テレビで煌めくアイドルを見て、彼女の隣にいれたらと思った事は?あるいは、その先まで考えた事は?
何も恥ずかしがる事などない。思春期の健全な少年のたくましい妄想力ならば、それくらい夢を見るのも珍しくない事だ。自分が高嶺の花とお近付きになるなんて、人によっては飽きるほどしている事でもあるだろう。
「京君!ねえ京くーん!!ねえってばあ!」
「……………」
それが実現した時、嬉しいという感情が湧くか否かというのは、この際考慮しないものとする。
「テストが、テストがヤバい!!もう一週間しかないのにぃ!!」
「そうですか」
こうして、学業がままならないと喚く彼女がそうであれば、華の女子高生アイドルとお近付きになりたいなんて思いは彼の中でとうに失せた。
駆け出しのアイドル、丸山彩については筆舌に尽くしがたいが、とにかく覚えるべきは、彼女は性格的にもアイドルに向いていない。長らく研究生として表舞台に立たなかった事も原因だろうが、あがり症でアドリブに弱く、負の感情が出やすいため涙もろい。その上ダサTを着る、自身考案の決めポーズはセンスなし、そして今もこうしてテストがピンチだと年下の京に泣きつく。ダメさ加減はオフの時でもとどまるところを知らない。
「ねえ〜助けてよお〜京く〜ん………」
「控えめに言って勉強しなかった貴女のせいでは?」
「そうたけど〜………」
一方で彼は、どこまでも冷静というか、CiRCLEに来るよう仕向けた白鷺千聖に対して静かに怒りを燃やしているというか。その件に彩本人はまったくの無関係なのだが、態度には出てしまう。
「言っておきますが、直前で詰め込むのは脳科学的観点から見ても非効率的です。今の時点で6割がた遅いとお考えください」
「過半数じゃん!」
「そうですよ。何で今まで勉強しなかったんですか」
「日菜ちゃんに連れ回されて………」
「ああ………なるほど………」
ゴチャゴチャ言ってないでさっさと勉強しろ、を丁寧語で言おうかとしていたが、氷川日菜の名前が出てからはそうも言っていられなくなった。なるほど確かに、彼女なら、友人を立てるがゆえに押しに弱い彩を連れ回していてもおかしくない。
「彼女、あんなのでも成績優秀ですからね」
「ホント、人間って不公平だよね………」
「悟りの境地に至らないでください」
「どうして私ってこうなのかなあ?才能なのかなあ」
「さあ。私は授業も受けていませんし、アイドルでもありませんので、貴女の心労を一つも理解できませんが」
「うう、バッサリ………」
彼女は天真爛漫で自由奔放で馬鹿みたいに明るいので誤解されがちだが、姉に負けず劣らず成績優秀で、才能はギターだけに留まらないといったところである。記号選択問題を、彼女曰く『るんっ』と来るものを選べば例外なく全問正解すると聞いた時は、流石に京も第六感という曖昧なものを信じ込みかけたものだ。
「まあ………教えろと言われれば教えますよ。別に断る理由もありませんから」
「ホント!?ありがとー!!」
「その代わり期間限定パフェはそちら持ちですよ」
「ゔっ………」
どうにかお財布と相談せざるを得ない事態にまで持ち込まれはしたが、それもまた先行投資というものだ。
「始めましょうか。どの教科を?」
「えーと、国語と数学と理科と社会と………」
「すみません、パフェもう一つ追加で」
「待って!?」
とはいえ、勉強においてたっぷり半日使って、とはならない。人の脳のキャパシティは千差万別で、京のように24時間休みなしで円周率を記憶し続けられる頭は特異なものだ。寧ろ彼女のように、嫌いな事に関しては特にやる気が削がれるのが正常なのだ。
「きゅう………」
「まあ、今日はこれくらいでいいでしょう」
「あ、ありがとござましー………」
特に彼女は、夢であるアイドルという仕事に正直過ぎる。それは疎むべき事ではなく、その努力を褒め称えるべきなのだろうが、学生の本分ば勉強である。それを蔑ろにしていい理由とはならない。
「及第点でしょうか」
「大丈夫かなあ………」
「絶望的とまではいきませんよ。後は貴女の努力次第です」
「そう………?」
「ええ」
「わ、わかった。私、頑張るね!」
彩は気合い充分といった様子で拳を握り決意を新たにする。一方で京は、彩の財布の紐を無理矢理緩ませて得たパフェを、表情を変えないまま貪るという言葉がぴったりなペースで食べ進めていく。
「………そんなに美味しいの?」
「非常に美味です」
「へえ………」
「あげませんよ?」
「ええ!?そんなあ………」
「これは私が正当な労働で手に入れた報酬です。1mgでも損なわれればそれは見合っているとは言えません」
「ちょっとだけ、ね?」
「ちょっとセクシー路線に変えても駄目です」
ちょっとした小競り合いは、彩がスイーツに対する執着を捨てるまで続いた。ちなみにそのキッカケとなった言葉は、『糖分の過剰摂取は肥満とそれに類する生活習慣病のリスク』についてだった。正直棚上げな気がしないでもないが、真っ直ぐ過ぎる彼女はそれについて何も言わなかった。それよりも肥満という言葉が彼女のアンタッチャブルに触れてしまったためだ。
「はあ〜………」
吹っ切れたとは言わないが、テーブルに頬杖をついて彩は束の間の休息を取る。その間の気まずさが彼女にとってはどうにも居心地が悪いらしい。
「京君ってさ、やっぱり天才なんじゃない?」
特に着地点も決めていない雑談は、そんな一言から始まった。
「何故?」
「だって、授業受けてないのにテストは満点なんでしょ?」
「一応、学校には在籍している事になっています。つまり私は学生、学生の仕事は学ぶ事です。それを粛々と行なっているだけですよ」
「そうじゃなくって、それが出来るのが凄いなって。私なんていっつも赤点ギリギリだし」
「それは勉強の仕方の問題です。1日で100覚えるより、100日かけて1ずつ覚えた方がいいに決まってる」
「うーん………」
「そもそも中高生程度の学習に、才能なんて必要ありませんよ」
「そうかなあ?」
「じゃなきゃスパルタもいいとこです」
その次の言葉を、京は飲み込んだ。彼女がどんな意図で自分を賞賛したのかをここで察知したから、これ以上教育論についての持論を展開するのもナンセンスだと感じたから。沈黙が気まずいという理由で突如始まるなんてことのない雑談を終わらせたかったというのもあっただろうが。とにかく彼は、授業を受けずにテストで満点を取る方法について、日々の反復の成果だとして無理矢理決着させた。
「私にも出来るかなあ」
「出来ますよ。でなければ、高校が存在する意味がない」
そうして、少々斜め上の角度からのアドバイスで終わりなき雑談に終止符を打った時だった。
「頑張ってるわね、二人とも」
「千聖ちゃん」
「げえ、怪人一面相」
「貴方は相変わらずね。女優とアイドルで両手に華なんだから、喜んでもいいのよ?」
高校生女子にしてはいくらか低い、妙に艶っぽい声の主は京の天敵四号、白鷺千聖だった。最早身構える間もなく奇襲のようにやって来た彼女に対して慣れたようで、彩もヒヤヒヤではなく、またかという呆れのような気持ちで観察することとなる。
「女優の腹の中が真っ黒ともなれば、返品してその上にお釣りが来ますね」
「もしかして馬鹿にしてる?」
「いいえ。人間心理のエゴイズムとノワール的観点から総合される多面性のある人格について論じようと思いまして。よろしければお時間いかが?」
「それはとっても楽しそうだけど、今日は遠慮させてもらうわ」
「そうですか。じゃ彩さん、お達者で」
「え?」
「貴方はどうするの?」
「帰ります。どうぞお友達同士、どうぞ親交を結んで」
彼も、この場に彩がいた時点で少しばかりの予測はしていただろう。逆に言えば、少しだけだった、というのが今回彼が残した汚点である。お騒がせバカか、機材バカか、あるいは武士道バカならばいくらでもいなす方法があったものの、今回ばかりは4分の1という確率を甘く見た。丁度よく、席を立つタイミングとなったのは幸運だったが。
「つれないわね」
「つれてたまるかってんですよ。いいですか、隣でグチグチ言う壊れた鉱石ラジオ女は必要ないので、さっさとパスパレに回れ右して帰ってください」
やや語気を強めて千聖に釘を刺すようにして言って、やや小走りになりながらカフェを後にした。
「千聖ちゃんって、京君と仲いいの?」
「仲がいい………とは思ってるわよ。一方的に」
「い、一方的………」
「私も知り合ってそこそこ経つのだけど、どうもお友達とは呼ばせてくれそうにないわね。友希那ちゃんとかリサちゃんには懐いてるけど」
「そうなんだ………もしかして千聖ちゃん、嫉妬してる」
「別に、あの二人は特に京と付き合って長いし、あまり求め過ぎるのも酷でしょう」
「何か、顔怖いよ千聖ちゃん………」
やはりというか、何というか。彩にとって彼は、年齢不相応な聡明さを持つという点で尊敬しながらも、理屈っぽくて無愛想で、近寄りがたい存在だ。千聖の事は尊敬しているが、彼と友人以上になろうとしている点においては理解に苦しむところだ。
「京君ってさ、魅力的かな」
「どうして?」
「あの子、何というか、その、悪く言うつもりはないんだけど、自分の事、軽く見てるんじゃないかな」
「……………」
「魅力的以上に危なっかしいというか、向こう見ずっていうか………あっ」
それが、彼と接して彩が感じた全てだった。整ってはいるが、それが気にならないくらいに、彼の感情は安定しているように見えて不安定だ。憐憫さえ感じる眼差しで彼が去っていった方を見る彩は、自分だけの世界に入ってしまっていることにようやく気付き、狼狽える彼女を見て、千聖はクスクスと笑う。
「彼に対してそう思ってるなら、友達になれるわよ」
「えっ」
「だって、何も感じないわけじゃないんでしょ?というか、そこまで感じてるなんて凄いわ。私には無理よ」
「そ、そうなのかな………?」
「ええ。よく人を見てる証拠ね。流石というか、彩ちゃんにとっては普通なのかしら?」
「そんな………私は………」
「お似合いよ、二人とも。私も応援するから」
「うん………うん?」
いくらか齟齬が生じている事に気付かない、彩であった。
京の朝は遅い。彼自身が夜行性なせいもあるだろうが、彼は脳の活動時間と活動量が多いほど多くの休息時間を必要とする。そもそも睡眠時間と活動時間のバランスが不安定なので、普通の人間の生活リズムに合わせられないという問題もある。
ので、普通はあまり彼の家にお邪魔する事はない。それを彼女は知らなかった。あまりにも欲が加速してしまった結果だろう。
「お邪魔しまーす………」
そこに一人でやってきたのが彩だ。というのも、彼女にとって知りたいというエゴである。そして思った事には思った。
(あれ、これ、私ストーカーじゃない?)
しかし、そのエゴに体を預けるには彼女はいささか純粋過ぎた。そんな良心の呵責に苛まれながらも、謎めいた彼を紐解こうとしたのだ。
そうして色々物色してはみたが、収穫はゼロ。というより、あまりにも情報量が少ないのだ。参考書がギッシリと詰まった本棚、無地のベッド、クローゼットの中身は今の季節に合わせた服が二着だけ。必要最低限でローテーションするためだろう。これではただの勉強好きでファッションに疎い学生という事しかわからないのだ。強いてそれ以外を挙げるとすれば、彼もまた努力家だったところくらいか。
(頑張ってるんだなあ………)
授業を受けないというハンディキャップを、彼は恐ろしい量の自習によって埋めていた。カフェで言っていた、中高生の勉学に才能なんて必要ないという言葉は、彼のコンプレックスだったのだろう。
いつだか、千聖が彩に言ってくれた、努力を続けられるのもまた才能という言葉。千聖がそうして彩に言葉をかけたのは、彩が京に思っている事と同じ思いからだろう。そして彩が感じた彼に対する危機感もまた、正しかったのだ。
「無茶、しないでね」
そう言って、彩は京の頬を撫でた。彼を探るのは、まあ今日でなくてもいいだろう。
本小説において、素でヤンデレ疑惑がある千聖パイセン定期。
年末年始多分きっとおそらく、投稿は滞ると思われます。というか投稿出来るかわかりません。悪しからず。