純愛の名の下に   作:あすとらの

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今回はリアルの忙しさに加えてワクチンの副反応を拗らせ、遅れに遅れたことをお詫び申し上げます。えげつないくらい遅い更新でありますが、どうかご容赦いただけると幸いです。

今も瀕死なのにこれ以上キャラ追加とかあったら死ぬんですけど。

ないよね……?


戸山香澄の遷移(裏)

香澄にとっては何でもないような、ただの日常の風景だった。しかしそれが、いつしか日常ではなくなってきていた。

 

「あ゛っ!京君!よりによってチョココロネ食べてる!」

「大変美味でございました」

「も〜、りみに怒られても知らないからね」

「私の危機回避能力を侮らないでいただきたい」

 

ライブハウスでおとなしく店番をしている京の暇を見計らっては、女子同士の会話に巻き込む。どこの誰が言い出すでもなくそんな事をしてからそれなりに時間が経った。最初は困惑していた京も慣れたのか、それなりに楽しんで話すようになっている。

 

「私は常温保存してあった……もとい、放置されていたパンを食べただけです。その事実のみは認められてもどうということはありませんね」

「またそうやって理屈っぽい事言って……。もう、本当に知らないからね」

「りみに何か言われたら、京ならどうにかできる?」

「牛込さんは優しい方ですので、多分いけると思います」

「悪い顔してるわぁ……」

 

京、沙綾、たえの悪い会話を香澄は見ていた。いつもなら真っ先に会話の輪の中に飛び込んでいくのだが、今の香澄はそれをしない。ただじっと、物陰から三人の悪事を見守るだけだ。

 

「……香澄ちゃん?」

 

たまたまそれをまた後ろから眺めていたりみが、見かねて声をかける。

 

「ひょえっ!?」

 

完全に不意をつかれたようで、香澄の口から変な悲鳴が出る。慌てて声をかけてきたりみの方を振り返るが、三人に気付かれていないかと慌ててそちらの方を向く。距離があって気付かれていないと分かるとすぐにまたりみの方に視線を戻した。

 

「……どうしたの?」

 

忙しく頭を動かして挙動不審な香澄に対して、りみは訝しげに問いかける。

 

「い、いや?何でもないよ!?」

「そう……?」

 

香澄は明らかに何かあるように狼狽を隠せていない。だがりみも深く突っ込んでおかしいと指摘できるだけの材料を持っていない。

 

「で、どうしたのりみりん。私に何か用?」

「うん、友希那さんがスタジオ空いたって。もう使っていいってさ」

 

香澄が逃げるように話題を振った事もあって、水かけ論に発展する事もなく終わった。

 

「そ、そっか。じゃあみんなに伝えておいてくれないかな。私先に準備してるからさ」

「うん、分かった……」

 

最後はどちらも歯切れが悪く、一旦分かれる事になる。香澄は足早にその場を去っていき、りみは心配そうにそれを見送った。

 

香澄の心情はあまりよろしくない。とはいえ敵意とか害意とか、そういうものがあるわけでもない。それを覚えてしまった事について混乱しているというのが正確だ。

 

(どうして私、こんなに……)

 

香澄はよく言えば直線的、悪く言えば自分を顧みない性格だ。そのため、自分がそんな感情を抱くことになる原因が分からない。彼女がもう少し感情の機敏について聡くあるというか、自分だけで完結できればよかったのだが、彼女くらいの年齢はまだ未熟だ。そういう風に説明をつけて、しっかりと嚥下できればよかったのだが。

 

「あ、京くん……」

「戸山さん。練習に行かれたものとばかり思っていました」

 

難しい書類と睨めっこしながら顔をしかめていた京が、顔を上げて少し驚いたように目を丸くする。

 

「何か私に用でも?」

 

少し動揺しているようで、それを隠すように京は平静を装って対応する。

 

「いや……」

 

いつもの香澄らしからぬ態度に、京も動揺を隠すことができないのだろう。そのせいで普通に会話する事すらままならない。

 

「あ……。練習終わったら、どこかにご飯食べにいかない?」

 

どうしたものかと頭を悩ませていると、香澄は慌てていつもの調子に戻した。しかしそれがあまりに不自然すぎて、京も戸惑っている。二人の間に微妙な空気が流れる。

 

「……そうですね。皆さんが許してくれるのなら、ご一緒させていただきます」

「そっか……うん、分かった。じゃあみんなに聞いてみるね」

「別に無理して誘ってくださらなくても結構なのですが」

「ううん。みんな京くんの事が大好きだから。私もそうだし。だから一緒にいてくれると嬉しいな」

「そうですか……。それは嬉しいです。でしたら、ご一緒させていただきます」

「うん。それじゃ練習が終わるまで待っててね」

 

香澄は踵を返して、スタジオへと向かっていった。そうして顔を見られないようになると、少し寂しそうな、それでいて恨みや悪意のようなものもこもった香澄らしからぬ闇が垣間見えるような表情に変わった。

 

「うん、みんなね……」

 

誰に言うでもなく、香澄はそう呟いた。

 

 

 

 

ガールズバンドをやろうと言ったから、脇目も振らずそれに打ち込んできた。自分が言い出しっぺで、その選択が間違っていないと思いたかったのだろう。しかし残念ながら、今はその思いが危うくなっている。それもこれも、何かに心奪われて何も手につかないという経験が未だかつてなかったたまだ。何もかもそれのせいだ。

 

「練習はもうおしまいですか?」

「なーんかみんな疲れててさ。最近忙しかったからかなぁ」

「そうですか。無理をして体を壊しては元も子もありませんし、賢明な判断でしょうね」

 

どうにも心がモヤモヤする。具体的に言うと、自分にだけそういう言葉をかけてほしい。本当ならば抱いてはいけない醜い嫉妬だ。

 

「ねえ、香澄ちゃん……」

「うぇ!?ど、どうしたのりみりん!?」

 

京と沙綾が仲睦まじくしている様子を少し離れて眺めていたところ、突然背後からりみに話しかけられた。注意が散漫になっていた香澄にとっては不意打ちそのもので、慌てて何でもないように繕っても挙動不審になってしまう。

 

「その、ずっと二人の事見てたから。どうしたのかなって」

「いやっ、何でもない!何でもないよ!?」

 

どうやら見られていたようだ。しかし後ろ暗い感情に支配されかけていましたなどと言えるはずもなく。何かもっともらしい事を言おうとするのだが、アドリブに弱い香澄はますます挙動が怪しくなっていった。

 

「そ、そっか……」

 

少し押され気味になりながら、りみは一応納得した風に言う。そういう風に言っただけで、実際のところは納得と程遠い。

 

「あのね香澄ちゃん、余計なお世話かもしれないけど……」

 

そう前置きした上で、りみは話し始める。作り笑いで不器用に、しかし言いたい事をそのまま。

 

「私はあんまり、香澄ちゃんには我慢してほしくないかな。そういうのって香澄ちゃんらしくないから」

 

それは人間関係で悩んでいるかもしれないという、そこそこ雑な推測に基づいたアドバイスだ。だが実際、いくらか的を得ていて、それを聞いた香澄はドキリと心臓が早く打った。

 

「……うん、そうだね。わかったよりみりん。私も正直になってみるよ」

 

 

 

 

結局のところ、京や他のメンバーがしていたのはとりとめのない会話だった。だが香澄の嫉妬は本人の予想以上に激しかった。

 

「……私に何かご用が?」

 

それはいつの間にか行動に起こるようになっていった。衝動を抑えられなかったなんて盛りがついた動物と大差ないが、そうなってしまったものは仕方ない。

香澄はライブハウスの人通りの少ない場所で京を見つけると、思わず壁際まで追い詰める。通称壁ドンとも呼ばれるアレだが、残念ながら現状にはロマンチックさのカケラもない。京も驚いたようで、されるがままといった様子だ。力でどうにもならないという事もあるが。

 

「……最近さ、さーやとかおたえとかと、仲良さそうだよね。どういう事?」

「どういう事と申されましても……。別に、会って他愛のない話をするだけですよ。それくらいするでしょう」

 

京も、まさか自分が人生の中でこんなコミュ強のようなセリフを吐くとは思わなかった。

というか、そんなセリフを吐いてしまうほど言い訳に詰まっていた。どう弁明すればいいか、どう誤解を解けばいいかと考えた結果三秒で浮かんだのがこの言葉である。

 

「私と出会った頃と、全然違うんだね。色んな人と仲良くなって、別人みたい」

 

だがそれがいけなかった。端的に言うと、地雷を華麗に踏み抜いてしまったのである。

 

「私にとっては進歩ですよ、戸山さん。おかげさまでまともな社会生活はできるようになりましたんで」

「……そう」

 

香澄の表情がどんどん暗くなっている。それを知って尚、京は馬鹿正直に更なる地雷を踏み抜きにいった。

ただし、京は香澄が暗いという事くらいしかわからない。『普通に生活できました、ありがとう』という言葉がスイッチになるなど知るよしもないのだ。

 

「……こんな事になるなら、やるんじゃなかった」

「え?」

 

香澄の表情は思い悩むような暗い顔から一転、激しい怒りを露わにする。

明朗快活で、誰に対しても人懐こく笑った彼女はもういない。

 

「こんな事になるなら、みんなに会わせるんじゃなかった!そうすれば京くんはずっと私の事を頼ってくれたのに!私がいないとダメって言ったのは嘘だったの!?」

 

香澄は嫉妬と敵意を剥き出しにして怒る。

 

「あれだってあなたが言わせたんでしょうが……。私はね、普通に生きる術があるならそれにしがみつきますよ。小心者だもんで」

 

だが京の意思は硬い。それを示したつもりであったが、この京という人間はつくづく他人の扱いに慣れていない。

残念ながらこの宣言は、香澄の更なる怒りを呼び起こしただけだった。

 

「私が必要でしょ!?必要のはず!必要としない京くんなんて京くんじゃないっ!!」

 

最終的に、怒りはヒステリックを帯び始めた。

 

どうしてこうなってしまったのかについてだが、京にはまったく心当たりがない。何か一つの大きな出来事がきっかけで、劇的に変わったというわけではない。長い間思っていた事が今日この日に爆発してしまったのだろう。

 

「戸山さん……大丈夫ですか?情緒が不安定です。疲れているのでは?」

 

京は怪訝そうに言う。原因の五割はそうやって諭そうとしている京の方にあるのだが。

しかしもう半分は、普段の香澄らしさがないという誤算があった仕方なさも多いにある。

 

「何言ってるの……?京くんがおかしいんでしょ?そもそも、京くんが私の事いらないって言うから……」

「そこまでは言っていませんが……」

 

どうにも、話が噛み合わなくなってきた。いよいよ本格的にマズい事態という事だ。いつ正気を失ってもおかしくない。

 

「……大丈夫ですか?」

「どうして……そんな目で見るの?私はおかしくなんてない。ただ自分の感情に正直なだけだよ」

 

濁った瞳を京に向けて、香澄は言った。彼女の拘束は未だ、緩む気配を見せない。

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