ロシー、と呼びかけるとその大柄な男は勢いよく振り返ってーー転けた。
キャハハ、とベビーちゃんが笑う。同じようにトレーボルやディアマンテ、その他大勢がロシナンテのドジッぷりに笑っていた。
ベビーちゃんを騙したという男を町ごと破壊していたドフィのもとに、たまたま通り掛かったロシーが声をかけたのだという。
ドンキホーテ海賊団の名は聞いていたが、スパイダーマイルズまでくるお金がなかった…ちょうどそんなときだったという。ドフィが来たのは。
「ロジーッ…!!!」
涙声で抱き締めると、最初は「なぜ!?」「どうして生きて!?」みたいな顔をしていたロシナンテだったけれど、次第に抱かしめ返す力が強くなって、終いには私の肩らへんがロシーの涙やら鼻水やらでベットベトになっていた。トレーボルにも劣ってない。
それを微笑ましそうに見ていたドフィは、これを祝って高い酒を開けるというので、私も何でも屋で取り扱っている中でいちばん高いお酒を開けることにした。
『何でも屋をしているのか?』
「うん、そうだよー。知ってる?」
『知ってる』
ロシーは顔にペイントをしていて、しかもタバコを吸うようになっていた。なんてこった。
でもドジは健在で、しかもタバコを吸うようになったせいか被害は増しているような気がする。
私が何でも屋をやっているというのを聞いて少し驚いていたが、すぐに冷静になって笑ってくれた。
なぜか喋れないらしく筆談だけど、書かなくても言いたいことはだいたいわかる。だから書く前にロシーの聞きたいことの答えを言ってあげると、また驚かれた。
だって姉上だもん。
『会いたかった』
「…うん、私も」
『姉上にいっぱい話したいことがある』
「本当に? 私も聞きたいな」
…本当は、ちょっとだけ。会うのが怖かった。
15年もおれたちを放ってお前、何でも屋なんてやってたのかよって殴られて当然だと思っていたから。
母上から逃げて、弟たちも助けられなくて、それでも私が姉上を名乗るなんて…良いのかな、本当に。
怖い。すごく。
弟たちに見放されるのが、世界一怖い。弟たちに嫌われるのが、きらい。
ワガママだ。
“できなかった”のは運命のイタズラでもなんでもない、ただの私の非力さのせい。
「……ごめんなさい、ロシー。…ごめんなさい、ドフィ」
「……姉上? 何を謝って…」
「……私ッ…貴方たちの姉を名乗る資格なんて…、ないのにッ…!! 私、貴方たちのこと…助けられなかったのに…」
ああ、私は酔ってるんだな。いつもなら弟たちの前で泣いたりなんかしないもの。こんなきもちにならないもの。
こんな気持ちにならないほど、私は性格わるいのだし。
『姉上』
うつむいた視界を紙が支配し、無理矢理ロシーの顔を見させられる。
まっすぐな視線がただただ痛くて、目を背けた。
その背けた視線の先には厳しい目をしたドフィがいて、目のやり場がなくなる。ジーザス。
『姉上は、おれたちを助けてくれたよ』
「……うそよ」
『本当』
目を合わせたロシーは怒っているような、悲しいような、不思議な目をしていた。
私っていつからこんな卑屈になっちゃったの? もしかして酔っているだけで、元々私の心にはこの気持ち、あったのかなあ。
けれどスッとロシーは優しい顔に変わると、紙を書き連ねる。
『姉上がいたからここまで生きてこれた』
「………ロシ、」
『自分の目で見て、感じて、考えて』
「!! …ロシー、わたし」
『ありがとう』
『ありがとう姉上』と紙がかざされると同時、私はロシーに抱きついて号泣した。あーあ、恥ずかしい。三十路手前のいいオバサンがさ。
けど一度出た涙はなかなか止まんないもんで、ドフィも抱き寄せて思いきり泣いた。
周りのファミリーたちも「いい話だ」みたいな感じで涙ぐんでたけど、ごめんこれやっすいドラマじゃないんだわ。
お祝いの場で泣いてごめん、と謝ったらベビーちゃんが「いいんです!」と明るく言ってくれたからまたそれも私の涙腺を刺激した。いい子って泣ける。
「フッフッフ、姉上の場合約30年分の涙だからなァ? 思いきり泣けば…ッ、いてェ」
「まだ30年も生きてないですー!」
失礼しちゃう、なんて言いながらドフィの言葉は素直に嬉しかった。
いい弟たちを持ったなあ、と心から思った。
いい父と母にも恵まれていたと思う。考えなしの甘ちゃんだったけれど。
……ああそうだ、父上は。父上はどうしたんだろう。
(……いや、このドフィのことだから)
ーー生きてはいないだろう。
だってこんな世界に来ることになった元凶なのだ、とドフィは思っただろうから。
私は何も知らないふりをしていよう。居なかった。だから知らない。
その方がきっと幸せだ。私も、ドフィも、ロシーも。
(…エゴだなあ。クロコダイルさんのこと言えないなあ)
目の前で肉を詰まらせて転げ回るロシーを見て、ドフィと目を合わせて笑いあった。