ーーー自分は無力だ。そう気付いたのは、憎き憎き人間共に迫害されて、追い詰められて……姉を、失ったときだった。
気高く、頭がよく、優しく頼りになる姉で、いけないことをすれば容赦なく叱るし、逆に彼女の嬉しがることをすればこれでもかというくらい撫でられ、愛された。
責任感の強い、自慢の姉。
迫害されても母が死んでも、気丈に、自分たちを心配させまいと笑っていた。
だから愚かな自分は、姉がいなくなるなんて考えてもいなくて。
「逃げて!!!」
悲鳴のような声が聞こえた数瞬後、乾いた音と真横からの血しぶきに、父と弟三人で肩を揺らして固まってしまった。……あのときおれがすぐに動いて姉の手を引っ張れていれば良かったのだが、まあそれはただの願望に過ぎないのだし、語ったって意味がない。
姉の手にはおれから取り上げた銃が握られていて、その姉の行動に対し、驚きと共に少しの歓喜をおぼえた。ああ、姉もおれと同類だ。言ってしまえば極端な身内主義。なんだ、姉はおれとよく似ていた。
姉上、と声をかけて走りよろうとしたおれの小さな体は、憎き男によって抑えられた。
意味のないときだけ父親面する、ゴミのようなあの男に。
「離せ!!! っ、姉上!!!」
抱えられながらも必死に姉の方を振り返った。
ーー姉は昔と変わらない優しさの溢れた笑顔で、笑っていた。安心したように、微笑んでいた。その腹を矢が貫いても。
なぜだ、なぜ、なぜ、そんな顔をしていられる?
疑問と、怒りと、無力の痛感。そんな色々なもので押し潰されそうで、おれは思いきり暴れたのに、この男はびくともしやがらなかった。このクソヤロウ、どうして、どうして!!
(おれはこいつのようには決してならねェ!!! 家族を捨てて、逃げるような男には、決して!!!)
どういう神経してるんだと思った。
いくらしっかりものの姉とはいえ、こいつの子供なのに。まだ幼い、子供なのに。
それに逃げろと言われ、涙ながらに逃げる父親なんざーー存在価値は、ねェ。
絶対に生き延びてみせる。
おれは殺されない。生き延びて、追いかけてくるこいつらを、姉を傷つけたこいつらを、殺してやる。
存在価値のねェこいつも、殺してやる!!
死ねない理由が、ここにある。
ーー結局、おれは死ななかった。
それは望み通りであるし、良かったとも思う。
できたばかりの“家族”に囲まれながら、おれはふつふつと心の奥から出てくる怒りを静めようとしていた。
……おれたちが火炙りにされていたところの地面に、ひとつ妙なものがあった。
大きな、大きな血だまり。こんな量出血したら助からないだろう、という量の血。
『ど、ふぃ……』
「………」
覇王色の覇気であいつらを気絶させた直後、そんな声を聞いた気がした。
それにトレーボルから聞いた話…いや、正確にはトレーボルが街で聞いた話じゃ、建物にもうひとり子供が釘で打ち付けられている、なんてことを言っていたらしい。
だから街を徹底的に探したが、お目当ては見つからなかった。
血だまりは謎のままだが…いい。これから姉の体は探す。気がかりな血だまりも、もう他のやつらの血でどれだかわからなくなってしまったし。
ふう、と息を吐いて無理に口角を上げた。…姉と同じようにすれば、あんな無理しいな姉のことが少しでも分かるかもしれないと思ったからだ。
(おれが、家族を守る。傷つけるやつは皆殺しだ)
姉も、こんな気持ちだったのだろうか。
父親は殺した。マリージョアですら役に立たなかったあいつの首は、もう粉々にして海に捨てた。
ロシーはいつの間にか居なくなっていた。散々探したが、見つからなかった。もし拐われたなら見つけ出して、拐ったやつらは人の形だったことすらわからないほどに刻んで、肉塊にしてやろう。
「……あねうえ」
そう呟いて、頭を抱えた。
姉上。姉上がいない世界で生き延びてもおれは、なにも楽しくなんかない。楽しくなんかない世界で姉上のようにいつでも口角を上げて生きるのは……とても、虚しい。
もう流さないと決めた涙が、一粒だけ地面に落ちた。
……これで最後だ。もう、許されない。泣くことは。
にいっと再度唇に弧を描かせるとーーおれは家族のもとに一歩、踏み出した。