でも好き。
その2人の全てを神のように見下ろして、身勝手に評価するならば、10人中10人が異口同音で答えるだろう。
最悪であったと。
事の発端は、既にインターネットの動画サイトで自身が作詞作曲した楽曲が、ミリオン規模で評価されていた京に、ある話が舞い込むところから始まる。
「私が?芸能人の?」
「そうっす。是非是非、お願い出来ないかなーなんて」
「………お話はありがたいですが」
大手芸能事務所から、不意打ちのように詳細な情報を渡したい、なので担当の者を送る旨の電子メールが京のパソコンに送り付けられてから僅かに2日後の事。軽過ぎるフットワークに驚嘆しながらも事の詳細に耳を傾ける。
「だ、ダメっすか」
「作詞や作曲は趣味が高じただけですので。あまり表舞台に繋がるような事は」
「大丈夫っすよ。別にそんな、一緒にインタビューみたいな事はありませんから」
「違う。それはまったく的外れです。えぇと、大和さんでしたか」
「え、えぇ………的外れっすか」
「貴女方が有名になるのは喜ばしい限りでしょうが、それで裏側に潜入みたいに言われると凄まじく困るんですよ」
「う、うーん………」
芸能事務所からのメッセンジャーを任された少女こと大和麻弥は唸る。
「じ、ジブンも言ってて悲しいっすけど、ほら、超メジャーになるとは限らないっすよ?」
「広告塔までキッチリ完備してですか」
「ゔ………」
元々、顔を出さずに音楽活動が出来るという理由で動画サイトへの投稿という形を取った。京が今恐れているのは、バラエティによくある『あの人気グループの裏側』として自分に視線が集まる事。
(何だってガールズバンドを芸能人でやろうと………)
発案者がこの場にいたらグーで1発お見舞いしてやりたい。メジャーマイナーの垣根がない音楽活動というのが、その自由さがバンドの最大の利点だった筈だが。
そして、京が足踏みしたまま前進出来ない最大の理由というのが、その広告塔の存在である。
「白鷺千聖さん。私もドラマを見るので、よく存じています」
「そ、そうっすか………」
「ガチですね」
「は、はは、ははは………はい」
白鷺千聖。幼少期から子役として活躍していて知名度も高い若手女優。彼女を宣伝材料としているのは、芸能界の深みを知らない京でもよくわかる。最早滲み出るとかそのようなレベルに留まらないほど露骨であったが、それが叶った場合が難しい。
「有名になる事も、そのために努力をする事も良い事です。しかしそれに私は必要ない」
「そ、そんな事ないっすよ!」
「今わざわざ『おたくらの努力に巻き込むな』ってオブラートに包んで言ってあげたんですけど」
「す、すんません………」
そりゃ渋るよな、とは大和の思いそのものである。そもそもユーザーネームとIPアドレスから特定というのも、中々グレーゾーンなお宅訪問なだけにそれだけで好感度だだ下がりだろうに、突然芸能人がバンドやるから作詞作曲して、と頼むのは失礼に失礼を重ねている。
「断ったら後日4、5人で突撃してくるとかありませんよね?」
「そ、そんな事しないっすよ!」
どうやらイメージはプラスマイナスゼロからマイナスに振り切れてしまったようだ。
「でも諦めないっすよ」
「そういう事、笑って言わないでください」
一匹狼の実力者をチームに入れたいスポーツ漫画の主人公かと辟易しながらも追い返した。
そして後日。
「………」
「交渉2日目っす」
「大和さん」
「はい」
「ブラックリスト入りです」
「ほわっつ!?」
確かに4、5人で突撃して来るなと言った。ここがワイドショーの論争よろしく紛糾してしまったら京のストレスは限界を突破してしまうから。が、しかし………
「どうも」
「連れて来たっす」
「あのさぁ………」
狙ってやっているのか、それとも天然なのか。兎にも角にも過去を顧みるより先に、未来を憂うより先に、今をどうにか乗り切らなければならない事態に追い込まれた。厄介な機材おたくが厄介ごとを持ち込んでしまったのが全ての原因だ。
「こんなところを週刊誌にすっぱ抜かれたらたまったもんじゃない」
「あら、私にも好みってものがあるのだけれど」
「それはまた、頭がおめでたいようで何よりです」
「妄想力豊かって意味じゃ貴方も頭がハッピーなんじゃないかしら?」
「おや、事務方で引き篭もっていてもよろしかったのですよ?」
「どこかの引き篭もりがゴネてるって聞いたから仕方ないわ」
「私も広告塔が仕事してくださったら言う事なしだったのですが」
「は?」
「あ?」
「お、お2人………」
とまぁ、このように、テレビで見た女優と
「いえ、これ以上はよしましょう」
「そうですね。話すべきを話しましょう」
2人の切り替えの速さに翻弄されながらも、とにかく話を先に進めんと意気込む。
「こういうのって普通ファミレスとかで待ち合わせるものでは?」
「いやぁ、こういうトコ以上に視線を集めるんすよ」
「何でこんな時限爆弾みたいなヒト連れて来たんですか」
「悪かったわね」
「本題!本題入っていいっすか!」
もう勢いを交えなければ、この2人の間に散る火花は火ダルマへと変わってしまうようだ。麻弥は想定外にくらくらとしながらも繋ごうとする。
「本題も何も。私では実力不足ですのでお断り申し上げた筈です」
「いけないわ、出水さん。私は貴方と仲良くなれそうにないけど貴方の才能はネットで燻らせるには勿体無い」
「ええ。私も貴女と相容れないでしょうが、貴女のその女優としての魅力は私ではないやり方で輝くべきです」
ひどく奇妙ではあった。お互いに似ているというか、そう思えばどこか纏う雰囲気は違っていたり。言葉の数々は冗談かと思えば、しかし浮ついたような笑いを2人とも見せず。
しかし2人とも、それぞれ
「どうしてもダメっすか」
「どうしても、ではありません。しかし私が願うのは貴女方と真逆を行く。どうしたって支障をきたす」
「今はそれで構わない。私達は貴方のためにあえて期待しない」
「………お見通しですか。まったく、貴女さては友達少ないでしょう」
「余計なお世話よ」
まさか短期間でこうも動いてしまうとは。彼女はギャップどころか猫被りで言葉に棘があり初対面だろうが関係なくそれを発動する面倒この上ない人間だが、気遣いは常人以上。他人に期待しないなんて捨て身の説得を行えるのだから、その力は計り知れない。
「………まったく、メンバーを想う反動がこれですか」
「不器用な女でごめんなさいね」
「どうだか。代理を立ててもいいんですよ」
「あら、それはこちらのセリフね」
不敵に微笑む千聖を真っ直ぐ見据える。斯様な論客はお呼びでないのだが、どうにも、彼女は一筋縄ではいかない。それがどうしても引っかかったのかもしれない。
「引き受けましょう。しかし貴女方との接触は無し。如何でしょう」
「………わかったわ。それで事務所に問い合わせましょう。こちらからもひとつよろしいかしら?」
「交換条件をなさるおつもりですか?」
「まさか。ちょっとだけ、2人で話をしたいだけよ」
「………今日はもうお引き取りください。後日、そちらから連絡をくだされば合わせます」
「家に」
「やめてください」
面白い、まったく面白い。ただの反抗期を拗らせた歳下の少年かと思えば、どこか自分と似ていた。
意地に拘らず柔軟にある、もしくは一歩引いた目で自分すら俯瞰視する。
情熱が悪しきとは言わない。努力は卑しいと言わない。しかしそれがもたらす結果が悪ならば、その過程も自ずと悪である。
「また会いましょうね。今度はお洒落なカフェにでも行って」
「いやぁ私、そういうマイナスイオン多めなところは苦手なんです」
「ふふふ、私もよ」
何となくという人間の気まぐれは厄介なもので、初対面だというのに、どこかでもっと話したいとの欲望は燻った。
それからというもの。
「いい曲だったわ。レコーディングも楽しかった」
「そうですか」
完成した曲の受け取り、という名目で千聖が京の部屋に入り浸るようになった。彼にとっては迷惑といえば迷惑ではあるが、血相を変えて追い出すほどの事でもなし。と半ば諦めにも近い黙認を貫いている。
「バンドの活動は?」
「オフの日よ」
「そうですか。珍しいですね」
「あら、そうかしら」
「また黒い方の千聖さんが囁いているのかと」
「そ、その話はもういいでしょ………」
あるPastel✳︎palettesのメンバー曰く、初期の頃は地獄そのものであったらしい。それはつまり、企業がどうだ、金がどうだという闇話で、一時の千聖もどっぷりその沼にはまっていたらしい。エンターテイメントと実益の狭間で揺れる彼女は葛藤の末に実益を取ろうとした。
「何だか馬鹿みたいよねぇ………」
「それは自虐ですか?それとも運営への意見具申ですか?」
「さあ、どうかしら」
「私としては、その頃の貴女の決断は正しかったと思いますが」
「そうかしら」
「良かったですね。パスパレが分解しなかったのは宣伝の中核たる貴女が踏み止まったからです」
恥ずべき事と、そうでない事を教わった。彼は見方によっては理屈っぽいと評されるだろうが、それは京をそう見る連中よりも理屈がわかるという事。何より道理と理屈を重んじなければならない職業上、彼の話はどこか重みがあった。
「貴方、啓蒙家にでもなったら?」
「いやぁ、力不足ですよ」
なんて事のない雑談をしたかと思えば、
「でね、彩ちゃんが『千聖さんは新人スタッフいびりが凄そう』って言うのよ」
「わかります」
「どこが」
「目を見る度に思います」
もっと友達らしく。
「京、貴方変わってるわよ」
「千聖さんには言われたくありません」
シンデレラストーリーでは決してない。ただ、日常の一幕を切り取って言葉にするという事が、どうやら自然と壁を瓦解させたようだ。それは聞く側である京も、話す側である千聖もまったく予想外であった。時間の問題ではない。
このように、知り合い以上と言える関係に一度だってなる事自体が、である。
「本当は役得とか思ってるんじゃないの?」
「まったくその通りで。ただの引き篭もりが今をきらめく女優と雑談が出来るとは」
「あぁ、思ってないわね」
「これでも神話入りのプライドがあるんです。おたくの事務所、発掘が遅いのでは?」
「ふふふ、まったくそうね」
2人は絶対に、お互いのプライベートに干渉しない。するのは仕事の愚痴か、あるいはそこから話を持っていって癖の強いメンバーへのちょっとした不満くらいか。それでも、千聖にとって居心地は良かった。
自然と顔が綻び、それが常となるまではそう時間がかからなかった。
彼女も、ドライな彼女なりに信頼を置こうとした。出発点はやや銭が絡んで下世話なものだったが、友人という尊い関係に憧れ、それを掴めるところまで来ていた。
だからこそ、ある亡失は最悪な形で顕現し、白鷺千聖という人間をそのまま変えてしまったようだ。
どうして、という純粋過ぎる疑問には、京は答えてくれなかった。
そして、千聖は自答出来なかった。