パーク職員です。(完結)   作:ハヤモ

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不定期更新中。 駄文。

雪山から帰った杏樹。 迎えたのは温かな家庭……ではなく、悲劇でした。


悲劇:「まみれるワンコ」

 

玄関の戸を開けて汚れた白に塗れる空間が両の目に飛び込んだ瞬間、俺は自らの軽率さに思わず愕然としてしまった。

現実として見てしまえば認めざるより他なく、同時に自らの選択ミスをしたことによる怒りと恐怖が沸き起こる。

それは多足類が全身を這いずり回るが如く。 気持ちが悪い、というより今後起こり得る更なる恐怖に俺は身を震わせた。

 

 

「お帰り あんじゅ!」

 

 

穢れた白の向こうから聞こえるは、可愛い女の子の声だった。 犯人……いや犯犬、狼か。 狼藉者である。

壊れたブリキ人形のように。 俺は首をギギギとぎこちなく動かせば、ドロドロ白液に塗れ、穢れた天使がそこにいた。

尻尾とけも耳、つり目から察するにニホンオオカミだと判断出来たが、何故か服は中途半端に脱げかけて肩や北半球が露わに。

そして足下には押入れの闇に封じたハズの、禁断の書物が転がっている。 露出度が高い女性の水着写真集。 それすらも穢れた白液に塗れて悲惨な事に。

傍にはマヨネーズ容器が転がる。 ナゼに、とは考えない。 故に、とは考えたが。

いや、最も悲惨なのはこの状況。 目の前のナニとも知れぬブツと合わさり、この部屋は劣悪を極める。 なんか臭うし。

 

 

「ああ、あぁあ! ああああッ!! そうだよなぁ……やっぱそうなるよなぁッ!」

 

 

悲愴な運命。 パークの良い子には見せられない光景に、つい絶叫した。

 

 

「どうしたの? 遠吠えなら一緒にしよ!」

 

「……うぅ」

 

 

それに対し、彼女は無垢な笑顔と悪意なき鳴声を上げた。 俺は怒る気力が起きず崩れ落ちた。 見方次第で天使とも悪魔ともなるが、残念ながら俺の視点からは後者であった。

素直に言って、怖い。 パークで起きたこの惨劇に鳥肌が止まらない。 両の眦から水が滝の様に流れていく。 どうも鼻水まで流れている様だ。 嫌な汗も出た。 俺の顔は今、様々な負の感情に歪み、ばっちい汁に塗れている。

 

 

「ところでさ! この白いの、美味しいね! 白くて冷たい箱の中にあったんだ! あっ! おべんきょーしようと思って、ほん? も見てたの!」

 

「白いのはマヨネーズだ……本は、キミが見てはならぬものだったんだよ」

 

 

やはりというか、当たり前というか、知識なき けもの に家の留守を頼むというのは愚行であったらしい。 結構、勝手をやっていた。

マヨネーズは冷蔵庫にあったものを漁って、弄り回して部屋に撒き散らしたんだろう。 本も似た事情か。

それに加え、俺はパリピ巣窟の中心で悲劇を叫ぶべきではなかった。 背後で扉の開閉音が何枚も聞こえ、ヒトの不幸を喜ぶ声や嘆く声、通報する声が聞こえてくるのがその証拠だ。

総じて形容するならGが這い回る音。 何故俺はヤツらを喜ばせてしまったんだ。 ある意味で最も恐れていた事態ではないか。

普段は下等な連中だと哀れむ事すらあったが、この場における最大の愚者は俺個人に他ならない。 なんて事だ。 悲惨すぎて笑いが起きるね。 はははは。

────いろいろ終わった。

事案発生現場にしか見えぬ、我が寮部屋。 社会的にも死んだも同然。

穢れた白いドロドロなんて、さも男のアレっぽいじゃん。 本もあるから、余計である。

特にニホンオオカミの格好が、だらしねぇナニかの状態でアウトだ。 けもの ですもの 大目に見てねとはならないだろコレ。 俺が大目玉を見るパターンだよコレ。

 

 

「ひぐっ、うぐ……もう……やだぁ」

 

 

もうダメだお終いだぁ。

 

雪山から独り寂しく下山をし、疲労困憊の身体を引き摺って部屋に戻ったらコレだもの。

俺のパーク人生もここまでか。 お天道様の下を歩けない身体にされちゃうのか。

ああ、カコに顔向け出来ない。 ごめんよカコ。 俺に世話は無理だったよ。

 

何にせよ、また管理センターの小動物に迷惑をかけるのだ。 此方から自首しよう。

 

 

「……うぐ……ひっぐ。 俺です。 杏樹です」

 

 

そんなワケで。 俺は震える手で管理センターに電話した。 声も震えていた。 取り敢えずの第2声は「助けて下さい」だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方への説教も、何度目か分かりませんね」

 

 

寮の外。 背広を来た ちんちくりんな女性に、俺は説教を受けている。 管理センターの例の小動物だ。

何故か彼女を見ると、罪が赦された気がしてしまう。 色々と世話になっているからかな。 母性すら感じさせる。 説教も仕事のモノというより親に叱られている感じだ。

 

 

「いやいや。 今回、悪くないですってば」

 

「涙声で罪を白状したじゃないですか」

 

「パリピが騒ぐんで。 事態の収拾には最早、貴女に頼る他なく」

 

 

だからか。 安心感から軽口が出てしまうのだ。 太々しいのは自覚している。 でも、彼女は許してくれる。

一言二言あれど、最後は笑顔な感じ。 寛容なのだろう。

 

 

「出来る事はします」

 

 

そんな彼女の視線に釣られると。

寮に掃除用具を持った清掃員達が出入りしているのが見える他、女性の飼育員も1名入っていくのが見えた。

 

 

「掃除するヒトまで派遣してくれて、助かりました」

 

「ニホンオオカミさんも綺麗にするよう、手配しました。 貴方に任せたら、それこそ本当のマチガイが起きそうなので」

 

 

俺、信用されてないね。 そう見えるんですかね。

 

 

「やだなぁ、紳士ッスから大丈夫ですよ」

 

「部屋の中から、いかがわしい本があったと報告が」

 

「ハァン!?」

 

 

変な声が出ちゃったよ! ヒトの恥部を見ちゃらめぇ!

 

 

「くっ。 処分してから電話するべきだったか」

 

「安心して下さい。 その場で処分したそうですから」

 

「おおぅ」

 

 

クサいモノを消して、爽やかな笑顔を向けてくる小動物。 そのうち、俺を消さないよね? 大丈夫だよね?

 

 

「次から、こんな事がないように。 貴方の事ですから、また問題が起きそうですが」

 

「善処します」

 

「よろしい」

 

 

ふふっ、と微笑む彼女。 説教とやらは、これで終わりのようだ。

他だったら怒鳴り散らされたり殴られたり公開叱咤になるのだろうか。

周りのヒトが優しいと、時々言いようもないような不安に襲われる。 俺、島の外に出たら生きていけないんじゃないかって。

島の外に、自ら出る気は無い。 実家帰り等はあるかも知れないけど。

───怖い。

今回の件も実のところ、この辺を最も恐れていたんだと思う。 島から追放されたらどうしようって。 居場所を消されたらどうしようって。

自業自得なのに。 ワガママだよな、俺って。

 

 

「どうしました?」

 

「えっ?」

 

 

いかん。 ネガティヴの闇に沈んでいた。

 

 

「いえ、何でもないです」

 

「何か有れば、相談して下さいね」

 

「ありがとうございます」

 

 

ホント……良いヒトだよね。 ダメになっちゃいそう。 あ、手遅れか。

 

 

「じゃあ、その。 前にしたセキュリティや調査の話……どうなりました?」

 

「話はしました。 ですが、人員は振られてないですね」

 

「そうですか」

 

 

人員不足だろうか。 パークは広大だ、フレンズのチカラを借りるにしても限界はある。

 

 

「心配しないで。 きっと大丈夫」

 

「ありがとう、ございます」

 

 

その言葉に何の保証があるのか。 きっとない。 だけど縋る。 自身は何もしないクセにな。

 

 

「あ、掃除……終わったようですよ」

 

 

清掃員達が寮から出て来たから、会釈して礼をする。 相手方も真似るように返事をしてくれた。 笑顔だ。

それは本物じゃない。 仕事上の紛い物。 だとしても、今の俺には救いのひとつだ。

だけど。 縋って本当に救われるなら苦労しない。 前世は作り笑いに騙されて……最期は死んだんだから。

 

 

「あんじゅー! お風呂って楽しいね! あわあわしてて!」

 

 

ニホンオオカミが出てきて、声をかけてきた。 ふむ。 あわあわ していたのは職員さんかな。 それともシャンプー? 両方か。

 

 

「それと毛皮って脱げるんだね。 知らなかったよ!」

 

「ああ」

 

 

アニメでもあったようなコトを言うニホンオオカミ。 そうか。 フレンズは教えないと服が毛皮であり、脱げる事を知らないんだよな。

 

 

「杏樹さん……変な気を起こさないように。 何かあればカコ博士に言いますから

 

やめて下さい死んでしまいます

 

 

今世での死因もまた、悲しい理由にならないようにしよう……。

カコが知ったらどうなるか分からんが。 でも馴染みだからというか、その、知られたくないよね。 身近なヒトにほど。

 

 

「そうならないように、以後(いご)気を付けて下さいね」

 

「……ウィッス」

 

 

気を付けるねぇ。 (しつけ)は大変そうだ。 それから未来の話。 取り敢えず礼は言わねば。

 

 

「今日はありがとうございました」

 

「どういたしまして。 では」

 

「バイバイ、おねーさん!」

 

 

小さな背広の、その真っ黒な背を見送りながら思う。

 

この先、どうすれば良いのだと。

 

考える程に、全く嫌になるね。

 




あーかいぶ:(当作品設定等)
管理センターの《小動物》は、カコ博士が杏樹の幼馴染という事を知っている模様。 他、寮の場所等。

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