純愛の名の下に   作:あすとらの

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ネタ切れ前最後のキャラはポテトさんになりました。そういやアンサイクロペディアのヤンデレタイプ別を見ても、表裏一体型ってのがわからんかった………


氷川紗夜の乖離(表)

まったく人間というのは愚かなもので、合理、合理と言いながら、言い聞かせないと不合理になってしまうその行動が不合理なのです。

 

「出水君、少しよろしいですか?」

「今ですか?」

「はい。湊さんとどのような話をしていたか、お聞かせ願えればと」

「別に。あの人の口から出るのは1から15くらいまで音楽の事ですよ」

「………そうですか」

 

普通に会話をしているだけのはずなのに、気分は警察官に尋問される容疑者だ。京は内心辟易する。

 

氷川紗夜。ガールズバンドRoseliaのギタリスト。その修験者の如き恐ろしいストイックさの賜物か、高校生らしからぬ実力を持つ少女。真面目さが前面に出過ぎている故に、彼女が風紀委員に所属していると話した時には10人中10人が口を揃えて『ですよね』と言ったとか。真面目に生き、真面目にギターに向き合い、真面目に犬を愛でて、真面目にジャンクフードに舌鼓をうつ華の女子高生である。

 

「話は変わりますが出水君、学校へは?」

「行ってません」

「何故?」

「差し当たり問題はないので」

「大ありです。良いですか、確かに義務教育と呼ばれる段階は過ぎていますが、それでも高校に進学するという選択をした以上その形態は問いませんが、勉学には励むべきです」

「落第はしていませんが」

「行きたくなければ行かなくていい。その習慣が身につく事が危険だと言っているのです」

 

彼女は真面目で勤勉を是としているせいか、京とは親しい仲と呼べるような関係にない。ふとした事で小言か説教が飛ぶのは日常になりつつあり、京もこれを予知する能力と聞き流す能力を身につけた。そして、今思うところはひとつである。

 

「思ったより優しいですね」

「………はい?」

「優しいですよ。いや、ただ頭がお堅いだけかと思っていた私が馬鹿みたいだ。おみそれいたしました、氷川さん」

「………そう言われたのは初めてです」

「おや。そうでしたか。予想外ですね」

「それは私のセリフです」

 

どうにも、調子が狂う。それはお互い様のようで、謎の気持ち悪さは残るばかりだ。まったくやりにくい。2人が相手に抱いたのはまったく同じ疑念であった。

 

「貴方はおかしな人ですね」

「随分な言い草ですね、氷川さん。妹と和解した反動がこれですか」

「………否定は、出来ませんが」

「あっ、そう………」

 

彼女とその妹、氷川日菜との間にはかつてわだかまりがあった。というのも、小さな努力を積み上げる努力型な紗夜と対象的に、日菜は天性の才能でそつなくこなす。それが相当なコンプレックスとなっていたようで、その溝は深かった。最近ではそんなカタブツな姉も丸くなったが、妹を思うという庇護欲が迷子になっているようだ。

 

「とにかく、必要なのはやるべき事を気分がなんだと言って反故にしない事です!」

「はーい………」

 

そして京にとって一等最悪なのは、彼女がまた間違っていないというところにある。彼女が暴君だったらまだ逆らいようもあったものの。そうでなければ従わない方が悪だ。形態は問わないが勉強をしなさい、という辺りに特に紗夜の配慮が感じられる。おかげで京に出来るのは、返事をして実行はしない『やります詐欺』だけである。

 

「そろそろ休憩が終わりますね」

「別に話しかけなくてもよかったんですがね」

「そういうわけにはいきません。学校は違えど、貴方と私は良き仲の先輩と後輩でしょう」

「縁もゆかりも日菜任せでしたけどね」

「な゛あ………それとこれとは話が別です」

 

カタブツがなりを潜める、というのは京にとっても良い結果となった。真面目さは失っていないため紗夜の言葉はいい啓発になるが、思考が凝り固まっていないおかげでとっつきやすい。今までの彼女が高校生とかけ離れていた事もあって、やりやすい事この上ない。

 

「では練習頑張って。応援していますよ。カフェでお茶でも飲みながら」

「貴女さては、私の話を聞いていませんね?」

「聞いた上で言ってます」

「なお悪い!」

 

 

 

 

 

相変わらず彼女達はストイックというか、限度を知らないというか。今井リサのクッキーをエサに待ち続けること実に3時間。休憩後にこれなのだから、果たして体力が底なしなのか熱意が底なしなのか。

 

「あるぇ?京?」

「こんにちはリサさん。早速ですがクッキーよこしやがれください」

 

最初に違和感に気づいたのはリサだった。テーブルに突っ伏したまま動かない人がいたので何事かと近寄ってみれば、整えていない黒色の短髪にリサ自身が選んだグレーのパーカーと黒色のカーゴパンツに見覚えがあった。

 

「お、おう………どったの?誰か待ってた?」

 

一体何がどうなって瀕死になってしまったかと恐々するばかりであったが、その原因は誰もがよく知っていた。

 

「ええ。といっても、待ってたのは私ではなくてですね」

「やっほーおねーちゃん!あとみんなも!」

「お、ヒナじゃん」

「日菜?どうしてここに?」

「なんかね、京くんがまりなさんと話してたから、何かなーって」

「わからんでしょう?こいつはいつもそうなんです」

「いや、まぁ、うん………そだね………」

 

リサも、否定したいが否定出来ないようで、苦笑が止まらないようだ。

 

弦巻こころ、北沢はぐみ、戸山香澄、etc.………性格のせいで京と合わない人間はいるが、彼女もその1人だ。まず、行動が読めない。あまりにも感覚的過ぎる彼女との相手は、野良猫を相手にしている気分になる。

 

「そんで、どったのヒナ?愛しのおねーちゃんに用事?」

「んー、別にこれといってないけど、一緒に帰ろ!おねーちゃん!」

「………まったく、出水君が困っているでしょ」

「いやいいんで、早くそのじゃじゃ馬を連れて帰ってください。私が過労で死ぬ」

「もう………わかりました。これ以上負担をかけさせるわけにはいきません。帰るわよ、日菜」

「はーい!付き合ってくれてありがとね、京くん!」

「もう二度と付き合わん。次はイマジナリーフレンドでも連れてきてください、日菜」

「友達を連れてくればいいの?」

「違う」

 

そんな姦し地獄は勘弁願いたい、とばかりに京は立ち上がって歩き出した。そのままRoseliaは解散する形となり、リサと友希那が京と同じ方向へ、あこ、燐子と紗夜、日菜もそれぞれ別の方向へ歩いた。

 

氷川姉妹は良好な仲を深めているが、それでもテンションの高低において紗夜はまだまだ日菜より低い。そのせいか会話という感じではなく、日菜が喋り倒すというのが常であったが。最近はそれも消え、対等になりつつある。

 

「日菜、貴女確か出水君とは長い付き合いよね?」

「うん。何で?惚れた?」

「断じて違います。月島さんと話していた、というところが気になっただけ」

「そっち?まりなさんは京くんのお母さんみたいなものだもん。京くんもすっごく懐いてる」

「普段の会話は到底仲良しのそれとは思えないのだけれど………」

「反抗期なんじゃない?」

「そうかしら………?」

 

思春期であれば不思議がる事もなし。しかしあの万年能面の京にそんなものがあるのかも怪しい。紗夜は日菜ほど付き合いは長くないが、良くも悪くも彼の特徴を掴んでいる彼女にとっては、反抗期というのはどこか引っかかる。

 

「やっぱり惚れた?」

「どうして貴女はそういう方向に持ってきたがるのかしら」

「だって〜、あのおねーちゃんがだよ?」

「彼に興味があるのは確かです。しかしそれは恋慕などではありません」

「ほんとーにー?」

「本当です。貴女が期待しているような事は間違ってもありません」

「まりなさんなら知ってるよ。どんな女の子が京の好みなのか」

「………別に、だから何です?」

「拗ねないでよ」

「拗ねていません」

 

紗夜は真面目故に嘘を吐くのが苦手で、自分はクールを気取っていても偶にボロが出る。特に顔、特に特に表情に出る。皆近寄りがたいから近寄らない、つまりそんな嘘を吐けない紗夜という側面を知らないが故にマイナスイメージを抱くが、知ってしまえば案外年相応な乙女だ。

 

「ただもったいないと思っただけです。頭脳明晰でありながらまだ彼は1%程度しか実力を出せていない。今井さんから大体聞きましたが、彼にはチャンスが与えられて然るべきです」

「ほーん………でもあんまり世話焼き過ぎると京くんも困っちゃうかもよ?」

「それは………そうだけど………」

「京くん、頭いいんだからさ、あたし達よりずっと凄い事考えてるかもしれないじゃん?京くんの事考えたら、待った方がいいかなーって」

「………それもそうね。確かに、そうだわ」

「でしょー!あたしすっごくいい事言ったよね!」

「そういう事を自分で言わなければ完璧なのだけれど」

「ぶーぶー」

 

要するに、彼女は奥手。だからこそ他人と知り合い以上の接し方が困難で、時にそういった事に無知故に発想が空回る。他人を寄せ付けないというイメージも彼女にとっては枷となったようで、経験値も足りない。Roseliaの中でも、同年代の集まりという中で能動的になれるのは音楽の事くらい。それ以外は友希那のように、あこやリサに任せるばかり。

 

どうにかしたいと思っても、やり方がわからない。板挟みで苦しんでいるのだろう。

 

「そうだ、あたし、おねーちゃんの事応援してるからさ、もう一個アドバイスしたげる」

「応援って………まぁ、ありがたいから聞くけど」

「あたしと喋ってる時に嘘吐くと敬語になる癖、直した方がいいよ?」

「………!っ〜〜!!〜〜!?」

 

紗夜が発火したように顔が赤くなり、声にならない声をあげる。

 

「日菜!?ちょっ、貴女っ………」

「帰ろ!おねーちゃん!あたしお腹ぺっこぺこー!」

「待ちなさい!」

 

少し前までは、こんな風にふざけあう事もなかっただろう。狼狽する紗夜も、心のどこかで心地よさを感じていた。

 

 

 

 

 

翌日、花咲川女子学園校門前にて。氷川紗夜は敏腕を振るっていた。

 

「そこの貴女、ピアス等は禁止されています。貴女も、そちらの貴女はスカート丈に注意してください。そちらのあな………た………」

「どうも」

「出水君………」

「はい。確かに私は出水京です」

 

日を跨げばどうにでもなる、というのは浅はかな考えだった事が今になって紗夜に後悔として襲いかかる。

 

『嘘吐くと敬語になる癖』

 

「っ………〜〜〜!!!」

 

顔が熱い。見せられるものではないだろう。紗夜自身も朝っぱらからそうなってしまった自分に対して混乱するばかりだ。羞恥のせいで両手で顔を覆うと、逆にそれが変になってしまうようで、ジレンマである。

 

「い、出水君?な、なじぇ、何故っ!?」

「こちらの学校の異空間さんに呼び出されまして。どうやって入校許可が出るのか、知りたくもありませんが」

「そ、そうですか………もしですよ?その、もしよろしければご案内致しましょうか?」

「ありがとうございます。女子校を男子1人が歩くのは精神衛生上よろしくない。是非お願いします」

「は、はい………行きましょうか」

 

どうにも、呼吸が上手く出来ない。自分らしくない、そう平静を装う事も忘れてしまうほどに。どうしてしまったのか、胸に手を当ててもわかるはずがない。

 

「い、出水君?」

「はい、如何なさいました?」

「そ、その………」

 

『惚れた?』

 

そんなはずない、と論理的に否定しようとしても、頭が上手く働かない。だからこそ、聡い彼女はそれに逆らうのをやめ、順応しようとした。

 

「その………予定が空いていればで、いいので、あの、今度、お茶でも如何ですか?」

「ええ、喜んで。今日でも構いませんよ」

「きょっ………いえ、や、よ、喜んで!」

 

戸惑っていた彼女が、恋慕を知るのはまた少し先になる。




今度は何書こうかな………

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