テーブルに突っ伏してぐーすか眠る姉を、心から愛しいと思った。
ドンキホーテファミリーに潜入することを決め、何か気に入らないことでもあったのか町を破壊していた兄、ドフラミンゴに接触した。
ドフラミンゴは案外あっさり自分を受け入れ、ドンキホーテファミリーに入るよう言ってきた。
それに頷きここに来てみれば、幹部という立場を与えられる始末。トントン拍子で逆にこっちが疑ってしまう。
だからおれは眉間にシワを寄せて、一体これはドフラミンゴの真意か作戦か探っていたのだ。
だがそんなとき、後ろからかけられた優しく柔らかい声に振り向けば、そこには母上ーーに、よく似た女性がいた。
目に涙を溜めて自分をぎゅうぎゅう抱き締めてくるその女性に初めは戸惑ったものの、すぐに気付いた。
ーー姉だ。
姉上、と声に出しそうになるのを必死に耐えて、泣きながら抱き締め返した。
姉上の服が濡れても、おれの服が濡れても、お互いに手を離さず抱き合っていた。
…姉上が生きていた。それだけでもうおれは飛び上がりそうなほど嬉しくて、でも同時に悲しくて。
どうして姉上がこんなところにいるのだろう。もしかして姉上も人への怒りにとりつかれてしまったのか?
そんなことを考えて、姉を疑った。
(ーーおれは、バカだ!!)
姉はそんな人間じゃない。やはり姉は父上と母上の子供だ。あのときの、優しい姉上のままだった。
あんな目に遭ったってのに、おれたちを助けられなかったと泣いて詫びる姿に、どうしようもなく胸が締め付けられる。どうして姉上はそんなに強く、弱いのか。
「……弱いだろう? 相変わらず…」
ドフラミンゴがワイングラスの中のワインを飲み干して、ぽつりと呟いた。
その表情はいつものゾッとするような笑顔ではなく、考え込むような真顔。
ロシナンテとしてはその顔の方が気持ち的に楽なので、すぐに返事ができた。
どういう意味だ、というように首をかしげる。
「コイツは昔っからそうさ…他人はどんな手を使ってでも守るのに、自分のことを守るのは下手くそすぎる」
「………」
「…いつか、壊れるだろうな」
守りを捨てた獣のように猪突猛進。当たって砕けろの精神。その一種の“強さ”は尊敬するが、時に当たった場合砕けるのは姉の心になるだろう。
他のファミリーたちが居なくなって姉弟だけ、静かな部屋に、ドフラミンゴの椅子が軋む音が響く。
ドフラミンゴは寝ている姉の顔にかかった髪を耳にかけてやり、露になった白い顔…その額に、そっとキスをした。
恐ろしくなるくらい、優しいキス。
「ーーおれは、それが見てェ」
『兄上?』
「フフ…姉上が壊れんのはいつか…まァ大方、家族がひどく傷つけられたり居なくなったりーー死んだりしたら、だろうが…そりゃァねェな。何せおれがロシナンテ…コラソンを守っている」
「…………」
「……フフ、つまらねェことを言ったな」
お前も寝ろ、と優しく言われて、ハッと現実に戻った気がする。
ドフラミンゴの深すぎる愛を、見てしまった気がした。とても歪で、ドロドロに溶けていて、まるでドフラミンゴの能力のように絡み付いて離れない愛。
姉上への執着心と、姉上の強いが脆い心を壊してみたいと思うそれは、あまりに危険。
やはり姉上はここにいるべきじゃない。姉上は、ドフラミンゴといるべきじゃない。
姉上を抱き上げて、部屋に運ぼうとしているドフラミンゴの背中を見る。
…さっきのは抑えきれない感情が、酒に酔って出てきたんだろう。だが、ドフラミンゴは酒に酔っていなくとも感情を抑えるのが苦手なやつだ。
もし何かがきっかけで、塞き止めていたものが消えてしまったら。
(言うべきだろう。姉上には、おれの正体を)
姉上はきっとドフラミンゴに言ったりなんかしない。おれのしていることの否定もしないだろう。
だっておれに自由を教えてくれたのは、姉上なんだから。
姉上が今何でも屋をしていると聞いたときは驚いたけど、姉上らしいと思った。
姉上も、「ロシーらしい」と笑ってくれるだろうか。
“ーーー逃げて!!!”
もう姉上にあんな声を出させたくない。
あんな声、聞きたくない。
おれは、強くなったんだ。