まさかの……。
闇だった。 限りない黒は深淵、無言でいて尚も語り続ける。 自身は立っているのか或いは逆さまか、いよいよ五体どころか存在も感じられぬままに声を聴く。
聴く以外は許されないようで、実は考えられた。 ただその声がお前の全てなのだと感じるままに浮く。
────お前はヒトだ。
ヒト。 違和感なく、スッと入ってきた。
そして、同時に嫌悪感が増す。
ヒトの笑顔の裏側、本当の素顔。 それはオゾマシイ欲望に塗れた悪魔の姿。
現生人類が属する種の学名はホモ・サピエンス。 ヒト属で現存する唯一の種。
ネアンデルタール人等、かつては他の種もいたそうだが、絶滅。
IUCNのレッドリストでは、軽度懸念。
それは良い事のようで悪く感じる。 何故だろうか。 自然界から大きく離反しているからか。 そも、どうして今、このような思考に至るのだろう。
というか、ココどこだっけか……。
そんな俺の思考に構わず、声は続く。
────ヒトは多くの けもの を 絶滅へ追いやり続ける。 苦しませ続ける。
地球から 消えるべき のけもの だ。
正論を言っているように感じた。 のけもの。 それはヒト。
同種で平気で傷つけ合える、欲の為なら無慈悲な殺しをも行える悪魔。 いない方が、駆除された方が良い。
────だが 我々 セルリアン は ヒトにより絶滅した種と 失われた 輝きをも 再現する 永遠に。
はて。 どこかで聞いたような話だ。
あれ。 これ……セルリアン女王の言葉に似てるね。
────それには ヒト は 邪魔なのだ。
方舟にヒトは もう 乗せられぬ。
特に オトコ は。
へ? なんでオトコ? why? アダムだけ追放!?
一方的に語られた挙句に邪魔者扱いされたんですけど。 軽くトラウマなんでヤメテくんない?
てかさ。 あんた誰よ!?
────き え る が い い。
刹那。 視界の闇が、霧が払われた。
それは眩い白が瞬時に広がり、俺の視界も埋め尽くされ────。
「うわあああ…………あ?」
目を開けると、知らない天井。 新しい世紀な世界じゃないよなココ。
周りを見渡す。 全体的に白く清潔感溢れる部屋だ。 同時に、自身は その空間にあるベッドで寝ている模様。
片側には丸椅子に座って、俺の膝にすがふように涙目で眠るカコとニホンオオカミ。
「病院?」
たぶん、そうなんだろうと思う。 記憶にある、似た光景から察するに そう予想する。
病院じゃなかったら、逆にドコなんだろうか。
でも、なんで病院にいるんだっけか……あっ!
「そうだ……俺、セルリアンに喰われたんだ」
思い出せば声と身体が震えてしまった。 その所為か、声が低い。 女みたいになってる。
情けないが、仕方ない。
恐怖。 まっこと恐怖体験であった。
フレンズのように、けものプラズム体ではない、このヒトの身体を失う事は無いにしてもだ。 喰われるという、生物にとっては忌避したくなるオゾマシイ経験をしちまった。
そして。 ナニかしらの輝きは奪われた。
その事実は未知の悪疫に罹患したが如く。 詳細不明の恐怖。 ゾゾゾッと鳥肌が止まらない。 ナニカサレタヨウダ。
「あーマジかよ。 何の輝きを奪われたんだ……ナニがあった? カコたちが無事っぽいから良いけど」
解決するには無意味の、そんな女みたいな呻きに気付いてか。 耳の良いニホンオオカミがモソッと動いた。
その動きの衝撃か、カコも同時に起きてくる。 カーテンの隙間から洩れる陽と相成って、美しい。
「…………あんじゅー!」
「あんじゅ!」
硬直する俺を半目で確認されると、次には目を見開いて叫ばれ……抱き着かれた。
柔らかくて良い匂い。 それは普段の俺なら安心したりドキドキしちゃうものなのに。
どういうワケか。 俺には不安しかなかった。
「良かった! 良かったよぉ……!」
ニホンオオカミは涙を流しながら。 シーツを濡らすのも構わず頬擦り。
撫でたい。 そんな気持ちがあるのに、ナニかが欠如している。
その思い出せそうで、思い出せない感覚は不快感となり、形容し難いドロドロした感情が湧いてくる。
「もう! もう起きないんじゃないかと……無茶しないでよ! あんじゅを失ったら、私は……」
カコにはムギュッと抱きしめられた。 豊満な胸が押し当てられるも、興奮しない。 物足りなさを感じる。 何故か劣等感まで湧いてきた。
柔らかさが。 温もりが。 優しさが。
それらが羨ましい。 ココに今、感じているのに……俺に備わってないからか。
だから感じたくない。 感じる程に悲しみは大きくなる。
震える身体。 それも密着すれば、異変に気付くもの。 カコに顔を覗き込まれて、俺は尋ねられた。
「……大丈夫?」
大丈夫じゃ、ないです。 口を開こうとするも、震えて中々思った事を言えぬ。
「あんじゅ? 具合悪いの?」
ニホンオオカミも心配して覗き込む。
ハイライトのない つり目。 怖いようで可愛い、彼女のチャームポイント。 その愛らしく、溺れたらずぷずぷとイく深淵に沈み切る前に。
俺は何とかもがく声を発した。
「い、いや……大丈夫。 突然だったからさ、驚いただけ」
愛想笑いを浮かべて取り繕う。 だが仕方あるまい。 変に心配させるワケにもいかないだろう。
「───医療チームが言うには、身体は良好という事だけど……輝きを奪われたのは間違いない。 無理、しないで」
良好? ナニか違和感あるんだけど。 声とか。 何だか上半身にも下半身にも違和感あるんだが……。
幼馴染のカコには、その具合いを察せられている気がするね。 誤魔化すのは無理か。
こりゃ見張られそうである。 自由行動が出来ないかもな。
「あー、うん」
歯切れの悪い返事を返してしまった。 さも無理しますよ、脱走しますよという印象を与えてしまうというのに。 実際、その腹であった。 セントラル事件が起きたというのに、寝てられないじゃん?
でも不用意な発言で、カコにジト目をされるという。 嬉しくないです。
それはそうと。 喰われた後、ナニが起きたのかは聞いておきたい。 セルリアンに喰われて、吐き出される事はあるかも知れないが、今の状況から察するに、救出されたと考える。
「俺が喰われた後、ナニが起きたか……教えてくれる?」
「ええ」
カコは応じてくれた。 良かった、グロいナニかだという理由で規制されなくて。
「ニホンオオカミが必死になって、あんじゅを取り返そうとしたの」
「私、頑張ったよ。 でも跳ね飛ばされて、返り討ちにあったの」
しゅん、と垂れ耳になるニホンオオカミ。 思い出して落ち込んでいるらしく、可愛い。
でも何故か。 頭を撫でたり、励ます言葉が出てこない。 怖い。 その温もりが。 この一点を理由に触れられない。
そんな俺の心境を置いて、カコは説明を続ける。
「でも所内にいたアニマルガールが来てくれた」
「そうそう! マンモスとね、サーベルタイガーとね、ジャイアントペンギン!」
暗い表情が一転。 嬉しそうに尻尾を立ててブンブン振る我が相棒。 感情の起伏が激しい。
そういやニホンオオカミは研究所でフレンズ化したんだもんな。 久し振りに会えた面子とタイミングが相当嬉しかったのだろう。
だがな……なんでフレンズが残ってたんだ。 ヒトが一方的に復活させておいて、一方的に見捨てたのか?
「そうか。 その子たちが セルリアンを倒して、助かったワケか」
「うん!」
「礼を言わなきゃなぁ……でも、フレンズが所内に残っていた理由は?」
ドロドロした気持ちを抑えるようにして、カコに尋ねる。
別にカコや、研究結果を悪いとは言わない。 でも、内心、何故か今まで湧かなかった悪感情が湧いてきてしまうのだ。
ヒトがいなけレバ、あの子タチは……。
「残っていたんじゃないの。 スタッフと共に一度は脱出したみたい」
「ならなんで?」
「警備員が教えたみたい。 中にあんじゅが入ってしまった、と」
ああ……それで救助隊の如くやって来て、俺をセルリアンの体内から引きずり出してくれたのかな。
ふと、かばんちゃんの物語を想う。 ラストの方は衝撃的だったなぁ。
一方で俺は、純粋じゃないし優しくもない。 義人でもない。 悪ですらある。 未来については他力本願であったワケで。
「……警備員は?」
「外で避難指示しなきゃいけないって、中には来なかった」
あっそ……本当は怖いから見捨てたんでしょ。
いや、仕方ないねと言ってあげるべきか。 ヒト個人がセルリアンの大群に立ち向かえるとは思えない。 俺を制止したのも、その辺からか。 それを無視して突撃した俺にも非はある。
「俺を喰ったセルリアンは? 倒されたのか?」
続いての質問。 質問ばかりで悪いが、重要故に。
女王事件の件がある。 それは、こうしてカコを救えたから回避したと思っているが、俺の輝きから発展するかも分からない。
それから夢の話が気掛かりだ。 こんな俺の輝きでも、女王みたいなヤツが生まれるかも分からん。
まあ、赤点頭の輝きなんで。 ただの中二病で終わる可能性もあるが。 寧ろ終われ。
そして園長たちに解決されろ。 勝った! セントラル事件 完!
「ううん」
カコ、首を横に振る。 ダメみたいですね……。
「エントランスにいた セルリアンの数が多くて、逃げるのを優先したの」
「ゴメンね あんじゅ」
いや、まあ仕方ないね……。
ニホンオオカミとしては、倒したかったのか謝ってきたけど、謝る事はない。 無事逃げられた、それが大切だと思う。
「助けてくれただけでも 有り難いよ。 みんな、無事に?」
「ええ。 全員、無事。 避難した後の点呼確認でも、異常なし」
良かった……俺の所為で、誰か喰われたら申し訳ない。 特にフレンズは 喰われると下手したら けもの に戻ってしまう。
絶滅種の場合、骨や毛に戻るのかは分からないけど。 かばんちゃんの物語を見るに、そんな事はないかもだが。
だとしても。 けもの になった子は想い出が消えてしまうという。 悲しい。 それは避けたい事案だ。
「良かった…………その、質問を重ねるようで悪いんだけど。 ココはどこ? どれくらい寝てた?」
これもまた、重要だ。 ニホンオオカミがいる事から、ジャパリパークの何処かだろう。
島の外に、フレンズは行けないハズだからだ。 行くと、けもの に戻るんだっけか?
「都市部に近い、港より───病院。 あんじゅは2日 寝ていた」
「うへぇ」
2日も。 いや、逆に2日で済んでラッキーか。 カコは昏睡状態だったんだもんな。
それと比べたら、かなり良い。 輝きを奪われたのは不安だが、日常生活や会話に支障はない。
うん……でも。 その日常は、今は無いんだ。 2日でセントラル事件が解決したとは思えない。
そう考えていると、また気になる事が増えた。 ニホンオオカミじゃないが。 園長や、その愉快な仲間たちはいるのだろうか。
オイナリサマは? セーバルは?
カコに聞いても分からない話だろうから、これは自分で確かめねばならない。 今すぐは難しいだろうけど。
では現状、パークがどうなってるか聞いてみよう。
「パークは、どうなってる?」
「休園状態」
やっぱりな。
そこは予想通りだ。
「セルリアンが大量発生していて、アトラクション園内もサファリも危険。 お客さんは、パークの外へ避難済み。 都市部にいたアニマルガールは、都市部よりかは安全だとしてサファリ区分に行っている」
「職員は?
「一部は残ってる。 主に管理センターと
シャチクゥ!
だが仕方ないのかも。 管理センターは災害発生しているからこそ、逆に逃げられない立場。 混乱を収めようと努力しているところか。 パークのみならず、外界との連絡もある。 かの小動物、大丈夫だろうか。
調査隊は……ミライたちか。 この状況の打開の為に動いているのかな。
ミライは、ひょっとしたら園長と合流しているのかも。 気になると思いますよ。
「ココは安全なのかな?」
「まだ安全。 でも長くはない。 今日もセルリアンが侵入しようとしたから……覚めなかったら本土に移送する事になっていた」
「……カコとしては、目を覚ましても、そうしたい?」
「ええ。 私が言うのもなんだけど…………あんじゅを危険に晒したくはない」
研究室にこもっていた事を気にしてか。 そういう言い回しをされた。
あの時、警報響く中、
また質問を重ねようとした時。 今まで黙っていたニホンオオカミが声を上げる。 小さな、だけど確かに聞こえる声で。
「───あんじゅは」
「うん?」
「今度こそ守るから。 だから、お願い……………………行かないで」
「…………ニホンオオカミ」
快活な彼女らしくない、静かで真面目な声だった。 だけど今にも泣き崩れそうな懇願の声。
彼女も、彼女なりの考えがあるのだ。 フレンズは一見、のほほんとしている子も多いが、内心で隠している感情やヒトのような、
決して。 フレンズだから表の笑顔だけが全てではないのだ。 もちろん、表も本物であろう。 だけど。 時々見せる
俺は知っている。 裏の気持ちを自ら暴露する勇気を。 恐怖を。 苦しさを。
それでも、それでもだ。 それをする。
受け入れてくれないかも知れない。
拒絶されるかも知れない。
状況が悪化するかも知れない。
見捨てられるかも知れない。
そして最後の拠り所にサヨナラされたとき。
ココロを…………亡くす。
それが今の彼女。 脆く壊れかけた、心のSOS信号。 それは重大なものだ。 それを真摯に受け止めず無下にする。 前世の経験もある、俺には出来ない。 例え、受け止める器がなくても。 受け入れるのが怖くても。
だから、俺は。
「分かった。 俺もパークに残ろう」
「ッ……! あんじゅ! ありがとうッ! ありがとうッ!」
感情が弾けて、わんわん泣きながら顔を埋めてくるニホンオオカミ。
そんなに俺が大切かい? そうならば、嬉しい話だけれど……やはりか。 それを失った時を考えてしまう。 怖いなぁ。
今まで、こうも強く意識してこなかったってのに。 セルリアンに輝きを奪われた影響だろうな……流石に気づく。
自然に治れば良いけれど。 この身体の不調も合わせて。 経過を見なきゃな。
「……あんじゅ」
カコ。 そんな目で見るなよ。 お前だって、俺ならそう言うって予想出来たろ?
フッと笑って見せて。 同時に申し訳ないと謝っておく。
「ゴメンな。 また お前を悲しませるかも知れない。 だけど、俺はパークに残るよ」
「うん。 そうね、あんじゅなら……そう言うって思ってた」
「さすが馴染み。 して、どうする? 止めるか? 強制移送?」
「ううん。 一緒に、パークに残る。 医療スタッフには私から伝えておく」
「そっか。 苦労ばかりかけるな、ワリィ」
「助けてくれたもの。 これくらいの、ヒーローのワガママは聞いてあげなきゃね」
ふふっと微笑まれた。 ホント、カコには敵わない。 そして守れて良かったと思うよ。 心の底からな。
でもヒーローは否定しておく。 昔の話から引っ張って言っている節もあるんだろうが、この事件の英雄の話ならば、別にいるからな。
「ヒーロー、か。 たぶん……それは別にいる」
「手紙であったヒトのコト?」
「そう。 後に園長さんと呼ばれるヒト」
「今は、それらしき報告は聞かないけれど。 手紙の通り、パークが襲撃された以上、きっと現れるのかな」
「ああ。 俺は信じている」
昔を思い出す。 神社で出会った男の子を。 あの、信じる事が出来る真っ直ぐで純粋な瞳を。 今思うと、キュンと不思議な感覚があるが……あの子が園長だったかは知らない。 だけど、きっとそう。 俺も信じよう。 それが行動力の原動力になり、誰かを守り、幸せにしていくかも知れないのだから。
「さてと。 そんじゃ、冒険の前の挨拶でも……ニホンオオカミ」
「くぅん?」
「そしてカコ」
「えっ?」
「これからも、よろしくね」
「ッ! うん!」
「ええ。 これかも、この先も」
彼女たちの、快活全開の笑顔を見て、俺も笑みが溢れた。
冒険の時間が始まる。 パークを救うため。 フレンズのため。
ヒトとフレンズ。 共に、これからも歩んで行こう。
「うん?」
そう思って、縋り付くニホンオオカミを そっと剥がそうとして下を向いた時。 ピシリ、と思考が停止した。
ニホンオオカミの胸とは別の、別の膨らみが見て取れた。 それは自身が着用する患者服、それが明らかに膨らんでいる。 胸元で。
次に、手を見る。 妙にツヤツヤしていて、細く、綺麗だった。
───アレ。 俺って こんな綺麗だったか?
今更ながら疑問に思った。
「…………」
本能がそれ以上考えてはならないと、ジャッジを下す。 下しつつも、最後の希望と欲望のままに、俺はソッとニホンオオカミをズラして───。
「わふ?」
「あ、あんじゅ。 それ以上は止めた方が」
制止の声は、もはや頭に入ってこない。
そのままズボンをズラして、中身を確認し───。
無いハズの双山と割れ目があり。
逆にあるハズの、唯一無二のムスコとイナリが無い。
つまりは。
つるつるしてた。
「いやああああああああ!?」
思わず上げた悲鳴は、やはり従来の声ではなかった…………。
心は男のままでも。
身は女の子のソレであったのだ。