緋弾のアリア 円盤は静かに転輪する 作:新月の時を待つ人
時計の針が12と6を指している。この時間帯に既に日が昇りかけているのを目にすると秋や冬とは違うと嫌でも思い知らされる。
『何故今日ニ限ッテ歩クノカ……』
「バスは人がごった返すからな……」
そうは言うもののホワイトスネイクの表情はいつもと変わらず不気味な顔つきだ。自分がどのような手段で通学しようがどうでもいい、と顔に書いてある。
普段はバスに乗って武偵高に通っているが、たまには歩かないと体によろしくない。本当は朝早く目が覚めてしまったので穏やかな日差しを浴びながら悪くない……そんな気まぐれを起こしただけで特に深い意味はない。意味はないが、何となく長い距離を歩きたくなるような気分になることは誰にだってあるはずだし、自分の場合は今日がたまたまその日だったというだけだ。
梅や桃の花が散り、桜の蕾がぽつぽつと花開く時期か。一年過ぎるのは本当にあっという間で、去年の春にバイクを吹っ飛ばされそうになったのが昨日のことのようだ。三月上旬に犯人が逮捕されたという話を聞いたが、どうにも胡散臭く……唐突だ。陰謀論を好むわけではないがこの事件の裏には何者かの悪意と企みの臭いがする。
仮にその人物が真犯人であればよい。自分の心配事が一つ減る。だがそうでないのであれば……今年は間違いなく一波乱ありそうだ。
「……では新学期も一層勉学に励んでください」
『オイ! モウ終ワッタゾ!』
自分としては珍しく居眠りをしていたらしい。ホワイトスネイクの声が耳元で聞こえてきたからかなり驚いた。
どうやら始業式特有の校長先生の長ったらしい話が漸く終わったらしい。あの……何だったかな……そうだ、緑松校長だ。あの人の話はいつの間にか始まり、いつの間にか終わっているからついつい瞼が重くなってしまう。
……あの校長、実は新手のスタンド使いじゃないのか? 校長を筆頭に危険人物が揃っているのは教師陣もだが、うちの生徒も生徒だ。本当に人間なのか疑わしくなるような超人的技能を持つ者は少なくはない……寧ろ多い。
強襲科のイケメン王子。狙撃科の麒麟児。乗り物と名のつく物であれば何でも操縦する自信のある身長190センチ超えの車輛科のオープンスケベ。生徒会長とバレーボール部員を兼任しているSSRの秘蔵っ子。装備科のやべーやつ。現代の情報怪盗……とまあ同学年だけ羅列してもざっとこれだけいるのだ。しかもどいつもこいつも癖がありすぎて実は全員スタンド使いではなかろうか、と疑心暗鬼に陥った時期もある(そうでなかったので安心したが)スタンド使いは往々にして外見、性格、技術、生まれ育ち、ファッションセンス……何らかの尖った部分を持っている傾向があるので疑いの目を向けるなという方が無理があるというか……本当は見えていないふりをしているのではなかろうか。
ぞろぞろと今年のクラスに入っていく生徒たち。自分は2‐Aの机に腰かけて最初のホームルームが始まるのを待つ。
「おーっす掟造! おまえも俺と同じクラスか! ……キンジはまだ来てねぇのか?」
……先程脳裏でこいつの事を少しでも考えたから湧いてきたのだろうか。車輛科の巨人のお出ましである。自分よりも一回りデカい背丈に遠目から見ても判別可能なツンツンヘアー、隙あらばグラビア本をおっぴろげにしている男……武藤剛気である。依頼で遠出を行う際によく『アシ』になってもらう事もあり面識がある。悪いやつではないが……偶に異様なまでのハイテンションで絡んで来るので少々鬱陶しい。
「らしいな。俺らとキンジは同じクラスだったか?」
クラス分けの名簿を見たが、
アイツの場合、世話を焼いてくれる女房(のようなもの)がいる。あまり役目を奪ってしまうのも申し訳ないので自由にさせているとはいえ……無理にでも朝早く起こしてくるべきだったか。
「はっ、はっ、はあ……まだホームルームは始まってない……よな?」
「随分と息が上がってるじゃねーの……始業式は終わっちまったがホームルームは余裕で間に合ってるぜ」
そうか、と息を整えながら淡泊な反応をした目の前の男が少し前から自分と同じ部屋で暮らしている同居人の遠山キンジである。念願のルームメイトだが、初めて入寮してきた時のキンジの表情が全てを投げ打ってしまいたいと言わんばかりだったのであまりはしゃげなかったのは残念だった……
それはそうとキンジは始業式を更けてまで有酸素運動を行いたがる性分ではなかったような気もするが……同室になって数か月程度ではあるが、彼の人となりは凡そ把握している。
強襲科から自分と同じ探偵科に転科してからというものの、大分覇気がなくなってしまった。正確には諦観か。やはり去年の冬のあの海難事故が未だに尾を引いているのだろうか。その件に関しては間違いなくキンジは『不幸』であったし、負の方向へ心境の変化があるのは当然であり、何らおかしくはないだろう。
「はーい、それでは二年生初めてのホームルームをはじめますよー」
うちのクラスの担任は高天原先生か……普段から探偵科の講義でお世話になっているが今年はクラス担任か。暴力・暴力・暴力がモットーの武偵校にいるのが不思議な程の温和加減から武偵校の良心と呼ばれてはいるが、話に聞いたところ昔はかなり鳴らしていたらしい。そもそもあの
それにしてもええ声やこれは……声質ではなく喋り口調も大分気を遣って喋ってらっしゃる……これから殺す相手に対して敢えて優しげに喋っている、という考えが少しでも脳裏をよぎったら小便ちびりそうになるが。
「早速ですが……去年の三学期に転入してきたカワイイ子に自己紹介してもらっちゃいます!」
教室内がざわつく。そりゃそうだ、転入生と言われて盛り上がらないわけがない。もし盛り上がらない奴がいたらそいつは間違いなく自分以外の存在に興味がない。流石にこれは極論かもしれないが無関心であることは間違いない。
2‐Aには良くも悪くもそのような奇特な人種はいないらしい。自分もどのような人物が来るのかなり楽しみだ。
「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」
初っ端から随分と飛ばしますなあ。キンジの隣、現在武藤が座っている席を指差し、替わってくれときたか。その上どういう訳か見覚えのあるキンジのベルトを投げ渡しているし。おっと、ナイスキャッチ……周囲もざわめきだって不潔だ昼行灯だとキンジに対しての罵倒が飛び交う。当のキンジは顔を机に伏せて隠しているし、武藤は武藤で嬉々として席を変わろうと天を突く勢いで腕を伸ばしている。高天原先生もあらあらうふふみたいなこと言って許可を出して……あーもう(朝のホームルームが)めちゃくちゃだよ、どうしてくれんのこれ?
「理子わかった! わかっちゃった!」
何を理解したんですかね? 理子は武偵としての能力は頭一つ抜けているだろう。探偵科Aランクというのが何よりの証左であり、地頭も決して悪い方ではない。しかし普段はおバカワイイ(死語)が頭のいい要素を霧消させ、帳消しにしている。
果たしてあれが理子の素なのか演技として作っているのかは知った事ではないが……まあ大体7:3の割合で素だと見積もっている。
直後、理子がキンジと緋色のツインテールの転校生(神崎・H・アリアというらしい)が仲がいい(意味深)という旨の推理をしたせいで教室に二つの穴が空いた。新学期初っ端から発砲とは穏やかではない……バカ騒ぎが静かになったのはいいが、彼女がここまでプッツン系だとは思わなんだ。武偵校では銃撃斬撃は日常茶飯事……とはいえ自己紹介の時点でここまでやるか。
「今日は酷い目に遭ったみたいだなキンジ? 新学年初っ端からよくわからんのに絡まれて災難だったな?」
「少しでもそう思うなら助けろよ……朝早くここを出るならついでに起こしてくれても良かっただろ」
何が悲しくて自分のルームメイトの世話をしに朝一番から足しげく通ってくる健気な幼馴染との逢瀬を邪魔しなければいけないのか。死ぬにしたって馬に蹴られて死ぬようなマヌケな死に方はごめんだ。詳しい経緯はまだ聞いていないがキンジが朝乗っていった自転車が木っ端微塵になったのは同情する……しばらくバイクの後ろに乗せていってやろうか。ちょっとだけ料金とるけど。
「今度その機会があればな。それより夕飯どうする? 雑に冷食でも食っておくか?」
夕陽がのぞくベランダ窓とソファーにどっかり腰を沈めたキンジを横目に今日の夕食について相談をする。
キンジが来る前は適当にやっていたが、共同生活になった以上はそうもいかない。キンジは背中越しにお前に任せる、と返したのでカレーにしようか。さて、カレーにしてもレトルトカレーにするか、一から作るか……悩むな。ある有名な闇医者はボンカレーはどう作ってもうまいという言葉を残している。
実際ボンカレーのボンはフランス語のbon(優れた・おいしい)が由来になっている。マズかったら詐欺もいいところだ。冷蔵庫の中にまともな材料がなければその偉大なる先人の遺した言葉通りにするとしよう。
ピンポーン、と聞きなれた我が家(寮だけど)のチャイムが鳴った。星伽さんが来るような時間だったかな、と思いながらドアを開けるとそこには――――
「ここがキンジの部屋……ってアンタ、確か……」
「如月掟造だ、以後お見知りおきを。キンジに用か?」
どう見ても旅行用だと思しき小洒落たストライプ柄のトランクを持ったツインテールのちっこい生物がいた。キンジの部屋ではなく正確にはキンジと俺の部屋だが、彼女……神崎・H・アリアはどうやらキンジに用があってここを訪れたようだ。朝の銃撃を謝罪する為にわざわざ来たのであれば夕食の一つや二つ出すくらいはしよう。レトルトカレーだが。
「そうよ。あ、そのトランク部屋に運んどいて。アンタも関係ある話だから」
自分とキンジの共通点……同じクラスだから懇談会でも開こうというハラか。……冗談でもありえないだろう。彼女は朝の素行を見た感じそこまで社交的ではないように見えたし、トランクを持ってくるという事はここに泊りがけで何かをしようとしている。当然ながら男子寮、しかも野郎二人しかいない何の変哲もない部屋にパジャマパーティーをする為に来たという訳ではあるまい。
……本当にパジャマパーティーするつもりだったらバレないようにホワイトスネイクで記憶のDISC引っこ抜いて外にほっぽりだす。キンジが露骨に嫌そうな顔で彼女を見ているし。ルームメイトの平穏を守るのも友人の務めだ。
「キンジ、ついでに掟造。アンタらあたしのドレイになりなさい!」
リビングの奥まで勢いよく足を進めたかと思うと爆弾発言をぶっ放してきた。
ちょっ……と何を言っているのか理解不能ですね……自分の単語辞典の中では『奴隷』は古代より様々な用途で使用され、売買されて社会の主な労働力として使用される存在であり、地域や時代によって差はあるが基本的には自由はない。
総じて奴隷という単語の持つ意味合いとしては『人間としての自由・権利・名誉を認められず、他人の所有物として取り扱われる人』である。少なくとも現代で一般的な感性を持っていれば他人に『ドレイになれ』などと口が裂けても言えないし、まず口に出さない。
「神崎さん。いきなり『ドレイになりなさい!』なんてスゴまれてもよぉ~っ、話の筋がワカらん……キンジはともかく俺がなんで奴隷にならにゃあいかん?」
「おい、さっき助けるって言ってたよな?」
自分のできる範囲で助けるつもりだが……この程度で助けてくれなどと抜かしていたらキンジも自分も身が持たない。
だがまあ、キンジだけに任せていたら絶対に話が拗れて収集が付かなくなりそうだ……いくら部屋のものの大半が防弾仕様とはいえ部屋の掃除が面倒になるのは困る。
「アリアでいいわ。それよりさっさと飲み物くらい出しなさい!」
「おお、そうだそうだ。茶のひとつも出さないのはイカンな……何になさいますかお嬢様?」
「へえ……少しはわかってるじゃない掟造。じゃあコーヒーのエスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 一分以内! キンジはさっさと『松本屋のももまん』を買ってくる! 確かこの近くにあったはずよ」
ドッピオ……おお、ドッピオ……アリアはコーヒー派か……
「コーヒーは切らしてるんで緑茶で」
やはり饅頭を食べるときは茶に限る。そしてキビ砂糖はうちにはないし、ルンゴを一分でお出しするのは不可能ですお嬢様。……本当に身の回りの世話をする小間使いが欲しかったのだろうか。アリアは先ほどまでキンジの座っていたソファーに体を埋めている。男臭さとか気にしないのだろうか。気にするのかもしれないが、彼女が付けているクチナシの香りが打ち消しているから問題ないとでもいうつもりか?
キンジが買ってきたももまんを皿に出し、アツアツの緑茶をテーブルに置いた瞬間、天辺の方にあった筈のももまんがいつの間にか数個消えていたのは驚いたが、どうやらおもてなしは成功したらしい。
しかし饅頭ひとつ出すのに何故ここまで神経をすり減らす必要があるのか……舌鼓を打っている姿は愛玩動物そのものだが、流石にライオンと一緒に食事をして和むという人間は少数派だろう。
……山のようにあったももまんが既に半分ほど消えている!? あの体の何処に入っているのだろうか。キンジはキンジで元々悪い目つきを更に悪くして「さっさと帰れ」コールを懸命に送っているが、当のアリアはどこ吹く風でまた一つももまんを平らげていた。
「というかな、さっき掟造も言っていたがドレイって何なんだよ。どういう意味だ」
このぶっ飛んだ展開から理子の持っているようなギャルゲーに出てくるようなピンクな意味合いかもしれない。アイツは純愛ゲー好きなのでそういったハードというか……えげつないのは嫌いらしいが。
「強襲科で私と一緒にパーティーを組んで武偵活動をするの。これならわかるでしょ?」
アリアは両手を挙げて首を振る所詮「やれやれ」の動作をしながら漸くまともな説明をした。最初からそう言えばよいものを……キンジが本当に表に言えないような意味の奴隷にされるかと肝が冷えた。
「別に俺は構わないが……アリアのお目当てはキンジだろ? 悪いが説得に手を貸すつもりはないぞ?」
「貸すの」
「嫌だね」
「おいお前ら、俺を置いてけぼりにして話を進めるな! だいたいなあ……そもそも俺は武偵自体やめるつもりなんだよ。あんなところに戻って活動するなんてムリだ! 俺にできるわけがないッ!」
……果たしてそうだろうか。一度はSランクをマークしているのだから不可能であるというのは言い訳に過ぎないようにも聞こえる。キンジ本人が渋っている以上、本来の実力を出すかどうかは怪しいが。
「『ムリ』『疲れた』『メンドー臭い』この三つは人間の可能性を押し留める……私の前では二度と言わない事。いいわね?」
静かな語調だが反論を許さない力強さがあった。外見こそ子供らしいが、彼女の人生哲学は成熟して重みがあった。とてもじゃないが『無駄』であれば言っても構わないか? などと茶化した事を聞く気にはならなかった。……事実アリアは本当にそうしてきたのだろう。だからこそ強襲科Sランクという結果を出している。
そこからのアリアの行動は速かった。何が何でも嫌だと断るキンジに対し、トランクを開いてお泊りの構え。……この男子寮には個人の私物を置いておく小部屋が四つあるが、キンジが来てからは専ら亀はそこで飼っている。もしそれが無かったらキンジもアリアも部屋から蹴り出すところだ。
……ただ、キンジは何が何でも戻りたくないと意地を張ったせいでアリアに『おしおき』と称して締め出されてしまったが。あまりにも不憫なので出ていく際に無理矢理万札を三枚ポケットに突っ込んでやった。
キンジは『後で返す』と言ったので自分は別に返さなくてもいい旨を伝えたが、それでも返さないと俺の気が済まない、と一歩も譲らなかった。……義理堅い友人を得ることが出来て自分は本当に幸せだ。
だが追い出される程に意地を張るのは止めていただきたい……お陰で
「ふんふふんふ~ん、るんるる~ん」
あろうことか!『男子寮』で『女子生徒』が湯浴みをしている! 今朝の自分に『今夜、お前の部屋で美少女が風呂に入ることになるぞ』などと言ってもまあ信じないだろう。今もこの現実を直視したくない。だが、楽しげな鼻歌と艶めかしいというには少々幼げな水音が珍妙な事態が起こっている事を裏付け、自分は現在進行形で武偵殺しに命を狙われる以上にハードな状況に身を置くことになっている。
「おいアリアさんよぉ~っ、外聞がヤバいからそろそろ上がってくれるとありがたいんだが……」
もし自分が顰蹙を買わずに風呂に入っている人間を追い出せるスタンドがあれば喜んで使うがそんなものは残念ながらない。こんなことが外に漏れたら社会的に死んでしまう。キンジには早急に戻ってもらわなくては……
『ヤレヤレダナ、掟造』
本当だよチクショウ。
原作一巻のアリア「キンジ。あんた、あたしのドレイになりなさい!」
AAのアリア「あんた(あかり)の長所一個見つけたわ いい子ねあんた」
……幾らキンジとあかりで場面や視点に差があるとはいえ別人すぎてこれもうわかんねぇな?