1.泣け
痛いって、なんだっけ。
悲しいって、なんだっけ。
お腹すいたって、どういう感覚なんだっけ。
死ぬって、…つらいんだっけ。
12にしてこの世の地獄を見せられた。どれだけ自分たちが今まで身分というものに守られていたかを知った。家族を迫害された。時に貞操の危機に陥ることもあった。
人間の結束力とは怖いもので、ひとりだとできないこともたくさんいればできるようになる。それは人間のいちばんの強みで、いちばんの狂気。
怖かった。毎日死と隣り合わせで、死神と友達になれちゃいそうだった。
つらかった。弟たちが傷だらけで帰ってくるのを見ることも、死にゆく母から逃げることも。
痛かった。だって手に釘を打たれたんだもの。だって矢がお腹を貫いたんだもの。だって片腕を自分で切ったんだもの。
死んじゃいたかった。…死んじゃいたかった。
そうしたら何もない。責任も、迫害も、恐怖もない。お腹も空かないし、それにほら…母上にも会えるかもしれない。
「ーーー死にたかった……」
今日の私は涙脆い。
私のベッドに座って、優しく涙を拭ってくれる弟。悪のカリスマだとか天夜叉とか呼ばれてるのに、その顔はとても哀しそうだった。
ごめんね。ごめん。
「……だって痛かったの」
「あァ……」
「お腹だって空いてたし」
「あァ」
「…こわ、かったし……ッ」
「あァ」
「……もう、死んじゃいたかった」
ドフィのスーツを力いっぱい握って嗚咽を閉じ込めようとしたけれど、涙は溢れて止まらなかった。
弱くちゃダメなのに。強い姉上でいないと、私が姉上でいる意味がないのに。
…なのにどうして、こんなに声が震えるの?
誰かに抱き締めてほしい。背中を撫でてほしい。頑張ったねって言ってーー殺してほしかった。
いや、迫害の中ででもよかった。
とにかく心が壊れてしまいそうにならないギリギリで、死んじゃいたかったのに。
誰にも悲しみなんて吐き出す必要ないって、思ってたのに。
「…っ、う……!」
「…泣け」
「っ、ど、ふぃ……」
「…泣け、姉上。…アンタは、もう頑張った」
ぐいと抱き寄せられて、背中を撫でられた。
ああもう、どうしてしてほしいって思ったことを、すぐにドフィがしてくれちゃうの。
「…ドフィ……っ、ドフィ…!!」
「………」
「痛かったよ…! 怖かった…!! つらかったよ…!! ドフィ、ドフィ…っ!!!」
「あァ、…そうだな」
「…っう、……うあああああああああッ……!!」
痛かったよ。怖かったよ。つらかったよ。
でもそんな中で、家族は何より尊かった。
バカだ。あのとき私、神様にお願いしたのに。「彼らが私なんか忘れて幸せになれるように」って。
なのにいちばん執着してたの、私じゃない。
ドフィの首に腕を回して泣いた。ドフィはぽんぽんと私の背中を叩いてくれた。
眠いだろうに。姉の弱さなんて、聞きたくないだろうに。
“おいで、ロレンソ”
懐かしい母上の声が、聞こえた気がした。
あのときの、最後の母と触れあう機会。私が最低な行動をとった、あのとき。
あのとき私が私の弱い部分を母に見せたから、ああなった。私が我慢すれば、ああはならなかった。
あれから母上のことに関しては後悔しかしていない。
だから私は、人に弱い部分を見せることが苦手だ。相手だって迷惑だろうし。
「……落ち着いた。ありがとう、ドフィ」
「もういいのか」
「うん。……やだ、ドフィのスーツ汚れちゃった!?」
「あ? 構いやしねェさ。いくらでもある」
「ええ…いいの? 高そうなのに」
あーあ。ロシナンテのこと言えないわ。トレーボルに劣らないベタベタ。本当に申し訳ない。
ごめんすぐ代わりのスーツでも仕立てる、と言おうとしたが「構わねェ」の一言で黙らされた。
うーん若様、つよい。
「べつに良いさ。…姉上が今度は1週間、ここに居るんだからなァ?」
「ひぇっ……アッハイ……」
とても嬉しそうに笑ったドフィは、私に掛け布団をかけてから「おやすみ」と囁くと、部屋から出ていった。
そのイケメンにポーッとしながらも、さて明日はどんな依頼がくるだろう、と考えつつ眠りについた。