パークの未来を他力本願に任せつつ、俺は元の日常へ戻った。
仕事の合間に見る色とりどりのお客さんの笑顔、共に浮かぶフレンズの純粋な喜び。
寮に帰れば、ワンコなニホンオオカミがじゃれついてくる。 そんな、当たり前。 だけど永遠じゃない、その場にしかない輝き。
ひとつとして同じものはない。 刹那の美しさ。 故に儚く、締め付けられる思いを胸に抱く。
ヒト と けもの が混ざり合う この地は、あと どれくらいの猶予が残されているのだろうか。 流れ行く時間と笑顔を見送りながら、俺は付いて来たニホンオオカミに膝枕(うつぶせで、顎を膝に載っけて寝ている)をしながら、ボンヤリと考えていた。
「どうしたんですか、先輩?」
懐っこい、可愛い声がクリアに聞こえて、我に帰る。 瞬時に世界に色と音が戻ると同時、顔を上げれば、ピンク髪の菜々ちゃんだ。
「お久───いんや、なんでもない」
「そうですか? ベンチで物思いに耽っていたので」
明るい表情で、両手を背に回して聞いてくる菜々。 幼さと相まって可愛いと思う。
逆に その様子から、未来を知らないのだろうとも思う。 知らない方が幸せな事もあるけれどね。
俺は寝てるニホンオオカミの頭を 耳の間に手を添えるように撫でながら、テキトーに言葉を返した。
「今日もパークは ヒトが いっぱいだなぁって」
「アトラクション園内ですからね」
「菜々は仕事?」
「いえ。 私も先輩と同じです」
「サボりか」
「違いますよ! 休みです!」
休みでも、飼育員の着るモスグリーンのジャケットなんですがそれは。 あまり 仕事服で休日を過ごすのはマズいんじゃ……と思ったが。
よく見るとパークロゴである「の」の字が見当たらない。 似ているだけで、私服だろうか。 にしたって紛らわしい。 責めないけどね。
「はははっ。 冗談だよ」
「てか、先輩は仕事中!?」
「休みだよ?」
「もー!」
膨れる菜々。 可愛い。
一方、まだ寒いのに短パンなのは突っ込むまい。
「まあ、隣座って」
取り敢えず座らせる。 目の前に立たれ続けては、落ち着かないからね。
「───ニホンオオカミ、可愛いですね」
隣に座りつつ、ワンコスタイルで寝るニホンオオカミを見る菜々。 優しげな表情で、ジッと寝言を見つめている。
可愛いのは同意する。 同居していると、問題もあるが。 下的な意味も含めて。
「ああ。 困る時もあるけれど」
「マヨネーズ事件とか?」
おぅおぅ管理センターさんや、もう少し情報を抑えてくれや。 後世にまで語られたら、ツライさんなんだけど。
「…………やっぱそれ、有名なの?」
「知るヒトには」
「ありゃ黒歴史だ」
「ヒトに歴史あり、です」
「重い歴史だなぁ」
歴史ねぇ。 個人はともかく、パークは どんな歴史を作っていくのだろう。 既に世界中から注目されているワケだが、悪い方向に向かわない事を願う。
「そういう菜々は? キタキツネ、元気?」
「元気です。 この前なんて、出張している間に別荘を建てていたみたいで」
「どうせアレだろ。 他のフレンズに やって貰ったんだろ」
「良く知ってますね」
「……キタキツネの性格からしてね、そうだろうと思ったのさ」
嘘です。 漫画を思い出して言っただけですハイ。 言うつもりはないけど。 言っても信じてくれないかもだし。 信じても、それはそれで面倒になりそうではある。
ふぅと軽く息を吐き、前を向き直す。 陽の明かりを浴びて輝く観覧車に ネコ科の けもの を模したような、目立つお城が視界に飛び込んだ。
北風に吹かれ、青空を旅する雲の下。 対してお客さんとフレンズの、寒さに負けない活気。 その中にある太陽みたいに眩い笑顔は、来たる春を呼び込むかのように映る。
そしてこれからも。 ずっとこの先も。 この笑顔が続くようにすら感じられて。
それは同時にワクワクと不安であって───上手くいく保証はない。 上手くいったらいったで、知らない世界に挑まねばならない。
上手くいかなくても、それはそれで生まれる輝きに期待してしまう。 アニメと同じ世界になるんじゃないかとね。
そう。 かばんちゃん達に会えるんじゃないかと。 今の時代を犠牲にするような真似をする……俺が嫌になる。 嫌悪感が湧いてしまう。
部長の言葉を都合良くして、それは自然の摂理だ、淘汰だと言い訳する。 でも違う。 きっと俺は、そんなの望んでない。 皆が平和に過ごせる、ヒトとフレンズが手を取り合う世界が良いんだ。
そんな汚い俺を誤魔化したくて。 俺は口を開く事にした。 きっと、似た想いを抱く彼女の声を聞きたかったんだ。
「───菜々、もうパークに来て1年経つか」
「へ? あ、はい。 いろんな事がありました」
「俺もだよ。 濃厚な1年だったね。 これからも色んな事が起きるだろうけど、共に頑張ろう」
「はい! これからも、宜しくお願いします」
「おう。 よろしく」
そう……これから、色んなコトが。 事件が起きる。 更に進めば、例の異変が。
それを良しとするか、悪しとするかはヒトによって違う意見だろう。
視線を下にする。 ニホンオオカミとは、あとどのくらい一緒にいられるだろうか。
そう思いながら頭を撫でたら丁度、ふわぁと大きな欠伸をして起きるところだった。 可愛い。
「…………むにゃ?」
「起きたかい。 こんな寒さと喧騒の中で寝れるとは、羨ましい」
「おはよう、ニホンオオカミ」
「……あっ! なな! おはよう!」
寝起きいちばん、俺じゃなくて視界に映った菜々の名を上げる。 なんだ、菜々の事を知っているのか?
ニホンオオカミも単独で都市部や、どこかを歩き回ってるようだからな。 その時だろうか。
「会ったことあるのか」
「はい、都市部で」
ふむ。 交友の輪が広がるのは良い事だ。 ニホンオオカミは明るく社交的だからな、そして俺がますます根暗になる、なっちゃうのかよ。
「なな も、ゆーえんちに遊びに来たの?」
「まー、そんなトコかな」
「そっか! あ、じゃあさ! かんらんしゃに乗る!? 高いところから、色んな気になるモノが見えるよ! 一緒に探そうよ! あんじゅ も一緒に!」
元気だなぁ。 ニホンオオカミは、ベンチで寝る前も遊びまわってたんだが。
まだ足りぬか。 振り回される身にもなってくれよ。 でも、彼女の笑顔を見ていると許してしまうな。 親の気持ちって、こうなのかな?
「俺は良いが、菜々は?」
「大丈夫ですよ」
「よし、行こう」
そう言って、3人ベンチから立ち上がる。 観覧車まで距離はない、普通に歩いていける。 大きくて目立つし迷うことはない。
しかし、この観覧車。 アニメに出てきたヤツと同じだろうか。 いや、違うか。 アニメにはけものキャッスルなるものは無かったはず。 ライオンたちの拠点として、和風な城はあったが……ココが同一世界とも限らないしな。
しかしなんだ。 パークの建築物のデザインって凝ったモノが多いと思う。 けもの のみならず、そういうところに着目するのも面白いかも知れない。
などと笑みを浮かべて思いつつ、皆で移動していると。
───ソレは鳴り響いたのだ。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
それはパークセントラル全体に響く五月蝿い音。 とにかく無差別に緊急を知らせる警報音。 それを頭が理解するより早く、スピーカーから間髪入れない女性のアナウンスが流れ始める。
『パーク・セントラル内にセルリアン侵入。 大変危険ですので、係員の指示に従い避難して下さい。 繰り返します───』
努めて冷静な声、すぐさま対応する周囲のプロの接客員。
でも俺は───。
「菜々、マニュアルに従った行動を取るんだ! ニホンオオカミ、俺について来い!」
「え、えと! わかったよ!」
「せ、先輩!? どこ行くんですか!?」
「ジャパリパーク動物研究所!」
俺は弾かれるように駆け出した。 お客さんや、パーク職員、フレンズとは逆方向に。
油断していた。 事件は いつ起きるか分からないってのに!
カコ…………無事でいてくれよ。