どうにかこうにかトラファルガー夫妻に会い、サインもらうと、ロレンソはローくんとお別れしてさっさと船に戻っていたーーのだが!!
「あんのワニやろおおおお!!」
船に戻って扉を開けた瞬間、プルプルとうるさい電伝虫がお出迎えである。たまったもんじゃない。
それでも仕事だからと愛想よく電伝虫に出れば、相手はなんとクロコダイル。踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。とにかくロレンソの怒りのボルテージが最高潮に達してしまうくらい、タイミングは最悪だった。
しかも依頼といえば、義手に含ませる毒の配達。シャクの毒とその他諸々の海獣の毒とかを混ぜ合わせてコトコト煮詰めた、魔女の薬みたいな毒。…毎回思うがこの男、趣味が悪い。
せっかくフレバンスに行っていい夢見れそうとか思っていた自分をぶっ飛ばしたい衝動に駈られるが、さっさと小瓶に詰めて持っていかないと今度は私が痛い目を見る。
アラバスタのカジノへ扉を開いた。
「何でも屋です、クロコダイルさん」
「…あァ、入れ」
何でも屋です、と先に言っておけばあの虫酸の走る敬語を聞かなくてすむのだとロレンソは学んだ。
同い年の、しかも性根の腐ったやつの猫かぶりなんて見ていて良いものじゃない。目から摂取する毒である。この毒なんかより数倍強いだろう。
新聞を読んでいるクロコダイルは、いつもと違いロレンソをからかってこなかった。
ラッキー、と思いつつもその記事に目がいく。
「ああ、フレバンス。綺麗ですよね、あの町。今日行ってきました。確か珀鉛でしたっけ、あんなに町が白い理由って」
「まァな。…だが、他人の不幸の上以外じゃ幸福は成り立たねェことくらい…てめェも知ってんだろう?」
「…そうですね。かなり違和感はありましたけど…さして不幸そうな人が居なかったのも事実。奴隷なんて居なかったし。…それが引っ掛かりましたけどね」
「クハハ…てめェはずいぶん冷静に分析するんだな? …まァいい…どうせ今更変えられる運命でもねェんだ、なに言ったって無駄ってもんさ」
「……変えられない、運命?」
心にざわ、と何か妙なものがうごめくのが分かった。
私とて、あの国にどんな闇があったって、拭えるとは思っちゃいない。思っちゃいないけど…。
美しさの裏には、必ず何かある。綺麗なバラにはトゲがあるように。常にニコニコ愛想のいい人ほど、過去に何かあるように。
あのおとぎの国に入ったとき、感嘆とともに胸騒ぎを感じた。なぞの冷や汗が背中を伝ったのを覚えている。
「……クロコダイルさん。何か、知ってるんですか?」
「…なんだ、興味を持ったか? それとも…“他人の不幸の上にしか成り立たねェ幸福”は、てめェの地雷だったか?」
「うるさいです。…今回のお代、タダでいいんで。フレバンスのこと、教えてください」
何ができるってわけじゃない。
むしろ何もできないけれど、知らないよりはいいと思う。
ーー無知は罪、なんてよく言ったものだ。
何も知らないことは罪。何も知らなかったうちの母親は、歴史と家系の渦で命を落とした。
父親も弟たちも、安否は不明だけど被害者であることに変わりはない。
「フレバンスの定められた運命って、何ですか。…“珀鉛”って、一体なんなんですか」
クロコダイルさんはさもおかしそうに笑ったけど、気にしない。
これはお代。クロコダイルさんからもらうべきもの。
こっちが勝手に決めちゃったけど、こちとら元世界貴族だ。ワガママに関して右に出るものはいない。
「珀鉛ってのはーーーてめェの今手に持った小瓶、そのままさ」
「……え?」
今まさにクロコダイルさんの机に小瓶を置こうとしていた手が、ぴたりと止まる。
言っている意味がイマイチ分からなくて、でも理解できてしまって、…声が出なかった。
「珀鉛ってのは…毒だ。掘り出さなきゃさして害のない、だが取り扱えば確実に人体を蝕んでいく、毒だ。フレバンスの国は……もうそう永くはもたねェだろうな」
クロコダイルさんからは面白そうな表情が一気に消え、ただ嘲笑うような、軽蔑するかのような瞳が、北の海の方向へ注がれていた。