「…まだ泣いているのか」
自分を引き取ってくれたセンゴクのその問いに、ロシナンテはふるふると首を振った。
もう、泣いていない。涙を、流すわけにはいかない。自分は、強くなるのだ。
生まれてからずっとドジっ子だった自分。歩けば転ぶ、ものを持てばそれを壊す。
そんな自分が嫌だったし、ドジっ子なんてスキルいらないとずっと思っていた。こんなスキルがあって似合うのは、かわいい女の子くらいだ、と。
けれどそれをいつも受け止め、笑って「かわいいなあ」と言ってくれたのは他でもない、最愛の姉だった。
強く、優しく、頼りになる姉が自分は大好きで、いつもくっついていた。
こわい兄であるドフラミンゴも容赦なく叱り、時には尻を叩き、それでもまるごと愛してくれる姉は、慈愛の女神が地に降りてきたようで。
『自分の目で見て、感じて、考えて』
姉が言い、ロシナンテが反芻したその言葉は、彼の人生の道標となった。
…どんなことがあっても、姉の教えを守り抜く。それが残された自分が、姉にできる贖罪である。
ーーロシナンテが最後に見た姉の姿は、腹部を矢が貫いていたものだったから。
それでも自分たちの身を案じ、心配させまいと笑っていた。…それはロシナンテにとって、とても残酷に見える
姉は生きていると信じたい。あのとき、ドフラミンゴの不思議な力によって助かったあのとき、確かに聞いた気がしたから。
自分の名を呼ぶ、弱々しい姉の声を。血だまりに倒れ伏す、音を。
『ろ、しぃ…』
あのあとすぐに気を失って、気がついたら父親に抱かれていた。目の前には銃を構えるドフラミンゴがいた。
そのあとはもうーー思い出したくもない。
姉がいたら何と言っただろうか。黙っていることはしなかっただろう。ドフラミンゴを宥めて、銃を渡すように言っただろうか。それとも、……抱き締めただろうか。
どれも、自分にはできなかった。
ドフラミンゴがこわくて、でも家族を失うのもこわくて。止めようとしても無駄で、あとはもう泣くしかできなくて。
怒りと恨みにとり憑かれたドフラミンゴが、どれほど恐ろしいものか、痛感した。
あのときの声は、幻聴だったのだろうか。それとも、お化けだったのだろうか。
幻聴なら、もう一度耳に響いてほしい。お化けなら、自分の目の前に現れてほしい。
どちらにせよ、ロシナンテは姉に会いたかった。姉と離ればなれになるなんて考えたこともなかったから、会いたいと思うことも初めてだった。
自分の幼さを呪った。無力さを憎んだ。けれど人を憎まなかったのは、姉が「自分の目で見て、感じて、考えろ」と教えたから。自分を救ってくれたものは人に見えて、優しさを感じて、憎むべきでないと考えたから。だからーードフラミンゴのようには、なるまいと。
(生き抜いて、頑張って、働いて……姉上。守れるようになってみせる。強くなるよ。ドフラミンゴをとめてみせる。だっておれ……弟だから)
姉だから頑張っていた彼女に代わって、弟だから頑張ってみせる。覚悟を決めた。
なにもしなくていい、なんて天竜人の教育はウソだった。姉の言う通りだった。
……下界に住む、天竜人。
(大丈夫だ、姉上。おれたちももう、異端だよ)
そう心の中で言って、笑った。
もう泣かない。強くなる。
姉がいつも言っていた、確証のない、自身を縛るだけの「大丈夫」じゃなくて、他の人が安心できる「大丈夫」を。
それを、口にしたい。
このセンゴクさんーー義理の父の元で、おれは海兵になる。兄を、止める。
死ねない理由が、ここにある。