イタリアオオカミに襲われちゃうそうです。
愛とはナニか。 最近、それを考える時がある。
パークに来て、嘘のように女性との付き合いが増加した。
本土でも言えた話なのだが、ジャパリパークという特殊環境下にいる所為なのは分かる。 というのも、アニマルガール……フレンズを女性として見てしまえば、自然とそうなる傾向にあるのは仕方ないのだ。
あの愛らしい けも耳、けも尻尾。 鳥の子なら頭部の羽根。 フードが有れば蛇の子……とまあ、無くとも普通に美人が多い。
ミライ風に、無いと足りない派もいるのは分かる。 だが悲しいかな。 これも男の性か。 顔や胸に自然と視線が向いてしまう。 して「おっふ」と思う。 偶に口に出る。
しかし、そんな日々を送る中、俺はこうも思った。
コレ、彼女たちの体目当てでパークに来たみたいになってね? と。
当初、俺はいやらしい目的で島に上陸したワケじゃない。 前世での苦痛から逃れる為に本土を離れた。
して、フレンズと仲良くなりたい、友になりたい、笑い合いたいと夢を見たワケで。
職員として上陸した以上、仕事はしなくてはならない。 それでツライさんになる時もある。 だけど決して、下心が主目的ではない。
だがやはりというか、種を植えつけたいというエロい本能が牙をチラつかせるのは仕方ないじゃない。 だって男の子だもん。
だけど待ってと、理性が語る。 かくしてソレは愛か。 己の欲を満たす為に他を犠牲にするのはアリなのかと。
彼女たちのピュアなハートを騙し穢すのはイケナイ筈だ。 その前に社会的に犯罪者やん。 きっとソコに、少なくとも俺が求める愛はない。
そんなコトを考えている暇があるなら、パークの未来や闇に立ち向かえと言われるかも知れない。
だが、そうは言っても俺とてヒトだ。 悩みもすれば、迷いもする。
「ふ、ふふふ。 あんじゅさんが悪いんですよ? タイリクオオカミお姉さまと仲良くしちゃうんですから」
特に、こんなふうに面識のないフレンズに言われながら押し倒された時には、らしくもなく愛とは何ぞやと悩ませてしまうのも無理からぬ事だった。
いま、俺を襲っているこの子。 タイリクオオカミをお姉さまと慕っている雰囲気から分かる方もいるかもだが……イタリアオオカミというフレンズだ。
服装はタイリクオオカミの亜種ということからか、色違いという印象。
亜麻色のジャケットに灰青色のチェック柄のネクタイを締めていて、ベージュ色のファーを首元と足首に巻いている。
茶色いニーソと灰青色チェックのプリーツスタートによって生成される絶対領域。 靴の紺色が隠れたトコはオシャレポイントか。
髪は前側が茶色、後ろ側が亜麻色のツートンになっており、前髪の一部と後ろ髪の毛先は白。 ぱっちりした瞳はオレンジ色。
発言から分かる様に、タイリクオオカミをお姉さまと慕っている様だが……はて。 それは第2世代の時代かと思っていたんだけどなぁ。
既にフレンズとして存在し、かつタイリクオオカミを慕っていたとは。 俺の知らないジャパリパーク。
して、他への想い故の行動を受けるとは。 これもひとつの愛なのだろうか。
だとしても甘んじて受けるワケにはいかない。 こんな美少女に犯されるならウェルカムようこそなんだけど、犯すというのは期待とは別の意味だろう。 恐らく精神的屈辱や脅迫か物理的に捻られるかだ。
愛とは様々な形や解釈があるにせよ、取り敢えず俺は他者の愛に理不尽に巻き込まれていると言えよう。
なので、この危機的状況を脱するため、俺はイタリアオオカミの説得を試みた。
「お、落ち着いて。 こんなこと、タイリクオオカミが知ったら、どう思うか知らない君じゃないハズだろ!?」
「ハァハァ……! タイリクオオカミお姉さまの慈愛は……見て良いのは私だけなのッ!」
俺は想いヒトならぬ想いフレンズの名を口にする。 ところが、チカラを弱めるどころか微笑みを漏らし息を更に荒くした。
加えて潤んだ瞳、上気した頬は実にエロく情欲を湧き起こしてくる。
───おのれ、狂気の女め!
正直、おいしいシチュとも思う。 だからといって、先程も思ったように面倒事は勘弁なのだ。 特に痛いのは嫌だ。 心身共に。 俺はそこまで受け姿勢ではない。
にしてもだ、タイリクオオカミの名を口にして、ああ反応するとは。
愛とは恐ろしい。 身をもって知らされた。 愛が重いという表現方法があるが、こういうのを言うのだろうと思う。
自らの求む愛の為に、他者を犠牲にするのみならず、想う相手の考えをも考えない。 形容するなら自己中だ。 この手の輩は自らが満たされれば他はきっと、構わないヤツだ。 愛を受けるのは良いけど、他へ愛を向けるという考えがない。
いや、あるか。 タイリクオオカミに対しては。 でも他にもあるなら、俺は襲われてないだろう。 たぶん。
フレンズは色んな子がいる。 得意な事も違う。 姿も考えもバラバラだ。
だがミライのように、彼女たちの全てを愛せないヒトなのだ。 少なくとも俺はな。
転生者とはいえ、フレンズやパークが好きとはいえど。 実際に触れ合い続けていると合う合わないが出てくる。
会えばアイドルや有名人に会ったかのようにヒャッホウしていた俺は何処へ消えたのか。 慣れって時にツライさん。
悲しいけどこれ、現実なのよね。
ともあれ今は……対話をもってして抵抗しよう。 パワーならフレンズの方が上だから。 押し倒されているのもあって、逆転は無理に近い。
レンジャーの隊長が言っていた拳で語るのは駄目だ。 普通に勝てないだろうし。
「いや、ほら。 そんなに交流が頻繁だったワケじゃないし」
震え声で事実を言ってみる。 これで引いてくれれば苦労しないけど。
第1世代のタイリクオオカミもそりゃ、美人だし大人の雰囲気がある淑女って感じだ。
笑顔を向けられれば男女関係なくコロッと心が傾いてもおかしくない。 俺としてはアニメにも出てきたフレンズだし、お近付きになりたい気持ちはあった。
でも、しょっちゅう ではない。 パーク内での馴染みのカコとの再会数に、少し毛が生える程度じゃないだろうか。 仕事がある身というのもある。
最後に会った時は、仕事……ヘルプで買い物の手伝いをしたくらい。 それで嫉妬しているなら、どんだけだよという話であり。
「知ってますよ? その僅かな時間で、相合傘したり買い物袋を受け取る時にワザと手に触れていた事もねッ!!」
「ヒェッ」
目を見開き、犬歯(?)を剥き出しにして唸る彼女。 スゲェ怖い。
ふ、ふむ。 なるほど。 確かに振り返ってみれば、必要以上に身近な距離で過ごしたな。 仕事という大義名分を掲げて……俺にも非があったかも知れない。
でも無意識に温もりを、愛を求めた結果なんだ。 疲れている時ほどに欲求は深くなるんだって。
ちょっと摘み食いしても良いじゃない。 更に言えば減るもんじゃないでしょ?
「て、てかさ。 なんで俺の名前知ってるんだい? それからココ……俺の部屋の場所とか。 タイリクオオカミとの買い物だとか」
聞かなくても分かりそうな、でも分かりたくない事を口にする。 時間を稼ぎつつ、彼女の思考を変えたり乱して隙を伺う為だ。
すると案の定というか、予想通りの回答を得る羽目に。
「尊敬するタイリクオオカミお姉さまの事なら、私、色々知ってます。 ええ……あんじゅさんよりも。 朝起きて鏡の前で笑顔の練習をされていたりとか……ふふふ」
幸せそうに、髪を振り乱しながら喋るイタリアオオカミ。 美人が台無しだ。 同時に狂気の愛を感じる。
つーか、それ、ストーカーじゃね? 普通に犯罪じゃねとツッコミを入れたら瞬殺されそうなんで言わない。
「そんなお姉さまを、私は誰よりも深く愛しているんですっ」
「な、ならこんなこと」
「なのに! なのにッ!! お姉さまは家やカフェでひとり、時々ウットリと貴方の名を口にしてッ! どうしてなの!? 私はこんなにも深く愛してるのに! 私の事は呼んでくれないの!? その顔を、笑顔を向けてくれないの!?」
「えぇ」
そんなの知らないよ。
タイリクオオカミが、俺の事をどう思って口にしていたのか分からん。 だけどだからって、俺を襲うとか酷いよ!
まあでも、言っていることが分からんでもない。 電話しているのに出てくれないとかツライさんだよね。 あ、それは違うか。
「それで貴方の事をちょっぴり調べました。 結構、簡単に出てきましたよ」
それで俺の名前を知ったのね。 でもさ、俺の名前が簡単に出るってどうなんだろうね。
そこんとこ、管理センター大丈夫? 個人情報その他云々の漏洩ってヤバい部類じゃね。
それとも俺のレベルってそうなのかな。 杏樹なら良いや的な。 うん。 なんだか悲しくなってきた。
「ケーキ屋さんで女性店員に声を掛け、自室に連れ込んでマヨネーズ塗れにする犯罪者だとね!」
「間違ってないけど間違ってるわ!?」
複数の事件が混ざり合ってヤバい事になっているんですけど。 妙な誤解を招いているんですけど。
中途半端に事実が混ざっているのもタチが悪い。
「そんな犯罪者、お姉さまに近付けさせるワケにはいかないんですっ!」
「繰り返すようだけど誤解だから。 それと情報源はドコ? 管理センターなら文句言う」
「貴方と一緒に住んでいるニホンオオカミです」
「駄犬め……ッ!」
身内も絡んでた。 おのれ犯犬。 社交的で明るいのは良いが、その辺は注意しなくてはな。 聞いた感じだと、放置する程に被害は増しそうであるからね。
さて。 そろそろ押し倒されているのにも飽きてきた。 危機的状況も ややマヌケな会話も挟んだ所為か、冷静に対応出来そうな気がしてきた。 気がするだけである。
「それで? 俺をどうするの」
「そ、それは」
どうやら、部屋に侵入して押し倒したまではいいものの、そこから先ナニをどうしたら良いのか分からないようでフリーズしてしまう彼女。 良かった。 八裂きとか調教とかの発想には至らなかった模様。
いやはや。 こうして冷静に観察していると、微妙に目が泳いでいる。 面白い。 それと可愛い。
ちょっと、チカラも緩んできた。 このまま顔を上げれば唇を奪えそうまである。 ヤらないけど。 殺られるから。
俺は彼女の様子を堪能しながら、ポケットの中でケータイを操作。 管理センターの小動物にショートメッセージを送る。
文面は ただひと言「たすけて」。 これでイけるハズ。 じゃなきゃヤバい。
そう思い、窓の外からみるみる大きくなる黒き人影に「はえっ」と驚いた瞬間だった。
「杏樹君! 無事か!?」
バリンッというガラスが寛大に割れる音と共に、黒く日焼け色な筋肉モリモリマッチョマンの変態が突如と現れた。 俺がSMを発信してから1分と経たぬ早業であった。
うん。 助けを寄越してくれるのと結果が出るのは早いですがね。 人員をやはり間違えている。 ガラスを破るな。 森林警備員……それも隊長は森に帰って、どうぞ。
だが知り合いで現場の荒事に対して、最も頼りになりそうな救助員でもある。 今や彼に頼る他ない。 俺は迫真の演技をしつつ叫ぶ。
「きゃー! 助けて隊長! イタリアオオカミに食べられちゃう!」
「!?」
瞬間、狼狽えるイタリアオオカミと鬼気迫る表情になるマッチョマン。
そこからは刹那の出来事。 目にも留まらぬ速さで俺の上から吹き飛ぶイタリアオオカミ。 ドゴッと響くナニかが廊下に転がる音。 「ゴファッ」という美少女にあるまじき重低音。
後に残るは、ゴゴゴと効果音が聞こえてきそうなオーラを纏いながら、残心の構えをとるマッチョマンだけだった。
スゲェ。 フレンズを吹き飛ばしたよ。 いろんな意味で驚きを禁じ得ない。 やはり拳で語るのは冗談でもなくてガチか。
世界観や法や秩序、幻想をもブチ壊しかねんレンジャーは今後、怒らせないようにしなきゃ。
「隊長、ありがとうござ───」
取り敢えず礼は述べようと、口を開いたのを合図するように、それは始まった。
「───っ!」
言葉にならぬ、切り裂くような声をあげて踏み込んできたナニか。
それがイタリアオオカミだと気付くのが、判断が遅れる程に速い。 ヒトが作った、決して脆くない人工の床を踏み砕く勢いのチカラで放たれたソレ。 さながら弾丸の様な速度で隊長との間合いを詰め、同時に片手を白光で輝かせながら振り下ろされ───。
「ぬうんっ!」
その前に、気合いの掛声と共に再度、イタリアオオカミが廊下へと吹き飛んだ。 これまた早い。 超スピード!?
「えっ? えぇ?」
どうやら隊長のカウンターが決まった様子。 張り手の様だ。 それにしたって、あんなに飛ぶものか。 反応速度も達人かよと。 隊長強すぎやろ。 そんな思考に答えるかの様に、野太い声が部屋に木霊する。
「ふむ。 これまでセルリアンや けもの、フレンズと拳で語る事あれど……この歪な感じは初めてだ」
そう言って、隊長は構えを解く事なく言葉を続ける。 ヤダ。 格好良い。
「厄介だな! 杏樹君、出来るだけ時間を稼ぐから、安全な場所に避難していなさい!」
「ウ、ウッス!」
一見優勢に見える、突如として始まったバトル。 ソレをやるプロいヒトが「厄介」と言うのだからヤバいのだろう。 相手はヒトより身体能力が上のフレンズであるし。
「愛に障害はつきもの。 そして、さすが
俺は素直に返事をし、割れた窓から飛び出す。 その後に聞こえてくる百合モドキな咆哮には必死に耳を塞いで聞こえないフリをした。
寮部屋から出た後、嗚咽を漏らしながら真っ先に向かった場所。 それは都市部にあるタイリクオオカミの家。
目には目を。 歯には歯を。 オオカミにはオオカミを。
イタリアオオカミという恐るべき脅威に対抗するには、それ以上の暴威を用いるか、想いヒトならぬ想いフレンズに説得して貰う。 さすれば、平和的に解決する事だろう。
単身、どこか遠くへと逃げる事も考えたが、俺の考えつく隱遁先では見つけて下さいと言っているようなもの。
フレンズの多くは、鼻や耳が効くのだ。 そうじゃなくても、調べて寮の部屋まで来たヤツだ。 直ぐに捕まってしまう未来が見える。 今後のパークで過ごすに当たり、ビクビクするのも勘弁だ。
故に先ず、安全地帯の確保より以後の日常確保を優先すべきと判断した。
「い、いない……だと?」
が、しかし。 そんな目論見は即頓挫する事となった。
立派な家の前まで来、常の様に合鍵で入るも誰もいない。 どうやら出掛けている様子。
代わりにあるのは、散乱したファッション誌やデートスポット特集の雑誌。 それから下着。 第1世代のフレンズは着替えるのだろうか。 一応、漫画版にて水着や着物を着用する描写はあるからね。
「って、そうじゃない。 現実はどうしようもない。 問題は次にどうするかだ」
とは言ってみたものの、いない可能性を考慮していなかった。 こうなっては他の事を考えるしかない。
「頼れる心の友は他にもいる。 落ち着け。 深呼吸しよう」
息を大きく吸い、ゆっくり吐く。 たったそれだけの動作で気が楽になった。 訂正。 そんな気がしただけだ。 正直楽にはらないが、落ち着いた気分にはなれた。 気分大事。
「……ふぅ」
幸いな事に、あの百合モドキのデーモンウルフが迫ってくる様子がない。 隊長は予想以上に善戦しているようだ。 差し迫った危険は直ぐにはこないと見て良いだろう。
俺は冷静に状況を把握、整理しつつ、念の為今いるタイリクオオカミの部屋のカーテンや窓を閉め切ってから、スマホを手に取った。 電話帳を開き、すぐさまカ行の『管理センター』を選択。 更なる救援を求めるべく、コールボタンを押した。
数秒のコールの後。
『お掛けになった電話番号は───』
「クソァッ! また繋がんねぇのかよ!」
思わず激昂の言葉が出てしまう。 普段はフレンズやパリピの通報を受けると俺に出頭命令を下す癖に、逆に必要な時はコレである。 内側で沸々とした感情が出るのは仕方ない。
しかしさぁ。 最近、皆冷たくない? 俺の顔なんて見たくない系?
「───俺は、ダメなのか?」
そう思うと、またも、俺の中でナニかが切れた。 俺が思い描く理想像と現実とのギャップが酷すぎて。 メールは良くて電話はダメかよ。 自然と涙が出てくる。 どうやら感情のキャパシティを超えたらしい。 ザコ過ぎて笑えてくる。
実は、俺が友だちだと思って舞い上がっていたのも妄想だったのかも知れない。 やはり仕事上の上っ面の付き合いか。 お情けか。 セルリアン以上の のけもの……それは俺。 パークに要らない存在。 そも、転生者ってなんだよ。 周囲のヒトからしたら、クソザコナメクジな臨時のパーク職員だよ。 社会的弱者。 ヒトとしても弱者ときた。 付き合うメリットがない。 寧ろマイナスまである。
求めた世界とは、優しさとは。 笑顔とはヒトの世界では、きっと存在しないのだ……。
───生まれてきてゴメンなさい。
「ふ、フヘヘっ」
と、哀れな弱者気取りをしていると、
───べた。 べたり。
音に釣られてふと窓を見る。 見てしまう。 締め損なったカーテンの隙間から、血走った瞳は覗き見ていた。 ボロボロになり、はだけた服を恥じる事なく晒す痴女。 挙句に獲物を前にして涎を撒き散らすまである。
美しい北半球どころか赤道直下、中心の桃の点を器用に避けて南半球をも野晒しにしている。 ソレを窓に押し付けているから、豊満な まんまるはへしゃげてしまった。 デカい。 今はどうでも良い情報が頭を過る。
ダメだ。 綺麗なまんまるを見つけて来なきゃ。 違うそうじゃない。 アライさんのバスてきなネタで誤魔化している場合ではない。
その吐き気を催さずにはいられない狂態に、血の気が引くのが分かる。 今の俺の顔は、青ざめに青ざめているに違いない。
そのくせ本能か。 見方次第で恐怖とも情欲の対象ともなるイタリアオオカミさんの顔を見る。 して、僅かな隙間から覗く彼女の唇の動きを、俺は読まなきゃ良いのに読んでしまった。
み ぃ つ け た ♪
そして始まるノッキング。 窓を打ち叩くドラム奏者。 なんと人狼は地獄の釜を開いた光景を見せてきた。 最早ただのホラーだ。 夢だったら覚めて。 一刻も早く。
「あああああああッ!?」
瞬間、迸る恐怖の絶叫。 両足が内股になるばかりか、思わず自らの両肩を抱く。 腰が抜けなかったのは奇跡に近い。 絶望の淵で挫けぬ勇気。 こんな下衆な俺にあるハズないというのに。
いったい、ナニが俺を立たせるというのか。
俺が自身に疑念を抱くと同時、ふと幼馴染のカコの笑顔が、そしてミライや菜々、小動物や隊長、サーバルたちフレンズの笑顔が浮かんだ。
この極限状況下だからこそ、ようやく気付いた俺の願い。
今までパークでナニしようとも満足出来なくなってきただけでなく、募るは不安。 乾いた心を潤そうとしてもナニかが決定的に足りなかった。
それは……。
「そうだ。 そうだった……俺はまだ死ぬ訳にはいかないッ! レズ狂愛の犠牲になる訳にはいかないんだ! だって俺は……俺はまだっ! 守るべきもの、見届けたいパークの未来があるんだから───!」
消えかけていた輝きが、今再び七彩の光となって光量を増した。
そうさ。 そうなんだ。 いつだって思っていた。 いつだって焦がれていた。 仕事で、プライベートで、パークで接してきた多くの女性……ヒトやフレンズ。 彼女たちが見せる他者への無邪気で、慈悲深く、聖母のような温かな笑顔と言葉。
それは本来、ヒトの世界で穢れて、捻くれ泣き虫な俺がおいそれと触れて良い代物じゃない。
でも、だからこそ。
俺には無いものだから憧れた。
誰かを愛し、愛せる彼女達が素直に綺麗だと思った。
いつか、いつの日か。 そんなふうに俺もなれたら良いな、と。
……今更、力なきクソザコ臨時職員がナニを思ったところで、一切の未来は改善しないかも知れない。 こんな風に寧ろ悪化するかも知れない。
だけど、
「いつか普通に恋をして、愛して笑い合う。 それを望んでナニが悪い!」
ついでに童貞を捨てたい。 初体験は幼馴染のカコが良い。 そのままウェディングドレスを着せてバージンロードを通る。
そして初夜もベッドの上でチョメチョメしたい。 ごめん。 求めている愛の形と少し異なる。 でもヤりたいかと聞かれれば頷く。 やっぱり俺は穢れているね。
こんなマヌケな、だけど決意を固めたお陰か。 あれだけ震えていた足が止まっていた。
これならまだ、希望はありそうだ。
窓の外には、未だに不気味極まるノッキングを続けている野生化した けもの……いや、ケダモノがいる。
俺は最後にキッと睨みつけてから、踵を返して出口へ走った。
頼みの綱の女子とは連絡がつかない。 隊長はおそらくもうヤられている。 ウチの駄犬は寮のパリピと わふわふワンダフルで頼れそうに無い。 ラーテルやホワイトタイガーは、ナワバリが遠い。 タイリクオオカミ同様、会えない危険性もある。
ヒトは最後に信じられるのはやはり、自分自身しかいない。
ならば、後は精一杯生きて足掻くのみ!
俺が決意を胸に、改めて覚悟を振るい立たせた瞬間だった。
バリィンッ!!
部屋に響き渡る破砕音。
「う、うそだろ……! 窓割りやがった!?」
驚きの声を上げたが、フレンズの身体能力……オオカミならソレも可能か。
それにきたって、普通に割るなよ。 隊長もそうだけど。 いや、緊急時を思えば仕方ないだろうさ。 けれど破片って危ないじゃん。 労災と弁償は勘弁。
「まさか、タイリクオオカミお姉さまの部屋にまで侵入して……もう辛抱堪らない……あんじゅさん! 貴方は私が調教します。 代わりに私は貴方の飼主になってあげるッ!」
背後から投げかけられる四神も真っ青かも知れない理屈に、俺は涙で歪む視界を拭いながら、静かに異議を唱えた。
「SMプレイみたいに言ってんじゃねえよ……狼少女が…………ッ!」
狼に衣を着せた言い方だろうと、やっている事が狼藉である。
こうして、俺の逃亡生活が始まった。
単純に考えてフレンズに勝てるとは思えない。 だが劣等感を感じている場合では無い。 俺は俺。 新たな問題に直面すれば立ち向かわねばならない。
あ。 逃げてるか。
あーかいぶ:(当作品設定等)
イタリアオオカミ
ネコ目イヌ科イヌ属
イタリア等に棲息するオオカミ。 タイリクオオカミの亜種としてか、フレンズの姿は色違いという印象。
1970年代から保護活動が行われているみたい。 2017年には約100年ぶりにローマ近郊でオオカミの姿を見ることができ、話題になったんだって。
杏樹のメモ:
多くの亜種に細分化されるタイリクオオカミだが、フレンズ化の条件はしばしば曖昧で謎が多い。
何にせよ、愛故に襲われるのは勘弁だ。 送り狼なんてモノではない……。