え?ネタ切れ?
そうですけど何か?()
統計的に、同じ10代では兄弟よりも姉妹の方が『仲は良好とは言えない』と答えるのが多いらしい。原因はわかっていない。脳科学的な問題かもしれないが、人間の脳はまだ半分以上解明されていない謎がある。だからだろうか。
「はい、どうぞ」
「あの………」
「もしかして野菜は嫌いかしら?」
「いやあの………」
「ダメよ。健康には気を付けないと」
「………いえ、前にブロッコリー食べて倒れた事を思い出しまして」
「そ、そう?こめんなさい、軽率だったかしら」
「いえ、あの時は免疫が弱ったからです。今は何ともありません」
「そう………」
彼女はそれを、矯正と呼んだ。どういうわけかわからないが、とにかく不摂生を謳歌する彼から目を離せなかったようで、こうなっている。紗夜が京にここまでする理由は本人しか知らないが。
「箸の持ち方はそうではありません。こうです」
「………」
「はい、そうです。よく出来ました」
実際のところ、友達という距離感を測りかねるという事は紗夜に限ってないだろう。彼女は不器用だが馬鹿でも間抜けでもない。逆に、唯一不器用という以外に欠点らしい欠点がない。だからこそ、京も知り合い以上友人未満という関係の心地よさに凄まじくどハマりしてしまったわけだが。ここ最近はそうとはならないようで。
「ご馳走さまでした」
「お粗末様でした。では一緒に」
「………本気ですか?」
「私は冗談が嫌いです」
矯正。紗夜の言うそれは決して危機的状況とは言い難い。彼女は普通の生徒らしく学校へ行けと言っているのではなく、ただ学校へ行くという形態を取りなさいと言ったいるに過ぎない。教室へ突撃する必要もないし、すでに様々な分野で博士号レベルの知識を有する京に今更中学生レベルの授業を受けろとも言ってない。落とし所であったはずの保健室登校さえしなくなった彼に、せめてその落とし所まで戻って欲しいという、彼女にとっても中々の妥協ではあるが。
「私も一緒よ。だから大丈夫」
「………はい」
「手でも握りましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
紗夜は京に提案した手前表情に出しにくいだろうが、心配性だ。しかし紗夜が心配するあれやこれは杞憂である。しかし京が言葉にしないのだから与り知らぬのだが。頭がいいというのは時に凄まじい障害になるもので、周到な彼女にとっては、彼の身に降りかかるあれこれをシミュレートしただけで胃が痛くなってくる。
「ほら、もっと寄りなさい。危ないわよ」
満員、というほど凄まじい混雑ではないが、腕を動かすのがはばかられる程度に混み合ってきた電車で、紗夜は京を庇うように自分の体の方へ抱き寄せた。風紀を取り締まるといっても彼女も年頃の少女で、ほのかにシャクヤクの花の匂いが香る。
「危ないって………何が?」
「どこに不埒な輩が潜んでいるかわからないわ。だからこっちに寄りなさい」
「………はい」
京の気のせい、あるいは思い違いかもしれないが、紗夜は三人称を用いる事が少なくなったような気がする。代わりに二人称で京を表す事が多くなった気もする。それが何だと問われれば、引っかかっただけなのであるが、疑問を持つとどうしてもそれに対して鈍感になれないのは京の悪癖である。
「紗夜さん」
「どうしたの?」
「私の学校、何故知っているので?」
「今更じゃないかしら。もう半年くらい前からみんな知ってるわ」
「それ誰がバラし………いや、若干2名当てはまる」
「でも感謝しています。こうして貴方を見守れるのだから」
「………何故そうしようと?」
「あら、わかっているとばかり」
「私は超能力者ではありません」
「ふふっ、そうね」
紗夜にその気はないのかもしれないが、どこか皮肉めいたように聞こえた彼女の言葉に京は口を尖らせる。それを彼女は慈愛をもって笑い飛ばした。
「昔からね、可愛い弟がほしくて」
「………弟、ですか」
「そう。貴方は素でやっているのかもしれないけど、何だか反抗期の男の子みたいで可愛いのよ」
「そんなの受け取り方次第じゃないですか」
「ほら、そうやって変に理屈を作ろうとするところなんて」
「放っておいてください」
「ふふふ、こめんなさいね」
大人びているようで、その優れた思考力を何故かもっともらしい屁理屈をこね回すのに使う。本人はそうでないかもしれないが、紗夜から見れば子供っぽい。
「行きましょうか」
「え?」
「えって………不満かしら?」
「流石にそこまで付き合わせるわけには」
「一緒に電車に乗った時点で今更よ。ほら、どうにかして私の目を欺かれても困るから」
「しませんよそんな事」
「どうかしらね」
おそらく今の紗夜は強硬手段に出たとしても己の信念を曲げないだろう。今京に出来るのは紗夜の行動を心の中で許容せず、しかし行動そのものを許容する事だけである。
「でもやっぱり、最初は私も驚いたわよ」
「どの辺りが?」
「学校に通おう、なんて思ったところがかしらね」
「私だって、自分が全知全能と思った事は一度もありません」
「殊勝なのは大変よろしいことよ」
会話は紗夜が望んだ通りのものだった。思わず笑みが溢れそうになるが、今はそうあるべきではない。
「何だか姉が出来た気分です」
「………あんまり無理しないで。そういう話題は自分の首を締めるわよ」
「こういう形で接したのは紗夜さんが初めてですから」
「そう………ありがとう。行ってらっしゃい、京」
「ええ」
彼を見送った。そして彼が雑踏の中に消えていくのを確認すると、彼女は笑った。
「………ふふふ」
獲物を定める蛇のように。
今日は平日なのだが、花咲川女子学園は記念日か何かで休校だった。まさかその日と京が登校を決心した日が一致するとは何たる奇跡か。
「ふふっ」
柄にもないとリサは笑うだろうか。しかし喜ばしい。本当に弟が出来たような気分になった。家に帰るまでずっと顔がにやけっぱなしで、おそらく変な目で見られた事だろうが、どうやら紗夜は気にも留めなかったらしく、帰宅して鞄を投げ捨ててベッドにダイブして枕に顔を埋めて足をバタつかせるまで、まったく無駄のないスムーズな動きだった。
理知的で、合理的ながらもどこか幼稚で未発達。やはり完璧な人間などいないという事か。どうにも、紗夜自身も感情表現が豊かとは言えないが、出来が悪い弟を世話している気分に浸っていた。恍惚としたように赤らめた頰を両手で押さえて左右に振る。
「あぁ〜もう何て可愛いのかしら。おかしい、おかしいわ。あんな子が実在するなんて………」
守ってあげたい。彼をあらゆる危険から遠ざける、つまり自分の下に置いて離したくない。
しかし、それは先輩としてでなく、あるいは親愛なる友人としてでなく。まだ未熟な弟を守る姉として。家族として、彼を愛して愛して愛し尽くしたい。
「大丈夫かしら………」
しかし、その庇護欲は時に過剰に反応するようになってしまう。自分の目に入っていないと不安で仕方がない。
まさか京に限って、他人とのトラブルなどないと考えたいが、それでも万が一というのがある。というより彼の悪癖は時に他人との衝突を招く可能性がなきにしもあらず。
「いいえ、信じた以上信じ続けなければ」
そう、そこを違ってはならない。信頼関係にさえヒビが入りかねないのだろうか。
そういえば、いつだったか、こうなっていない時の氷川紗夜と出水京が知り合った時に言葉をかけられた。
『家族には………少し憧れますね』
その言葉が強く焼き付く。
「京………氷川京………ふふふふ……」
その日は、休んだ気がしなかった。様々な意味で、浪費する事となってしまった。
「あは………そう、そうよ。存分に甘えなさい。貴方のお姉ちゃんですもの………」
当の本人はそこにいない。にも関わらず、紗夜は満足とでもいうように蕩けたような顔で身震いした。
いつか彼は言っていた。結局、『ありきたり』というのは大多数の人々が信じているからこそ生まれる信心深さを表すものでもあると。だからこそ、後悔しているだけじゃ前に進まないというのは、正しいからこそありきたりになった。自分はその正しさを貫くのだと。
「終わりました」
「もう?」
「問題は難解でしたが、出題傾向がワンパターンでした。正直、幼稚園受験の方が難しいでしょうね」
「もう市販されてる問題集じゃこれ以上の難易度はないわ」
「残念です」
ある日、京の自宅にて。彼は勉学に目覚めたようで、その知識量をいかんなく発揮した。おかげで彼のレベルに問題集が追い付かない事態が発生。出題傾向が簡単と言われては、いくら問題そのものが難しくてもその意味をなさない。
「もう、仕方ないわね。じゃあ問題」
「どんとこい」
「1+1=2を倍積完全数の総和に基づいて証明しなさい」
「………?………!?………!!」
彼は案外単純なようで、とにかく知的好奇心が最優先である。油性ペン片手にホワイトボードが置いてある別室まで全力疾走していく姿は、微笑ましく映った。
「本当、子供みたいね………」
あんな一面を自分にだけ見せてくれている。そう思うと、愛おしかった。そして、
「あでっ」
「あっ、もう。何をやっているの」
いけないわ。そんな、転んで貴方の綺麗な肌に傷が付いたら。あぁもうどうしてそうなるのかしら。
「チッ………ここだけ何故か滑りがいい。陰謀ですかね」
「不注意でしょ。ほら、大丈夫?立てる?」
京が私の手に触れてああいけないわそんな私と貴方は頼り頼られる存在であって手が柔らかいとかずっと撫でていたいとかずっと保管していたいとか
「ええ、大丈夫です」
違う私達の愛し愛されるっていうのはそんな爛れたものじゃなくて姉弟愛であってあの子との間には———
「ふふ、ふふふふふ………」
家族に向けるべき愛。それを紗夜は決定的に間違えた。
「ねえ、京?」
「………何です?」
いつもなら、計算の邪魔になるから200時間は1人にしろと強い口調で喋る京はそうしなかった。いつもの凛々しい彼女ではない。甘ったるく、媚びるような、女性らしさをアピールするような蠱惑的な声。
「少し、ね」
大変よろしくない予感がする。しかし、それで逃げようとする気にもならなかった。説得のしようがないわけではないと。しかし、それを京は後悔する事になる。
「………しちゃったって、本当?」
「何故それを………」
過去が忌まわしいのなら、それは彼方へ飛ばしてしまうに限る。しかし彼にはそれが出来ない。挑発するようにその美顔を狂気を孕んだ吊り上がったような笑顔で真っ直ぐ見る紗夜と、それをまた真っ直ぐ睨む京。場は一触即発ムードになった。
「本当かどうか、それを知ってどうするおつもりですか?」
「いいえ。どうにもしないわ。ただ知っておきたいだけ」
「それを、信じろと」
「ええ。私を、お姉ちゃんを信じてほしいわ」
「………私の弱みを握ったおつもりですか?」
「そんなわけないじゃない。姉は弟の味方になるものよ」
会話が成立しているようで、成立していない。あまりにも突然告げられた姉弟宣言には、京も、戸惑いを隠すのが精一杯だ。
「いいのよ?私の胸を借りるつもりでいても。だけどあんまりいじめられるとお姉ちゃんも悲しいから」
「何を言っているんです?」
「思えばあの時の私があそこまでになったのもそういう事だったのよ。ね?」
「……………」
それを受け入れるべきか、受け入れざるべきか。それとも彼の頭脳で導かれる第三第四の選択肢を
彼には決断出来なかった。
多分次は新しい小説書くと思いまする。作品は魔法科、単純に書きたくなったってのもありますが、どうにも満足いく話が書けんくなってきた。
別にこっちは休載するわけでもエタるわけでもなく、ちゃんと話が浮かんだら書きますんでご安心をば。あすとらの長いリフレッシュと思って許してつかぁさい。