緋弾のアリア 円盤は静かに転輪する 作:新月の時を待つ人
あっそうだ(唐突)スカーレットフェスタ買いました。一巻のあの場面で作品の方向性が完全に決まったりジーサード強くし過ぎたって赤松先生本人も思ってたんだなぁ……
「くそ暑い……」
時の流れは速い。若い間はそうでもないようだが年を重ねるとあっという間に過ぎ去っていくらしい。半年がたった一週間に圧縮されているような錯覚すら覚えてしまうくらいだ。桜咲く季節は既に過ぎ去り、いつの間にか白い陽光が地上を照り付ける季節へと移り変わっていた。
『夏ダカラナ』
部屋のカーテンは未だに日光を遮っているが、いい加減に開けておかないとまずいか。亀の甲羅は日光浴を行うことでカルシウムを吸収するビタミンDを生成する……人間も同じく長い間日光を浴びないと体内でビタミンDが生成されず、健康的によろしくないらしい。その他にも精神的に悪影響を及ぼすらしいが……創作物の吸血鬼が根暗だったり頭がおかしいのは日光を浴びられないからなのかもしれない。
「夏休みだってのになんもやる気が出ない……プールも人が多くてだるい……スタンドを使う気力も出ない……」
『コノ調子デ餓死、ナドトイウ事ニナッタラ……知リ合イ全員ニマヌケ呼バワリサレルナ』
熱中症で死ぬのは勘弁したいところだ。気を付けておけばどうにかなることを怠って大事になるのは御免である。
「ホワイトスネイク、水をコップに入れて持ってきてくれ」
『自分デ歩ケ』
コップの中に入れた常温の水をちびちびと飲みながらテレビの電源を付ける。尤も、今は昼なので画面に映っている番組もニュース番組だが。やっている内容もオリンピック開幕まであと数日、ホテルで火災、現内閣総理が内閣改造に踏み切った……そんなことばかりだ。
「三日前にカージャックの情報が流れてきた時は驚いたな……」
自分と同じ手口で車を意のままに操り、一定の速度を出せなくなった車を設置されていた爆弾が吹っ飛ばしたという話だ……自分のバイクも速度を落としていたら爆発していたと思うと他人事と思えない。その車に乗っていたのは武偵であった為警戒するように、といった通達が入ったのは記憶に新しい。やはり武偵に対して何らかの恨みを持つ者の犯行だろうか。
『武偵殺シ、トデモ言ウベキカ……何ニセヨ私達ノ敵デアル事ニ変ワリハナイ』
「カージャックされた武偵はなんとか命拾いしたらしいがな……っとそうだ、今のうちに履修登録しとかないと」
探偵科に所属している身ではあるが別学科……主に尋問科や強襲科の自由履修を受けた身としては探偵科とは空気が違う。強襲科は血で血を洗うとまではいかないがかなり激しい訓練を行ったし、尋問科は他に履修していた生徒の目つきが大分怪しい感じで……目の奥が濁っていた気がする。
「次はどこ行ってみるか……SSRとかよさげなんだが履修取れたかな?」
SSR……通称S研。情報の秘匿が厳重な学科の為クローズドな学科ではあるものの、内部では盛んに研究が行われているらしい。なんでも合宿の行き先が恐山だったり立山といった霊地に足を運ぶこともあるとか。自分はそこまでやるつもりはないにせよ、何を行なっているのか非常に興味があった。
『スタンドモ見エナイ奴ラノ所カ……』
不服そうな顔をされても困る。スタンドというものは有用ではあれ全能ではなく、汎用性があろうと万能ではない。たとえどれだけ強大なスタンドであろうとも必ず短所はあるし、目も当てられない程のカススタンドでも用途次第で使いようはある。SSRに集まっている超能力者がそこまで使いにくい能力を持っているとは考えにくいが……一つの能力を限界まで使いこなすという点では自分以上ではないだろうか。
ただ、ホワイトスネイクが不機嫌なのは理解できなくはない。自分に遠回しに『力不足』と言われたように聞こえたので不貞腐れているのだろう。学校で勉学に励んだ上で通信簿に『たいへんよくできました』ではなく『よくがんばったでしょう』のスタンプを押されたら納得できない……そういうものだ。ホワイトスネイクに対する実際の評価は『いつもありがとうございます』のスタンプを進呈したいところだが。
「前に一度お前を潜りこませたからな……今年こそいるかもしれないだろ?」
あまり期待していないというのはホワイトスネイクと同意見だが、現に『弓と矢』が誰にも知れずそこらの骨董屋で売られていたのだから天然のスタンド使いがいてもおかしくはない……おかしくはないが、ここまで一切出会うことがないという事は自分が無意識の内に他のスタンド使いを避けている、或いはスタンド使いの素質を持つ者が極端に少ない、という仮説を立ててもいいかもしれない。
「まだ実家に置いてあるんだったか」
本当は手元に置いておくべきなのかもしれないが、あそこまで嵩張るものを影も形もなく持って行ったなどと両親にどう説明すればいいのか。まさか『亀の中にあります』などと言う訳にもいくまい。そのような事を口にした日にはいい年こいて世迷言をはやめなさいと切り捨てられるだろう。
自分の部屋に置くことは許されたものの、母が『出世払いだからね?』と実にいい笑顔で言っていたのが鮮烈に残っている。もし代金を払わずに家から持ち出した日には目も当てられないことになるだろう。その代金も直視し難いもので、買ってきた時の額は五桁だと聞いていたが持ち出す際の額は六桁になっていた。五桁ですら学生の身には応えるのに六桁である。これまでの報酬全て掻き集めても足りるかどうか怪しい。来年からもっと難易度の高い依頼を受ければ早々に譲渡されるかもしれないが、ひとまず保留としておく。
部屋で籠りきりというのも性に合わないので街に繰り出してみると、赤ではなく青のワンポイントの入った半袖を着用している女子生徒がどうしても視界に入る。そういえば名古屋女子武偵高では布面積が少ないものを身に着けている者は勇敢であることの証左であるという話を思い出したが、その理屈で行くと最も勇敢なものは制服はおろか下着すら着用していないのではないだろうか。それは銃弾や刀剣が防げないとかそれ以前に人間としてアウトのような気がするがそれで捕まったという話は自分の知る限り聞かない……名古屋は変態の巣窟なのだろうか。
「適当にハンバーガーでも摘まもうか……」
『ジャンクフードハ体ニ悪影響ヲ与エルゾ』
「うっせ、わかってるっつーの。今日の昼飯はそれで済ませてもいいかと……!?」
背後のホワイトスネイクの方へと振り向いた瞬間『それ』を感覚的に理解してしまい、背筋が凍り付いた。
何者かがこちらを見ている。
視線から敵意や殺意といった悪感情は感じ取れないが、それが尚の事解せない。というのも意図がまるで読めないのだ。監視されるようなことを大っぴらに行ってはいないし、以前自分のバイクに爆弾を仕掛けた襲撃者とも手口が違う。なんというか……何があろうとも手を出す気はなく、ただじっと見ているだけ。不快を通り越して不気味である。
「ホワイトスネイク、俺たちの方を見ている奴はこの近くにいたか?」
『イヤ、ソレラシイ奴ハ近辺ニハイナカッタ……ト、ナルト』
「『鷹の目』の可能性があるか。だが何故俺を?」
鷹の目。確か狙撃科の一年が請ける簡単な依頼という話は耳にしたことはあるが……ああ、そういう。カージャックと同じ手口でバイクに爆弾を付けられた自分は実は自作自演で、本当は犯人ではないか……ざっくり言ってしまえば嫌疑がかかっていると。学生武偵が無傷で切り抜けたのであれば何らかのタネがあると思うのは当然である。誰だって怪しむ。自分も怪しいと思う。
それなら何もせずに堂々とジャンクフードを頬張り、体に穴が開くほど見られる方が都合がいい……本当に風穴を開けられるのは困るが。
とはいえ謎の視線に晒されながら摂るのも精神衛生上よろしくないので店内の奥……それも外からは見えにくい箇所に座ったが、それでも一切途切れることなく視線が追ってくる感覚があるという事は余程優秀な生徒を使っているのか。
ドリンクをストローから吸う瞬間も、ハンバーガーを口に入れて咀嚼する瞬間も、フライドポテトを数本まとめて摘まんで食べている最中もじっくりと見られている。一度見られていると意識してしまうと、どうしてもそこから意識を外すのは難しく、心が落ち着かない。
スーパーマーケットに夕飯の材料を買い込んだり、以前理子に勧められたゲームがあるかどうか確認する為に近所のゲームショップを覗いてみたりしたが……視線は自分に絶え間なく注がれ、寮に戻るまで心休まることはなかった。
これが何日続くのかは読めないが、こうも精神をヤスリで磨り減らすような真似をされては頭がおかしくなりそうだ。一週間……いや、下手をすれば半年や一年……長期で行われるものだとしたら流石にたまったものではない……ストーキングされる側の辛さを身を以って味わうのは今日だけでいい。
あの後一週間程監視されたが、一日目程キッチリ見られているという感覚はなかった……というより自分が視線を察知したのは本当に『一日目』だったのだろうか。自分の与り知らぬ時に既に監視されていたのではないか……そう思うと寒気が止まらない。
ガラス張りの部屋は解放感があるという事で最近は増えているらしいが、一度長い事見られるような経験をするとそうは思えなくなる。ガラス張りの部屋に入っている人間を外側から眺めると、どことなく動物園を彷彿とさせて……結局閉塞感も解放感も程々の方が人間にとっては暮らしやすいのだろう。
――――――この一週間、時たま吹きつける夜風が酷く冷たかったような気がする。
『岸部露伴は動かない』程ではないにしろクッソ不気味な回を一度書いてみたかった。
じゃけん次で原作ほんへに突入しましょうね~