クハ、と喉の奥から沸き上がってきた笑いが、声として弾けた。
不可解そうな瞳でこちらを見る何でも屋に、気にすることはないと言うと息を吐いた。
目の前で自分のことでもないのに悲壮感漂わせているコイツは、ほんの数年前ーー大海賊時代が始まったばかりの頃。七武海に入った俺の耳に、「何でも屋」なるものの噂が届いたのが出会い。
試しにいつも取り寄せている葉巻を頼んでみたところ、連絡してから一分足らずで届けに来たことは、記憶に新しい。
何でも屋などというから力仕事のできそうな男かと思っていたが、これはとんだ誤算。むしろ華奢で色白な女だった。
透き通るような肌に、すらりとした四肢。人懐っこそうに輝く瞳はうるんでいて、常に微笑を浮かべているその表情からは、少しの闇が見え隠れしていた。
一言で言えば、魅惑的。
一人の女に一途になったことのないクロコダイルでさえ、一瞬目を奪われたほどであった。
だから、名前を聞いた。何でも屋としか名乗らない彼女の頭を鷲掴みにして、眼前に義手をちらつかせた。
だが彼女は強情で、拷問慣れしているのかというくらい揺らがなかった。まあそれは、クロコダイルの興味をさらに煽るだけに終わったのだが。
『むぐ…! い、言いますよ! 言いますから…ほんともう……いたいって!』
ギシギシと頭蓋骨が軋む勢いで頭を掴むクロコダイルに根負けしたらしい彼女は、「ドンキホーテ・ロレンソ」という地上で聞くはずのない名前を名乗った。
(ドンキホーテ……)
クロコダイルの頭には、汚い顔をした天竜人とかいう常識はずれの存在と、もうひとつ。
最近北の海の方で勢力を広げていると聞く、一人の男の顔が浮かんでいた。
その男の人を見下したような笑みと、この女の笑顔を照らし合わせる。
性根が腐っているか否かは大きな違いではあるが、常にニコニコ気味が悪いところはよく似ていた。
また、この女が家族を捜しつつ仕事をしていると話を聞いて、さらに確信を持った。ロレンソというこの女は、ドフラミンゴとかいう桃鳥野郎の血縁であると。
だが、黙っていることにした。
弟が弟がとたまに話してくるコイツに、「弟は残虐非道な海賊になっている」と伝えるのは、面白味もあるが少し哀れなような気がしたからだ。…いつも葉巻を頼んでいなければ、頼っていなければ、言ったかも知れないが。
「なにをそんなに笑っているんですか?」
「いや…優しい優しい何でも屋はフレバンスを放っておけねェのかと思って、笑っちまっただけさ」
「な…ッ」
「可哀想と思って何が悪い」と口に出さずとも顔に出ているコイツは、実に分かりやすい。
同時に、哀れみは何より惨めな気持ちになるかもわかっているはずだ。その気持ちの相違というか、一人の人間の内にまるで二人いるようで、不思議なやつだと思った。
どこまでも優しくあろうとする心。人は恨まないで。悲しみにとり憑かれないで。そうあろうとする心。
けれどもその彼女の心の内に、ぐるぐると渦を巻く黒い気持ちがあることも、クロコダイルは知っていた。
家族を救えなかった弱さ。迫害に折れかけた心。身体中の傷は、ロレンソの心をじわじわと蝕んでいるはずだろう。ーー事情は知り得なくとも、クロコダイルは心を読んだかのように理解していた。それだけコイツが分かりやすいのだ。
「クハハ…別に、可哀想と思うことは構わねェ」
思うことで、なにもできない無力さを改めて感じ、傷を抉っていくのはお前自身。
壊れていっている。自分の手で。
(…気付いちゃ、いねェんだろうな)
彼女の心は誰より優しくて、誰より脆いことに。
笑顔の裏は、きっといつも無表情。そんなロレンソを、柄にもなくクロコダイルは心配し、哀れんでいた。
たとえ、彼女が自分に苦手意識を持っていたとしても。