純愛の名の下に   作:あすとらの

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遅筆ッ……!


奥沢美咲の餞(表)

青天の霹靂———。突然発生する大事件や出来事を表現する言葉。本来の用法としてあまりいい意味で使われることはないらしい。

 

まさにそれが、京が光景を目にして最初に抱いた感想であった。あるいは逆に言うなれば、それ以外に何も感じようがないのである。光景を説明してくれる人がここにいないともなれば尚更だ。

 

「あの……」

「……………」

「ちょっと……」

「……………」

「奥沢さん……」

「……………あい」

「これは……どういう……」

 

そして更に悪い事に、事情を説明してくれる熊もいないのである。目前の倉庫でミッシェルぬいぐるみの頭と胴体が大量に散らばる惨状に京は不機嫌そうな低音でオリジナルミッシェルこと奥沢美咲と視線を交わすことなく彼女を問い詰める。

 

「実はこころが……」

「ですよね、そうですよね。知ってました」

 

一応そうでない可能性も含めて問うたのだが、あまりに予測可能過ぎる答えに京は皆まで聞くことをやめた。ハロハピの面倒ごとといえば同バンドの三馬鹿が起こすものであるが、その中でもこころのトラブルメーカー率は群を抜いている。財力と突破力と天真爛漫さがある種の不協和音を奏でたせいでこうなるものなのかという現実をまざまざと見せつけられたものである。

 

奥沢美咲をどう表現するべきか。そう問われて一番最初に浮かぶのが常識人という言葉だ。当然それは筆舌に尽くし難いほど凄まじくキャラが濃いハロハピの面々に比べると若干影が薄いという事の類義語であるが、それは正しくもあるが間違ってもいる。花音が振り回される常識人だとしたら、美咲は三馬鹿を止められる常識人だ。そうでなければ花音は泣きじゃくりながらバンドから逃げ出し、京はストレスと忙しさで内臓をやられていたところだろう。影は薄いが、失った時の痛みは多大なもの、それが美咲という存在だ。

 

「まさかこの前言ってたミッシェルランドの遺物ですか?」

「そういうことです……」

 

そんな美咲の溜め息が止まらない理由が分かった。実際それを聞いて京も溜め息が出る。

 

ミッシェルランドという名の悪夢はどうやらハロハピの仲間内だけ、京の預かり知らぬところで始終していたらしく、同バンドの良心その一こと松原花音の訴えによって露見したものである。こころ、はぐみ、薫の三馬鹿はミッシェルと美咲が別の生物だと思っており、ゆえにハロハピも六人だと思い込んでいる。そしてこころがなんの気なしに放った素朴な疑問、ミッシェルの出身地についてポツリと呟いたところ、ノリに任せて美咲はミッシェルランドなどと言ってしまったのだ。

 

で、そこからの流れはハロハピの様式美というか、ここまでテンプレ

というか、いつも通りこころの行動力が爆発した結果ミッシェルが増殖しテーマパークが出来上がるという非常事態に陥ってしまったのである。

 

「というかよく無事に帰還できましたね」

「うーん、なんというか私もよくわからないんですよ。ちょっと詳しい記憶がないっていうか、門をくぐって中に入ったところまでは覚えてるんですが……」

「なにそれこわい……。テーマパークどころか魔境ですね」

 

こころの財力も恐ろしいが、その結果魔境が如きテーマパークが出来上がる。そんな錬金術じみた結末も恐ろしいものだ。なんだ大量のミッシェルって。

 

「ミッシェルランドの遺恨は早いところ整理してしまいましょうか」

「助かります……」

「そういえば松原さんは?」

「あの三人の気を逸らしてます」

「そうですか……。とんでもない重荷を押し付けてしまいましたね。松原さんの精神が健康なうちに終わらせてしまいましょう」

「そうですね……」

 

という事で、美咲はあの日の遺産を京の力を借りて倉庫を占拠している大量のミッシェルの整理整頓を始めた。

 

インドアを貫く京は下手をすれば女子にも見劣りするくらいに非力であるが、それでも頼まれた以上は不義理を通すような事があってはならない。普段まったく使わない筋肉に鞭を打って着ぐるみを搬出していく。

 

「お金についてはもう触れませんが……。本当に、よくここまで集める気が起きましたね。そこまで好きなんでしょうか」

「いや多分ネタにしてるだけだと思いますよ」

「そうですか?まあ彼女たちならそんな気持ちがあっても驚きませんが」

 

休日を使ってわざわざやっているのだ、これをただの作業として終わらせてしまってはいよいよ虚しいままに終了してしまう。それが嫌で美咲も京も会話が弾む。

 

「正直意外でした。奥沢さんはああいったタイプとは相容れないとばかり」

「あ〜、まあ、実際そうですよ。加入も無理矢理だったし、ついていけなかったし、やめる事を考える余裕があったらやめてたと思います」

「へえ……。それが今まで続いているのだとしたら、やはり弦巻さんはかなりの人たらしということでしょうね」

「……否定はしません」

 

話題に事欠かないハロハピだが、やはりその中心にいるのはこころだ。美咲も京も積極的に何かを成し遂げるというより、誰かに導かれて自分の仕事をこなすタイプ。だからこそ自分がどんな状況に置かれているか、つまり導かれる人物が誰なのかというのは自分のその日の体調よりも大切な事だ。なので自然と、美咲も京も自分そっちのけで他人の話ばかりをする。

 

「確かに弦巻さんは無茶苦茶ですが、結局その無茶をやり通してしまう。そう考えると彼女は天才ですね」

「私はこころの頭の中が分かりませんよ」

「あれは分からない方がよろしいかと。小宇宙のようなものでしょうね」

 

京はそう冗談めかして笑うが、美咲にとっては冗談にもならない。どこからそんな発想が出てくるのか、常人どころか人間の殻さえ破らなければあんな風にはなれないだろう。

 

「奥沢さん、劣等感がありますね」

「……それは」

「私も同じです。いくら教科書を読んでも、学校で成績が良くても、彼女の良さというのは真似できないでしょう」

 

むしろ勉強という型にはめられるからこそ彼女のような柔軟さを身に付けられないのだろう。京は続ける。

 

「やっぱりそうですか」

「ええ。しかし、誤解を恐れずに言うならそれだけです」

「……?」

「彼女がフラグシップである事に変わりはありませんが、そんなもの弦巻こころという一人の人間がそうであるという一つの事実でしかないのです」

 

京の言葉はやけに小難しく回りくどいものだが、要は割り切っているのだ。弦巻こころが常識で測れないほど発想力豊かで、強烈なリーダーシップを備え、誰にもできないことをやり通す意志の強さがあるなど、言ってしたえば今更なものだ。それを妬む暇があったら、もっと別の事に頭を使えばいい。

 

「彼女には財も才覚もある。けれど私や奥沢さんが持っているものが欠けているのです。客観視ですよ」

 

人間のような社会的な動物は、何より自己顕示欲が強い。それはあるコミュニティの中で必要とされたいという至極真っ当な欲望だ。ちょっとした経験のおかげで、京にはその気持ちが痛いほどよく分かる。

 

「私は今のハロハピがベストだと思っています。それは弦巻さんがリーダーだからだとか、北沢さんと瀬田さんがいるからだとかそういう意味ではありません。いや寧ろ、あの三人しかいなかったら事故もいいところです」

 

やはり行動は奇怪な癖に人を見る目はマトモかつ超一流なこころのおかげだろう。初めてハロー、ハッピーワールドというバンドを知り、そのメンバー全員のおおよその人柄を知った時、あまりによく出来過ぎているので敏腕プロデューサーでも雇ったのかとさえ思えた。

 

「よくまぁあんなにピッタリ過ぎる人材を見つけたものです。私、驚きましたよ」

「そんなにですか?」

「それはもう。またどっか芸能界の人のほっぺたを札束でぶん殴ったのかと思いましたが、人選はまさか弦巻さんご本人だったとは」

「でも私は、こころにとって『ミッシェル』との橋渡し役でしかないんですよ」

 

しかし美咲は結成当初から変わらずこんな感じだ。ミッシェルに通ずるから価値があるのであって、奥沢美咲自身は特に何もない普通の女子高生。そんなもんだというのが、ごく普通の感性を持つ美咲の意見だ。

 

「そうは言いますがね奥沢さん。正直言って、弦巻さんは何でもありな人なんですよ。それこそ奥沢さんをお役御免にして野生のミッシェルを捕まえたろうなんてことができるだけの行動力も金もある。成功するかどうかは別ですが」

「それは……そうだけど」

 

しかしこころがもし本当に、美咲にミッシェルとの意思疎通役としての期待しかしていないのだとしたら、もっと早くに美咲はバンドを抜けて本当の意味で普通の女子高生に戻っていただろう。そうしなかったのは、美咲が弦巻こころの人間性に惚れて離れたくなかったというのもあるだろうが、それ以上にこころの方が美咲を手放したくなかったように思える。

 

「本当にサヨナラしたいなら喧嘩別れでもしたらいい。けど弦巻さんにはそれができなかった。あの人は欲張りです、楽しい事が大好きで、そのための仲間は一人も手放したくない。弦巻さんは奥沢さんにミッシェル以上の価値を見出していると思います」

「そう……でしょうか……」

「ええ。私だってお悩み相談役として必要とされていますもので」

 

そもそもそんな事を気にするようなガラじゃないように見えて、美咲も悩んでいたのだろう。それぞれにオンリーワンの要素があってそれが輝いているが、普通に生きてきただけの自分にはそれがない。ではそれをどうやって出そうかと考えた時にどうしてもミッシェルという存在をアテにしてしまう。そういう弱さも含めて、このままの自分でいいものかと悩んだ。

 

「奥沢さんも律儀ですね」

「やるなら全力ですよ」

 

こころのご相伴に預かるという時点で、それは肩の力を抜く事を許されたようなものだ。変に肩肘張らず、彼女と楽しい事を共有すればそれでいい。多少の空回りも笑い話になるだろう。だが美咲にはそれが分からない。どうしようもなく真面目で、ハロハピを思い過ぎているからだ。

 

「場を乱さないのが奥沢さんの使命のようなものですが、肩肘張り過ぎるのも一人だけ別方向を向いてしまう原因の一つですよ」

 

京がそう言うと、美咲は黙り込む。ハロハピの常識人でいようとするあまり力み過ぎていないかという京からの忠告に、反論できなくなったのだ。

 

「私は、焦っていたのでしょうか」

「ええ。そうだと思いますよ」

 

しかし美咲はどこか吹っ切れたようで、照れ臭そうに笑った。

 

「なんかすみません、面倒くさい相談をしてしまって」

「いいえ。友人のためですから」

「私、ちょっと向こうを片付けてきますね」

 

京の直接的な返しは想定外だったのだろう、羞恥で顔を真っ赤に染めた美咲は居た堪れなくなったのか倉庫の奥の方へと向かっていった。

 

(まあ、良しとしようか)

 

思ったことを思ったままに言葉にしただけ、高説でさえない。しかし納得してくれているようならそれでいいか。そんな事を呑気に考えた。

 

「うわっ」

 

奥からそんな美咲の声が聞こえる。何かぶつけたのか、それともミッシェルの頭でも降ってきたのか。とにかく助けようと美咲のもとに向かおうとするが、奥から出でるものがあった。

 

「奥沢……さん?」

 

しかしそれは人と呼ぶにはあまりにシルエットが大き過ぎる。やはりというかミッシェルだった。

 

「どうしたんですか……?」

 

ミッシェルは答えない。そのまま京の横を通って倉庫の出口に向かって緩慢な動作で歩く。

 

「奥沢さん……ですよね?」

 

やはり、返事はなかった。




この小説は基本1話完結です。←ここ大事。イイハナシダッタノニナー
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