追記
※主人公の独白の部分を大幅に削除しました。
人には運命というものがあるらしい。
絶対に逆らうことの出来ない、天によって定められた指針。人皆それを『運命』と呼ぶ。
『運命』なんて下らない、なんて思う人もいるだろう。そんなのは只の確率論の空想であると。
俺もそう思う。いや、そう思っていた。
けれど、人には絶対に逆らう事の出来ない流れがあるのだ。俺は、それを身をもって学んだ。
そして俺の運命は、手元にあるこの薄っぺらいコピー用紙によって定められた。
『人理継続保障機関 フィニス・カルデアへの調査を命じる』
フィニス・カルデアって何処?南極?…左遷ですね、わかります。
_____________________
–––––国際連合本部・某所
白い無機質な廊下をコツコツと音を鳴らして歩く。通り過ぎる人たちは皆自身の顔を見るなり頭を下げ道を開ける。
右手を上げてそう言った人々に返しつつ、目的の部屋へと向かう。
静脈、指紋、虹彩。ありと凡ゆるセキュリティチェックを潜り抜け、国連本部の中でも格段にセキュリティレベルの高い区画に入る。
なかでも特に重厚な灰色の扉、そこに掛けられたコルクボードには安っぽいマーカーで『機密情報取扱に付き、無断入室厳禁』と銘打たれている。
そこを三度ノックし、返事を待たずに扉を開ける。
「やぁ、マイフレンド。今日も元気かい?」
ーーーー何の用ですか、局長?今見ての通り、すっごい忙しいんですが。
部屋の中は大量の紙と何台も折り重なったpc本体によって圧迫され、足の踏み場もない状態だ。
そんな惨状の中、かろうじて事務机と判断できる場所から紙束を押しのけて、若いゾンビ––––もちろん生きている–––が顔を出す。
肌色は健康的だが、目の下には真っ黒な隈が落ちない汚れのようにこびりついている。うん、変わりないようだ。
「うん、元気そうだね」
ーーーー元気そうに見えるのなら眼科、もしくは精神科を受診する事をお勧めしますよ。
そのゾンビは頭を掻くと、大量の書類を『処理済み』と銘打たれた箱に放り込んでいく。
その後、据付のパネルを操作し、中の書類を燃やしていく。
慣れた手つきでもやしているそれだが、その一枚一枚には国家を揺るがしかねない情報が盛り込まれている。米や露、中と言った大国の政治的重鎮のスキャンダル、大国で開発が進められている戦略兵器や各国に潜入しているスパイの家族構成など、上げれば枚挙に暇がない。
「この部屋、もう少し片付けたらどうだい?」
ーーーー多少散らばっている方が侵入者も目当ての情報を抜き取りにくいんです。防犯上仕方のない事ですね。
「国際連合本部に乗り込んでくる阿呆はいないと思うけどね」
ーーーーそれは楽観的思考ですよ、局長。
積まれていた書類を終えたのか、目元を抑えふぅと息を吐く。タイミングは完璧だった様だ。
「さて、書類は一通り終わったようだね。良かった良かった」
ーーーー…丁度良いタイミングを見計らって来た癖に。
まるで悪魔を見るかの様な視線を向けてくる。視線で人が殺せるのであれば、私はきっと死んでいるだろう目力だ。
「何か言ったかい?」
ーーーーなにも。…で、何かあるんでしょう?
確信を持っているかのような口調で切り出す。
「なんでそう思うんだい?」
ーーーー局長がこんなくんだりまで来るんです。記録にも残したくない程の案件を持ち込んできたんでしょう?
心底嫌そうな顔を浮かべて宣う彼に対し、私は口元が釣り上がるのを抑えるのに必死になっていた。
…やはり、彼は優秀だ。こちらの態度から何かある事を即座に見抜き、それが自分にとって『良い事』か『悪い事』かを即座に判断できる。
そして彼は、自分にとって『悪い事』と判断した。うん、やっぱり優秀だ。
「うん。君には出張に行って貰おうと思ってね」
ーーーー…出張ですか。何処に?
「所で君、『2016年が無くなっている』事は知っているかい?」
最近様々な情報番組で多く取り上げられている話題、それは、「西暦2016年が消失している」というものだ。様々な天文学者、歴史家等がワイドショーで集められ、毎日の様に熱い論争が繰り広げられている。
ーーーーえぇ、知っていますよ。なんでも、暦上だと今は2017年とか。でも、そんなの眉唾なんじゃないんですか?
彼はそんな事はあり得ないと断じる。確かに、そんな事は通常あり得ないだろう。一晩眠っただけで一年経過するなんて、まるでハリウッドのSF映画だ。
私も事実を知らなければ、彼と同じ反応を取った筈だ。
「あれね、事実なんだ」
ーーーー…はぁ?
胡散臭げに声を上げる彼の顔には軽蔑の表情が浮かんでいる。合理的な彼だからこその反応ともいえるが、これは少し堪える。
「因みにだけど、国際連合の組織の中に『人理継続保障機関 フィニス・カルデア』というものがあるのは知っているかい?」
ーーーーフィニス・カルデアですか…。
顎に手を当て、思考を張り巡らせている。一瞬の逡巡の後、口を開く。
ーーーー少し小耳に挟んだ事があります。なんでも我々人類、霊長の世の繁栄を観測する機関だとか。
「その通り、流石だね。けど、その情報は機密レベル5だからね」
ーーーー藪蛇だったかぁ…。
国際連合では極めて厳格に情報レベルが設定されている。一職員が閲覧できる物から、幹部レベルでも閲覧する事が出来ない物まで。
機密レベル5はその最高ランクに位置する『世界存続に関わる情報』だ。勿論、彼がそれを手に入れる事は出来ない。
やれやれ、有能すぎるのも考えものだな…。
–––––––––だが、その能力がなければあの魔境に行くことなど任せられない。
「そのフィニス・カルデアなんだが…。君、魔術を信じるかい?」
ーーーー……。
無言で携帯端末を操作し、耳元に端末を当てる。
「ん?どうかしたかい?」
ーーーー今当番の医者を呼びつけていますので、そこで待っていて下さい。
「君酷いな⁉︎」
狂人を見るような目で端末を操作する彼だが、どうやら本気で連絡する気らしい。…やれやれ、困ったものだ。
「…………そう言えば、最近米国のISの殲滅作戦について調査が決まったな。誰を推薦するべきか…」
ーーーーいやぁやっぱり人を狂人扱いなんてどうかしてますよねわかりますだから戦時派遣だけは勘弁してくださいお願いします。
「ふむ?まぁいいだろう。話を続けても?」
ーーーーYes sir!
直立姿勢を維持する彼に笑みを浮かべる。そうそう、それで良い。
「まず前提としてだが、魔術と言うものは存在している。時たま報告書に上がってくる常識では測れない様な事件は全てそれらが関わってくると言っていい」
ーーーー…はぁ、成る程。
顎に手を当てている。おそらく、そういった出来事に覚えがあるのだろう。
「そして今言ったカルデアと言うのは、我々国際連合が初めて……いや、二番目に設立した魔術組織なんだよ」
ーーーー………なるほど。
「そして驚くなよ?なんと、そのカルデアは世界を救ったんだ!今世界で騒がれている2016年消失騒動は、このカルデアが世界を救ったから発生したんだよ」
ーーーー……………ナルホド。
「しかし、だ。いくら輝かしい功績を残したと結論が証明しても、過程がどうであったか我々は知り得ていない。情報が堰き止められているからね」
国際連合が合同で作った魔術組織とは言え、幾らかの情報アドバンテージは向こう側に存在している。
「そこで、だ。我々国際連合からも調査官を派遣する運びとなった」
ーーーー…それが私である、と?
「その通り。引き受けてくれるね?」
ーーーー……分かりました。全力を尽くします。
了承の旨を私に告げると「準備がありますので、一度失礼します。日程等決まりましたら、いつもの所にお願いします」と言い、一礼して早足で退出して行った。相変わらず生真面目な事だ。
「……頼むぞ、君にしか頼めない事なんだ」
誰もいなくなった部屋で呟く。今回の派遣は極めて異例の事だ、なにせ、現代魔術の結晶であるカルデアに只の一般人を調査官として派遣しようとしているのだから。
だが、彼ならばきっと役割を果たしてくれるはずだ。私はそれを期待、いや、確信している。
「さて、私も仕事に戻るとしよう」
紙とデータに囲まれた部屋から出る。さぁ、仕事を始めよう。
________________________
「国連から、極秘に使者が来る?」
「しっ。声が大きいって」
人理継続保障機関 フィニス・カルデアの内部。その廊下の端で二人の職員が話し込んでいる。話題はもっぱらここを訪れにくる調査官についてだ。
「極秘って事は、魔術協会にも連絡が行ってないって事か」
「恐らくな。クソッ!もうすぐ協会からも査察が入るってのに…」
つい先日、国際連合本部から人理保証機関 フィニス・カルデアへ一通のメールが届いた。これを要約すると、「どの様な状況で世界を救ったのかを詳しく知りたいので調査官を其方に派遣する」という事だった。
もちろん、この言葉をそのまま鵜呑みにする様な職員はここにはいない。ここに査察官を派遣し、ある事ない事書き連ねて人事を再編成し、息のかかった職員をここに送ろうという魂胆はこの事実を知った職員の全員が感じた事だ。
「それで?一体どんな大層な査察団が来るんだ?」
「…いや、それがな。妙なんだよ」
「は?何が妙なんだよ?」
急に神妙な顔になり、悩ましい表情を浮かべる。しかしそれも直ぐに辞めて口を開く。
「国連から派遣される予定の調査官は、たった一人なんだ」
「はぁ?一人?」
そういうと手元の端末を操作し、実際に送られてきたメールと入館の申請書類を見せてくる。そこには確かに、東洋人の名前が一人書かれているだけで、他には誰一人として申請欄に名前が載っていない。
「……確かに、妙だな」
「だろ?他にも可笑しな点がいくつかあるんだが…」
「君たち、こんな所で立ち話かい?」
更に端末を操作しようとした時、二人の間に絶世の美女とも言うべき女性が声をかける。
「ダヴィンチ所長代理⁉︎いえ、これは…」
「大丈夫さ、私は何も聞いていないからね。ほら、まだノルマが残っている筈だよ」
ダヴィンチと呼ばれた女性の「さぁ、行った行った」との言葉でそそくさと二人の職員がその場を後にする。廊下で一人ポツンと立つ彼女は司令室へ向かう最中、先程の彼らの会話の話題について思いを馳せる。
(カルデアという巨大組織を査察する為に派遣する人員はたったの一人。余程優秀なのか、それともまじめに調べる気が無いのか)
コツコツと無機質な音が響く中、どんどん思考を深く潜らせていく。
(国連側に伝えられてなかった筈の時計塔からの査察に合わせたかの様な日程…、果たして偶然か?それとも、魔術協会の中に『鈴付き』がいるのか…)
人が見れば100人中100人が美しいというであろう彼女『レオナルド・ダ・ヴィンチ』。かつては万能の人とまで言われた天才は、勿論謀にも長けている。しかし、そんな彼女でさえも今回の査察の意味を測りかねていた。
(今回派遣される彼、調べてみたが経歴はその全てが偽装工作を匂わせる程の平凡。国連の正規のデータベースにも手を入れたがほぼ同じ内容、まるで尻尾が見えない。となると…)
ここで彼女は一つの仮定を導き出す。それは、国際連合の根幹に関わるある組織の事だ。
(国際連合の『情報統轄部』が動いてる…?)
所属員不明、目的不明、規模不明の諜報組織。ただ確実に存在し、世界の凡ゆる情報を把握し統括するとまで言われている。
つい10年程前まで腐敗に腐敗を重ね、本来の役割を見失っていた国際連合という組織の黒い部分をスキャンダルや『事故』で根刮ぎ飛ばし、世界の均衡を保つ機関として再構成したと言わしめている組織。
今回の査察にはその組織から派遣されるという可能性が今のところ一番高い、と当たりを付ける。
「…全く、いい度胸じゃないか」
相手が誰であれ、此処を食い散らかす奴なら容赦はしない。
此処はなんとしても守る。
それが、『彼』の願いでもあるのだから。
__________________
…で、冒頭にいたる。いやぁ、運命って怖い。
もっとも、何よりも怖いのはあの局長だけど。規模3000人相当の巨大施設の調査官が俺だけってアホかと言いたい。…言ったら戦時派遣されるから絶対言わないけど。
あれからカルデアについて色々と調べたが、カルデアとはなんでも国際連合と『魔術協会』なる法人との合同で『南極』に作られた組織らしい。
………なんで南極にそんなもん作ったんだよ。南極ってさまざまな条約で利権関係が雁字搦めに固められた土地だよ?なんでそんなもん作れたの?
わからん。南極にカルデアを作った理由もわからんし、何を目的に運用しているのかもわからん。わからない事だらけの組織だな。
もし実態の無い組織だったら迅速かつ確実に解散まで追い込んでやる。もうすぐ年末が始まって仕事が増え始める時期なのに出張とか冗談じゃない。
…あっ、迎えの飛行機が来た。よし、さっさと行って、さっさと帰ってこよう。
……えっ?機密調査故南極に入り次第パラ降下?その後は徒歩で施設まで移動?帰りは資材運送機に紛れる?
……ハハッ、御冗談を。私、只の国連調査官ですよ?パラ降下とか得意じゃ無いですし、南極を一人で行軍とか無理ですから。全く、やめて下さいよ心臓に悪い…。
あっ、局長からの命令ですか。はい、りょうかいです。ぜんぜんだいじょうぶです、もーまんたいです。
あっ、カイロくれるんですか?ありがとうございます、とても助かります。
……辛い。だれか、助けてぇ…!