純愛の名の下に   作:あすとらの

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ハード変えて書きました。感想欄が、私の感想欄が復活したんじゃないか!?


大和麻弥の憂慮(表)

彩、千聖、日菜、イヴ。Pastel paletteの面々は今、悩んでいる。ある一人を除いて。

 

「フヘヘ………フヘヘへへへ………いいですねえいいですねえ。この腹に響くような重低音。京さんのチューニングあってこそです」

「少しばかりスネアの並列処理をいじりましたが、どうやら正解だったようですね」

「フヘヘヘヘ………」

 

それもこれも、スタジオ入りした瞬間からこのような光景を見せ付けられたせいだ。驚くとともに、悩んでいる。電子ドラムと、そのスネアドラムに縋り付いて恍惚とした表情を浮かべるパスパレのメンバー、大和麻弥。そしてそれを意にも介さずドライバーやレンチなどの工具をせかせか片付ける京。統一感のない実にカオスな光景が広がっていた。麻弥について言うことはない。機材オタクな彼女の事だ、おおかた最新式の電子ドラムにお目にかかる事が出来て舞い上がっているのだろう。ちなみに彼女の独特の笑い方、『フヘヘ』について千聖はお気に召さないようで、事あるごとに矯正しようとするがその甲斐はなく。アイドルバンドのメンバーとしてあるまじきだらけぶりにご立腹の様子だ。

 

「麻弥ちゃん?それから京君も。何をしているのかしら?」

 

だがオフの時にどうこうというのも息が詰まるものだろう。千聖は自身でそうわかっていても声色が隠せていない。

 

「ひぇぇ!?ち、違うんすよ千聖さん!これはただ京さんの知識とドラムに敬意を表していただけといいますか!」

「………説明してくれる?」

「たまにはアコースティックも叩いてみたい、と彼女からの要望で」

「京さん!?」

「………そういうのは事務所とスタジオの外で、お仕事も関係ない時に完全プライベートで楽しんでねって、私言ったわよね?」

「………っす」

「京君も、あまり悪ノリはしない事。この忙しい時に………」

「私は与えられた仕事をこなしただけ———」

「ん゛?」

「………申し訳ありませんでした」

 

千聖にドスの効いた声で凄まれて、京はなすすべなく頭を下げる他なかった。いつも通りである事を確認するだけの練習ならば千聖も言う事はなかったのだが、今は時期が悪い。ライブ本番まで1ヶ月を切り、本来ならばもっと追い込みをかける時期なのだ。その時間に大事なドラマーと大事な縁の下の力持ちを遊ばせておくわけにいくまいという強い意志を持った千聖には抗えるはずもない。彼女はこのバンドに対して思い入れが強いのだ。

 

「千聖ちゃん目ぇ怖っ」

「この時期はいつもあんな感じだけど………」

「ケイさんもマヤさんも楽しそうでしたね!」

 

上から日菜、彩、イヴは、なんだいつものパターンかと特別気にするような素振りもない。それほどまでに麻弥と京というのは何かしら起こすような存在なのだ。二人は共通して知識が豊富だ。特に麻弥は機材に関して言えば右に出る者がいない、そんな彼女と専門用語飛び交う会話をこなせる人間というのもまた京くらいなものだ。本気でそのような会話をさせようとは誰も思わないが。

 

「もう………。練習始めるわよ」

「うっす………」

「では皆様頑張って。麻弥さんも、あまり千聖さんを困らせないように」

「ええ〜………。ジブンのせいっすか」

「明日同じ事してたら京君にもお仕置きよ」

「………チッ」

 

薄く笑う千聖に対し、京はわざと聞こえるように舌打ちをして部屋を出た。

 

「千聖さん、嫌われてるんすかね」

「……………」

「あ、すみません。何でもないっす………」

 

 

 

 

 

人は努力でできている。技術や知識を身につけるというのは、実はそれほど才能というのは必要ない。どちらも反復すれば染み込むように身につく仕組みになっているからだ。人の体や、脳みそというのは。ただそれにしたって、彼はいささか度が過ぎる。高校生手前にして、知っている事より知らない事を数えた方が早いと言われるほどに知識を溜め込んでいる彼は、専門家との話もお手の物だ。

 

無事に予定していたライブが終わり、また束の間リラックスする時間が出来たパスパレの面々。

 

「やはり電子式は200ボルトが———」

「でもそれだとファイバーケーブルのレイテンシーが———」

「では従来の電線にして電圧を印加するやり方で———」

「ゴム被覆で低圧制御を———」

 

嵐のように飛び交う理系専門用語に、遂に他のメンバーが根をあげる。主に千聖と彩が。

 

「ああぁぁ!!」

「ど、どうしたんすか彩さん!?」

「無理っ!全然何言ってるかわかんないよ二人とも!何の話!?実験の話!?」

「そんな事ないでしょう。会話のレベルは中学三年生ですよ」

「それはない」

「千聖さん?」

 

とにかく京と麻弥は、二人合わさるとこうなる。二人にとってはこの程度は日常会話のちょっと上程度のものだが、早口でまくし立てるような話し方のせいで残る四人は置いてけぼりである。それに我慢ならずに噴出したのは成績が少しばかり不安な彩だった。麻弥自身もここまで意気投合した理由は果たして何だったろうかと省みる。

 

 

 

 

 

元々彼女は、メガネを外した時のビジュアルがいいと、悪く言えば千聖の急造案でこのグループのメンバーになった。彩のように理想のアイドルを思い描いたわけではなく、裏方ゆえに千聖のように業界人としての矜持も特にない。ただグループの輪を乱さないように、求められた事を求められるだけやろうとした。その程度で自分はいいと、半ば諦めのような自嘲もあった。彼と親しくなったのは、そうした自分に思い悩んでいた時だ。

 

「そういう発想があるのなら、貴女は正常な人ですよ。正常というのはつまり、自分の中に信じられる基準があるという事です」

 

高説を垂れるでも、説教をするでもなく、ただ自分の基準が信用に足るのだろうと、そう言っただけといえばそれだけ。しかし年頃の麻弥にとっては不干渉も過干渉もしないその言葉に救われた。

 

「私は貴女が羨ましい」

「え………?」

 

いつか彼はそう言っていた。麻弥のように信じられる自分が羨ましいと。彼のように実力も知性もある人物から出る言葉としては意外だったのでよく覚えている。しかし皮肉めいておらず、冗談めかした様子もなかったので、その真意を問い質そうとした。しかし考えれば単純な事であったのでやめた。自分を信じれる事が羨ましい。そう言う彼は、自分を信じれずにいるだけだ。慰めの言葉をかけようと思ったが、そんなものは意味をなさない。彼もそれを求めたのではなく、ただ無意識にポロリと溢れた程度のものなのだろう。

 

「ジブンはただ、好きな事をやってるだけっすよ。京さんはそうしてないだけ。それだけの差だと、思いますよ」

「好きな事ですか………。本当に?」

「………ええ。そうっすよ」

「そうですか」

 

それ以上彼は何も言わなかった。きっと麻弥が意地を張っていると分かり、同時にそのまま動かないことも悟ったからだろう。やりたい事ではなく、やらなければならない事。彼女にとってバンドというのはそういうものだ。

 

その意識は直すべきか。

 

答えは否。夢を追いかけるのは魅力的な『善』だが、それを押し付けるのはどうしようもない『悪』だ。彼女は彼女なりの理由で努力をしているのだから、それはそれでいい。人の心まで矯正する権利などない。彼女は確かに業界人で裏方で現実主義者だが、それはこのバンドで頑張ってはならないという理由にはならない。

 

「京さんは、夢追っかけたいとかないんすか?」

「それ関係ありますかね………。別にありませんよ。そんな事してる時間も余裕も。そういう事も含めて、羨ましいのです」

「はあ、そうなんすか………」

「凄い事ですよ。やりたいままにやりたい事が出来るなんて。特に彩さんや日菜さんやイヴさんなんか特に」

「あー、ですねえ。あの三人は特にやりたい放題っすからねえ」

「いやもう先週のあの三人と来たら———」

「ジブンなんてこの前———」

 

自分達とは対照的に、そうして好きな事を出来るような人間もいる。それが二人にとっての反骨のようなものを笑った。どうしようもない人間だっているのだ。自分達がそうであるように。まったくどうにもならないものだと、義務に駆られた者同士はそう自嘲するしかなかった。ただ辛くはなかった。それもまた生き方なのだろうと笑い飛ばす相手がいるのだから。

 

「不公平ですねえ………。チョコレートいります?」

「そうっすねえ………。あ、すみません。いただきます」

 

どうにも生きにくい世の中だ。麻弥が生きる芸能界も京が生きる普通の世の中だって。それでも、隣に誰かいるというのは心強いものだと、もう少し生きにくい世界で生きてみる活力にもなった。

 

 

 

 

 

………などあった。こうして省みればなんてことのない、ただの愚痴というか。ナードのジョックに対する嘆きというか。とにかく高尚な会話という事は間違ってもなかった。それでもあれで救われたのだから。彼はその気があったのか知れないが。

 

「あぁ〜いいっすよぉ!いいっすよ京さん!この唸るような重低音!完璧っすよ〜………」

「楽器で遊ばないでくれないかしら」

 

スタジオに設置された楽器の設定をあれこれ変えては楽しげに話す二人に対して、千聖は少し不機嫌そうに言う。主な理由は何が楽しいのやらさっぱりわからない。普段は千聖も他の誰かの趣味にケチをつけるような器が小さい人間ではないが、下手をすれば楽器を丸ごとダメにするハイリスクな遊びをよくもまあ出来るものだと、神経さえ疑ってしまう。

 

「いいじゃないっすか千聖さん。遊び心っすよ遊び心」

「千聖さんにはわかりませんか。この機械に触れる喜びも意のままに操る快感も」

「そんなもの一生わからなくていいわよ。ほら片付けなさいな」

「ええ〜………」

「早くなさい。ほらさっさと行くわよ」

 

とにかくこの二人は付かずにいても離れずにいてもやかましい。千聖のストレス負荷が中々のものだが、別に強く叱りつけるでもなく溜め息を一つ吐いた後、羽目を外し過ぎないように警告をして千聖は彼らとともにスタジオを出た。まだはしゃぐ声を聞くに二人はまるで玩具を与えられて喜ぶ子供だ。後ろを歩きながら会話に華を咲かせる二人の声を聞いて千聖は頭を抱える。

 

「そういうのって楽しいのよね?」

「わからないんですか?」

「わからないって言ったでしょ」

「………悲しいっすね」

「はあ゛ん?」

「………っす」

 

どうしても千聖にはわからない。だが彼らにはわかるようだ。彼らにとってそれは、生き辛い世を生き抜くための手段にしかならないのか、あるいはそれが高じたものでしかないのか。どちらにせよ二人にとって楽器を楽しむというのは仕事を楽しむというとの同義、そうするために努力した結果だろう。趣味でさえも仕事のためのツールの筈。だがそれでも。

 

「あなた達、楽しそうね」

 

自分達が思っている以上に今の生き方を楽しんでいる。仕事も趣味も友達とのやり取りも全て含めて。そんな二人を千聖は憂えた。




パスパレで準レギュになりつつある千聖さん。貴女もう個人回終わりましたよね?

しょうがねえだろ大好きなんだから。

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