今日から、薙切で働くことになりました。黒スーツを支給され、薙切家の財力と気前の良さを感じられる。
お仕事の内容は、薙切本家のお嬢様の付き人になることを命じられた。
確か、薙切エリナって名前だっけか。お姫様の従姉妹だって聞いたな。
「あなたが、お爺様が寄越した子?」
「ん?」
後ろから声を掛けられると、日本人の顔立ちでありながら、美しい金髪を伸ばした少女と左後ろにショートヘアーの少女が立っていた。
従姉妹だけあって、お姫様と日本人離れしているところが似ているな。しかし、お姫様と違って、陽気さがなく、冷淡さを感じられる。共通するのは、気品だろうか。
とても小学生の年齢とは思えない。
……俺は俺流で行かせてもらいますか。
「どうも初めまして、エリナちゃん。薙切仙左衛門殿からの命で、今日よりエリナお嬢様の付き人をさせていただく者です。どうぞよろしく」
「新戸緋沙子だ。立場的には、君の先輩にあたる。エリナ様はもちろん私も多忙故、君はエリナ様と私の補佐に当たってもらう。それと、エリナ様のことはちゃん付けなどではなく、様をつけなさい。言葉遣いも教え込まねばな」
幼いながらもしっかりとした物言いは下手な大人よりも立派な振舞いだった。
「はいよ、緋沙子ちゃん。断るけどね」
俺の物言いに、エリナが一歩踏み出す。
「あなたはお爺様の紹介できたのでしょ?言葉遣いが大切なのはわかるでしょ。言葉遣いだけではない。立ち振る舞い、マナーといった見かけが重要なの」
エリナの言う通り、薙切のブランドは伊達ではない。日本に留まらず、世界中の料理の世界に携われば、耳にするレベルだ。
「やれやれ。若いねえ」
「貴様もな」
「俺がなんで、仙左衛門殿に寄越されたか考えたかい?」
「……意味があると?」
「どう思う?少なくとも、仙左衛門殿は考えなしに人を寄越したりはしないぜ。それは、エリナちゃんがよぉくご存じのはずだ」
「いいでしょう。あなたの振舞い大目に見ましょう」
知らんけどね。とりあえず、名前聞かされて、向かわされただけだし。
「ありがとさん」
「よろしいのですか?」
「構わないわ。彼の言う通り、お爺様が寄越したことが重要なのだから」
そういや、仙左衛門殿が親代わりなんだっけか?親も今いないんだとか。
その辺りはノータッチでいきますか。
「でも、ちゃん付けはやめて」
「あいさ。エリナ様。んで、緋沙子ちゃん俺はなにすりゃいいのよ」
「私はエリナ様のスケジュール管理。文書管理などだ」
子供にやらせるような内容とは思えねえな。ハイスペック小学生だな。
「ふーん。んじゃ、俺は何すりゃいいのよ」
「そうだな。私が不在になってしまうこともある。君は私の補佐及び代理となれるよう私の仕事を覚えてもらおう。あとは雑用といったところだな」
「あ、なら先輩って呼ばせて貰いますわ」
「先輩?私が先輩か。ふふ、いいだろう。わからないことがあれば、なんでも聞くんだぞ」
「ああ。んじゃ、ここに住み込みって話なんだけど、俺はどこで寝りゃいいの?」
「空き部屋があったから、そこで暮らせばいい。あとで案内をしよう」
「なら、今日はなにをすりゃいいのよ。初仕事」
「ババ抜き!ババ抜きしましょ!ババ抜き!」
唐突にテンション爆上げのエリナちゃん。瞳をキラキラさせて、ぴょんぴょん飛び跳ねるではありませんか。さっきまでの冷淡さはお出かけしたようだ。
「ふふ、3人でババ抜きなんて何時ぶりかしら?」
「…………緋沙子先輩。もしかして、俺が仕える主人ってもしかして、友達がいないんじゃ」
「エリナ様には言ってはならんぞ。昔、エリナ様の従姉妹がそれを言ったら大喧嘩に発展してな」
「いや、言えんでしょ。環境が環境だからまともに友達作れって言うのも難しいだろうけど」
「早くっ早くっ!」
「承知しました。エリナ様」
「ヘイヘイっと」
この後、接待プレイで程よく負けてあげた。
エリナちゃん結構顔に出るタイプだな。これがお姫様相手だったら、ボロクソにしてやったけど。
そんなこんなで今日1日は遊び倒した。
でも、ババ抜き20連ちゃんはキツイわ。緋沙子先輩なんて、途中から笑顔なのに、目が死んでたし、反対にエリナちゃんは終始ハイテンションだった。勝ったときのどや顔は、年相応の可愛らしさがあった。
そうして、夜になると今晩の3人の食事は俺が作ることになった。
エリナちゃんは神の舌を持っている、とか言われてるんだっけ?
上等上等。
俺の料理とくとご賞味あれ。
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「彼はどんな料理を作ってくれるのかしら」
白いテーブルクロスのかけられているテーブルの座るお嬢様の隣に、私がいる。エリナ様に仕える身であるので、共に食事することはないのだが、今日は彼の意向に加えて、エリナ様の要望に応えて同席することになった。
「エリナ様の期待に応えられればいいのですが」
口ではそう言いながらも微塵も期待などしていなかった。
悪意があるわけではない。仙左衛門様から送られてきたのだ。何かしらの意図があるのだろうが、少なくとも料理に関しては違うだろうと断言できる。
エリナ様は毎日一流と呼ばれる料理人たちの料理を食しては、改善点や調理法を見抜く。決して薙切の名だけで“神の舌”と呼ばれているわけではない。子供ながらにして、料理界に影響を持つ実力を持った御仁なのだ。
そんなエリナ様を私たちと同年代の少年が、料理を振舞おうなんて同情を禁じ得ない。
「緋沙子」
「なんでしょうか?」
「彼の料理に本気でアドバイスを送ってあげるわ。だから、あなたも先輩らしく彼を支えてあげなさい」
エリナ様の視線は私を真っすぐ射抜く。
「料理に関して、私は嘘を吐けないし、許されない立場にある。お爺様が寄越したからには意図があるはずだわ」
エリナ様にダメ出しをされて、料理人を辞めた大人は数知れず。エリナ様の発言は私を驚かせた。エリナ様の交友関係は狭いので、同年代の友人は皆無といっていい。加えて、遊び盛りの子供が束縛される立場にあるのだ。
そのストレスは仕えている私が分かっている。
今日現れた彼との出会いが、エリナ様の感情を爆発させたのだろう。ババ抜き20連はきつかったですけど。
「彼の主として、友人として。誠心誠意答えなくてはならないのが私の義務よ」
「承知しました。それでは遠慮せずアドバイスを送って差し上げてください。私が必ず支えて、共にエリナ様に相応しい付き人にしてみましょう」
「ふふ、頼りにしてるわ」
「ありがとうございます」
こんなエリナ様の笑顔は何時ぶりだろうか。社交辞令でもない、心から微笑んだ姿は、ひどく久しぶりだった。
仙左衛門様の目的はこれだったのかもしれない。
エリナ様の遊び相手。
料理以前に普通の友人を与えたいのかもしれない。
「お待たせしました」
クロッシュが被せられたまま、エリナ様と私の前に置かれた。
君はこれから仕える主君に心が折られるだろう。私たちに喜んでもらおうと、頑張ったのだろう。その頑張りは無駄になる。だが、君が踏み込んだ世界は、それを乗り越えなければいけない世界なんだ。
「いただくわ」
「いただこう」
しかし、安心してほしい。私が支える。共にエリナ様に相応しい従者であり、料理人を目指そう。
そんな風に考えていた時期が、私にもありました。
エリナちゃんは、アホの子要素が入ってるイメージがあります。