより、したくなかった。
「キレそうなんですけど」
「キレる若者ね」
「死にたいらしいな」
「うぉい、ちょい待って京。落ち着いて。ほれ、お姉さんの抱擁をあげよう」
「………リサさんを呼んだのはこれが理由ですか」
「いつもリサかまりなさんにベッタリだものね、貴方」
「まったく、そのようなふざけたことで呼ばれる私はいい加減怒ってもいいと思うんです」
「貴方、怒ったって何もしないじゃない」
「殴ったら手が痛くなる」
そうは言っているものの、リサが腰に手を回して京を止めなかったら今頃どうなっていたかはわからない。世の中、もしかしたらという便利な言葉で色々化けるものなのだから。
「ヘタレですかあの人は」
「反抗期の息子とどう接していいかわからないんでしょうね」
「誰がですか、誰が」
「え、マジ?それマジ?」
「鵜呑みにすんな筑前煮」
「アタシのこと?ねぇそれアタシのこと?」
「本気の話をすると、貴方がまた無茶やらかしてるんじゃないかって、ずっと心配してたわよ」
「無茶は合理的ではありません。だからやりません。そう言えば彼女は満足してくれるでしょうか?」
「しないでしょうね」
「私にどうしろと」
史上最大級に頭を悩ませることになりそうだ。わかりやすく側頭部に手を置いて頭を抱えていても、ただいたずらに時間を浪費するばかりである。
「私のことになるとあの人は一生懸命ですってセリフ、中々自分に自信がないと言えないですよね」
「京!帰ってきてー!」
「目玉焼き食べたい」
「憂えているわね」
「一体私が何をしたというのか」
「貴女に心配はかけません詐欺」
「重罪ですね」
「京のことだと思うなー」
過去、いざこざとまではいかないものの、月島まりなとは少しばかり行き違いがあった。今はもう完全に和解しているものの、その後遺症のおかげで彼女は京に対してバンドメンバーと違う接し方をする。おかげでストレスとストレス緩和の同時多発攻撃である。
「友人として忠告するけど、あんまり人を合理的だなんだで考えない方がいいわよ」
「肝に銘じます」
「じゃなきゃ貴方、色々危ういわよ」
「生命が?」
「貞操が」
「もしかして友希那さん、疲れてます?」
「絶好調よ」
やりにくいったら。同族嫌悪と似たものかもしれないが、無表情お茶目の友希那は知り合いの中でも一、二を争うほど心が読めないお人なだけあって、彼女は今も京の良き友人であり天敵である。
「私貴女に何かしました?」
「貴方は私の友達よ」
「………帰ります」
「で、どうなの?反抗期なの?」
「違います。そういう気分じゃないだけです」
「まりなさんだって貴方のために頑張ってくれてるんだから」
「わかっています。そこまで恩知らずではありませんよ」
友希那と京の間に何かあるかもと、緩衝材として呼ばれたリサではあるが、彼女も一定の興味が湧かないでもない。彼女が知る限り湊友希那はここまで他人に羽目を外すようなタイプではない。京も同様に、他人に心を開くタイプではなく、誰かに頼らない一匹狼だった。
「変わったねぇ、2人とも」
「そうですか?」
「最初から京はこんな感じじゃない」
「友希那さんもですよ」
「どっちもどっちだと思うなー」
友希那に出遅れたとはいえ、リサも初期の頃を知る数少ない人物である。2人の仲睦まじさを知るという事でもあるわけだが、友達になってからの彼女達はどこまでもマイペースというか、自分のペースで生き急いでいるというか。まったく変わらないわけでもないが、2人とも素で能面なだけに表面上は何も変わっていないように見える。
「とりあえず、まりなさんに日頃の感謝でも伝えなさいって話よ」
「態度で示してますから」
「甘いわね。そういうのは形にしないと不安になるのが女なのよ」
「何言ってるんですかね」
「あーもう、そろそろ出よ?あんまりスタジオ占拠してちゃ悪いからカフェ行こうよ。アタシお腹減ったな」
「………私も丁度糖分が欲しいと思っていたところです」
「そうね。行きましょうか」
3人の会話は弾んだ。弾み過ぎて少しばかり熱が入る点もあったが、ローテンションを引きずり続けるよりはいい筈だ。その辺もまた、京と友希那らしいというかなんというか、良くも悪しくも遠慮しなくなってきたという事だ。変に完璧過ぎるよりはこちらの方が、いくらか年相応というもの。
「友希那ってさぁ、京の事、好きなの?」
「それここでしなきゃダメな話ですかね。ねぇリサさん」
良くも悪しくも。
「おかしな事を聞くのね、リサ。大好きに決まってるでしょ。今すぐにでも結婚したいしというかいっそもう襲って既成事実を××して××して作ってもいいと思っていたところよ」
年相………応?