純愛の名の下に   作:あすとらの

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あすとらのが瀕死の重傷を負っています。ヤベェ、本格的にネタが尽きそう。ちなみに遅れた言い訳は後書きにて。


氷川日菜の最適解(表)

京はその性格の通り、可能な限り静かでいる事を望む。分かりやすく言えば、白金燐子や松原花音のようなタイプが理想的、ハロハピの乱痴気騒ぎ担当の3人はあまり得意でない、という事だ。

 

しかし、明るければ明るいほど京とは合わない、という法則には例外がある。最たる例は筑前煮好きのギャルこと今井リサだろうが、実は1人だけではない。

 

「けーいくーん!」

「あ………?」

 

それが、今日もやって来る。

 

「邪魔です」

「邪魔しに来たんだよ!」

 

基本、スペアキーは出回っていると考えて構わない。というより、彼の住むアパートの大家は寛容が過ぎる。おかげで彼の部屋のキーは貸し出しフリー状態だ。

 

「あっそ。とりあえず出てけや。日菜」

「イヤ!」

 

氷川日菜。氷川姉妹のやかましい方。パスパレのオーディションを何となく受けて何となく合格した、に始まり、とにかく逸話に事欠かない天才児。ただし彼女は理路整然としたギークのような天才ではなく、あくまで彼女の感性に従って動く。野生動物が如き嗅覚で本人曰く『るんっ』と来たものを探す。

 

「日菜、白鷺さんに何を吹き込まれたのか知りませんが、とにかく今、貴女のせいで私のパーソナルスペースが侵害されているのです」

「だからぁ、そのためにやってるんだってば」

「何たるや、貴女には善人の心がないらしい」

「えぇ〜?そんな事ないよぉ〜?少なくとも京くんよりは」

「驚きですね。紗夜さんの説教でも聞いて欲しいものです。爪の垢煎じて飲むより効果的だろうさ」

 

京と日菜の間には、言い争いと呼べるほどに会話が弾んでしまう事だ。そして、鍵をポケットにしまってコートを羽織って、外出の準備を整えているその間にも京は器用に体と頭と口を同時に動かしている。

 

「どっか行くの?」

「どこへ行こうが勝手でしょう」

「そういうわけにもいかないよ。あたしがちゃんと見張っとかないと」

「私には弁護士を呼ぶ権利があります」

「まっさか京くんはー、そーんな酷い事しないよね?」

「どうだか。今のうちに閉所に慣れておいた方がよろしいのでは?」

 

 

高校生とその歳下が話す内容とは到底思えない内容だが、それも2人の間では通常運転というか通常運行というか、挨拶のようなものというか社交辞令の前段階というか。

 

「変わらないなー、京くんは」

「その言葉、そっくりそのままオマケ付きで貴女に返します」

「そういうのを素敵っていう女の子もいるけど、変えるとこは変えないと。そういうのは頑固って言うんだよ」

「それ、ブーメランだってわかってますよね?」

「えぇ〜?」

「貴女は始終そんな感じ、あの姉はカタブツで融通も効きませんが、それ故に苦労が偲ばれます」

 

月島まりな、湊友希那、今井リサ。この3名は特に初期の頃の京を知る人物であるが、あえて知るという優劣を付けるのであれば氷川日菜はその3名と比べて浅いながらも、長い付き合いの部類には充分入っている。3人が極初期だとして、氷川日菜とその他の面々は初期になる。

 

「最初の方は野良犬みたいだったのに」

「貴女は最初の方どころか今も野良猫そのものですよ」

「にゃんにゃん!」

「うるさいです」

 

傍目からはイチャつくバカップルに見えなくもない、こともない、ようなこともないかもしれないが、日菜は横に並んで歩く京の違和感を察知して立ち止まる。

 

「ホントは無いでしょ?用事」

「よくご存知で」

「だってよく使うじゃん。そういうやり方」

「見破られたのは初めてです」

「見破られそうになったのは?」

「赤メッシュ軍団のパン娘以来です」

 

彼女もまた、他人を見ていなさそうで恐ろしいくらいに観察しているというか。一番他人というカテゴリに関心を示さなそうな人間が、実は一番人を見ているという点においては、日菜も同じ部類に入るかもしれない。もっとも、彼女は観察した上で付け入る事を避けているのだが。

 

「あらら。で、訳もなく出掛けてどうするつもりだったの?」

「そのまま貴女の事務所に向かって白鷺さん辺りにパスしようかと」

「えぇー?せっかく今をときめくアイドルバンドが家にまで来てあげたんだよ!?」

「そういうマウント取ろうとするとこです。今の貴女を知ったら、ファンは面倒で潰される事を恐れるでしょうね」

「ひっどーい。あたしそんなに面倒な女じゃないよー?」

「10秒前の自分の言葉を思い出してください」

 

日菜は確かに天才肌で、京曰く、一見すると脳みそのサイズさえ疑ってしまうほどに馬鹿騒ぎをする理解不能な人物であるものの、存外学業の成績も優秀で、仕事をタフにこなしているという意味では聡い少女だ。だがしかし、京が言う『一見すると』の部分があまりにも大き過ぎる。

 

「それとさぁ、いっつもお姉ちゃんとあたしの事、姉の方とか妹の方とか言うけど、あたし京より年上!高校生!」

「………で?」

「妹の方ってやめて!せめて日菜って呼んで!」

「最近はちゃんと呼んでいるでしょう」

「何か名残があるじゃん。何か、姉だからどう、妹だからどうっていうのがあるのかなって」

「………そういう意図はありませんが、そう思わせたのならお詫び申し上げます」

「じゃあちょっとあたしに付き合って♪」

「それが狙いですか、このカラス女」

 

どうにも、弱い。虚を突かれるというか何というか、どうにもお互い純真無垢とはならない。同じパスパレの中でも某まん丸お山を相手にするのとは全く違う。

 

「事務所には絶対に行きません」

「千聖ちゃんとお話すれば?」

「あー………今はそういうモードに入ってない」

「じゃあ今はどういうモード?」

「面倒を全て放り投げて家でゆっくり休みたいモード」

「……………」

「……………」

「………もしかして面倒ってあたし?」

「それ以外に何があると」

 

察しがいいのも交流の賜物だ。

 

「私は芸能人とは付き合わないつもりだったのですが」

「でもしょうがないよ。ね?」

「ええ、残念ながらそのようです」

 

京はくるりと踵を返す。日菜はそれを追う事もなく、ただ一言声を掛けた。

 

「あたしはあの時の事、後悔してないから。貴方もそうだって信じてる」

「だといいですね。私はこれまで、自分の中で色々な事を変えてきましたから。犯罪倫理から好きなカキ氷のシロップまで」

 

 

 

 

 

最近は、偶然ではあるがパスパレのメンバーと関わる事が多くなっている。まったくいつシャッターを切られるかわかったものではないのに、呑気なものだと戒めたくもなる。

 

「私が何をしたというのか」

「そう言うものじゃないわ。芸能人と一緒よ。喜びなさい」

「今の発言を加味して尚喜べると思えるその頭、実に興味深いです」

「あら、CTスキャンでも撮ってみたらどう?」

「輪切りにしてしまえば貴女の口も閉じれるでしょうね」

「ふ、2人とも………」

 

Pastel✳︎palettesのふわふわピンクこと丸山彩には荷が重い。あいも変わらず京と千聖は犬猿の仲で、およそ未成年とは思えない会話を展開している。

 

「私が暇に見えるとは驚きです」

「違うの?」

「自分の何と他人の何を比べるのもそちらの勝手ですが、よほど自分達を敬虔な労働階級と思ってるらしい。そうじゃなきゃ他人に暇などと中々言えませんよ」

「権利っていうのは義務との釣り合いが必要なのよ?」

「例えば?女優の不干渉義務とかですか?」

「そうね。ビジネスパートナーとの接触不可分の権利とかかしら」

「銭でも積めばいいものを」

「貴方、コメディアンの才能があるわよ」

「そういう貴女はナルシストの才能がおありですよ」

 

この2人はまず、皮肉と脅しを無しに会話が出来ないものかと彩が憂う。そして監視役こと氷川日菜は

 

「ねーねー彩ちゃん。あの2人ケンカしてるの?」

「うん………うーん………」

 

などと呑気なものである。

 

「で、スキャンダルを恐れない勇者諸君は何故私を呼び出しました?」

「ただお茶したかっただけ」

「帰りたい」

「帰さない♪」

「白鷺さんさては、友達少ないですね?」

「どうかしら、今ここに3人いる」

「おっと………」

 

虚を突かれる。懇談会はその後3時間になった。日菜はいつもに比べて大人しく、京に話しかける事も少なかった。珍しい、とは思いつつも、人には浮き沈みというものがある。そこに大して驚く要素などありはしないのだが。

 

「日菜さん」

「なぁに?」

「………いえ、何でもありません」

「えー?何それ、すっごい気になる!」

 

こうして釣ってやれば、いつもの氷川日菜なのだが。

 

 

 

 

 

「やー、楽しかったね、京くん」

「それ嫌味ですか?」

「ん?何で?」

「………もういいです」

 

彼のような人間にとってはマイナスイオンは劇薬そのものだ。特に現代の流行りがどうだという話題にはついていける気がしない。幸いだったのは、それを前面に押し出さんとするあざといタイプの人間がパスパレにいなかった事くらいだが、それでも困った事に人間の耳はそこそこ高性能なのである。

 

「何が楽しくってあんなところに?」

「るんって来たから」

「言語化してください」

「わかるでしょ?」

「わかるわけありません」

 

どこまでもフィーリングで生きるというか。自らの興味の事となるととにかく第六感どころか第七感辺りまで使う彼女をどう理解せよというのか。京にとっては甚だ疑問である。

 

「逆に来ないものは何ですか?」

「それは、るんって来ないものを見ないとわかんないよ」

「それで今までどうにかなってるんだから、貴女は人生得してますよね」

「うん!もう毎日楽しい!」

「さいですか………」

「京くんは楽しくないの?」

「貴女みたいに能天気とはいかないので」

 

何を気取るでもないが、それでも、やはり京は気苦労が絶えない。それは今こうして実践している、他人に合わせるという行為がそのまま当てはまるし、そうでなくても彼がよくする予測というのは、時として被害妄想にも似たストレスを与えるものだ。

 

「じゃあどうしたら楽しいの?」

「何者にも邪魔されない空間で趣味に没頭する事でしょうか」

「そういうのがるんってくるの?」

「………えぇ、まぁ」

 

やはりわからない。彼の中で、正解と思わしき候補はいくつかあるのだが、どれも掠るだけで正解とは言いがたい。とにかく仮定を置いて進めるしかないのである。

 

「でもでも、2人の方が楽しい事だってあるよ!ね?あたし達、友達でしょ?」

「………」

「ね?」

 

やはり、弱い。純真過ぎるというのに振り切れていると、どうにもいつものように、具体的に言うなら白鷺千聖のようにとはならない。

 

「そうですね。友達です」

「でしょでしょ!それじゃ明日も———あ………」

「どうしました?」

「やっぱり明日はゆっくり休もっか。京くんも大変だろうし。それじゃあね!ばいばい!」

 

そして何とも嬉しきかな、2人の変人が進化した瞬間である。




日菜ちゃんの予定だったのですが、ある読者様からいただいたアイデアは、日菜ちゃんではなく次の人になる予定です。

はい、つまり、友希那さんの次は日菜ちゃんを書くことが決定してた→あれ?でもアレもコレもええやん→でも日菜ちゃんにはもうアイデアあるからなぁ→でも日菜ちゃんも細かいとこ固まってないなぁ

の無限スパイラルで葛藤してました。結果、次々回は固まってるのに次回が固まらないという謎現象が発生しました。すみませんでした。

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