調査官、カルデアに赴く 改訂版   作:あーけろん

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前作とは色々と設定が異なりますが、そこはご了承下さい。

活動報告にて調査官の改訂版について言及したので、読んでもらえると幸いです。


人類最後の砦/万能の人

––––––––南極大陸 某所

 

 

 

 

ーーーー…いやぁ、それにしてもとてつもない規模の組織だな。

 

 

サクッ、と氷に鉄がしっかり刺さった音を確認し一歩一歩踏みしめるように歩く。

足の裏をザラザラとした感触が走るのを感じつつ、またストックを氷へと突き刺す。

 

 

ーーーー年間予算1000億、所属員総勢3000越。主だった設備は国際連合が仲介したアメリカ軍海兵隊が設営し、電力はフランス製の大型原子力発電機一基で賄っている、と。

 

 

現在の装備はいいところ日本最高峰の山を登るのに適した装備。

南極に位置する標高5000mの山を踏破するには不足していると言わざるを得ない。

日本の自衛隊特戦群で研修を積んでなかったらとっくに死んでるわ。

 

 

ーーーー付属組織には海洋油田基地セラフィックス、か。あのとんでも油田基地、どこ管轄かと思ったらカルデアだったのか…。

 

海洋油田基地セラフィックス。

やたらと大規模かつ意図不明な施設が山程あった施設。

三ヶ月ほど前に局長に突然飛ばされ、色々なゴタゴタの結果上層部三名を僻地へとぶっ飛ばした記憶がある。

 

……あるぇ?三ヶ月前の出来事なのに記憶が曖昧だぞぅ?

 

 

ーーーーにしたって、本当融通の効かない組織だよな。国際連合って。

 

 

吹雪が肌を刺す中、左手の端末からカルデアの基礎情報を頭にインプットする。

局長から与えられたレベル5のアクセス権限の期間は先刻から5時間程度、歩きながらでも見なければとてもじゃないが間に合わない。

国際連合マジでブラック過ぎる。

 

 

ーーーー目的地まで残り500m…。ざっと2時間程度か。

 

 

ここまでの組織をなぜ南極に作ったのか、大規模な組織をどうやって隠し通してきたのか。今回の調査はあまりに情報が少なすぎる。

ただ一つ分かるとすれば、俺みたいな中間管理職風情では到底測ることの出来ない事態が起こっている事だけだ。

 

 

ーーーーパラ降下から早5時間程度…。あれ?なんで俺こんな事やってるんだっけ…?

 

 

自分が南極を一人で行軍してるのかそろそろ疑問に思い始めた。

吹雪が顔に当たるたびに激痛が走るし、気を抜くと真っ逆さまに天国まで落ちそうだ。

やっぱりウチの局長ってとんでもない悪人じゃないだろうか。一人で南極にパラ降下とか普通に頭おかしいだろ。

 

 

ーーーー…行くかぁ。目的地はまだ先だ。

 

 

帰ったら局長に一言文句を言ってやる。そう心に誓い再び足を前へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

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–––––––フィニス・カルデア 電算室

 

 

 

「…今日だったか、国際連合から調査官がくるのは」

 

「あぁ。今現在単独でここに向かってるらしい」

 

 

電子音が響く大部屋。10数名程の職員が集うここは、カルデアにおいて最重要地点に位置される演算室。

有志の英霊達の助力を得て世界最高峰の情報処理場へと進化した場所だ。

 

「単独?ってことは小型機(セスナ機)って事か?」

 

「いや、パラ降下した後陸路だってさ」

 

「…はぁ?」

 

 

カルデアに関するあらゆる演算を行い、特異点修復においてもっとも重要とされる軸固定を行う部屋。

原子炉からなる膨大な電力を消費して運用される此処は世界でも有数、最高峰の演算拠点として運用されている。

 

 

「パラ降下の後氷山を登るって…、冗談だろ?」

 

「俺も冗談だと思いたいさ。けど、実際にビーコンはこっちに向かって動いている」

 

 

本人を示す緑色のビーコンは徐々にだが、着実にカルデアへと向かっている。

今の天候は年間でも三本指に入る悪天候、その中をパラ降下した後陸路など正気の沙汰とは思えない。

 

 

「……信じられねぇ。一体何者なんだ?」

 

「それがさっぱりわからないんだ。見ろよ、このプロフィール。如何にもって感じだろ?」

 

 

国際連合から渡された調査官の個人情報には、一切の特出事項が含まれていない。

日本の一般家庭に生を受け、普通に学校に行き、国際連合に入局したと記録してある。

来歴を文章にすると原稿用紙一枚にも満たないだろう。

 

 

「明らかに偽装工作だろ。本当に国連からの調査官なのか?」

 

「……友人に聞いた話によると、この前のセラフィックスの大規模な人事異動、あれを指導した奴らしいぞ」

 

「は⁉︎セラフィックスの人事異動ってあれだろ?所長と副所長、あと秘書も飛ばしたって言う」

 

 

––––––海洋油田基地 セラフィックス

 

アニムスフィア家が所有している油田基地。

フィニスカルデアの運転資金を確保すると同時に、大規模な魔術工房として運用されている巨大施設。

もっとも魔術工房としての役割は既に放棄され、残っているのは油田基地としての役割だけだが。

 

 

「それだよ。人事の裁量権はカルデアにあった筈だったんだが、気がついたら上が総取っ替えになったんだよ」

 

「国際連合が人事に関与したって事か?こっちになんの許可もなく?」

 

 

飛ばされた内一人は南米の奥地にある観測所で蒸し焼き、一人はロンドンで書類塗れ、最後の一人は北極で熊と戯れている。

国際連合本部は『栄転』と宣っているが、何処をどうとっても左遷だ。

 

 

「向こうの連中は『引き抜き』って言い張ってるけどな。事実、その3人から異動願いも出てたし」

 

「……そこが見えないな」

 

 

なにかしら弱みを握ったとしか思えない異動願い。

しかし、それには不明な点がいくつか含まれている。

 

 

「けど、セラフィックスの上層部にはカルデアの人員がそのまま置かれたんだろ?」

 

「そこが妙なんだよ。鈴をつけるために上を抜いたかと思ったんだが、それ以降連中はなんの干渉もして来ないんだ」

 

「うーん、動きがさっぱり読めない」

 

「結局の所、下々が上の動きを読むのは不可能って事だな」

 

 

バスケットからサンドイッチを手に取り一口食べる。

シャキシャキと瑞々しいレタスと肉厚なハムがソースの上でハーモニーを奏でるのを楽しみつつ、二口三口と続けて頬張る。

 

 

『間も無く調査官が到着します。担当の職員は所定の位置までついてください』

 

 

昼食を食べていた矢先、オペレーターからのアナウンスが流れる。

 

 

「……うん?早くないか?さっき見たビーコンだとまだ…」

 

「おい、冗談だろ。こいつ、とんでもない速度で登ってきてるぞ!」

 

 

点滅する光は先程とは打って変わって凄まじい速度で上昇している。

聖堂協会の代行者もかくやの速度だ。勿論、ただの一般人が出せる速さではない。

 

 

「所長代理にデータを出しておいてくれ。あと、諜報部に一層の調査の依頼を」

 

「あぁ。……これは、ひと嵐来そうだな」

 

 

電算室から出て直ぐ見える壮絶な吹雪は、カルデアの未来を暗示しているかの思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『生体認証の結果、貴方を霊長の一員と認めます。ようこそ、人類最後の要塞へ』

 

 

ーーーー随分物騒なアナウンスだな、おい。

 

 

吹雪を超えてたどり着いた此処は、ある種別世界のように思えた。

廊下には錆びは愚か、埃すら見当たらない。暖かな風が出入り口にも行き届き、空調が整備されていることがうかがえる。

強ち要塞というのは間違ってないのかもしれない。

 

ーーーー南極大陸にこれだけの施設を作って運用するとはね。恐れ入るよ全く。

 

「お褒めに預かり光栄だよ。国連の使者君?」

 

 

絶世の美女とも言える女性が、薄幸の少女を連れ添って現れる。下世話な話だが、顔面接でもしているのかと疑う程の美女だ。

これが仕事じゃ無ければ是非ともお近づきになりたいとも思える。

最も、既にお手つき(・・・・)の可能性の方が高いが。

 

 

ーーーーこれは失礼しました。

 

「いや良いよ。此処が金食い虫であることは自覚してるからね」

 

 

肩をすくめて戯ける様に笑う女性。

 

 

ーーーー…と、言いますと?

 

「初めまして。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、此処で所長代理を務めているよ」

 

 

…………はて。俺は今世界史の授業を受けていたかな?随分聞き慣れた偉人の名前が出てきたんだが。

 

 

ーーーーレオナルド・ダ・ヴィンチです、か。それで、そちらの方は?

 

「私はマシュ・キリエライトと申します。今は此処でオペレーターを兼任しています」

 

 

頭を下げる桃色の髪の少女。幼いと言うより、儚いという印象を受ける。

…失礼な話だが、20代にはとても見えない。此処は高校卒業程度の学歴で入れる所ではないはずだ。

飛び級か裏口のどちらとは思うが…。

 

 

 

ーーーー紹介感謝します。私は仙道、国際連合の末端に所属している調査官です。

 

「仙道君だね。それじゃあこれから中を案内するよ」

 

ーーーー所長自ら案内してくれるとは、恐縮の至りです。

 

「気にしなくて良いとも。私も暇だったからね!」

 

 

心にもない事を言うな、と思うがそれはおくびにも出さない。

 

調査官を迎えた、後ろめたい背景のある組織のやる事は大きく分けて二つある。

一つ目は『拒絶』。暴力による実力行使、身内を誘拐しての揺り、食事に薬物を混ぜる等、方法を上げればキリが無い。短絡的な思考の持ち主がよくやる手法だ。

二つ目は『懐柔』。調査官とて人間、金や女、権力と言ったものをちらつかせたらころっと寝返る。なんて浅はかな思考回路を持っている人間が取る手法だ。

彼女がどちら側の人間なのかはこの案内ではっきりするだろう。

 

 

ーーーー隠したいことが無ければ、ただの善意なんだけどね。

 

「うん?何か言ったかい?」

 

ーーーーいえ、何も。

 

 

氷山を登ったばかりで疲労しているがそれを言い出す余裕などない、既に仕事は始まっているのだ。

 

ーーーーいつも通り、それが肝心だな。

 

場所は南極、組織の設立理由は『霊長類の行末の監視と保全』。今までの査察とはなにもかも違う環境だが、新しい環境などいつもの事。やる事は何一つ変わらない。

 

 

ーーーー最大多数の最大幸福のために、ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここは演算室です。原子炉の電力は主にここの維持に使われています」

 

「ここカルデアでは独自に開発したスパコンを使用していてね、とんでもない電力食いなんだよ。それこそ原子力発電機が無ければ賄えないほどにね」

 

ーーーー成る程。ここがですか。

 

 

コツコツと革靴の規則正しい音が廊下には反響する。黒の背広を着て姿勢良く歩く姿から疲労感を一切感じません。

…とても、吹雪の中を登ってきたとは思えない。自然体とも思えます。

 

 

ダヴィンチちゃんから付き添いを頼まれて二つ返事で受けた今回の調査官の案内ですが、彼の意図がまるで読めません。

施設の重要施設の視察はわかるのですが、食堂やラウンジ、果てはレジャースペースも案内してほしいなんて。

はっきり言ってそこは何の重要性もない施設、見る価値があるとは思えないのですが…。

 

 

 

「それにしても、君も災難だったね。ここは辺鄙なところだったろう?」

 

ーーーーえぇ、私も参りましたよ、まさかここまで徒歩とは思いませんでした。

 

「一応こちらから迎えを出すことも提案したと思うけど?」

 

ーーーー上司には上司の考えがあるのでしょう。私みたいな末端は上に従うだけですよ。

 

「はははっ、違いない。どこも苦労するのは下の人達だね」

 

 

 

先程から二人は和やかに話をしている………筈なのですが、どうしてこんなに居心地が悪いのでしょうか。肌を微かな熱でジリジリ焼かれてるような気分になります。

 

うぅ、先輩。助けて下さい…。

 

 

ーーーー大丈夫ですか?気分が優れない様ですが?

 

「はっ⁉︎あ、いえ。私は大丈夫です」

 

ーーーー本当ですか?貴方はまだ若い、無理をするのは年を食ってからの方が良いですよ。

 

 

ダヴィンチちゃんと話していたと思ったら、彼の視線はいつのまにか私の顔を向いていました。

 

 

「大丈夫かい?体調が悪いなら外れた方が…」

 

「問題ありません。キリエライト、任務を続行します」

 

ーーーーいえ。今日はここまでにしましょう。

 

 

黒に黒を重ねた様な純粋なまでの黒目が、私を射抜く。

 

 

(ッッ⁉︎)

 

 

彼が世界の闇を見てきたと言っても信じてしまいそうになる程、彼の目は視線は、どうしようもない程死んでいました。

例えるのなら、第七特異点で遭遇した泥の様な黒。見るものを飲み込んでしまいそうな、歪な黒でした。

 

 

ーーーー私も登山をしたばかりで消耗しています。マシュさんもお疲れの様ですし、今日はここまでにするべきと提案します。

 

「……ふむ。そうだね、そうしようか」

 

「私はまだ…」

 

 

いいすがろうと言葉を紡ぐが、それは耳元まで顔を近づけてきたダヴィンチちゃんに遮られる。

 

 

「(マシュ、ここは一旦下がった方が良い)」

 

「(ですが…)」

 

「(君も彼の目を見ただろう?あれは真っ当な人間がする目じゃない。私が様子を見るから、君は一旦自室に戻ってくれたまえ)」

 

 

真っ当な人間じゃない。たしかに、彼の瞳は私が見てきたどの人とも似ていませんでした。何を見たらあそこまで瞳を濁らせる事が出来るのか、皆目見当もつきません。

 

 

「…わかりました。申し訳ありません、仙道さん。私の体調不良が原因で…」

 

ーーーー気にしないでください。突然調査と言われて困惑しているでしょうし、これはお互い様という事で。

 

「そういう事だよ、マシュ。ご苦労様、ゆっくり休みたまえ」

 

 

「それでは、失礼します」と言った後、早足でその場から離れる。二人が何か話してるのは聞こえましたが、なにを話しているかはわかりませんでした。

 

国際連合から派遣されてきた仙道さん。彼は一体、どんな人生を歩んできたのでしょうか…。

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーー純粋な子ですね、彼女は。巻き込むのが億劫になりますよ。

 

「そうは言っても、手を抜くつもりは無いんだろう?」

 

ーーーーそれは、まぁ。仕事ですから。

 

 

『仕事だからしょうがない』

そう言って朗らかに笑う彼だが、その目は決して笑ってはいない。

彼は覚悟しているのだ。自分の仕事が他人をどん底に陥れる事を、死ぬより酷い目に合わせる可能性がある事を。

 

 

ーーーー今日はこの辺りで。私の個室はご用意頂けるのでしょうか?

 

「それは勿論。この後案内するよ」

 

 

『国際連合』という組織は無論、一枚岩ではない。その大きさ故に様々な思想、思惑が交差している。

しかし、世界の安寧を司るという思想は全ての派閥に共通している。

 

 

 

ーーーーありがとうございます。少しの間ですが、改めてよろしくお願い致します。

 

「こちらこそ、しっかりとした査察を頼むよ」

 

ーーーー無論です、お任せください。

 

 

世界連合は求めているのだ、平和という天秤を守る存在を。

 

 

(危険だな、彼は)

 

 

国際連合の抱える懐刀、世界の天秤を守るための存在。そんな人間がここの正体を知った瞬間に何をするのか、想像に難くない。

 

 

–––彼女達だけは守り通す、絶対に

 

 

最悪カルデアは放棄しても構わない。けれど、世界を、未来を救った彼女達だけは守り通す。それが、ここを預かる者の責任であると信じて。

 

 

 

 




調査官
国際連合でせっせと働く働き蜂。背後が少しでも黒い人間を千切っては投げ千切っては投げる事を生業としている。仕事の関係上出逢う女性=美人局なので出会いがない事を憂いている可哀想な三十路。好物はべっこう飴。

局長
国際連合のとある部署の局長。部長ではなく局長なのがミソ。国際連合の上層部を総取っ替えを指示した張本人、西暦史の中でも屈指の腹黒さを持っている。これでも妻子持ち。

レオナルド・ダ・ヴィンチ
万能の人にして希代の天才。人類最後の砦をまとめ上げる過去の英霊その人。調査官を危険視している。

マシュ・キリエライト
可愛い。

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