純愛の名の下に   作:あすとらの

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とりあえず書けたものの。

難しい、難しいなぁ………




今井リサの慈愛(裏)

思えば今井リサの慕情がどこから恋慕に変わったのか。決定的にコレだと言えるようなものといえば、幼馴染であり親友である湊友希那の苦しみを理解する事が出来ないと嘆いた彼女に対して、その前提を根っこからひっくり返した事だろうが。

 

リサは己の中で、意識を変えられた事を救われたと形容した。

 

京、あぁ、京———

 

ただの、と言えばやや語弊があるかもしれない。しかし、恩人に過ぎなかった出水京という少年の、ある孤独という傷に触れてしまったら、止まれなかった。

 

彼のその強さは見せかけだった。どこまでも冷静な彼は、薄皮1枚を剥がせば歳相応より遥かに脆弱で、惰弱で、人という恐怖に怯えていた。

 

それをリサが知る事になるのは唐突であったが、彼女には彼のトラウマを知った事への後悔はない。寧ろ感謝したいくらいだ。

 

どうして?京にとってはアタシ達に合わせる事だってキツいでしょ?そんなに頑張らなくてもいいんだよ?

 

しかし、それを口走る事は憚られた。それは彼の努力に対する冒涜なのではないか?そう考えると、リサの個人的な欲望は、京に嫌われてしまうかもしれないという恐怖に押し込められたのである。

 

しかしそれも………時間の問題なのである。

 

 

 

 

 

まだ出会って間もない頃は、Roseliaのメンバーにそうしたように彼にも話しかけた。

 

過去のある時、CiRCLEにて。

 

「やっほー。出水クンでしょ?友希那から聞いてるよん」

「おや………また系統が違う方が出てきましたね」

「人を動物みたいに言わないでほしいなぁ………」

「どうなさいました?」

「いや、休憩だから。今日は新しい友達をつくりたいな〜ってさ」

「おや。では列に並んでいただかないと」

「あっはは!ナマイキ〜」

 

基本、相手の性格に関わらず快活さを欠かないリサではあるが、しかし彼女も人間、得意苦手というものはある。そしてそれは、実は一時的とはいえ京にも向けられていたのである。

 

レジカウンターに座り、何やら外国語が羅列された学術誌を穴が開くほど見るその姿は、どことなく友希那か、あるいは同じくRoseliaのギタリストを彷彿とさせた。

 

しかし、彼はどうやらその凛々しい外見とは裏腹に、冗談好きで気さくな少年であった。あまりにも予想と違った事もあり肩透かしをくらったが、それでも初めて会話する異性が、柔和な人間でよかったと安堵した。

 

「何読んでんの?」

「心理学の本ですよ」

「うぇ〜、難しそう」

「そんな事ありません。言語が難しいだけで、書いてある事自体はいくらでも要約出来ます」

「そうなの?」

「所謂ライフハックのようなものです。誰にでも当てはまる曖昧な事を自分にしか当てはまらないと思い込むとか、やるなと言われるとやりたくなるとか、色んな行動を同調されると無意識下で仲間だと思い込むとか」

「へ〜………そういやそうかも。あ〜、それ言われるとわかるわ〜」

 

彼女も高校生となれば、未成熟な意見のひとつやふたつ出てくるものだが。

 

俗に言う『お高くとまってる』というのは何も財力に限らず、頭いい奴が頭いいぶってる、という一見矛盾ながらもそうではない要素がある。

 

それが無くて、また二重に安堵した事もリサはよく覚えている。

 

 

 

 

 

あるいはそれを慕情と形容するならば、過去であれ今であれいくらかおかしかった。慕うという意味では正しかったのかもしれないが。

 

そしてある時、突然知った。その兆候を掴んだのは、京とリサが知り合い以上の関係へとなろうとしたその時。

 

確実に、リサの感情はあれから歪んでいったのだろう。

 

「ねーねー京。あのさ………」

 

いつものように、ちょっとした愚痴から会話に華を咲かせようとしていた時だったか。

 

「あぁ、リサさん。おや?今日はRoseliaの皆様はお休みですか?」

「うん。友希那が作詞に集中したいんだってさ」

「彼女は音楽に関して才能豊かですからね」

「そういえばさ、何で京は友希那と仲良くなったの?」

「仲良く………なっているのでしょうか。あれは」

「そりゃもう。あれはリサ姉的に見てかなり仲良さげよ」

「そうですか。もしも本当なら、彼女は私の初めての友達ですね」

「………そうなんだ」

 

過去を顧みるというのは、若年ならば殆どしないが、他人のそれが気になった。それはおそらく、退屈故の気まぐれだったが。

 

「シャイボーイだったのかーい?うりうり」

「貴女みたいなコミュ力オバケに言わせればですが」

「それ褒めてる?貶してる?」

「褒めてるに決まっています」

 

リサは自分の事に関していえばいくらか不器用だが、他人を見る目は普通以上に優れている。

 

「京、いるかしら」

「いつでもここに」

「あれ?友希那、どったの?」

「ちょっと詰まってて。また力を借りられないかしら」

「勿論いつでも」

 

———今アタシが話してたのに………

 

どこか横取りをされたような、子供のようではないかと言われれば、彼女は子供だ。

 

「リサ?私の顔に何か?」

「あ、いや、ううん!何でも。珍しいなって」

「あぁ………そうね。彼には才能があるのだから。頼らせてもらってるわ」

 

友人に嫉妬するのはみっともない?

 

違う。悪いのは友希那で、アタシはただ話していただけで。

 

だって友希那は何も知らないでしょ?アタシと違って。

 

彼がどれだけ苦しんでいるのか、どれだけの喪失と孤独の果てに、悲しむという感情を捨て、普通の人間らしさを破棄した苦痛に喘いでいるのか。

 

その子は普通じゃないのに。どこでどうやって傷付くかわからないのに、友希那にとって普通はその子にとっての普通ではない。

 

アタシならそんな無神経な事しないのに………

 

 

 

 

 

「………さっきから気になってたんだけどさ」

「はい」

「痒いの?」

 

友人になりたい、と言わなくても意識するであろう。服の上から皮膚を掻く姿は、何やら疾病を心配してしまうが、彼はそれを笑って受け流した。

 

「生まれつきでして」

「あ、うん、何かゴメンね?」

「いいえ。私とした事が、失礼を」

 

しかし、彼女は見逃さなかった。シャツの右腕に滲んだ赤黒い血の斑点は、たかが数滴滴下したに過ぎない筈なのに、どこか痛々しく見えた。これを贔屓目と言うのだろうか?

 

「来客はないようなので、私はそろそろお暇致します。リサさんも早く撤退した方がよろしいかと」

「………うん」

 

その日はどうも、寝付きが悪かった。

 

 

 

 

 

彼の微笑は偽物で、彼のもたらす信頼は贋作で、また彼の心理は巧みに隠させれている。

 

無理しないで。

 

自分を大切にして。

 

そんな月並みな叫びは心の中にしかならないもので、それが届く事もなければ実る事もない。

 

もっと誰かを頼って。

 

そしてその変遷はより黒く、より常軌を逸して。

 

———-もっとアタシを頼って。

 

それを秘め、今に至った。

 

「ふふふ………いや〜、いいなぁ。こういう風にしてあげるのは初めてじゃない?ガード硬いもんね」

「……………」

 

まるで借りてきた猫のよう。程よく発育した胸に抱きとめ、頭を撫でると、密着している京の体から力が抜けていく感覚が伝播した。

 

「……………」

「んふふ〜。どう?」

「………良い加減です」

「カタイなぁ」

 

仄かにシトラスのように香り、京が体制を変えようとすると肌が擦れ、艶めかしく悩ましい声をあげる。

 

「ん………甘えんぼさんめ。逃げないから焦らないの」

「………ここまでされるのは初めてです」

「……………そっか」

 

その言葉の意味するところを、リサは痛いくらいに理解していた。離れないように強く抱き締め、逃がさないようにすらりと伸びる足を絡め、胸に顔を埋めさせ、自分の上気した顔を見られないように包むように抱く。

 

「すみません」

「いーの。遠慮しないで。アタシ知ってるんだから」

「知って………え?」

 

確かに不可解だった。親愛の証と呼ぶにはあまりに過激なその行動は単純におかしかった。おかしかったが、それでも彼女の肢体と甘く囁かれる言葉は何かの薬のように心に浸透し、支配し、溶かした。

 

しかし、彼の頭はそのリサの言葉に敏感に反応し、それを拒んだ。

 

「知って………いや、それ、は………」

 

そしてそれは恐怖へと。

 

リサは全てを知った。彼の仮面の肢体、薄皮を剥がした本性を。過去に何に傷付けられ、何を恐れ、何に震えたのか。そして彼の古傷を知り、突き付けた。

 

「何を………何、を………仰って………」

 

まったく、このような企みは苦手な筈だったが。彼の心の隙間を。確かにそんな物ないように思えた。しかしそれは彼が隠していただけで、そこには常人を遥かに上回る闇と隙間が。

 

それをリサ自ら見つけ、それを自ら抉り、自らが埋める。

 

それは深く傷付いた我が子を慈しむ母のように。しかし内に孕むのは、紛う事なき黒だった。

 

「何で逃げようとするの?ヒドいなぁ………」

「馬鹿な!そのような………そのような事が!」

「わかるよ。色んな京を見てたから」

「私にっ、そのような事実は………!」

 

その言葉を待たずに、リサは強引に京の服の袖をまくる。

 

「隠すんならもっとやらないと。可愛いのう」

 

夥しい数の切り傷は赤らみ、瘡蓋は剥がれ、その傷は手首にまで侵食していた。鉄錆にも似た血の臭いが鼻をつく。中には閉じた後に開いたと思われるものさえあった。

 

「全部知ってるって。聞くのはしんどかったけど、でもアタシ、頑張ったよ」

「そんな………」

 

絶望の淵に立つまでもなく、叩き落される。そんな事あってはならない、それはあり得てはならない、しかしそれは、非常に残念ながら、逃避すべき現実は立ちはだかったまま離れない。

 

「あン………こら、そんなに暴れないの。ダメだぞぉ、どうせ逃げられないんだから………」

「んぐ………」

 

その行動は口から出る言葉よりも多くを物語った。物理的な拘束………ではない。

 

これは慈愛

 

これは慈悲

 

これは………狂気ではない。

 

「だから、さ。これでアタシにも、あると思うんだ」

「何が………」

「アタシなら、京の事、愛していいと思うんだ」

 

阻んでいるのが彼の悪虐だったのなら、その強引さは仇となっただろう。しかしそうでなかったら。あるいは彼が、誰よりも他人を想いそのトラウマを自らの内に押し込めたのだとしたら。

 

アタシならそれを取り払える。

 

受け入れられる。

 

いや違う。そんな及び腰ではない。それは、

 

「アタシにしか出来ないんだから」

「………」

 

その言葉に凝縮された底知れぬ恐怖は、その主が与える底知れぬ安堵の前に霧消してしまいそうであった。今まで経験した事のない充足感と安堵感は、忘れていたそれを思い出させた。

 

「ん………」

「そうそう。それでいいの。今まではこう出来なかったんだもんね。ってか今までがおかしかったんだよ」

 

その言葉は壊れかけた彼を深く安心させる善ではあるが、どこまでも堕落させ、あるいは依存させる悪でもあった。それが蜘蛛の糸となるか、張り巡らされた罠となるか。それは最早リサの匙加減ひとつとなった。

 

「全部知ってる。だからアタシにだけはこうしていいの。京はよーく頑張ったんだから」

 

溶解し、瓦解し、崩壊すれば、後は落ちるべきところに落ちるだけとなる。

 

「………こうされたのは初めてです」

「誰かに抱き締められるのが?」

「愛がどうだと説かれるのは」

「別に説いてるわけじゃないんだけどなぁ」

「理解し難いですね」

「今はそれでいいよ」

 

彼がどれだけの荷重にどれほどの期間耐えていたのかわからない。それでも………

 

「ふふふふふ………」

 

閉じ込める必要などない。下手くそな愛の言葉など必要ない。彼の中で自分の存在が大きくなれば、それだけでいい。どれだけ肥大していくのか、どれだけ逃れられなくなっていくのか。楽しみでならない。

 

だからこそリサは………

 

「これは?自分で付けたの?それとも付けられたのかな?」

「………いや」

「そんな顔しないでよ。アタシ悲しい」

 

傷口をなぞり、彼の頭の底に沈んでいた鈍色の記憶を思い出させる。それはそれは丁寧に、言い聞かせるように。

 

「離………して………」

「うん?離してほしいの?」

「………」

「い、や♪」

 

徹底的に打ちのめし

 

そしてひしゃげた心を優しく抱きとめ、受け入れ、そしてそのまま引き摺り込むのである。

 

しかしリサは、決してその修復を許さない。それをして京が己の手の内から離れてしまうのなら、

 

壊してしまえ。

 

そうすれば、彼はアタシの胸の中に飛び込んでくれる。アタシの腕の中で安息を求めてくれる。

 

それを救うのは、彼を理解し、彼の全てを許容出来る自分しかいないのだと。

 

「でも閉じ込めるのも悪くないかもね………なんて」

 

すやすやと、芳しい香りと柔らかな体にあてられて、彼は本能のままに微睡んだ。

 

今井リサという少女の、慈愛そのものに絡め取られて。

 

 

 

 

 

その次の日から、周囲の人間が驚く変化があった。

 

彼はほんの少しではあるが微笑を浮かべるようになった。それについて問われると、京は必ずこう言うのである。

 

「植物は種類によって、高濃度で汚染された水でも育つそうですよ」




足りんかったらすみません。これから頑張りますので許してくださいお願いします別に何もしないけど。

あと次回誰にするかは決まってません。

ご意見くださればそれで書くかも。
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