純愛の名の下に   作:あすとらの

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今回は比較的ライトかもしれない。

理由?蘭のヤンデレがどうしても想像出来なかったからです。すまん。


美竹蘭の純情(裏)

蘭にとっての終着は、実はあまり彼女自身があまり意識していない。なるようになれ、とばかりに今を精一杯、彼女なりに楽しんでいた。それを可能にしていたのは幼馴染ことAfterglowの間にある麗しき友情なのだろう。

 

だからだろうか。

 

「私では力不足のようです」

「そんな………どうして?」

「私では、貴女方の美しい友情に介入出来ないようだ」

 

ひどく眩しく見えたからこそ、京はそれから遠ざかりたいと思った。己の価値の齟齬が怖かった。目を背けたいと思ってしまったから。

 

「い、いや、いやいや、いやいやいや………」

「動揺しておられますね」

「当たり前でしょっ!どうして、そんな………」

「別にどうってことありません。元々あってはならなかったものが消えるだけですからね」

「そんな、そんな事って………」

 

身勝手な逃避と詰られても、罵られても構わない。別れてしまえばそれでなかったことに出来るのだから。

 

世界が違う、なんて子供じみた事を言うつもりはない。しかし、彼女達の奏でる言葉は、京の理解の遥かに外側にあった。

 

真の意味で理解し合えない。そしてその原因は、足りていない京にある。だからこそ、関係をリセットするべきだと考えた。彼にとっては、友人という何気なく思えるその間柄すら尊く見えた。

 

自分には、その荷を背負うだけの器はなかったようだ。

 

「貴女には素敵なご学友がいらっしゃる。どうかご自愛ください、私といては貴女も毒される」

「そんな………」

「別に今生の別れになるわけではありません」

「だからって、納得出来るわけないでしょ!?」

「そうでしょう。しかしこれは貴女のためでもあるのです」

 

強引、傲慢。それでいて稚拙かつ一方的。この立場が逆であったらと思うと、京は自分自身の妄想の中で戦々恐々するばかりだ。

 

しかし、やらねばならない。まったくとんだ偽善だと己を嘲笑してやりたいところだ。

 

京は惑う。

 

「お互い切磋琢磨しましょう。良き協力者(・・・)として」

 

それが正しさと信じている。しかし、それは偽善を前提として。答えがひとつじゃないのなら、それを見つけられない京はひどく盲目であった。暗中模索の果ての果て、彼のたどり着いたひとつが正答である事を願った。

 

「お許しください。私も、私に失望しています」

「……………」

 

これが決定的であれば、京は自ら墓穴を掘った。しかしそれは最早、神さえわからない。当然ああなってしまった蘭も。真に知る人間は誰一人としていなくなった。

 

 

 

 

京にはそうあってほしくなかった。そう思ってしまうのは勝手なのだろうか。

 

それを許し難いと憤れるのか。その資格はあるのか。それを問い続けると、頭のどこかが溶けていくような気がした。それ以上に理解し難い。

 

眩暈。

 

嗚咽が漏れ、眩んでしまった蘭では京の真意の全てに辿り着けなかった。彼の言葉はどこかで夢想のようにゆらゆらと揺れるばかりであった。

 

「………嫌だ」

 

それを執着と呼ぶにはあまりにも薄弱であった。どうにも、蘭はその強烈な見た目とは裏腹に心の内は脆かった。

 

だからこそ、蘭が思ったのはただひとつ。

 

側にいたいのではなく、側に置いて欲しい。その思いは募るばかりであった。

 

蘭と京は、そう短くない時間を良き協力者として、その後の短くない時間も友人として過ごした。それを切り捨てられるのは当然憤りもあったが、何よりも悲哀に打ちひしがれた。

 

「………京?」

「はい。確かに私は出水京ですが」

 

ご丁寧に3コール目で電話を取った京の、そんな間の抜けた声は、幻聴かもしれないが、蘭にはひどく鮮明に聞こえた。

 

「あたしも、色々考えた」

「………そうですか」

「でさ、こうも考えたんだ。あんたは確かに頭がいいし、機転も利く。それなのに何であんな事を、しかも突然言ったのかなって」

 

友情がそれを邪魔するならば、それを圧殺しても。そして、あるいはそれを彼に話さなければならないというルールは存在しない。手玉に取られるくらいなら押し込んだ方がいいに決まっている。

 

「ほう。では名探偵蘭さん。その答えは出ましたか」

「言うわけないじゃん」

 

心底驚いたとまではいかずとも。肩透かしをくらったという意味では、京は少しばかり驚いたというのも正解かもしれない。

 

「おや………それはまた」

「言ったでしょ。あんたは頭がいいって。あたしが言いたいのは、あんたがあんな事言ったのは気まぐれじゃないって知ってるから、って事」

「そうですか。それは実に良い事です。自己顕示欲を抑えて、推論という手の内を明かさない。蘭さんはやはり数段大人びてらっしゃる」

「どうも。ところでさ、京」

「はい」

 

ご丁寧に細かく分析してくれたところで、蘭は露骨に話題の舵を切る。あるべきを話そうと、用事とは無関係な、蘭の秘めたる個人的な情を紡ぐ。

 

「あたし、京が凄く考えてあんな事言ってるんだと思う。あんたは何考えてるかわかんないけど、悪い奴には見えないから」

「光栄です」

「でも、やっぱりおかしいって思うのは、あたしの我儘じゃない」

「当然です。いくら道理が通っているとして、あれは普通許されない事でしょう。あれの責任は私にある」

「じゃあ………何で言ったの?」

「必要だからです。そうでなければならない」

「………そっか」

 

どこかで、友人という関係に固執していたのかもしれない。そんな妖しい思考が蘭の頭をもたげる。受話器越しからは彼の呼吸音すら聞こえない。

 

「仕方ない………ですか」

「うん」

 

声を聞きたい。

 

協力者として。そう彼は言った。もう友人にはなれない。彼は、良き友として笑ってくれない。慰めの言葉もかけてくれない。

 

「きっとおかしくなってるかもね」

「………十分おかしいかと」

 

蓄光塗料で薄く光るアナログ時計は午前3時を指していた。

 

 

 

 

 

考えた。彼の側にいられるには。彼が側に置いてくれる存在とは何なのか。

 

答えは出なかった。

 

というより、彼女はマトモ過ぎたようだ。

 

涙を流した。答えは出たから。最早彼女の歯止めは壊れてしまっていた。猶予があるのなら蘭はいくらか踏みとどまっただろう。しかし、そうも言っていられない。

 

「………京」

「………蘭さん」

 

決定的な蘭の決意から経つ事僅かに数日。京の部屋のドアベルの音色が反響する。

 

「あたし、色々考えた。多分これが正解だよ」

 

蘭は考えた。決して途切れることのない繋がりを求めたが、人間というのはひどく曖昧で、不確実で、不確定要素そのものである。だとしたら………

 

必要なのは、愛しているという浮ついた言葉ではない。

 

形にしなければならない。たとえ彼が変わったとしても変わらない物質的な繋がりが。彼女のたどり着いた答えは確かにおかしいかもしれない。しかし、最善のものと信じてやまないのなら、きっとそれは上策なのだろう。

「友達にさえなれないなら………仕方ないよね」

「正気ですか?」

「ふふふ………うん。もう離れてほしくないからさ」

 

らしくない。まったく彼女らしくない。屈託のない笑顔ははにかむよりも百花繚乱とさえ言えるだろうが、そこに蘭らしさはなかった。いや………より正確に言うとなれば。

 

「うふふ………これからよろしくね」

 

それをただの知り合いに見せてはならない。その笑顔は、尊き友人のためでなければならない。

 

「裏切られたなんて思ってないよ。だからさ………もう、捨てないで」

 

そうであってはいけない事があるのなら、逆もまた然り。彼女は自ら、人以下に成り下がろうとした。

 

友人なんておこがましい?ならば、その立場など喜んで捨てる。いや、その必要すらなく、京は蘭と良き友でいる事を捨てた。そう、これは京からのメッセージ。友人ではない関係でなければならない。

 

彼の側にいるためにカタチを変えよう。たとえそれで尊厳を放り捨てる事になったとしても。

 

「これなら、こんなあたしなら、あんたの側に置いてくれる?」

 

それが世界の常から外れていたとしても。

 

「………とても正気とは思えない」

「そんな事どうだっていい。どう?これであたし、隣にいる資格、あるよね?」

 

自分に人間としての尊厳を捨てさせろ、とばかりに、蘭はこれ見よがしに首に巻き付いた首輪を強調した。

 

「友人という関係に固執した結果がこれですか。貴女は今、大切なものどころか自分自身を捨てようとしているのですよ」

 

感情的になってはならない。落ち着かせるのであって、論をぶつけ合うのが目的ではないのだから。京は悟すような口調で、しかし非難を滲ませた視線で蘭を見る。

 

「そうしないと、京はあたしを捨てるんでしょ?」

「………と、言いますと?」

「理由はわからない。昨日は強がってあんな風に言ったけど、やっぱりダメだ。あたしは、京がいないと」

 

あってはならない。しかし、あってしまった。京は苦悶のように顔を曲げ、歯を軋ませる。よもや無表情でこんな爆弾をぶち込んでくるなど、京にも予想が出来なかったのだから。

 

「あはは………京の匂いがする………」

 

丹念に調べるように、京の体を這い回る。

 

「ねぇ、おねがぁい。奴隷でも、ペットでもいいからぁ………捨てないで。側にいるだけでいいの。それ以外はいらないから………」

 

たったの数日。その数日で彼女のどこかは決定的におかしくなった。

 

妄執?ただの寂しがり屋というだけでは、どうなったってこうはならない。それこそ、彼女が何か精神を苛まれていたとしか考えられないくらいの変質に、京は冷静さを削がれていた。

 

「寂しい………な。寂しいよ、京………」

 

 

 

 

 

それから。

 

「なぁ京」

「はい」

「お前それ………どうした?」

「聞かないでください」

 

巴の声色は感情をよく写すが、今はそれが辛い。

 

「いつからそんなに………まぁ、仲がいいのはめでたいけど」

「私にもよくわかりません」

 

わからないわけないだろ、という指摘が飛ぶのは明らかだが、まさか美竹蘭が倒錯してしまっているなどと言える筈がない。そう誤魔化すだけで精一杯、胃は痛くなるばかりである。

 

「本題はそこではないでしょう」

 

京の右腕に絡み付いて離れない、どころか、形のいい鼻をひくひくと動かして彼の香りに身悶えしながら抱き着く腕の力を更に強めて眠る蘭を引き剥がす術はない。

 

元々、失うかもしれないというストレスを溜め続けた結果、京が早過ぎると思っていたあのタイミングで偶然彼女はおかしくなってしまったのか、それとも決定打となる何かがあったのか。

 

「私にもわかりません」

「そっか」

 

京が確率として最もありそう(・・・・)と感じていたのは、彼女にとって単にデリケートな話で、今まで京と接していたあの蘭は、薄氷の如き表層でしかなかったのかもしれない。という事。

 

「巴さん」

「うん?どうした?」

「蘭さんですが、高校以前に孤立した事はありませんか?」

「………いきなり?」

「ええ、いきなりです」

「………まぁ、中学の時に、少しな」

「そうですか」

 

学生時代の孤立となると、蘭の性格故に、女子特有の闇の側面かとも考えたが、ある時Afterglow結成のキッカケを思い出す。

 

「あぁ、クラス替えどうこう………」

「何だ、蘭から聴いてるんだな」

「少しだけですが」

 

それを踏まえても尚、京には答えを見つける事が出来なかった。少なくとも彼にとっては盲点で、とにかく正解とは思えないほどであった。

 

たったそれだけの事。

 

孤立とは言えないではないか。

 

京はその理解について及ばなかった。

 

 

 

 

 

蘭は、皆の前ではいつも通りバンドに打ち込んでいるようだった。しかしある時、バンドのメンバーのある1人はそれを、今までと違って『焦っているよう』と形容した。

 

「お帰り、京」

「………蘭さん」

「ねぇ、あたし、ちゃんといい子で待ってたよ」

 

京が一人暮らしでなかったら軽く修羅場であった。蘭は入り浸るどころか居つくようになり、自らを都合良く使ってくれて構わないとさえ言うまでになった。

 

「ん………あは………」

 

服従している証と言って指を舐り、マーキングするように体を擦り付ける。

 

「今日はちょっと遅かったね」

「少し手間取りまして」

「良かった。本当に不安だったんだから」

 

彼女の憂う禁断症状というものがあるらしいのだが。

 

ここまで知りたくないと思うものも久しい。

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