目の前で泣きわめく我が孫に、祖父であるガープはほとほと困っていた。
この自分の「いないいないばあ」なるもので義理の孫のようなものであるエースは泣き止んだというのに、我が孫ルフィはなぜ泣き止まないのか。
育児放棄のスペシャリスト。育児放棄の家系。その代表である海軍中将、ガープにはその理由がまったく分からなかった。
「ルフィ! ほ~れ、じいちゃんの変顔じゃ!」
ほれ、と顔を覆っては変顔を見せ、また顔を覆っては別の変顔を見せの繰り返し。
だが孫の泣き声は止むどころか、一層強くなっているようだ。
困った。実に困った。海軍中将ガープがここまで苦悩するのは、エースを引き取るか否か葛藤していたとき以来だろうか。
…と、その時。自由奔放ジジイのもとに、救いの手がさしのべられた。
「ほらルフィくん見て。カッコいいでしょう? 海賊サーベルよ」
スッと孫の前に差し出された空気を入れるビニールおもちゃと白い腕。見るとそこには、ガープがさきほど連絡したばかりの女が、ルフィと同じ目線にしゃがんで笑っていた。
相変わらず来るのが早い。ガープは助かったと息を吐く。
子供になれていない自分より、子供慣れしているらしいこの何でも屋に任せた方が、ルフィは泣き止むことが多かった。
でかしたとばかりに女の背中を叩くと、「やめてください」と呆れたように手を払われた。
「自分じゃ泣き止まないからって、私を呼ぶの勘弁してくださいよ。誕生日プレゼントとかならまだしも」
「ぶわっはっは! いいじゃろ、別に。大事な用でもあったか?」
「…まあ、少し」
「そうか、そりゃ悪いことをしたな!」
「全然悪いと思ってないでしょう?」
溜め息を吐きながら、「エースくんはコルボ山に?」と聞いてくる何でも屋。紙袋に男児用の服が入っているのを見ると、大事な用があったと言う割にはきちんと子供のことを考えているように感じる。
そのお人好しさにガープは感心しつつ、肯定の返事をした。
「エースは絶賛反抗期中じゃ!」
「…確か6、7歳でしたっけ。難しい年頃ですね」
その言葉はエースと誰を重ねているのか。分かりはしなかったが、懐かしそうなその瞳に、確かに「姉」というものの姿を見た。
エースに服を届けにコルボ山に行くと言うので道案内でもしようと思ったが、構わないと断られた。
「貴方が居たらエースくん出てきませんし」とまで言われてしまった。自分は野生の熊か何かなのだろうか。
…いや、野生の熊にすら挑むようになってきたエースにとって、自分はもっと恐ろしい猛獣か? そう考えて笑った。
「…なに笑ってるんですか? 気色悪い」
「ぶわっはっは! お前、客には辛辣じゃな!!」
「迷惑なのにお得意様だと困るんですよ、ほんと」
「ぶわっはっは!!」
そうは言うものの、他人から見て彼女は、商売をしている時が一番彼女らしいと感じる。
自由を体全体で堪能している、といった印象を受けるのだ。
客への気配りも豊富な品揃えも、文句なしといったところ。…態度はどうにかしてほしいが。
「ガープさん以外にはちゃんとしてますよ」と笑う彼女は、それでも楽しそうだ。
初めて会ったばかりの彼女は中将などに会うごとに毎回ガチガチになっていたが、今じゃ大物の海賊に、センゴクなども客だと聞いている。大したものだ。
「そうだガープさん。ここら辺にお菓子とか売っているところありませんか? 弟たちや子供へのお土産に買って帰りたいんです」
「ん? 何じゃ、家族見つかったのか!!」
「まあ、弟がひとりとその取り巻きが何人か…」
それでも十分幸せそうに微笑むのだから、彼女にとって家族とはどんなに尊い存在かわかる。
特に彼女は家族を見つけるために働いていると聞いていたから。
「残念じゃが、ここにはそんな店はないな。あるのは酒と自然…お菓子やら見た目が綺麗な物が欲しいなら、ゴア王国城下町へ行くべきじゃ」
「城下町、ね…分かりました、ありがとう」
ビニールのおもちゃ代と配達代を払い、エースの服代も払おうとしたが止められた。
これは自分のただのお節介だから、と。
エースが成長していることも見越しての服のサイズ。さすが長年何でも屋を営んでいるだけのことはある、と感心した。
颯爽とコルボ山に向かう背中を、ガープはひとり静かに見守っていたのだった。