純愛の名の下に   作:あすとらの

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豚骨しょうゆ姉御肌、巴さん回になります。いやホント、綺麗に元気系キャラが残るんやなって………


宇田川巴の悲願(表)

年齢関係なくいつも敬語で他者と会話する京とて人間、相性の良し悪しというのは確かに存在する。ハロハピの三馬鹿に代表されるように悪いものもあるが、しかし。別に苦手だから嫌いというわけではないのだ。だからこそ、いざ面と向かって会話をするとなると倍苦しむ羽目になる。そんな面倒な人間関係でも、彼と特に相性がいいとされるのは、押し過ぎないという点にある。そういう意味では、古い知り合いでない彼女は貴重な存在なのだ。

 

ある日の夕暮れ、そんな彼女と出会ったのはまったくの偶然であったが、ある意味幸運だった。

 

「なあ京、今度の日曜にメンバーのみんなで合わせ練習するんだけど、お前も来てくれないか?」

「それは………どういう立場で?」

「作曲した張本人として」

「……………そう、ですか。残念ですが、その日は先約がございますので」

「そっか。ならしょうがないな。悪い」

「いいえ、こちらこそ」

 

宇田川巴は、典型的な姉御肌というか、サッパリとした性格の姐さん気質というか。繊細だったりハイテンションだったり、ツンデレだったりマイペースだったりするメンバーを上手くまとめているだけあって面倒見がよく、何かあるたびに京もお世話になっている。168cmという長身とその快活ながらどこか世話焼きな性格で京も言われるまで気付かなかったが、なんと高校一年生。バレンタインチョコは貰う側らしい。義理か友か、あるいはそれ以上かというのは、彼も考えるのをやめて久しいが。

 

「なあ、ちょっと商店街寄ってかないか?」

「構いませんが………私にどうしろと?」

「どうしろってわけじゃないけど………いいだろ?お前、いっつも一人でさっさと帰るし。みんなも寂しがってるんだぞ?」

「別に今生の別れでもないというのに………それで、それと何の関係が?」

「要するに、アタシの抜け駆け」

「あっ、そう………別に構いませんが」

 

時にこうして、集団に馴染まない京に対しても何かと世話を焼こうとする。強者の余裕というか、陽キャの慈悲というか、愛されキャラの憐憫というか。若干余計なお世話感が強いがしかし、彼女もまた根っからの善人なもので、断れば悪と断ぜられるのは残念ながら京の方になってしまうのだ。

 

「腹減ってるか?」

「お腹と背中がくっつきそう、とまではいきませんが、それなりに」

「お、ちょうどいい。軽食でもつまもうぜ。アタシが奢るからさ」

「私と共に空腹を満たすのに、コスト以上の価値が?」

「そういう事じゃないんだよなあ………」

 

少し困ったように頬を人差し指で掻いて笑う。巴にとっては、彼のくどくて理屈っぽいところもまた個性なのだ。それを是正させるでもなく、彼女は苦心を苦笑に変えていた。いくら人の心に疎い彼でも、鈍感というわけではない。

 

「………まあ、お付き合いさせていただきます」

「そっか。何か悪いな、気を遣わせちゃったか?」

「いいえ、単に私がひねくれているだけです。貴女に非はありません。小腹が空いていたのも事実ですし」

「なあんだ、そうだったのか。じゃ、早いとこ腹に入れないとな」

 

ゆえに、厚意を無下にするという事は出来そうにない。多少強引に手を引く彼女に悪い感情を抱けないのも、また自分の弱さになりそうだと、京は弱さを呪った。

 

「つぐみのとこの新メニューに、タルトが追加されててな」

「何ですって?」

「食いつくなあ、お前。甘党って本当だったんだ」

「世の中には辛党などという、痛覚を香辛料で刺激して美味いなどとのたまう紳士がいらっしゃいますが、まったく理解不能ですね」

「あっはは………そういうもんか?」

「そういうもんです。さあ行こうすぐ行こうさっさとやろう。ほら早くしてください」

「わかった、わかったから」

 

 

 

 

 

正直、彼も子供なんだなと、子供ながらに巴も思った。打算的というか、いつも計算尽くの点は歳不相応で、それが魅力であり不気味な点でもあった。

 

「美味いか?」

「とても」

「それはよかった」

 

しかし好物の前では正直過ぎるくらい正直で、とにかく遠慮をしない。それどころかその知性でもって、財政を圧迫し過ぎない程度に注文を重ねるのだから、ある意味愚直よりタチが悪い。

 

「美味しいってさ、つぐみ」

「嬉しいけど………本当に、よくそれだけ入るよね。私とそんなに体格変わらないのに」

「どうせ糖分は頭が消費するので。いくら食おうが同じようなものです」

「羨ましいなあ………それ。食べ放題ってこと?」

「胃袋に余裕がある限りは、そういう事ですね」

「ええ〜………」

「そうか?ちゃんと運動すればいいんだから、そこまでの事じゃないだろ」

「巴はいいけど、私は違うの〜」

 

しかし、つぐみから見て、微笑ましく見守る巴とそれを気にする様子もなく食い気に走っている京は、どこか姉弟のように見えた。年齢がさほど変わらないにも関わらずそう見えてならないのは、姉御肌気質の彼女の影響か、あるいは巴がそう望んで見せているのかもしれないが。面倒を見慣れているというか、漢気に溢れるというか。つぐみ自身よく世話になっているのでよくわかる。

 

「そういえば二人って、知り合ってそんなに経ってないよね?」

「ん?ああ、そうだな」

「そもそも共通の知人の紹介でしたからね」

「誰、それ」

「青葉さんですよ」

「モカ!?うっそ!?」

 

そしてここでまた、予想だにしていなかった名前が出る。

 

「嘘じゃないんですね、これが」

「そんなに意外か?」

「ひまりちゃんかと思ってたから………」

 

青葉モカは、基本的に誰にでも気安いが、だからこそマイペースで突拍子がなくても、友人と呼べる存在はバンドの外でも一定数存在する。しかし論理で動く京と正反対を行くモカとは、親しくなるキッカケというのが、またわからない。意外な話で、彼にとってても扱いやすいであろう上原ひまりと最後に知り合ったというのは、因果の気になるところだ。

 

「実は私、アフグロの中で一番最後に知り合ったのが上原さんなんですよね」

「それはまた。あの子明るいから、てっきり早く知り合ってるかと思った」

「そういえば、京と知り合って長いのって誰なんだ?」

「そっか、巴ちゃんじゃないんだよね………」

 

あまりにも二人の順応が早いので忘れかけるところだが、二人はまだ知り合ってそこまで時間が経っていない。

 

「凄いなあ。二人とも、本当の姉弟みたいだよ」

「そうか?」

「私は思った事がありますよ」

「まったく………調子のいいヤツ」

「姉だと思っているので、もう一個注文していいですか?」

「お前な………」

「あはは………ちょっとオマケしとくね」

「悪い、つぐみ」

「ううん、いいの。私も、来てくれて嬉しいから」

 

ますますらしい。巴がいつにも増して生き生きしているというだけでなく、いつもの理屈をこねくり回して人より優位に立とうという意思がまるで感じられない。それどころか、彼女に委ねているところさえある。

 

「お前、自重しないな」

「好きなものの前ではそんな事関係ないんです」

「人の金じゃなければいい事言ったっぽいのになあ」

「こんな機会はもうありませんから」

「そうか………?」

「そうです。これから忙しくなるのでしょう?」

「それは………まあそうだけど」

 

そういえば、と巴は彼の表情を観察する。先程から表情が変わった事がなかったが、それでいて言い回しも面倒な上に些かくどいが、それは紛う事なき本音だった。

 

「別にいいんだぞ?遊びに来たって」

「水を差すような真似は出来ません。私はそこまで、無神経ではありませんよ」

「別にそんな事ないさ。みんな喜ぶぞ」

「………そうですか。ではいつか、お言葉に甘えて、適度に茶々入れに行きますよ」

「茶々入れって………まあ、待ってるよ」

 

時計を見て、頃合いだと思った京は、4皿目のタルトを完食したところでつぐみに一言ありがとうと言って店を出た。

 

「まだ満足してないんだろ?」

「自腹で食べる事も考えましたが………そういう気分でもなくなりましたし。今日はそろそろ帰ります。誘ってくださってありがとうございました」

「おう、そうか。それじゃまたな」

「ええ」

 

彼は一人になりたがりというか、多くの人々と同じく干渉されるのは構わないが過干渉を嫌う傾向にある。しかし人々と違うのは、それを言えるか、否かというところにある。

気安くものを言い合える友人という関係においては珍しく、直接的過ぎる否定の意を言えない。必要に迫られれば口にする事はあるものの、友人であるという点においてそれは相応しくないものだ。そうなったのには理由があると、巴でなくてもそう考えるところだ。

 

「ああ、そうだ」

 

それを探るのは彼にとっても酷だろうと、帰ろうと背中合わせになったところで、京が思い出したようにして言葉を放つ。何だ、と返しかけたところで、それより先に彼は二の句を継いだ。

 

「貴女が姉でよかったらと思う事があるのは、本当ですよ。心からそう思ったし、今でも望んでいます」

「……………そっか。嬉しいよ」

「ええ。では、またそのうちに。奢ってくれてありがとうございました」

 

きっと何かがあった。それはわかっているが、逆に言えばそれしかわからない。手が届きそうで届かない、この世にこんなにも辛い仕打ちがある事を巴は知った。それはきっと、彼が受けたものに匹敵するだろうというのは都合のいい仲間意識のようなものだろう。

 

ただ、知るべきかそっとしておくべきか。その迷いが、ぐるぐると彼女の頭の中を渦巻くばかりだった。

 

 

 

 

 

彼は迷いを断ち切るようにして、趣味と仕事に没頭した。一週間と数日が経つ頃には、あんな風に弱い面を見せる事はついになくなった。放課後にファストフード店に目をやると、Roseliaのメンバーのリサと友希那と京が、テラス席でテスト談義をしていた。

 

「うーん、まあ可もなく不可もなくかあ………あ、京、テスト何点だった?」

「外部試験と学校の定期試験は別物ですが………まあ、いつも通りでしたね」

「だよねえ。京はいっつも100点だもんねえ………友希那は?」

「いつも通りね」

「………ねえ京、今回も」

「ええ、勉強会ですね。その代わり氷川さんと白金さんの参加を求めます」

「わかった、わかったから」

 

いつも通りに見えるが、そうではない。それを、彼女達………、京と旧知の仲であるリサや友希那は、あえて触れないのだ。それが地雷だから。では巴自身も、今まで通り友人として、彼に接していればいいものか。いつも脳裏に焼き付いたものが離れないのだ、彼の寂しげな顔が、目を背ける事を阻害しようとする。

 

「なあ京、今いいか?」

「ええ、どうぞ。どうかしました?」

 

しかし、解散となったタイミングがよかった。一足先に京が輪から抜け出すと、思わず声をかけた。

 

「ああ、英語のテスト受けたって聞いて。どうだったかなって」

「偶然ですね。先程あのお二人と同じ話をしていたんですよ」

「あ、ああ………そうなんだ………」

 

聴力に優れていましたとは、ここでは言えなかった。欺いたという罪悪感が彼女を苛むが、それもまた、必要だと思えばそれはいくらか軽くなった。これから起こす事の方が大事だと暗示をかけると、さらに罪悪感は減っていった。

 

「何か、焦ってるように見えて。大丈夫か?」

「いえ………特に、焦っているというような事は。何かに追われているというわけでもありませんし」

「……………」

「もう行っても?」

「やっぱり家族が羨ましいのか?」

 

急ぐようにというより、避けるようにしていた彼の動きが止まる。それが的外れな言葉であったのなら彼はいつもの仏頂面で否定しただろう。しかし、そうはならなかった。ただ眉をひそめて巴の目を見るだけだ。しかしそれに圧倒されるというわけでもなく、彼女はそれを許したまま続けた。

 

「アタシは本当の家族じゃないし、こんな事言うのは余計なお世話だって思われるかもしれないけど」

 

しかしやはり、どこかで臆病風に吹かれる自分がいるのだ。そんな前置きをしてから、意を決したように放った。

 

「何かあったら頼ってくれ。本当の、姉貴だと思ってくれて構わない。アタシが力になるからさ、あんまり抱え込まないでほしい」

「……………」

 

まったく、これを言う事を決意するのに時間がかかった。そして彼は、意外そうに目を丸くすると、ふっと微笑んで、言った。

 

「………ええ。ありがとうございます」

 

それ以上は何も、言わなかった。肯定するでも否定するでもなく、ただありがとうと言って彼は去っていった。何か間違えたのかと、彼女の心に最悪のケースが想定される。しかし、その最悪は起こりえない。巴が投げかけた言葉は正しかったから。

 

京は巴に背中を見せていた。涙を流した彼を、彼女は見なかった。それもまた、彼なりの意地のようなものなのだろう。

 

それを彼女の前で捨てるまでに、そこまでの時間はかかりそうにないが。


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