純愛の名の下に   作:あすとらの

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なんと失踪しないんですね(驚愕)

1ヶ月お待たせしてしまったようで、申し訳ありません。何かと大変な時期ですね。筆者は職種の都合上家にいたくてもいられねえんだよと憤る日々でございます。小説書く時間も確保できないし。

不定期更新タグをつけようかと思う今日この頃ですが、この山場もオチもない拙作を見てくださってありがとうございます。


宇田川あこの慕情(表)

基本的に、京は誰かを嫌うという事をしない。苦手とそうでない人間の差はあるものの、他人を嫌いになるという事はない。人間関係の上限は慕情で下限は苦手。例外なくそうでしかない。彼は聖人君子でないため自分とかけ離れた価値観の人間に対しては苦手意識をどうしても持ってしまう。底抜けに明るい人間、押しが強い人間等々。ハロー、ハッピーワールドに固まっているが、それだけでなく他のバンドにもちらりほらりとそういった少女がいる。

 

「深淵の監視者たちよ、我が、えー、あー………」

「晩鐘の調べ」

「晩鐘の調べの下に集い傅くがよい!」

「満足しましたか?」

「うん!とっても!!」

「さいですか………」

 

人の数だけ価値観があるものだと、自分は人間観察でベストセラーを書けるのではないかと錯覚してしまいそうなほどに京の友人は個性豊かだ。

 

宇田川あこという少女を京の目線で一言で表すのならば、痛くない中二病。というのも先にあったようにボキャブラリーが貧弱なので痛いというところまで到達していないというものだ。とにかく元気で明るく、場合によっては歳上だろうが関係なくアダ名呼びで敬語も使わないフレンドリーな少女だ。彼女があの宇田川巴の妹と京が聞いた時は、目と耳を同時に疑ったものだ。似ても似つかないじゃあないか。主にキャラと毛色と趣味嗜好が。

 

「京君って頭いいんだね。りんりんみたい」

「それ微妙に褒め言葉じゃありませんからね」

「ええ?どうして?」

「私は人の目から隠れるために道端で突然ワンタッチテントを開きませんし、SNS限定で饒舌になったりしませんので」

 

そこそこ褒められていない褒め言葉をいなして京は己を省みる。さて、どうして彼女のようなそばに置いておくだけでストレスの元になるような少女、宇田川あこ(一つ歳上)の勉強を見るなどという地雷を踏み抜いてしまったのか。それがまた面倒な事情というか縁のせいというか、友情の悪用というか匙を投げられたというか。

 

話は一週間ほど前に遡る。Roseliaはプロも注目する技術を持つバンドであるが、それはたゆまぬ努力のもとに成り立っているものだ。なので当然練習も相応にハードなものだ。

が、まだ学生である彼女達の本分は勉強である。その両立も含めてガールズバンドなのだ。

 

しかし問題が起きた。五人のうち四人は問題なかったが、ただ一人、あこだけが壁にぶち当たる。

 

「テストの点数が………ヤバいッ!!」

「なんか同じような事態に対処した事があるような気がします」

 

補習を受けなければ成績落第となる。しかし四人には、勉強に励みバンド活動に精を出しながらついでにあこの先生になるという激務を背負わせるわけにもいかない。というわけで、友希那とリサに交互に頼み込まれること二日で京の方が折れ、あこの成績を向上させるために家庭教師の真似事をしている。幸い彼女は成績こそ悪いのでスタートラインは下の方であったが、呑み込みは中々早いので苦労はしないだろう。

 

そして五日目の今日。前回赤点を取った単元の復習が一通り終わって小休止をとると、やはり無言に耐えられる性分でないのか、あこは積極的に話しかける。

 

「京君はさあ、歳下だよね?」

「そうですね。宇田川先輩」

「あーあ、なんかちょっとショックだなあ。そっかあ、あこ、歳下の子に教わってるのかあ」

「能力の問題であって、年齢の問題でないかと」

「それはそれで傷つく!!」

 

最初こそ勉強がどうだ頭の出来がどうだ才能がどうだと愚痴を零すあこに対して相槌を打つだけと彼にとっても簡単なお仕事だったが、徐々にあこは絡み上戸のようになっていき、京は天才だなんだと持ち上げるように見せかけて課題を回避しようとしている。ただしその企みは見破った彼によって阻止された。課題は体温が人間の致死量にまで達さない限りは絶対に完遂してもらう。慈悲はない。

 

「京君手伝ってよお……」

「何故教える立場の私が」

「京君はいいの?人に教えるだけで」

「そこまで切羽詰まっていませんので」

「おぼぼぼぼ……」

 

ペンを持つあこの手が震え始めるがそれを尻目に京は彼女の教科書に目を落とす。中学生レベルならば他人に教えるくらいわけないが、それは他の人物も同じだ。Roseliaの成績良好組、彼女の親友である白金燐子は特に、仲も大変よろしく京のポジションに収まるにはうってつけの人物であるはずなのだが、何故かそうはならなかった。そう、本当に何故か。理由はわからない。というよりどちらも語ろうとしない。きっと諸事情により代役を立てられたのだろうと納得させたが果たして真意はいかなるものか。

 

「京君、ここわかんない」

「十分前に教えましたが」

「忘れちゃった」

「どうして代役が私なのでしょうか」

 

こんな事なら鬼風紀委員長であり真面目が服を着て歩いているような紗夜にでも任せた方がよいのではないか。彼女なら巨大な物差しを坐禅の警策が如く扱って肩か背中を打つくらいはするだろう。

 

「本当に、文系と理系の開きが凄いですね。どうしてそこまで数学と理科が苦手なので?」

「だってえ、数式とかナントカの法則とか定理とか、難しい事ばっかりなんだも〜ん。逆に何で京君は出来るの?」

「ふむ……。思うにあこさんは突き詰めないと気が済まないタイプとお見受けします」

「ほえ?」

「百まであったらその全てを理解して自分のものにしないと気が済まない、ということです」

「あ〜うん。確かにそうかも。バンドとか思いっきりそうだもんね」

「勉学においてそれは不要です。何故その法則がそうなるのか、と考えたいタイプなのでしょうが、正直それは考えるだけ損です。定められた法則があるのなら、それはそういうルールなんだと深く考えないでください。時としてそれが必要です」

 

柄にもないアドバイスだがキャラも矜持も知ったことか。自分は使命を全うして自由になりたいんだ。

 

しかしそんな邪な考えであってもアドバイスはアドバイス。的を得ている有用なものだ。あこは優等生とは言い難く性格も年相応だが、バンド含め好きなことを追求しなければ気が済まない真面目さも併せ持っている。美徳であるが、時としてその生き方は窮屈になる。真面目はいいが、馬鹿真面目になる必要はないという事だ。

 

「京君からそんな事言われるなんてなー」

「どういう意味ですか」

「京君はいっつも真面目でお堅い感じなんだもん。そういう不器用な生き方してるんじゃないかなって、寧ろこっちが心配してたんだから。主におねーちゃんとか、あたしとか」

「私、そういう目で見られてたんですか?齢十五を手前にして器用な生き方に煮詰まった子供であると?」

「言葉は難しいけどそういう事なんじゃない?」

「………そうですか。私って普段そういう………」

 

その過程で発生した誤解は後々解いておくとして、そんなことよりと軌道修正に入る。真に話すべきは自分の事ではなくあこの事なのだ。

 

「貴女の口から出ましたのでいい機会です。ハッキリ言っておきますがあこさん、貴女グイグイ来すぎです。押しが強い。正直初対面の時はブラックリスト入りでしたよ」

「そ、そんなあ……。あこ的には明るくハッピーな女の子になったつもりだったんだけど……」

「正直怖かったです。ずっとリサさんの後ろに隠れていたでしょう?」

「恥ずかしかったんじゃなくて?」

「怖かったです」

「ガーン……」

 

この際だからと京から突然のカミングアウトである。

 

遡る事数ヶ月、まだ京が見識を深めていなかった頃である。友希那とリサの親切心もといおせっかいによって交友関係を無理のない程度に広げようと画策され、燐子と紗夜ののちにあこと初めての邂逅となった。前二人が比較的穏やかだったので油断していたところに彼女である。

 

『やっほー!京君だよね!いやあ可愛いなあ男の子なのに!あこの事はあこって呼んでね!お友達になってくれると嬉しいな!よろしく〜!』

 

ただテンション高めな自己紹介なだけというのに卒倒しかけた。というか側にリサがいなければ確実にしていた。今よりもっと感情の起伏ち乏しく激しく人見知りだったので、目を輝かせて近寄ってくる同年代の女子に対しては恐怖さえ覚え、同時に何か陰謀めいたものさえ感じた。そう時間が経たないうちに彼女はそんな高度な考えはできないとわかったので事なきを得たが。それでも最初は、ただ積極的であるというだけで苦手だった。仲良くなろうもしてくれているあこには申し訳ないが、それこそ人付き合いの方法は十人十色であるのだからコミュ障もコミュ障なりに方法というものがある。脱コミュ障の先輩である燐子に倣うべきである。それがRoselia全員と知り合って得た彼の教訓であった。が、初期の京はあこの好奇心の強さというか首を突っ込むメンタルの強さというかその辺りを甘く見ていたと言わざるを得ない。

 

『凄いね京君、ハイテクだね!あれ、ここはどうやってるの?』

 

『京く〜ん、勉強教えて〜。紗夜さん忙しそうだしおねーちゃんはアフグロで練習中だし、もう京君しか頼れないんだよぉ〜』

 

『ねえねえ京君、今暇?暇ならあことりんりんと一緒にゲームしない?こういうオンラインゲームでね……』

 

侮っていたものだ。まさかここまで友情を押し売りしてくるタイプの人物だったとは思わなかった。そして燐子の絶えぬ気苦労も段々とわかってきた。あこのように善意だけで人を振り回せるというのは稀有な存在だ。お陰で燐子も東奔西走して友情を育んでいる事だろう。

 

だが自分とは少し波長が合わない。嫌いというわけではなく、ここまで陰と陽で差があると燐子の前例もあまり信用ならないものだ。彼女にはゲームという友人をつくるツールがあったが、京には何もない。ないから開拓してみようとも思わない。自分はそういう怠惰な人物なのだ、憐憫で面倒を見てくれているまりなや友希那やリサが例外なだけで、友達というのは高望みが過ぎる。つまらない人間とくっつく必要もない、それがあこにとってもきっと最善の選択になる。

 

だがそうはならなかった。というよりそうさせてくれなかった。

 

『あこ、友達になりたいだけだったのに……』

 

苦手というだけで嫌いというわけではない。近付くべきか遠ざかるべきか葛藤している中でそう涙ながらに訴えられると弱い。美少女を泣かせる趣味はない、突っぱねる理由もない、何より自分には選り好みするような資格もない。家族も友人もいない子供と友達になってくれるような希少で善良な人物を自分の性格一つでなかった事にしていいものか。そこに大きな疑問を抱いた。

 

そして今に至るのだ。当たり障りのない天気の話から趣味嗜好の話に発展していき、今となっては家にお邪魔するような間柄になっている。

 

「休憩終わりです。ほら再開してください。じゃないと貴女と一緒に私にまで雷が落ちる」

「ええ〜。もうちょっと〜……」

「いけません。さもなくば私の代役に紗夜さんを立てる事となりましょう」

「え〜……。うーん……。わかったよお……」

「はい、よろしい。今度からも、私の電話をかける手が震える前に実行していただきますよう」

 

そうしてまた、あこにとっては長い長い勉学の時間である。彼もメリハリがあるというか切り替えが早いというか、いつにも増して張り切っているのか教師モードを徹底している。

 

「京君はさ、なんでそんなに頭良くなろうと思ったの?」

 

ふと気になった。あこにとって彼は天才だが、それ以上に努力家である。前に彼の自宅で高校生組から借りたと思われる教科書の山と積み上げられた大学ノートが見た事が印象に残っている。そこまでして明晰であろうとする理由は何なのか。その原動力とは?歯止めのかからない知的好奇心か下手をすれば中卒になりかねないという危機感からか。彼は少し目を泳がせて考えた後に短く答えた。

 

「反骨心でしょうか」

 

最初はその答えの真意をまるで理解できなかった。




あこと京のちょっとした馴れ初め、そして京のぱーふぇくと人生相談回でした。

終息するのはいつになることやら……。皆さんもお体に気を付けてくださいね。筆者も頑張ります。ノルマにウイルスと敵は強大ですが。

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