またもうひとつ、今度は酒瓶がこちらへ飛んできて、私はウエスタン映画よろしく倒れた机に隠れた。危機一髪である。
なにこれ、と思いながらちらりと状況を確認するように辺りを見た。倒れている机、人。それからこのお店の店員さんらしき女性が、身長3メートルはあろうかという鼻水男に言い寄られている。拳銃をつきつけられているところを見ると……あまりいい雰囲気ではなさそう。
カウンター席に座ってそれを眺めているのは、同じく3メートルほど身長のある男。
黒のスーツにふわふわのピンクコートというなんともミスマッチとも思える格好だが、それでも着こなしてしまっているのは、男の長身と…サングラスで目はよく分からないが、端正な顔立ちのおかげだろう。
「や、やめてください…っ、キャア!!」
「べへへ~! そう照れるんじゃねェ!」
「オイトレーボル、次はおれに貸せよ? ウハハ!」
(…っ! あいつら…!!)
今まで必死に抵抗していた女性が組み敷かれ、トレーボルというらしい男に跨がられる。
それを愉快そうに眺めている赤い服の男にーー虫酸が走った。
最低。その一言に尽きる。
「…おい、トレーボル。ディアマンテ。おれたちはそういうことをするために今日ここに来たんじゃねェぞ」
「べっへへ~、なァに、体に教えねェとわからねェこともあるんだぜェ?」
「…ハァ。おい、今ここでするべきことは“平和的解決”だ。そうだろう? お前たちが“何をすればいいのか”くらい…分かるよなァ?」
「も、申し訳ありません…っ! 許してください!」
会話を聞くに、このレストランの人がピンクコートの人たちになにかやらかしてしまったようだ。
ピンクコートの人からはふつふつとした怒りが、その部下らしい人たちは相変わらず女の人の上から退いていない。…どころか、鼻水男なんかはシャツのボタンを外し始めた。マズイ、マズイ、マズイって!!
そんなシーンを見ている趣味なんてない。
それに、こういうことの苦しみは…苦しんでいる人を見るのは、世界で一番嫌いだ。
(もう、どうにでもなれ…っ!)
一時停止。時間を一瞬止めて、大股で鼻水男の横に移動して、回し蹴りの準備をする。
うん、死ぬかもしれない。この床に転がってる人たちみたいに。
けど、大きくなったから。大人になったから。この女性に助けられなかった母を重ねている訳じゃないけど、…けど、あの頃みたいに無力じゃないって、自分で思いたいから。
「“再生”」
メキィ、と足が肉に食い込む音がする。
「べへぇっ!?」とマヌケな声をあげて、男は吹っ飛んだ。
壁にぶつかって動かなくなったのを確認して、女性を助け起こす。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。……あっ」
「え? ーーー…ッぐウっ!!?」
いきなりのことに息を吸う暇もなく、私の首を片手で鷲掴みにし、私を宙にぶらんと浮かせたピンクコートが、ひとごろしの目で私を睨んでいた。足が地に付かなくて、混乱のままに足をじたばたさせる。
サングラスで隠れているのに、そのレンズの奥にある瞳は、おかしいくらいに冷静に「殺してやる」という念をこちらに送ってきていた。
ピンクコートは私の気道をギリギリ締め上げて、確実に窒息させようとしている。…ああ、死ぬのかな。
……と、ぶっ飛ばされた鼻水男が叫んだ。
「殺しちまえェ、ドフィ~!!!」
……ドフィ?
沈みかけた意識が、引き戻される。父と母譲りの美しい金髪に、既視感がして…目を見開いた。
サングラスは変わっているけど、背は大きくなっているけど、声は低くなっているけど。
ドフィだ。……私の、天使。私の、かわいい弟。
「や、めて……ドフィ…」
「……あァ?」
「…ドフィ、おねがい…あねうえ、く、るしぃ…、から…ぁっ」
涙目になる。視界が霞んで、見えなく……。
「…………あね、うえ?」
「っ、ゲホッゲホッ!! …っは、ぁ、ハァ、ハァ…」
子供の呟きみたいなそれと同時に、私は床におもいっきり落とされた。
いきなり自由になった呼吸と強かに打ったお尻、両方に悶えながら、状況を把握しようと頭をフル回転させているらしい我が家で一番頭のいい弟。
動揺と疑いの入り混じった視線を正面から受け止めて、私はにっこりと笑った。
「ダメよ、ドフィ。…人の嫌がることしちゃ」
ね? とだらりと垂れたドフィの手を触ると、ガシリと握られてーー見上げた弟は、世界で一番幸せだというように、にんまりと笑っていたのだった。