「ゲホッゲホッ!オエエェッ!」
口から水を吐き出して、次に胃から水を吐き出す。
息切れを起こしながら、重たい足取りで近くのベンチに腰掛ける。決して品のあるさまではなく、3人は腰かけられるスペースを大股を開いて俺一人で占領する。
俺が座ったせいで、ベンチが濡れた。そりゃそうだ、頭から爪先まで、濡れていないところなどないのだから。
なんにせよ、逃げ切ったんだ。この際、文句は言うまい。
お姫様と料理勝負してから、それなりの月日が過ぎた。
あれからお姫様一家は不法入国を盾にして、俺を手元に置こうとしていた。俺も薙切一家が如何に巨大な財閥か知って驚きはしても、萎縮はしない。前世の人生経験のお陰だ。
それにこの話は俺にとっても悪い話ではなかった。
元々、海外で屋台をやっていたのは、孤児院が煩わしく、日本国内では足がつく可能性があったからだ。
となれば、お姫様の下にいるのがベストだ。
そう思っていた時期が俺にもありました。
あのお姫様しつこいわ。一日一回は料理勝負挑んで来るわで、ほんとにめんどくさい。100戦越えた辺りから、もう勝負回数は数えていない。
自由気ままに屋台出していた頃が懐かしい。
グルメ食材使って、自分の技術を存分に振るえる喜びがあった。けれども、薙切インターナショナルの研究技術を前に料理勝負などでグルメ食材を使ったらえらいことになるのは間違いない。
だから、彼女達の前ではグルメ食材は使わずにいる。
しゃくれラーメンをせがまれたときは、誤魔化すのが大変だった。
なんだかんだで、お姫様の中ではしゃくれラーメンが一番だったようだ。
それにお姫様が自由奔放過ぎて、俺の身が持たない。体力には自信あるけど、お姫様がやらかすから体力がごりごり削られる。屋敷からは抜け出しては、俺が捜索するはめになる。
お姫様の世話役を任された俺は毎日がヘトヘトだった。
そこに双子の姉妹が加われば、体力の限界を迎える。三人揃えばなんとやらだ。
そんなこんなで、置き手紙を残して海を泳いで逃げ出した。
ここまで言っといてあれだが、彼女たちのことを嫌っているわけではない。なんだかんだで、楽しいと思える日々であった。
それに全く実りがないわけでもなかった。料理に金をかけてるだけあって、世界中のあらゆる食材を持ってきてくれるので、模倣グルメ料理を作り出すことに成功した。
ただ俺は、自由気ままにグルメ食材の料理を振るっていた方が性に合っている。
残りの面倒ごとはリョウに押し付けちゃったけど、別にいいよね。
ベンチから立ち上がって、上半身の服を脱ぐ。
「まずは屋台調達だな」
今度はなにを売りさばこうかと脳内でシュミュレートする。
そこから二月後。
「…………」
俺はとある国でグルメ料理を販売していた。
ピタパンにゲロルドの肉を挟み込んで、ベジタブルスカイの千切りキャベツを挟み込んで、特製エビソースをかけたケバブを屋台で振るっていた。
本来であれば、キャベツではなく黒草にココアマヨネーズにしたかった。だが、黒草は色合い的に目立ってしまうので、薙切一家のように目をつけられてしまう可能性を考慮すれば、ベジタブルスカイのキャベツで我慢しなくてはならなかった。
全力を出せないのはストレスが溜まる。それでも、我慢をしなければならない部分でもある。
やっぱり、薙切一家には本当のこと話しとけば良かったのか?そんで、グルメ料理を振る舞うとか。
「それはそれで厄介そうだよなあ」
ジレンマを抱えて、ため息を俯きながら吐き出す。
「なにが厄介そうなんだい?」
「え?」
俺の日本語に反応されて、顔を上げると、日本人が立っていた。その男は黒ずくめだった。スーツもシャツも靴も、そして恐らくは下着も。
「初めまして。僕は、そうだね。中村という者なんだが、店主はいるかね?」
久我重明かよと口には出せなかった。寸勁打たれたら恐いし。
「申し訳ございません。父は今離れていまして、何時戻ってくるかまでは存じません。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
役所の人間か?まあ、移動販売だから、明日には別の場所に移動してるけどな。注意されても、別の区域にいけば、ノープロブレム。
適当に嘘ついてやり過ごしとけばいい。
「ふぅむ。失礼、僕は料理人兼美食家でね。料理には強いこだわりを持っていれば、仕事にだってしている」
「はぁ」
うわ、めんどそうな客きた。たまにいるんだよな。うんちくうるせえ客。
「目ぼしい料理人の情報は逐一入るようにしている。君は北欧でも同じ事をしていたね。勿論、父が云々なんてのも嘘なんだろう」
「はは、なんのことやら」
想像を越えて厄介な客だった。
「噂では君の料理は三ツ星にも勝ると聞く。孤児院から抜け出したフットワークの軽さも調べあげている」
確かに少々有名になりすぎたかもしれない。毎日、区画を移動して、区画ごとの役所に軽い注意で済ませるだけのはずが、昨日一昨日の客がちらほら見受けられる。
予告なしにしているのに、凄まじい執念だ。グルメ食材は想像以上に三大欲求の食欲へ影響を与えている。
不思議な話ではない。トリコの世界では、その食材の為に何人も命を落とすこともあるのだから。
「中村さん、噂に尾ひれが付きすぎですよ。兎にも角にも明日また来てくださいよ。その時、父を紹介します」
「ふふ、あくまで白を切るか。これでも多忙でね、明日なんて悠長なことはしていられない身なんだ。だから、ケバブを一つ。明日来るかどうかはそれ次第にさせてもらうよ」
ケンカを売られているのか、試されているのか。
美味いならともかく、不味かったら話にならないと言うわけか。
見事に俺のツボをついたようだ。普段の俺であるのならば、乗っていた。それでも、今回は挑発に乗れなかった。
その理由を中村さんに告げる。
「あ、すいません。ちょうど売り切れなんですよ」
中村さんは数秒の間、表情を凍らせる。
「そうか。いいさ。明日また、ここに来ればいいだけの話なんだ」
笑顔で取り繕っても、少し早口なので恥ずかしさを取り繕っているのは目に見えた。つついたら、中村さんの黒歴史になりかねないので、そ知らぬふりをする。
「はい。明日は中村さんのために一つ残すことをお約束します」
「ふふ、楽しみにしているよ」
そういって久我重明リスペクトの中村さんは黒塗りの自動車の後部座席に乗り込む。車に詳しくない俺でも、高級車であるのはわかった。
「さーて、次はどこ行こっかな」
地図を広げて、ポキポキノコを咥える。
次の日、俺はそこから逃げ去っていた。
約束?知りませんな。契約書あるの?
中村さん、薙切一家に似た厄介そうな雰囲気持ってるから別にいいよね。
まあ、結局追いかけっこの末にとっ捕まって、条件付きで日本に送り返されるんだけどさ。
さよなら、世界。ただいま、日本。
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暗い、カーテンで光が遮られた一室に薙切アリスはベッドで横になっていた。
室内はあまり物が置かれておらず、必要最低限のものしか揃っておらず、とても裕福な令嬢の部屋とは思えない。それもそのはず、ここはアリスの部屋ではない。元はアリスがさらった少年が暮らしていた部屋だ。
しかし、現在はその少年は、彼女の下から逃げ出しており、権力を利用して捜索にかかっているが難航している。
少年の主であったアリスは、ここでなにをしているかといえば、少年が使用していた布団を抱きしめて深呼吸を繰り返している。
「これ……もうだめね。彼の匂いが消えてる」
布団から離れて、ナイトテーブルに置かれた写真立てを見る。そこには彼とアリスの2ショット。彼とベルタとシーラで撮った写真。アリスを真ん中にして5人でギニュー特戦隊のポーズをした写真が並んでいる。
「会いたい。私の料理を食べてほしい。あなたの料理を食べたい」
アリスは2ショットの写真を抱きしめて、願うようにつぶやく。
「抱きしめて。頭を撫でて。あなたがいないと寂しいの」
彼が去ってから、数か月が経過している。
アリスと彼が出会ってから、濃密だった時間がいかに大切なものだったか知った。
「私を愛して。あなたの傍にいさせて」
それは狂気を芽生えさせるには十分過ぎる糧となる。
「私だけの所有物になって」
薙切アリスの人生の分岐点はここで大きく変化した。
「今度はリードをつけてあげるからね」
自分が載せている作品の中で、これが一番人気ある理由が本当にわからない。
平均文字数も少なく、話数もまだまだで、ランキングにも乗っていないのに。