純愛の名の下に   作:あすとらの

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書いてて思った。誰やこの人。


瀬田薫の迷妄(裏)

その日は晴天で、珍しく京が外出でもしようかと考えるほどだった。真昼間よりも少し時間が経っているため、昼休み中のサラリーマンも学生もいない、ある意味深夜よりも人通りが少ない時間帯だ。その筈、なのだが。

 

「やあ」

「……………」

 

瀬田薫は、今日もおかしい。

 

「相変わらず恥ずかしがり屋だな、君は。それもまた魅力だが、あまり無視されると私も少し寂しいぞ?」

「平日昼間に何してるんですか?」

「まったく、想い人への開口一番がそれとは、ムードというものが分かっていないな、君は。その不器用さもまた可愛らしいが」

「………そう」

 

どうしてそうなったのかは、薫本人にしかわからないが、想い人などという言葉ひとつで、彼女は彼を縛ろうとしている。

 

「遅過ぎるなんて事はない。どうだろう、これからデートでもしないか?」

「学校に行ってください」

 

ぴしゃりと、関係を遮るようにして放たれた。しかし薫はそれに臆することなく、むしろ嬉々とした様子で返した。

 

「そういうわけにはいかないな。今日は記念日じゃないか。放課後だけと言わず、盛大に祝おう」

「いいえ、放課後だけで十分です。そして私は学校生活なんて諦めてるから自分の事を棚に上げてもう一度言います。学校に行ってください。そして友人とのかけがえのないひと時を過ごしてください」

 

言い聞かせるように、京は繰り返す。薫は貼り付けていた笑みを剥がし、嗜虐的に目を吊り上げ、今度は話しかけるなどという生易しいものではなく、迫るという言葉がぴったりと当てはまる。

 

「忘れてはいけないよ、京君。私と君はもう運命共同体なのだから。もう君が何をしたって引き離せないよ?」

「私の運命共同体なんて、そんな好き者はいませんよ」

「………それが君なりの考えなのだな」

「事実確認です。………私用がありますので、私はこれで。貴女もあまり好きにやり過ぎると、雷が落ちますよ」

 

しかしそれに大した反応も見せず、そう言って彼は踵を返して歩いた。不気味に笑う薫を残して。

 

 

 

 

 

「京!!!」

 

どうやら今日は厄日らしい。というのも、朝っぱらからこれなのだから。仰向けになって眠る京が、何故か息苦しいと目を覚ましたら、弦巻こころが馬乗りになって叫んでいた。

 

「起きてっ!ねえ、起きてったら!!」

「起きてますよ………」

「もう、薫がいないからあたしが来たの!ねえ京、かおるがどこにいるか知らないかしら?」

「知ってたら私もこんなとこで寝てはいませんでしたが………それ、本当ですか?」

「本当よ!まったくもう、あたし達に一言もないなんて困ったものだわ!!」

 

何を叫んでいたかといえば、連絡もなしに薫が行方知れずになったこと。相当頭に来ているようで、口を膨らませて不機嫌そうに京を見下ろす。それはそれは、彼女のように元気が溢れている年頃の少女の声は起き抜けに聞くにはあまりよろしくない。

 

「弦巻さん、とりあえずどいてくれませんか?」

「や。一緒に薫を探すって言ってくれなきゃ、や」

「……………お手伝いしますから」

「はーい、ありがと」

「ところで今何時ですか?」

「午前5時」

「バカですか貴女は」

 

誰が目覚まし時計の代わりをやってくれと頼んだか。そう思って二度寝でもしようと掛け布団に手をかけるが、目ざといこころはそれを物言わぬ圧だけで阻止する。そうでなくても、すっかり目が冴えてしまって二度寝は困難な状態にある。

 

「何だってこんな時間に………彼女だって寝ているでしょうに」

「さっき電話で話したもの」

「何してるんですかね」

「でも、急に切ったのよ!行き先もわからないし………」

「その時彼女は何と言っていたのですか?」

「京を愛してるっていう事を証明するって」

「……………」

 

意識を完全に覚醒させるために洗面所で顔を洗っていた京が、三面鏡に頭を盛大に打ち付ける鈍い音が聞こえる。

 

「京!?」

「おおう……………」

 

頭を抑えてうずくまる京の側に駆け寄り、我が子を慰めるように慣れた手つきで頭を撫でる。

 

「もう、おっちょこちょいね。こぶになってないかしら?」

「………大丈夫ですから。それよりその言葉、本当ですか?」

「ええ、そうたけど。どうして?」

「いえ………悪い予感というか、上手く言えませんが、よろしくない未来が見えるというか」

「どうして?」

「直感ですが………私には————」

 

言いかけた時、タイミングを見計らったようにこころの携帯が振動し、メロディーを奏でる。着信のようで、相手は渦中の薫その人だ。

 

「噂をすれば何とやらですね………スピーカーにしていただいてもよろしいですか?」

「わかったわ」

 

京は若干ひりつきが残る頭をさすりながらリビングへ戻り、テーブルに置かれたこころの携帯から聞こえる薫の声に耳を傾ける。

 

「まったく朝が早いじゃないか、こころ。元気がいいのは大変よろしい事だが、あまりお転婆だと淑女らしくなくなってしまうよ?」

 

女性をナンパするような気障ったらしい口調は、やはりいつもの薫と変わらなかった。所詮直感なんてそんなものか、と京が思い直そうとした時、思わぬ攻撃をくらったのだ。

 

「京君はどうしてる?」

「京?すっごく眠そうにしてるわ」

「付き合わせたのか?ダメじゃないか、こころ」

「ごめんなさい。でも薫が心配だったの。それはあたしも京も同じ思いよ」

「………京君がいるのか?」

「何ならここで話聞いてますよ、瀬田薫さん」

 

こころの側にいる、という事は、彼女がポロッと零したという場合を除いて考えられない。どうしても白々しい演技に見えてしまう。そう思うのは考え過ぎではない筈だと、警戒を強める。あまり猜疑が先行するのはよい対応とは言えないが、それをしなければならない理由がある。というより、最近できた。

 

「貴女のせいでこっちはこんな時間に叩き起こされたんです。今どこにいらっしゃるか存じませんが、貴女が抜けて迷惑を被るのはバンドだけじゃないんですよ」

「そんなに怒らないでおくれ。こころの非礼は私が詫びよう。だがこれは必要な事なんだ。私達にとっても、君にとってもね」

「………?」

 

そんな思わせぶりな言葉が、まさにそれだ。

 

「解決したのでいいですね?」

「ええ。ありがとうね、京」

「何もしていないような気もしますが………私用が出来ました、私は出かけます」

「あら、そう?」

「いやいや、そう?ではなく。お帰りください」

「むう〜………」

「そんな顔してもダメです」

 

そして毅然とした京の態度に、こころは早々に折れた。ほとぼりが冷めた頃にまた突撃はするだろうが、今日は勘弁してやるといった具合だ。

 

「そうだ、ねえ京」

「はい」

 

いつもの天真爛漫で明朗快活なハキハキとした声でなく、比較的重い彼女の声に、京もそれに応えるわけではないが、自然と眉間にシワが寄り険しい顔付きになる。

 

「薫はね、ああ見えて怖がりなの。好きな人が壊れることを怖がってる」

「……………」

 

 

 

 

 

日曜日の夜は特に憂鬱だが、今日に限ってはそれがない。お互いに。

 

「やあ。君の方から呼び出しなんて珍しいな」

「………ええ。少し用事が出来まして。夜に深い意味はありません」

 

別に深い意味はない。京はそう言うが、夜というのは何かと都合がいい。いわゆる深夜テンションというのは別に深夜に限った話ではない。一過性の躁状態は、自律神経の混乱によって引き起こされるとされる。要するに、そういうテンションになると人は理屈で説明出来ないような行動をする。

 

「私に、何を聞きたいのかな?」

「私の元家族に何かしましたか?」

 

だからこそ、こうして直線的に進むのがいい事だってある。薫は少々驚いたように見開いた目で京を見てから、事態を飲み込んで落ち着いたあとに。

 

「フフッ」

 

笑った。

 

「………何か?」

「いや。君はそんな事を気にしていたのかい?」

「どういう意味です?」

 

おかしいのはどちらか。薫のクスクスという上品な笑いは、そう問いかけているようだった。

 

「奴らは報いを受けただけさ。君を傷付けた利己的な怪物。囚われていた君を、私が助け出した。何ともおとぎ話のようで素敵じゃないか」

「それで、あんな事を?」

「運命共同体じゃないか。私は君を救ったんだ、感謝される事はあっても罵倒される事はないぞ」

「……………」

「どうしたんだ?」

 

薫が饒舌になっていくと、京は黙り込んで彼女を見るだけになるようになった。どうしたのかと彼女は身を案じる。いつも、常識的と言えない感性を持つ彼だが、電池切れの件もある。黙り込むというのは、あまりいい変化ではない。しかし京はそうではなく、ただ一言彼女に放った。

 

「本当は?」

「……………」

 

そして今度は、薫の方が口を閉じる番となった。どこまでも心を見透かす彼は、口から出まかせなど通用しないといった毅然とした様子で相対する。

 

「………死ねばいいのさ」

「何ですって?」

 

ボソリと呟いた後、薫は声を張り上げる。

 

「君を傷付ける人でなしはこの世には必要ないんだよっ!!求めるのは君が普通である事だけだ!そうでなければ死ねばいい、死んで当然なんだっ!!」

 

案外あっけなく化けの皮が剥がれたが、それも含めていつもの彼女らしくない。

 

彼女は博愛主義者だった。自分をある種の頂点と考えているからこそ、その下を平等に愛していたし、実際京もその恩恵に預かっていた。しかし今の彼女はどこか選民的で、そしてその中心に京がいる。そういう意味では、より恋愛観は普通に近付いたといえるが、彼女の主張は決してそうではない。寧ろ、悪化の一途を辿ってしまっている。

 

「わかるだろう。価値を貶める人間は存在している価値なんてないんだ。私はいい事をしているんだよ」

 

悪びれる様子もなく、笑いながらそう言い放つ。それは大義があるからと信じて疑わないからであり、それを知らしめたいがためだ。一体どうして、そこまで固執するのか。

 

「貴女が、そう信じているのですね?」

「まさか君も、間違っているとは言うまい。随分()()()に苦渋を強いられたそうじゃないか」

「………それは、はい。否定はしません」

「ならいいだろう。存在してはいけない害悪が消えた。これでもう、君を傷付ける者はいない」

 

ここで別に何の因果もないが、突然前触れもなくこころの言葉が脳裏に浮かぶ。

 

「私は貴女の事をよく知りません。どうしてそこまでするんです?」

「どうして?どうしてだって?」

 

熱を帯びた感情は、いつしか京にも向けられるようになる。

 

「君が私にとってどれほど尊い存在かわからないのか!?」

「わかりません。わからないから、教えてください」

 

飛び火するとどうなるかわかったものではない。京は出来る限り自分の中で角の立たない言葉を考える。いつもなら絶対にやらないような気の遣い方だが、彼だって常に向こう見ずで猪突猛進で感情論をぶつけるというわけにはいかないのだから。

 

「私と君はひとつなんだ。離れてはいけない、絶対に切ってはいけない関係なんだ!!それをあの人でなしどもがっ、人でなしどもがぶち壊したんだぞ!」

 

凄まじいまでの敵愾心は、奪われたくないという気持ちの表れ。彼女は気取ってはいるものの、やはり心の中で奪われるという警戒心がそうさせるのだ。

 

「わかってくれ。これは私だけじゃない、君のためでもあるんだ」

 

情緒が安定していない。これ以上は危険と判断した京は、問答を切り上げて休ませようとする。

 

「………ダメだ」

 

しかし、その動きを察した薫は京の腕を掴む。

 

「ここで今、答えてくれ。私の行いは正しかったと。そうでなければ、私は迷いと悩みでおかしくなってしまいそうだ………!」

 

それは、願っているなどという可愛らしいものではない。正しいと言わせてみせるという確固たる意志。

悪い事と思えない。それは紛れもなく京の気持ちそのものだ。しかし同時に湧き上がる疑念。

 

正しいと言えば、彼女は正常に戻ってくれるのか?いや、そもそもこれは異常と断ずるべきものなのか?

 

大量の情報が頭を駆け巡る。その度に彼は、あるひとつの予想が組み立てられては瓦解していくのだ。

 

異常、正常、異常、正常、異常、正常………

 

ここで答えは出そうにない。鈍色の薫の瞳を見てもなお迷いが捨てられない自分はきっと正常でないのだろうという自嘲も含めて、彼の顔には笑顔が貼り付いていた。




なんか色々ごっちゃになったな薫様。
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