それからというもの、ドフィは癇癪を起こさなくなった。むしろ、生き延びようと必死になっていった。時にはゴミを漁り、時には物を盗み、途中見つかったのか殴られる蹴られるなどの暴行を受けて帰ってくる日も少なくなかった。
それでも弟たちは泣かずにめげずに、生きようとしていた。
私はそんな強さを、弟たちに持ってほしくなかった。
でも生きろと説いたのは私なのだから、どうしようもない。生きてほしいけど、私を足蹴にしてもいいけど、頼ってほしい。そんな矛盾した想いがそこにあった。
ーー母上の体調は、日に日に悪くなっていっている。
咳は止まらないし、顔色も真っ白。美しかった母上の顔は、もはや見る影もなかった。
また、看病している私の体力や気力も、徐々に無くなりそうだった。
母上の命が持たないことは分かりきっている。こんな生活が続けば。そして、こんな生活が終わらないことも分かりきっていた。
だから私はこの人に産んでもらっておきながら、親身に看病しているフリをしながら、一番に母上の命を諦めてしまっていたのだった。
なんともひどい娘である。
「母上、ご飯だよ」
「レン、ごめんなさいね…けほっ…私がこんななばっかりに…」
「………」
私は何も答えずに、なけなしのお金で買った少量のお米を使ったお粥を使い捨てのスプーンにすくった。
ここまでまだ噂は届いていないはずだから、とただの子供のフリをして買ってきたお米だ。
本当はドフィやロシーにも食べさせてあげたいけど、母上にあげなかったら逆に私が二人に怒られる。
こうなってから、父上と母上は毎日のように私に謝ってきた。ごめんなさいね、すまない、と。
ずるい人たちだ。今謝られたって、私の傷は……いや、私のはどうだっていい。
ドフィとロシー、私の天使たちの傷は一生癒えないだろう。私はそれを、赦さない。
母上の謝る顔は嫌いだ。今にも泣きそうな顔で、謝ってくる。それが本当に申し訳ないと思っている顔だから、逆に私は問いただしたくなるのだ。こうなるってわからなかったの? と。
ふらりと視界が揺れた。疲れが溜まっているのかめまいがして、私は眉間の辺りを手で揉んだ。
すると、母上が私のそれに気づいたのだろう。そしてーー何を思ったのだろうか、私に両手を広げてきたのである。
「おいで、ロレンソ」
ぷつん。
私の奥で、前に聞いたことのある……何かの切れる音がした。感情を塞き止めていた何かが壊れたのだろうか。心に流れ込んできたのは、どうしようもない怒りと、悲しみと、焦燥感だった。
「……母上は、こうなるって考えていなかったの…? ドフィが、ロシーが、酷いことされるってわからなかったの…? それとも、知っててここに来たの?」
今までの思いが、つらさが、言葉になって流れ出てくる。止めなきゃって思うのに、出てくる言葉と涙は、もう止まらなかった。
私は、焦っていた。このままだと弟たちの心が壊れてしまう。殺されてしまう。ーー私の守るべき人が、守れないまま終わってしまう。
それはいやだ。いやだ! いやだ!!
けれど。……けど。
私は、まだ12歳だった。もう、いろいろ手一杯。どうしたらいいのか、もう、全然わかんない。
「ロレン…」
「…ッ父上も母上も! 私たちのことなんか考えないで…父上はあほだし! 母上は体が弱いし! ドフィとロシーはちっちゃいし! …どうしろって、言うの? ーー私にどうしろって言うの? 母上!! 答えてよ!?」
母上の顔が、さらに白くなっていく。
やって、しまった。
散々言ってから我に返って……絶望した。つらいのは、母上なのに。
つらいのは父上と母上で、全部知っていて黙っていたのはーー私だ。
母上がけほけほと咳き込み始めた。持っていた欠けたコップが、床に転がる。水が私の足まで跳ねた。
「けほ、っ……、ロレン、ソ…っ、ごめんなさ…」
「ーーッ!!」
たまらなくなって、駆け出した。逃げ出した。すがるような母上の視線から逃げたくて。あの目を、見たくなくて。
殺してしまった。殺してしまった。母上の心を、私が殺してしまった。
汚いことをなにも知らない母上だった。それを、守りたかった、のに。
一番汚れていたのは私だった。母上が私を産んだのは、間違いだったんじゃないかなあ。
そんなことを考えながら走って逃げて、私は街まで逃げた。ほっと息を吐いて、頭を冷やそうとしばらく街をぶらつくことにした。
ーーだからその日その時が、私が母上と話し、触れあった、最後の瞬間になり……
結局私は母上を看取れないという、最高の親不孝娘になったのだった。