純愛の名の下に   作:あすとらの

41 / 52
今日で一年じゃねえか!偶然やったわ!そしてバンドリ三周年おめでとう!

というわけで途中で失踪しかけたりもしましたが、拙作を読んでくださりありがとうございます。

短編集みたいなのを一年で41話って少ない……。少なくない?


牛込りみの切願(裏)

時には無垢に思える、切実で一途な願いも人を狂わせる。りみの場合はそれがあった。しかし彼女には常人と異なる特殊な性質が同時に存在していたのだ。それは、彼女の中での恋というものがどんなものなのか、自覚があるという事だ。

自分は出水京という男が好きだ。愛してると言っていい。しかしその愛が異常なものであると、それもまた事実なのだという自覚がある。

 

「はあ………」

 

そう、自分はおかしいのだ。どうしようもなく狂っている。少し大げさかもしれないが、視野の狭い女子高生は自分を省みるとどうしてもそう思ってしまうのだ。きっと自分が正常でない事に、彼女は混乱している。いずれ受け入れてしまうのではないかという思いもあり、しかしそれは恐怖ではない。狂ってしまう自分も、牛込りみを構成する要素の一つでしかないのだから。そう考えてしまうと、驚くほどに訪れるであろう変化に対して何も感じなかった。

 

「あ、もしもし、京君?」

「どうかなさいましたか?」

「ううん、もしかしたら追い込まれてどうしようもなくなってるんじゃないかなって」

「ええ、正直二進も三進もいかないところです。それで?」

「ちょっと私も作業が煮詰まってて。よかったら一緒に気分転換しない?せっかくだし二人で」

「………構いませんが。どちらで落ち合いますか?」

「別にどこでもいいけど」

「おい、言い出しっぺ、おい」

 

だからこそ、焦がれる想い人に会うというだけで我を忘れるような事もなかった。時刻は午後七時。夜なので暗いには暗いが人通りが途絶える深夜というわけでなく、そこまで危険というわけでもない。近所の児童公園で合流すると、りみはラフなシャツで、部屋着と見間違うところを見るに突発的な衝動である事が伺える。

 

「えらく唐突ですね、りみさん。まあいいですけど」

「ごめんね」

「いいですって。気分転換が必要なのも事実ですし。いい機会でした」

「そお?だったらよかったけど………。京君にもスランプとかあるんだね」

「私も人間ですので。りみさんは音楽の作業で支障が?」

「うん。私、みんなと違って不器用だから。どうしてもこんな感じで、うわぁぁ〜ってなっちゃうの」

「私もそういう経験はありますよ。あまりに遅々として作業が進まないと、全て投げ出したくなる」

 

りみは自己評価が低い。それは同時に、他人に対する評価が高いという事でもある。バンドメンバーの少女達やライブハウスの面々だけでなく、全バンドの音楽製作に携わる京に対しても例外なく。機械のように精密に作業をする彼を見てその手腕を羨んだ。そんな彼も当然といえば当然、人間なのでミスをするしやる気が削がれる時もある。それがりみにとって意外だった。

 

「そうなんだ………」

「なんだか酷い誤解が今解けたような気がしました」

「き、気のせいじゃないかな………」

 

精密機械のような彼もそうして浮き沈みもあるというのが、彼女の中で救いにもなった。やはり完璧な人間など存在しない。そう思えば、自分が何をしたわけでもないがいくらか心も楽になる。自己満足と自意識の高揚のために彼を利用する悪辣さはあったが、それも必要なものだと目を瞑った。そうでなければ、善人にはなれないから。

 

 

 

 

 

りみにとっては趣味のようなものだが、とにかく彼は見ていて飽きない。様々なバンドの様々な年頃の女子と話しているからなのだろうか、彼の反応も彼に対する反応も様々だ。最初はその程度だったが、最近は単なる人間観察ではなく目で追いかけているといった方が正しい。結局のところ、彼の魅力というのは話す相手が反抗期真っ盛りだろうが常識はずれの大富豪だろうがコミュ障のゲーマーだろうがそれに合った会話ができるという点にあるのだが、残念ながらこの時のりみは知人以上の会話をしなかった。込み入った話はスランプから逃避するようにしたあの時が初めてだ。彼が苦手だとかそういった事ではない。

つまり、変わってしまってほしくなかった。誰かと接する彼を見ていたいがその中に自分は含まれていない。自分が介入した事で何かが変わってほしくなかった。今のまま、皮肉屋で背伸びしたようなニヒルさで、しかし彼の性格ゆえにそれらがどこか『子供が大人ぶっている』とは終わらない京という人間のままでいてほしかった。

 

「お前からも言ってくれよ、香澄にさあ。あいつのテストがヤバいとバンドもヤバいんだから!」

「言うには言いますが、響かないと思いますよ。当の本人が———」

「あ、おたえ!みてみてー、でっかいクワガタムシ!」

「あの調子ですし」

「あの年がら年中お星様バカは………」

「ツンデレ盆栽巨乳女子高生も大変ですね」

「うっせえ!!」

 

どうか、このいつもの景色をいつも通りに。それだけでよかった。だが最近は笑えない事がある。どうやら京にも変化の兆しがあるらしく、最近はいつもの調子とはいかないようだ。忌むべきは誰でもなく彼自身の変化だが、りみにとってはそれも許容できないものだった。

 

「許せない………」

 

彼女はただ変化に臆病だった。だからこそ許せなかった。有咲と笑う京は一見いつも通りだが、どこか世を儚むような諦観も見られた。

 

「京君」

「はい?」

「最近どう?」

「さい………え、どうしたんですいきなり。元気ですが」

「そう。それならいいんだ」

「………?」

 

おかしい、おかしい、おかしい。こんな事は間違っている。人として、彼女達の友人として。あってはならない。略奪愛なんてフィクションの産物でしかないのだから、現実であっていいはずがないのに。

あまりにも候補が多過ぎて絞り込めないが、京には好きな人がいる。それが誰かわからないが、きっと秘めたる想いがあるのだろうが、りみにとってはそんな事どうだっていい。とにかく自分が好きなのだから彼の事情など考慮するにも足らず、まずは自分の意思が最優先に。そうなってしまう事が自分の異常性なのだろうか。そう己の内に潜むものを考えると、まるで自分が自分でなくなるような感覚に苛まれる。

自分はこんなじゃなかったのに———。

 

つい三日ほど前はこんなに盲目的ではなかった。普通に彼を見ていて楽しいと思う程度だったのに、今では執着の方が勝っている。一体どうしてこんな事になってしまったのかと、終わりのない問いについて考えるのはもうやめた。

 

「うん、本当によかった」

「はあ、ありがとうございます………?」

 

違う、違う。そんなわけない。いくら心の中で否定しようとしても、抗えない。

 

「ねえ、京君。例えばだよ、例えばの話だけど」

「はい?」

「ずっと好きだった人が自分じゃなくて別の誰かを好きになってたら、どうする?」

「典型的ですね………。まあ物語ならば略奪もよし駆け落ちもよし不倫もよしですが、現実ではそうもいかない」

 

これだけは聞きたくなかった。自分の中の感情を吐露する事と変わりないから。たとえ京に気取られないとわかっていても聞きたくなかった。聞いてしまった以上後戻りはできないがしかし、目の前の彼も、自分が望む答えを言ってくれそうにない。

 

「鈍感。見なかった事にして次回を待て。残念ながらそれしかないでしょう。苦渋の選択ではありますが」

「……………そう。そっか」

「納得のいく答えでしたか?」

「そうだね」

 

納得はした。それを受け入れられるかは別問題だが。

 

「京君もそう思ってるのかな?」

「まあ、私には度胸も何もあったものではありませんし。きっとそうするでしょうね。非常に残念な話ですが」

 

 

 

 

 

もう彼は、変わってしまったのかもしれない。そう考えるとどうしようもなく胸が苦しい。今までのようにとは、もういかないのだろうか。

 

いや、まだ手はある———。

 

「京君」

「ああ、牛込さん。奇遇ですね」

「ちょっといいかな。時間は取らせないから」

「ええ、構いませんが」

 

彼は変わってしまうが、自分は変われない。そんな時にどうすればいいのやら。結局のところそれは、彼の場合実は簡単なやり方でどうとでもなるのだ。

 

「ちょっと私の家に来ない?」

「家………。家?何故?」

「いや………。お互いを知るために」

「まあ、構いませんが」

 

突然の誘いで京はいくらか訝しむように間を持たせた後に了承した。彼も鈍感になってしまったものだ。

 

その日はりみが同じバンドの面々と別れてから京と合流し、二人で家路についた。彼女には二歳上の姉がいるのだが、最初こそ男を連れて行くというりみの言葉足らずから生まれた誤解があったもののすぐにそれを京がフォローし、姉ゆりもどうやら彼を気に入った様子で嬉々として受け入れた。人畜無害そうな顔立ちで歳下というのが大きかったのだろう。弟にならないかと勧誘を受けた時は、いくら美女とはいえ110番案件を抱えたものかと恐れたものだ。

 

「キャラが濃かったですね、お姉さん」

「まあね………」

 

通された彼女の部屋は女性らしいとからしくないとか以前に、詳しくは言わないが趣味が前面に押し出されている部屋だった。顔には出さないが。

 

「座っていいですか?」

「え?ああ、うん………」

「そ———」

 

そういえば最近は貴方にも覇気がない、とお悩み相談から始めようとしていたその時だった。

 

首筋に鋭い痛みが走る。まるで電流を流されたような、という例えが当てはまるかと思えば、それは比喩ではないのだ。それから昏倒するまでの時間は一瞬だったが、その間の景色を京の脳は素早く処理した。倒れる彼を目の当たりにして自分のしでかした事の重大さに気付き罪悪感を募らせ、徐々に顔が青ざめていくりみが。首の神経に一過性の麻痺が生じ、一時的とはいえ気道が閉まり息が吸えない。

 

「———あ………」

 

喉を右手で掻き毟るように押さえてから十数秒で意識を失った。

 

「貴方がいけないんだから———」

 

そんな禍根とも責任転嫁とも取れる発言を最後に。

 

 

 

 

 

彼女が何より許せなかったのは、変わる事。りみにとっての普通が普通でなくなる事で、今回はその沸点を遥かに上回ってしまったことになる。原因は彼にもわからない。つまり意図する事なく自然とそうなってしまってしまったわけだ。いつも通りの性格で、いつも通りの会話で、いつも通りの展開に。それから逸脱する事が許せなかったようだ。どうしてか、と問われてもその答えはりみにしかわからない。ただ人間観察に支障をきたすだとか単にそうしなければ恋愛を語れなかっただとか、そういった具合の、りみの倒錯的で完全なエゴでありその押し付けである。

 

「貴方はそのままじゃなきゃいけないの。いつも通りの貴方じゃなきゃ………。そうならないならいっそ———」

 

いっそ、どうしようというのか。そこから先が聞き取れなかった。霞む視界と平衡感覚を失った頭で考えようとしても、どうしても上手く回らない。

 

「ダメ、ダメ、ダメ!!貴方があんな事になったらもう耐えられない!あんな状況になるなんて!だから………だから、ごめんね。こうしておけばいいの。こうしておけば、このままの京君をずっと見ていられるの。ずっと変わらないままの京君が私の側にいて、そのまま死んで、一生記憶に残るんだよ。素敵な事でしょう?ね?ね?」

 

京は喋る事ができないというのに、同意を求めるようにその光ない瞳で彼の目を覗き込んで言う。彼は表情を動かさずに耳を傾けるくらいしかできない。

 

「死ぬ時もどうか、そのままの京君でいて。そうじゃないと、私おかしくなりそう………!!」

 

———自分はただの被害者なのか、それとも来るべき予測不可能な変化に対して救われた存在なのか。彼にはわからなかった。




(ゆりルートは今のところ)ないです。筆者がネタ切れで死ぬ予感がするので。というか今も瀕死ですヤベエ。

このお話で出てきた変化ってなんのことぞ?という方は、まあ待たれよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。