純愛の名の下に   作:あすとらの

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お金持ち設定のせいであらゆるシチュエーションに対応出来る超万能キャラ、こころちゃん。


弦巻こころの賛美歌(裏)

正しさを決めるのが人ならば、正しさを決める人間の正しさを判断するのは誰か。

 

誰が見張りを見張るのか。

 

古代ローマの詩人、ユウェナリスが詠んだ風刺詩『女性への警告』からの抜粋である。果たして、誰かの正義の裁定を下すその人は、本当に正義を貫いているだろうか?

 

「ねぇ、京。京はご両親に会いたいと思う?」

「死人は生き返らない。その結論ありきで考えれば、会いたくないと答えるでしょう」

「そっか。そうよね………ごめんなさい」

「別に、どうという事はありません。慣れですよ」

 

果たして逸らすのが正解なものか。普通、好奇心は猫を殺すが、彼女の好奇心は他人を突き刺しかねない。しかし、彼はあくまで平静を装う。そうでなければならない。

 

「それよりも貴女へのご恩を返せていません」

「あら、そんな事気にしなくていいのに。友達を助けるのは当たり前でしょ?」

「……………」

 

京はこころに借りがある。彼はそれを恩と形容し、それが拘束具となっている。彼女にはその気など全くないのだが、それでは彼は恩を享受し続けるだけ。人として堕落する決定的な一打どころか、金の亡者にさえなり得る。

 

こころの優しさと懐の深さに無条件で浸る羽目になれば、最悪に最悪を累乗したような人間に変貌してしまうだろう。

 

「友達ですか………」

「そうよ」

 

人1人を援助する事くらい、弦巻家には容易い事。友達、という一定のボーダーラインがありながら惜しまなかった理由は、手放しても惜しくないはした金だからだろう。

 

「それにもったいないわ。貴方の才能は、ちゃんと使ってあげなくちゃ。貴方のその力は、色々な人を笑顔に出来るんだから」

「………ありがとうございます」

「だからね、京」

「……………」

 

察知。

 

彼が鈍感でいれたなら、もう少し違う言葉をかけたのかもしれない。あるいは、違うやり方で接したのかもしれない。しかし物事は恐ろしいほどに単純で、残酷なまでに不変のもの。

 

「貴方を陥れた、傷付けた、貶めた。そんな奴らの事なんて忘れて。これからは、あたしが貴方の全てになるの」

 

果たしてそれを妄信と呼ぶべきか。

 

こころはどうやら深淵に触れてしまったようで、京の与り知らぬところで、いつのまにか、どす黒く染まってしまったようだ。

 

よろしくない。非常によろしくない。

 

鉄面皮の裏で慄く。

 

「もう過ぎた事です」

「そう………そう?本当に?貴方はそれで満足なの?」

 

流石に彼女の暴走は到底許容出来ない。正直、彼女のあらゆる力を振るったら小国くらいなら簡単に転覆出来てしまう。

 

富というのは恐ろしいもので、人を狂わせると言う。が、しかし、そうシンプルであっても人は変われない。

 

「どうして?どうしてあんな害虫を庇うの?貴方を突き落とした害悪なのよ?」

「違う。それを聞いてどうするのです?貴女はそれを知らずにいれば、なんて事ない、普通の友人でいれたのに」

 

知らない方が幸せ。それは深淵に触れるというばかりではない。知らず知らずの内に、ある大切な人の傷をこじ開けてしまったとしたら。

 

「貴方のためにさせてほしいの」

 

それは偽善だ。どんな理屈を並べようとも、どれだけ筋が通っていようとも、彼の望みから逸脱してしまえば、それまで。彼女の紡ぐ言葉全て、大義としての意味をなさない。

 

「お願いです。忘れてください。そしていつも通りの友人でありましょう」

「イヤ」

「………何故です?」

 

それでもこころは、京の望みを拒んだ。止まらない理由は彼女らしく、単純明快。

 

「貴方が正しいんだもの。正しいのならそう言わなくちゃいけないわ」

「正しい………?私がですか?」

「ええ、もちろん!貴方は正しい。それなのに散々虐げられて、癒えない傷まで残されて。あり得ないわよね?」

 

正しきを助け、悪しきを砕く。彼が悪意に飲まれて口を噤んでしまう現状は、彼女にとって到底許せる事ではなかった。

 

大義は彼にある。ならば、それを実行に移せば全てが終わるではないか。永遠に彼の全てを締め付ける呪縛から解き放つ事が出来るではないか。

 

「駄目です。そんな事あってはならない。貴女には私の良き友人であってほしい。だからどうか………」

 

どうして?

 

どうしてあんな、人でなしを庇うの?貴方が正義で、奴らは悪。救済されるべきは貴方で、地獄に突き落とされるべきはあいつらなのに。

 

何が貴方を縛っているの?どうしてそんなに勇気が出ないの?

 

わからない

 

わからない

 

わからなくて

 

「………まだいるのね?貴方に手が届くすぐ側に。あの薄汚い連中が」

 

貴方の泣いた顔なんて見たくなくて

 

助けたくて

 

壊れた貴方を受け止める全てになりたくて

 

「………せめて、友人としてのありかたくらい普通でいさせてくださいよ………」

 

偽ってほしいと、涙を流して懇願するのは、彼の信じる普通の友達なのだろうか?

 

「……………許さない」

 

不義に罰を。そして、見放された哀れな少年に救いの手を。

 

 

 

 

 

その日から、こころは彼の内側についての詮索をしなくなった。偶に元気がないと激励しに来る以外は、今まで通り、破茶滅茶で天衣無縫で、笑顔を届けるバンドとして活動している。

 

「京!貴方が作った曲、大好評だったわよ!」

「そうですか。それは何より。私も作った甲斐があるというもの」

「それでね、今日はもう一個話があるの」

 

昼下がりのCiRCLEに来襲したこころに、また彼女のテンションに振り回されるのかと戦々恐々するばかりであった。事実、その気は隠しきれていなかったのだが。しかし、彼女が明朗快活、語尾を跳ね上げるような喋り方をしないという事は、楽しいバンド談義は早くも終わりを告げたようである。

 

「はて、何事でしょうか?」

「お父様のお友達に慈善事業の人がいらっしゃってね。貴方の事を話したら、是非援助させてほしいって」

「どっからそういうコネが生まれるのでしょうね」

 

こころの父の顔の広さを端まで覗いていくと、何れこの世界の闇の部分にさえ繋がってしまいそうで、そう聞くと身近な筈のこころは弦巻家の系譜だけで末恐ろしい。

 

「どうかしら?貴方の才能を、埋もれさせるなんてもったいないわよ」

「………こころさん、神様を信じますか?」

「へ?」

「信じますか?」

「信じるわ!この世界には不思議な事がいっぱいですもの!」

「そうですか。実は私も信じています」

 

脈絡がすっ飛んだわけではない。彼なりの理論で、倫理で、観点で、見定めてあらゆる思考を網羅して、結果出したものだ。

 

「だからこそ、神がもたらした運命も信じます。私は幸せにさせてもらえなかった。それが神の思し召しです。子は親を選べない」

「それは、貴方がこれから幸せになっちゃいけない理由にはならないわ」

「貴女は私にとっても救いでした。けど、私ではいけません。貴女が救うべきは私ではない」

 

きっと、こころは鋭くはあるが器用ではない。であれば、道を示すのは彼女のため。

 

しかし、出来ない。

 

彼女の妄信を捻じ曲げるほどの強さが彼にあったとしても、それを口にする事はないだろう。

 

「私はきっとこれを乗り越えられない。だから忘れるんです。おかしくなってしまう前に」

 

だからこそ、自分でやってしまえばいい。その不幸と、そのせいでもたらされる可笑しさが伝播する前に。あるいは、それで誰かがどうにかなってしまう前に。

 

「人として当然の事すら求めない貴方が?まだ正常だと言うの?」

 

しかし、こころはそれを許さない。大義がありながら振るわない彼は、既に人としての権利さえ捨ててしまったのではないか。

 

「あたし、わからないわ」

「当然でしょうね」

 

理解しろと京は言わない。

 

こころの憂いている、京の抱える全ては、事実として彼だけでの鎮火は不可能ではない。しかし、それで高校生にすらなっていない京が失うものは計り知れない。

 

それすらも、致し方なしと割り切る彼はとっくにおかしいのか。

 

「貴方がそう言うなら………」

「ご理解いただけたようで何よりです」

 

ゴリ押しでねじ伏せようとも、2人はいつも通りでなければならない。それは、つまらない事で暴走しかけたこころをそこから遠ざける意図もある。

 

「………京」

「はい」

「あたしは貴方の味方だから」

「………はい」

 

空気が抜けたように、枯れたように萎んだ声色は、こころの慰めを受け止め切れていない事を物語っていた。

 

「………大丈夫?」

「大丈夫です」

 

そう言って、京はCiRCLEを後にした。壁に掛けられたアナログ時計を見ると、丁度彼の勤務終了時間を指している。

 

いい時間稼ぎというか、外出の正当化というか。

 

「………嘘つき」

 

貴方が出来ないのなら、貴方の正義は消えてしまう。そうなれば、生き地獄とさえ言える苦悶の時を、家という閉じられた空間で延々と味わう事となるのだ。

 

強く握った筈の彼の右手は、いとも簡単にすり抜けた。

 

 

 

 

「それはまた、らしくないですね」

「ですよね?何かあったんでしょうか」

 

奥沢美咲の話によると、こころは私用があると言って練習を急遽中止した。それだけならば騒ぎ立てるまでもないのだが、しかし。

 

「ちゃんと京を見張っていてね!サプライズなんだから!」

 

との事。

 

「京さん、何かしました?」

「まったくわかりませんね」

 

言える筈がない。まったくおかしな話で、彼は事態を正しく認知しながらも、淡々と話した。それどころか、平然としらを切った。

 

手も震えず、冷や汗も浮かべず。動揺する素振りは一切見せない。

 

「はいどーん!!」

「うぇあ!?」

「こころさん。どうなさいました?」

「貴方に会いに来たわ!美咲もお疲れ様!」

「は、はぁ………」

 

嵐の前の静けさというのは美咲の存在そのものだったようだ。

 

「こころ………」

「美咲!京はどうしてたかしら!」

「いつも通り。何か小難しい本読んでた」

「よし!」

「何が?」

「帰るわよ、美咲!」

「あ、はい、すみません。それじゃあ、京さん」

「ええ。良い一日を」

 

いつも通りといえばいつも通り。こころにとっての日常を想像すれば、大概の非日常はちょっとした想定外で済んでしまうだろう。あなおそろしや。

 

「最新のニュースをお伝えします。新宿区の住宅で夫婦が意識不明の状態で発見されました。警察は事件事故、更に現場に吐血の痕跡が見られる事から、何らかの中毒症状や感染症の疑いも視野に入れて捜査しています」

 

ニュースキャスターが、無機質に用意された原稿を読み上げる。

 

 

 

 

 

こころは笑った。

 

因果応報、自業自得、当然の報い。神がいないのなら、人が下す他ない。それが彼のため。

 

正義のため。

 

正義()のため

 

正義のため………?

 

「京」

「………」

「貴方は正しいの。悪いのはあいつらなのよ。だからそんな顔しないで。貴方は頑張ったんですもの」

 

それを免罪符にするつもりだ。彼女は遂に持てる力をもって、自らの信じるものを成した。

 

たった1人の想い人のために。

 

その理由は至って単純。彼が、正しかったから。京は自分自身を救う事が出来なかった。

 

「愛してるわ、京」

 

悪逆に制裁を。そして、愛する彼には甘美な悦楽を。

 

「これからはずっと一緒よ。もう何にも貴方を縛らせないわ」

「私にそんな資格があったら………」

「あるわ。貴方は正しいんだもの」

 

呪いのように吐き出される正しいという言葉。こころの言葉は隙間をつくり、こころは確実に浸透する。

 

「これでようやく私達の愛を育めるわね」

 

そう。彼は正しい。だからこそ、救われて同然、幸せになって当然。それを邪魔する人でなしこそが真の邪悪。

 

「楽しいわね!京!」




その財力を遺憾なく発揮した模様。

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