私はそのあと、必死になって戦って、大人を殴り、殴られて。けれど大人に子供が敵うわけもなくて、後ろからの重い衝撃に、意識を手放してしまった。
だからだろうか。
数秒にも感じられる時が過ぎて、激痛で私の意識は引っ張り上げられた。
目を開くと、そこはどうやら街のようだ。やっぱり、ここまで噂はもう来ていたんだな。
(どうなってんだ、私の体…)
意識がさっきまでなかったはずなのに、私の体はきちんと縦になっている。
地面に足がついて…あれ、手が動かない。
もしや、と思って恐る恐る右手を見て、左手を見てーー叫びそうになるのを必死に耐えた。
激痛の原因は、これか。
(見てるだけでいたい…いや、実際痛いんだけどもね? にしたって、これは…縄がなかったのか、襲いかかってきた腹いせか…ああ、いたい…!!)
私の体が縦になっていたのも、手が動かないのも、私を目覚めさせた激痛も…すべて、これ…。
そう、私の掌から甲、そして建物の壁へと貫通し、私を固定している釘のせいであったのだ。
くら、とまた意識が飛びかけるのを必死に繋ぎ止めて、深呼吸をする。
(これをどうにか抜けて、逃げ出す方法はひとつしかない。どうやら見張りはいないようだし、…あわよくば弟たちも助けにいきたい)
そう決心を固めて、私はもう一度右手と左手を交互に見た。…緩いのは、そうだな…右手かな。
右手をグッと握りしめて、痛覚を無視した。
ぐちゃ、とか嫌な音も、信じられないくらいの痛みも、脳には届いていたけれど、全力で無視した。感覚の受け取り拒否である。
「ウッ、あァァッ、!!」
ぐりん、と釘をどうにか壁から引き抜いて、歯で手からも引き抜いた。
さて、と左手も同じことをしようとする。けれど左手だけ違う人がやったのか、妙にしっかり打たれていた釘は、右手と同じようにはいかなかった。
痛みが手全体に広がるだけで、一向に抜ける気がしない。
ふと、私が打ち付けられている通りの少し先に、人が集まっていく気配がした。
「子供たちは許してくれェ!!!」
「父上…もう死にだい“よ……!!!」
(父上!! ロシー!! ドフィ!!)
よかった、という気持ちと早くしなきゃ、という焦りが混じって余計抜けない。
くそ、くそ、くそクソクソクソ!!!
ここで守れなくてなにが姉上!! なにが大丈夫!! 私は嘘つきにはなりたくない。弟たちだけには、嘘はつきたくないんだ!!
ーー足元に転がるひとつのナイフが目に入った。
それを見つけたときの感情といったら…歓喜に近かったかもしれない。これで家族を救える。これで。
一瞬でこれをどう使うか、なんて決めていた。手から抜けない釘、落ちているナイフ、急がなくちゃいけないこの状況。私はそっと肩にナイフを当てた。
私ってば、もしかして神様なんてやつにとうとう振り向いてもらえたのかな?
(…なんてね。そんなものがいるんだったら、私たちはこんな風になってないし、そもそも奴隷なんていないし、天竜人だっていないだろう。不幸なひとはいないだろう)
人ひとりに対して幸せの量ってのは決まっていて、例えるならコップの水である。
もっと水がほしいのなら、他人のコップから水を入れるしかない。
何もないところから水はでないように、誰の幸せも奪わずに、誰かが幸せになることはないのだ。
誰かの幸せを踏み台にして。誰かの幸せを奪って不幸を注いで、自分のコップは幸せで満たす。
私たちの祖先はそうやって生きてきたから、その報いなんじゃないか。親の恨みもなにもかも引き継いで行くのが、家系ってもんだから。
そう考えているうちに、「腕の切断は終わって」、腕が釘に刺さったままぷらーんとなった。
私の肩からは血がとめどなくあふれている。やば、死ぬかもなあ。
「せめて、弟たちを…最期に」
見たい。そう思った。
私が考え事をしている最中に、なぜかさっきまでぎゃいぎゃいとうるさかった通りは静かになっていて、父上の命を乞う声も聞こえてこなかった。…もしかして、もしかしてもう全部終わって…行ったらあるのは家族の死体とか…ないよね?
ぶるり、と寒気がしたけど首を振って、身体中が痛いけど腕とお腹を主に庇いつつ、うるさかった通りへ到着した。
「……なに、…どういう、こと?」
そこには、恨みを呪文のように吐き続けている人も、矢をもって泣いている人も、……なにも、誰も、いなかった。
…いや、倒れているというのが正しい表現だろう。
皆同じ、泡を吹いて倒れていたのだった。
不思議に思ったけれど、とりあえず紐でくくりつけられている家族たちを見つけて、身体中から力が抜けた。無事だ。無事だった。生きていた…生き延びていた。
「父上、ど、ふぃ……ろ、しぃ」
どんどん体の力が抜けていく。おかしいな、と思いながら家族に手を伸ばすけれど…届かない。高すぎる。それに、家族も気絶しているようだった。
ドフィを除いて。
「……っ、…ひっく」
(そんなに泣いて…可哀想に……おいで、大丈夫、大丈夫だよ…ドフィ……)
でも、体が思うように動かなかった。
ばしゃ、と生暖かい液体に顔が触れる。もう耐えきれずに地面に伏してしまった。
これは…なんだろう。鉄臭いし、あったかいし、…それに赤い。きれいなカーマインレッド。
(ああ、これ、血だわ……)
そう気づいた瞬間、急速に意識が遠くなっていった。まずいなあ、死ぬのかなあ。
必死に家族に手を伸ばすけど、届かない。
私の視界には私の右手と、なきじゃくるドフィの二つが、ほんの一瞬だけ鮮明に映ったあと……ふっ、と何もかも見えなくなってしまったのだった。