純愛の名の下に   作:あすとらの

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いやあ………感想欄アクセス拒否バグは強敵でしたね………

これはハードが悪い。


大和麻弥の憂慮(裏)

最近、京は他人と接触していない。

 

別に精神を病んだとか誰とも話したくなくなったとか嫌いになったとか、そんな深刻な話ではない。ただ単純に休んでいるだけだ。そして彼にとって休むというのは、生命活動以外のあらゆることをしないということにある。テレビのスイッチが切れるように、急激に意識が落ちる彼の体は一人暮らしと絶望的に相性が悪い。一人暮らしで風邪を引くと、本気で死ぬかもしれないと覚悟をする人間は多く、彼も似たような精神状態に陥ったこともある。そういう時に話し相手になってくれるのは親交があるバンドメンバーの少女達だった。だがしかし、最近はそれを一人で乗り切る方法まで思いついた。彼の中で何らかの心情の変化があったのか、あるいは休息を取るのも命がけという矛盾を解消したのか。それは定かではないが、とにかく彼は一人でいる事に対して嫌悪感や恐怖感を感じなくなった。

 

つまり彼は、それまで必要としていた彼女達との会話やそれによって得られる満足感を感じるまでもなくなってしまったということだ。

 

寂しくはあったが、同時に喜ばしい事でもあった。彼は強くなったのだから。しかし満場一致ではいそうですねとはならない。集団というのは常にそういうものだ。

 

「最近私達の事、呼ばなくなったけど何かあったの?」

「孤独を克服したと言いますか」

「ええ〜なんすかそれ!京さん今まではキャラ変したくらい弱々しかったのに!」

「そこまではいってませんっての」

「それにしても急にそんなになったのね。どうして?悟りでも開いた?」

「出家しませんよ私は。別にそんなのではなくてですね。考えを変えただけです」

「悟ったんじゃないすか?」

「違う」

 

ある時、千聖と麻弥と京でデートという名の座談会を開催していた時に、ふとそんな話が持ち上がった。メンバーに少々偏りがあるのは、千聖の説得というかゴリ押しというか、そんな感じの力学が働いたせいだ。これ以上は何も言うまい、京だってまともな生活と貞操が惜しい。とにかくその二人に加えて立候補したのが麻弥になるのだが、思いのほか楽しんでいる。

 

「京さんもいよいよ独り立ちっすかねえ」

「今までしてなかったみたいに言うのはやめてください」

「してなかったでしょ?」

「……………してましたし」

「あっ、はい。そうすか………」

 

逡巡する事三秒。色々記憶に残っているが、それでも最後は絞り出すようにそう言った。麻弥もその気配をかなり前から察知していた。便利な言葉ではあるが、つまり言うなれば彼は聡い。いつかは寂しさに苛まれるような精神的な負担さえも克服してしまうであろう事については、特に。寧ろ今までそうやって思考を変えなかったというのに驚いたくらいには。

 

「まあ色々な方を見習って。友希那さんだとか蘭さんだとか、燐子さんだとか、その辺りに」

「偏ってるわね」

「逆に聞きますけど、例えばリサさんに聞きます?上原さんとか」

「………なしっすね」

「ないわね」

 

など、出発点も着地点も曖昧な完全なる雑談の内容は主に彼の変化についての事がほとんどだった。他にも彼が変わると誰が泣くだとか、誰が喜ぶだとか、誰が狂うとか、バンドのメンバーに関することも。泣くのは主に甲斐甲斐しく世話をしていたリサと友希那の辺り、喜ぶのは友人として接していた蘭とつぐみか。

その座談会はその話題だけで一時間近くもったが、パスパレに仕事の相談があるという件でこの日は解散となった。別れ際に麻弥が、京に声をかける。

 

「ちょっといいすか」

「はい、何でございましょう」

「本当に、その………」

「………ええ。これなら独立する日は近いでしょうね」

「そうっすか………。なあんだ、ジブンは結構前の京さんも好きだったんすけど」

「あまり他人の足を引っ張るわけにもいかないので」

「………あのう京さん、中学生すよね?」

「関係ありません。今ここで物を言うのは年齢ではなく環境ですから」

 

聞いた感じでは、彼には向上心があった。自分はまだ子供だからだとか、そういった逃げ道もあっただろうがそうはしなかった。色々世話になっているが、世話をしている側もただの学生である事をよく理解しているのだ。若干一名、高校生離れした財を成す女子高生がバンドに知り合いとしているのだが、その上彼がヒモになる事もウェルカムだが、それは京が納得出来ない。などあって彼は高校生になるのを待たずしてあらゆる点での自立を模索しているのだ。

 

「凄いっすね」

「そうするしか道がないのです。それ以外に道があれば、私だってこんな事しませんよ」

 

茨の道を進もうと思っているのではなく、進むしか道がない。それは謙遜でもなんでもない彼の本心だが、そういった事は重要ではない。重要なのは道がないという事を受け入れて覚悟を決めている一点。

 

「………そうっすか。応援してますよ、ジブンは。なんてったって京さんですから」

「ありがとうございます」

「見た目は子供、頭脳は大人な京さんっすから」

「あのそれ褒めてませんよね」

 

笑い合った後、二人は背を向けた。振り返ったのは麻弥だけで、京は背を向けて歩いている。麻弥はそんな彼の背中をじっと見る。

 

「………まさか、そんな」

 

思わず呟きが漏れてしまった。

 

 

 

 

 

数日経つと、彼は具体的なプランを練るようになった。高校入学のための費用はどうするか、大学は、あるいはその後はどうするのか。主に金銭面に重点を置いて綿密に計画をしている。

 

「この辺りはまだ不安が残るわね。余裕があった方がいいんじゃない?」

「ええ………」

「そっちはジブン的に考えてそれでいいと思うんすよ」

「私任せてくれませんかね」

 

現在はバンド以外の仕事で席を外している彩、日菜、イヴの三人を待ちつつ暇を潰しているところだ。が、あまりこういった作業を他人に任せるわけにはいかないと彼は頑なに介入させなかった。千聖は早々に諦めて部屋を出たが、麻弥は最後まで名残惜しそうに京の方を見ていた。

彼はデリケートというかあまりプライベートを詮索されたくない性格である。当然全てをひた隠しというわけではないが、人一倍用心深くもあるのだ。なのでそれに配慮を見せた形になるのだが、麻弥は納得しない様子だった。当然それを口走るような事はしないが。

 

(京さんは一人で抱え込み過ぎなんすよ………)

 

必要だと思っていたが、そうではなかった。彼は強くなったが、それは同時に助けを必要としないという事でもある。

 

寂しい………。いずれそうなってしまうのではないかと思うと、まったく喜べない。いつしかそれを麻弥は独り立ちというポジティブな意味に捉えられなくなりつつあった。何せ彼の意図がわからない。良くも悪しくも常人とは思考パターンが違うのだろう。いずれそう思ってしまうだろうその時は、麻弥にとって今やってきたのだ。

 

「捨てられる………」

 

何だってそう思ってしまうのか。それは麻弥自身理屈で説明しろと言われても出来ない事だろう。しかし一度それが浮かんでしまったのだから止められない。自分には彼しかいないと思うのはこれよりずっと前だったのに、今では闇が深いものへとなってしまっている。その自分への怖さを感じていない麻弥は、盲目的に京を想っているだけだった。戻って彼に直談判しようと何度も頭をよぎった。しかし、このまま彼の好きにさせてやるべきという良識と欲望の呵責という板挟みのせいで脚が重い。彼の事は好きだ。それは恋慕と言ってもいい。だがそこに必要以上を持ち込むべきかどうか。

 

「どうも、麻弥さん」

「京さん………」

 

もっとも、足を動かす必要さえないのだ。そこには缶ジュースを片手に、彼女の苦悩など知らず立つ京がいた。

 

 

 

 

 

そこからの彼女はタガが外れたといってもいい。しかしそれは本来意図して使われるものとは少し違う。

 

「ああ京さん、それはジブンがやっときますよ」

「あのですね麻弥さん」

「あ、すみません。ホントすみません。ウザかったっすか?もうしないんで許してください」

「いや、あの………」

 

麻弥はある時からいつもこんな感じだ。そうなってしまった。

 

きっとそうなってしまった原因は、京も気付かないほどに些細な変化が麻弥にあったせいだ。それは誰が悪いというわけでもなく、そうなってしまったものなのだ。だからそうなってしまった結果だけが今京に突き付けられている。麻弥はこうして何かと気にかける、本来の気質がそうさせても、彼が『はい』以外の返事をしようとすると途端にこうなる。元々低かった態度がさらに低くなるどころか自虐の域にまで入ってしまっているのだから。どうしたものかと、京も口を噤んだ。

何もしないわけにもいかない。しかし、何をすればいいのか。そんな事ないと彼女の考えを善意のような何かで全否定していいものか。そのまま後ろ暗い彼女の思考を肯定していいものか。どうしてもその判断がつかずに、気圧されるばかりだった。

 

「どうしたんです?」

「いえ、何もないっすよ。本当に。ホント、ごめんなさい」

「いや私微塵も怒ってませんけど」

「ごめんなさい、早とちりしちゃって………」

 

これはもうダメではなかろうか。そう口にしてしまうとまた面倒になる予感がしてならない。なのでこうして閉口せざるを得ないのだ。

 

「………。でしたら私はそろそろお暇させていただきますので、皆様にもよろしくお伝えください」

「帰っちゃうんすか?」

「お三方が長引くそうなので、この日は破談となりました。では、私はこれで」

「あ………。………わかりました。それじゃ、また」

「ええ、また」

 

京は麻弥に背を向けて帰っていった。どうしてもその後ろ姿が、最後になってしまうのではないかという強い危機感を募らせていく。何の根拠もない、真に妄想そのものであるのだが、そんな負の思考が止められない。

 

元々麻弥には恋慕があった。それが依存に近い愛情に変わってしまったのは彼女も何故だかわからない。そうなってしまったという結果だけがこうしてまとわりついているのだ。

 

 

 

 

 

ある日、京は写真が収められたアルバムを見ていた。しかし写っているのは京本人がバンドメンバーの誰かと撮った、あるいは撮らされたものばかりだ。愛想の悪い一人の少年と、花のように笑顔を咲かせる少女達。記念に一枚持っていけと押し切られた数々の写真だ。それ以外の誰かと京が写っているものは一枚もない。

 

そういえばあの時はそんな事もあったと感傷に浸っていると、突如インターホンが鳴る。アルバムをしまって玄関の扉を開けると、訪客は麻弥だった。

 

「京さん………」

「麻弥さん?どうしたんです?」

「………」

「とりあえず部屋に———」

 

俯く麻弥は何かを迷っているようで、ゆっくり考えさせるためにも家にあげようとする。しかしその言葉を待たずして麻弥は京の両肩を掴んでその場に押し倒す。

 

「………麻弥さん?」

「……………京さん」

「はい」

「ジブンはもう、必要ないんすか?」

「はい?」

 

こうして秘めたる想いを伝えるのは初めてなのだから、彼が戸惑うのも無理はない。しかしそんな混乱など御構い無しに麻弥は鬼気迫る表情で言う。

 

「ジブンは京さんの事が好きなんです。京さんは頭いいからわかってるでしょ?でもそんな気付かないフリして」

「……………」

「図星なんすね。やっぱり」

 

彼も鈍感とはならない。麻弥のような見目麗しい女性が向けるのだから嫌でも鋭敏にもなる。しかし気付きたくなかったのだ。それが純情とはならないから。贅沢と言われても、許容出来るものではなかった。

 

「ジブンはっ!貴方のために存在したいんです!だけど貴方が必要ないと言うのなら!こうするしかないんです!たとえ嫌われることになったとしても、ジブンは貴方に必要とされる存在になりたい!いけませんか!?」

 

いつもの彼女とはあまりにかけ離れている。圧倒されていてかける言葉も見つからない。

 

「お願いです………。必要ないなんて言わないで………。捨てないでください………」

 

まったく的外れもいいところだ。しかし、その本気度の前には彼も押し黙るしかない。

 

言葉こそ泣いて懇願しているが、行動はそうではない。首にかけられた手の、皮肉めいた温かさを感じながら、彼はどうにか二の句を絞り出そうとした。


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