純愛の名の下に   作:あすとらの

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本家バンドリであこちゃんとはぐみちゃんに心を浄化され、この二人の闇堕ちは無理なんじゃないかと本気で考え出したあすとらのです、はい。これどうするん?


丸山彩の罪と罰(裏)

ピッ、ピッ、と、無機質で作業的で規則的な機械音が虚しく響く。真っ白な病室のベッドには、酸素マスクをしたまま眠る京が、その傍らにはそれをじっと見つめる彩。その二人の存在感だけが辺りを支配する。

眠る彼は言わずもがな、彩もまた表情筋が死んだように、いつもの天真爛漫な笑顔も大粒の涙も見せなかった。パイプ椅子に腰掛けて微動だにしない。見守っている、という表現が正しいかどうかも怪しいものなのだ。

 

「彩ちゃん」

「千聖ちゃん?どうしたの?」

「もうすぐ閉まるわよ」

「そっか………わかった。準備するから待ってて」

 

それはどうやら、閉院時間まで続いていたようだ。白鷺千聖の呼ぶ声でようやく元に戻ったといった様子で、いくらかやつれながらもいつもの気丈な笑顔を覗かせる。千聖は心配そうに彩を見つめるが、そんな彼女を知ってか知らずか、彩は取り繕った笑顔を見せる。無理をしている事を隠し切れていない笑顔だ。

 

「今日もずっといたの?」

「うん。いつ京君が起きてもいいように。せっかく目覚めたのに誰もいないようじゃ、あの子が可哀想だから」

「………そう。あまり無理はしないでね」

「大丈夫だよ。ありがとう」

 

おぼつかない足取りで、彼女は病室を後にした。彼女は笑顔だけでなく行動でも気丈に振舞っているものの、無理をしている事が漏れてしまっている。元々彼女は努力家で、それでもアイドルらしく笑顔を見せているような人物だった。しかしそれで、無理をする事に慣れてしまった彼女はこういった行動を取りがちだったが、ここに来て歯止めがかからなくなっている。そうなってしまった原因は病床で眠っている。

 

「早く起きてね。そうじゃないと、暴動が起きるわよ」

 

いつもの冗談も返す相手がいなければ物寂しい。千聖は悲しげに笑って、彩に次いで病室を出た。

 

 

 

 

 

彼の体は特異的というか、ただ病弱であるとか精神障害があるとか、そんな言葉だけで片付けられないものだった。その中でも、意識障害に関するものは特に奇異なのだ。

 

一週間前。京は缶ジュースをラッパ飲みしながら芸能事務所の廊下を歩いていた。本来ならば関係者以外立ち入り禁止の場所ではあるが、ただのインターネットの住民である彼は関係者なのだ。首からそれを示すIDカードを下げてある一室に入る。

 

「お、おはよう、京君」

「彩さん。おはようございます」

「ごめんなさいね。急に呼び出して」

「………別に、構いませんが。勢揃いとはいかないんですね」

「私を見た途端そういう顔するの、やめてもらえないかしらね。まあいいけど………」

 

待っていたのは、彼にとってもいつも通りというか。白々しい笑顔を見せる千聖が足を組んでセレブさながらの姿勢で座り、その横でそんな彼女のオーラにあてられて縮こまる彩だった。千聖の言う通り急な呼び出しだったので一体何事かとガラにもなく急ぎ足だったわけなのだが、特に緊急事態とはならないらしい。

 

「アイドルに呼び出されるなんて幸せでしょ?」

「じゃとりあえず彩さんだけにしてくださいよ」

「そう言わないで。私は共通の友達として、中途半端にコミュ障な二人の仲を取り持ってあげようとしてるのよ」

「誰が中途半端にコミュ障ですか」

「私コミュ障じゃないよ!?」

「二人とも、お互い満足に話せないじゃない」

「ゔっ………」

「………否定はしませんが」

 

千聖がこのように下世話な話をするに至るには理由が様々あった。まずパスパレの面々と京の会話には、何ら問題はなかったのだ。千聖とは言わずもがな、日菜とイヴは持ち前の明るさと純真さで彼の警戒心を瞬く間に解いて強引に懐に入り込み、麻弥は少々引っ込み思案だったが、彼が知識を総動員させて彼女の趣味の話を合わせると性格が丸ごと入れ替わったように饒舌になった。そこで問題となるのが、彩についてである。とにかく彼女と京は、図らずも相性が悪いのだ。彩は純粋だが京はどこまでも計算尽くで、同じようにあがり症でアドリブに弱く、そんな自分に対する評価が低いところまで京は真逆を行くのだ。

 

そんな気まずさもあって、パスパレの中でも彩と京の距離感は微妙だった。

 

「元々明るい子なのに、どうして彼の前ではこうなのかしら」

「うう………私にもわかんないよお………」

「貴方も貴方で、普通に話せないのかしら」

「私に聞かれても困ります」

 

ナイーブというかナーバスというか。彩は京の睨み付けるような視線がどうしても苦手だった。彼に悪意がない事はわかっていても、無機物を見るような目にはどうしても耐えられそうにないという自分の意思も尊重したいと、拮抗してしまう。彼女が善良であるがゆえに悩んでしまうのだ。

 

「別に無理する事もないでしょう。私だって無理しないくらいの接し方で彼女とは接してきたつもりです」

「私もそう思ったんだけどね。本人にとってはそうじゃないらしくて」

「そうなんですか?」

「うん。何だか私だけ壁があるっていうか、このままじゃダメだなって」

「私も直すべき点は直しますが、人の性格も様々ですから相性の良し悪しだってあります。それに貴女と仲が悪いのではなく、他の面々が懐深く入り過ぎてるだけですからね」

「それはそうだろうけど、やっぱり焦っちゃうな。みんな仲良いし」

 

疎外感に対して敏感になったり孤独に不安を感じるのはティーンエイジャーによくある事だが、彼女はそれが顕著だ。連帯と信頼を強めたいと思う、協調性を重んじる彼女らしいといえばらしい。その気持ちは京としても可能な限り汲んでやりたいが、しかし。

 

「じゃあまず目を合わせるところから始めましょうか」

「えっ」

「いや基本中の基本なんですが」

 

どうにかしたいという思いと、どうにかなるという理屈はまた別問題である。恐る恐るといった様子で彩は千聖の方から京の方へ、錆びたブリキ人形のようにギリギリと首が向く。

 

「……………」

「………」

 

5秒経過。

 

「……………」

「………〜〜〜〜!!!」

 

10秒経過。

 

「ゴメン!無理っ!!」

 

15秒経過………しようとしていた。

 

薄く濁った瞳で見つめられるという緊迫感に耐え切れなくなった彩は脱兎のごとく逃げ出し、部屋には目を丸くして驚く千聖と、やってしまったと気まずそうに目を閉じる京だけが残された。

 

「やっぱり怖いんじゃない」

「うるさいです」

 

 

 

 

 

何故そうなってしまったのか、彩自身にも曖昧だ。しかしどうにかなってしまったがゆえに、自分は京のあの人を人と見ないような目で見られる事がどうしても好きになれなかった。彼の心の暗部そのものな気がしてならず、そこに何も触れてはならないという第六感の警告もあった。3日後のこと。

 

「人見知りをする性格でもないのに、どうしたの?」

「千聖ちゃん………」

「今すぐ克服しろとは言わないけど、あんまり露骨だと彼も傷ついちゃうわよ」

「そうだよね………そうなんだけど………」

 

頭ではわかっているのだが、恐ろしさがそれを阻害する。そしてそんな自分に嫌気がさしているにも関わらず、それでもなお消えない。

 

「嫌いってわけじゃないんでしょ?」

「もちろん!大好きだよ!大好きなのに………」

 

それを葛藤と呼んでしまっていいものか。苦悩している彩にかける言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

そして、4日が経つ。果たしてどうやってこれを克服したものかとあれこれ考えながら出勤している彩のスマートフォンが振動する。

 

「もしもし、千聖ちゃん?うん………えっ、嘘………」

 

あまりの衝撃に数秒呼吸を忘れ、激しい動悸とまるで平衡感覚が失われたような混乱が彩に襲いかかる。まさか、つい先日まで普通に話をしていた人物がそのような事に、と一種の現実逃避のように思考回路が結果に追いつかないのだ。しかしそんなわけがないと思い続けるのにも限界がある。弾かれたように彼女は走り出した。

 

まず病院の手続きの煩わしさに焦りを増幅させながらも何とか乗り越え、数百メートルにさえ感じてしまう廊下を駆けて彼の眠る病室の扉をやや乱暴に開ける。

 

「京君!」

 

そう声を張り上げても、彼の声で何かが返ってくる事はなかった。あるのは、規則的に聞こえる心電図モニターの電子音だけだった。呼吸器を装着し点滴を通して眠る彼は、実際に眠っているだけで、声をかければ起きるのではないかと思えてしまうほどに安らかだ。どうしてこんな事になってしまったのか、それを千聖は大まかとはいえ説明してくれたにと関わらず、こうして対面するとそれも吹き飛んでしまう。彼がこうして倒れてしまった理由は特定の病ではなく、ただ元々ガタが来ていた体が限界を迎えてしまった。つまり脳は生きているが、意識は回復しない。原因は恐らく、彼のいくつもの古傷と体内に蓄積した毒素。明日にはけろっと目を覚ますかもしれないし、一週間かかるかもしれない。1ヶ月かかるか、一年かかるか、それ以上かかるか。今はまったく予想が出来ない状態らしい。

まるで近親者の訃報を突きつけられたように、あまりにも突然引き離されたような気がして、彩は彼の頬を撫でる。悲しみで涙が溢れるよりも前に、ある意外な感情が芽生える。

 

(京君の顔って可愛いな………)

 

いつも険しそうな顔で作業をするか、千聖の絡みを鬱陶しそうに振り払うか。とにかく心から笑ったところを見ない彼女にとっては、眉をひそめず目付きも鋭くならず、リラックスして眠るような彼はどこか歳下らしい、あどけなさが残る可愛らしい顔を見るのは初めての事で新鮮だった。

悲劇的な筈なのに、どこかそれが彼の新たな一面を知れたような気がしてしまった。

 

「彩ちゃん」

「千聖ちゃん………?」

「ちょっといいかしら」

「うん………」

 

そんな彼女を現実から引き戻すように、千聖が背後から声をかける。

 

「ええ。まだ話してないわ。この事を知ってるのはまりなさんとリサちゃんと私しか知らない」

「四人目はどうして私なの?」

「私の独断と偏見。彩ちゃんなら比較的冷静に受け止めてくれると思って」

「……………そっか。うん」

 

そう言われて嬉しいやら悲しいやら。とにかく自分は数少ない、事情を知る側となったのだ。

 

「………しばらく一人にしてくれないかな?」

「ええ」

 

彩の後ろ姿を見て、千聖は察した様子で病室を出る。彼女もまた混乱と戦っているのだ。お互いに一人になりたかったという意味ではそれが一番だろう。

 

「………京君」

 

もう一度彼の頬に触れる。そうして一層確信を深めた。

 

 

 

 

 

そして今に至るまで彩は欠かさず彼の傍らで待った。きっとその彼女の行動は、誰の目から見ても健気だと言われるだろう。あるいは、無茶だと言われるか。いずれにせよ彼女にマイナスイメージを抱く者は決して多くないだろう。表面上の彼女を見ただけでは。

 

「はあぁぁぁ〜………可愛い、可愛いなあ京君。目を閉じてるだけで何でこんなに可愛いんだろ………いいなあ、幸せだなあ………」

 

恍惚とした表情で頬を赤らめ目を潤ませながら、唇が触れてしまいそうな距離にまで顔を近付けて彼の顔を凝視する。彼女は今、文字通り安らかに眠っている彼に対してどうしようもなく行き場のない慕情を爆発させる自分とそれを抑えようとする自分との戦いを繰り広げていた。

 

そしてその戦いとはつまり、目覚めさせるべきか否かという選択肢に直接繋がるのだ。

 

「どうしよ………やっぱり元気な京君が見たいような………でもでも、こうしてリラックスしてる君の顔はこんなに可愛いんだから、これが直に見れないのは寂しいような………うーん………」

 

しかし、それに対する答えは彩自身が意外だと思うほどにあっさりと出てしまった。彼は意識がない、彼は喋らない、彼は肯定しないが、同時に否定しない。そのままでいてくれれば、こんな歪んだ気持ちを彼に見られる事なく彼を愛する事ができる。

 

「喋らない君はとっても可愛いよ………京君」

 

眠りに落ちて物言わない彼の耳元で、微笑みながら妙に艶っぽく彼女は言った。

 

こんな気持ちも知られる事なく愛せるのなら、これは幸せだと言えるだろう。たとえ一方的だとしても。




この作品が一話完結じゃなかったらこのまま終わるところでしたね………。あすとらの先生の次回作にご期待ください。終わりませんが。

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