突如始まった料理勝負に、必要な材料だけを手に取る。
今回の勝負はグルメ食材を使うつもりは一切ない。正確には、審査員が見過ごさないだろう。
ふと視線を向けると、2人の男女と2人の少女が観察するように俺から目を離さない。
まあ、グルメ食材は使わないけど、料理と技術は使うけどね。
キャベツ、ニンジン、パセリ、牛肉、熊肉、ニンニク、ドリアンetc。とにかく手当たり次第で、それでも十分だった。
「あなた。お題分かってるの?」
「ご丁寧に日本語で書いてくれたんだ。読めないわけないだろ」
(期待外れかしら?)
とか、思ってんだろうな。お姫様も審査員連中も。
確かに、熊肉にニンニクや納豆。臭いのキツいものをいくつか頂戴させていただいた。転生する以前、一番最初の人生であれば、俺もふざけているとしか考えられないだろう。まして今の俺は子供。なにを言っても無駄だ。
ならば、味わわせるまでだ。
トリコの世界に転生して、驚いたのは食材だけではない。その調理法と言ってもいい。瞬きする間もなく、ソーメンの如くキャベツを千切りする技能。食材が星の数ほどあれば、調理法は銀河の数ほどある。
多種多様な技術は、俺への成長に促された。
てなわけで、俺は食儀を使わせていただきます。
とくとご覧あれ料理人の包丁捌き。
「ん?」
「あれ?」
審査員席の少女たちが声を漏らした。
限界まで細くしたキャベツをボウルに入れる。
「見逃しちゃった。ねえ、あのお兄さん、どうやってキャベツをあんなに細くしたの?」
「私も見逃しちゃってよくわからない」
衆人環視の下で料理か、前世以来だ。いいね、気分が乗ってきた。
「どんどん行くぞ」
ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、これらを限界まで細く捌いていく。
さらにドリアン。この時、審査員席から、いくつかの声が漏れたが、無視する。ここからは熊肉などといった臭いのキツイものを下ごしらえしていく。と同時に、少量の水が入った圧力鍋が沸いてきたので、ボウルに入った野菜を全て投入する。
肉を叩いては、捌いてを繰り返し、野菜を入れた鍋とは別の鍋に肉、魚を鍋に入れる。
俺が前世で得た技術は、食儀だけに留まらない。最終的には、食材の声を聴けるに至った。だから、この世界で最終的に最高の料理を持て成すことなんて造作もない。
「そっちはどうよ。お姫様」
「せっかく名前で呼んでくれたと思ったら、またお姫様に戻っちゃたの?」
お互いに時間を待つだけのみとなって、会話が出来るようになった。
「無理やりここに連れてこられてやられっぱなしってのも癪でな。俺に勝てたなら、名前で呼んでやるよ」
俺の余裕っぷりにイラついたのか、食って掛かってくる。
「そう。でも、さっきから見てたけど、あんな食材でどんな料理ができるのかしら?負けた時の言い訳にするつもりなら、名前を呼ばれたくないのだけれど」
勝負のお題は、スープ。時間は1時間。お互い30分程度で済みそうだけど。
本来、スープは時間をじっくりかけるものだ。人によれば、3日もかける人もいるほどだ。俺も前世ではスープによって、1週間かけたものもある。
「逆におもちゃに頼りっきりで勝てると思っているのか?」
お姫様は機械をいじっていて、食材は切る程度しかしていない。
「これでも有言実行するタイプなんだよ」
それから5分後、審査員の前には2つの皿。
お姫様が作ったのは、コンソメスープ。
そして、俺もコンソメスープ。
正直、彼女の作ったコンソメスープは見事なものだ。濁りの一切ない琥珀色のスープは、並みの料理店が出すものとは雲泥の差だ。機械を使ったといえど、使う側の知識も見合ってなければ、豚に真珠だ。間違いなく、天才の部類に入る。
3度の料理人生を生きた俺が言うのだ。間違いない。
「でも、俺の勝ち」
「うわあああああああああああん!」
4人の審査員は全員俺の皿を選んだ。3対0で俺の勝ちで、双子は2人で一つの票らしかった。
お姫様は泣き出してしまい、俺は高笑いをする。
俺のスープはコンソメスープというには、色が薄すぎるのだ。無色に近い黄色。
俺の作ったコンソメスープの正体は、超劣化版センチュリースープver.コンソメ。
本来のセンチュリーであればオーロラが現れる。その一歩手前なら、オーロラは出ないまでも、認識すらできないほどの透明感を可能にする。これらの例を考えれば、今回の品は完成品には程遠い。
前世でも小松シェフのセンチュリースープを目指していたが、一歩手前までしか完成しなかった。今世の目標の一つにセンチュリースープの完成を掲げている。
その過程を考えれば、連れ去られた状況は悪くないんじゃないか?
「うーうー」
お姫様は一向に泣き止む様子がない。
俺は鍋から皿ではなく、カップにコンソメスープを注いで、お姫様に差し出す。
「飲んでみろ」
お姫様は泣きながら、コンソメスープを飲んでいく。あっという間に、カップの中からスープは消えていた。
「おいしい……。今まで飲んだスープのなによりもおいしい。野菜の甘味に肉類の濃厚さがバランスを保ってる。それに野菜の甘味がこんなに出るなんて知らなかった」
鼻をすすって、しっかり感想を述べてくれる。
「そうか。サンキューな」
何時でも美味しいの一言は嬉しいものだ。
俺はお姫様の肩に手を置く。
「それが敗北の味だ」
「うわあああああああああん!なんで追い討ちかけるのおおおお!?」
「ケケケ」
再び泣き出すお姫様に、俺は腹を抱えて笑う。子供にしては大人びているが、負けて泣く辺りまだまだ子供だ。
「次は、次はぜっったい勝ってやるんだからああああああ!」
「ああ、そんときゃ名前で呼んでやるよ。アディオス、お姫様」
「ところでなんで、あの審査員ふんどし一丁になったりしてんの?双子のコンビも服脱げてるし。あの女の人はフリーズしてるぞ」
「そういう家系なの」
「どういう家系?」
「私の家族」
「!?」
「それとあなたここから去る流れ作ってるけども、逃がすつもりはないから」
「!?」
センチュリースープの元ネタはコンソメスープだと思うので、コンソメにしました。いきなりセンチュリースープ出してもしょうないので。
因みに今回の勝負は、こっそりグルメ食材を使う考えもありました。例えば、スープの中におしりしおを入れたりなんか。勝てばよかろうなのだ。
ただ今回は主人公の転生特典とは別に、主人公の料理人としての腕に注目してもらいたかったので、グルメ食材は使用しませんでした。
短いですが、今日のところはこれで。