隣で命乞いをしていた男の頭が撃ち抜かれて、おれはあわてて路地裏へ逃げた。
この町はもう終わりだ。そう告げるように大きな炎が町を包み、飛び散った臓物や血が地面を見えなくする。
珀鉛病。それは恐ろしい“感染症”として周りの国々に伝わり、フレバンスは隔離された。
原因はこの町を「白い町」と言わしめていた珀鉛という鉱物。それはなんと毒で、自分達は金のために珀鉛を掘らされ、そのせいで死んでいけと言うのだ。
あらりにも残酷で、受け入れがたい現実。
けれど友人やシスター、家族の死を見たあとではもう何もかも、受け入れるしかないと悟った。
発砲音があちらこちらで響く。助けてくれと喚く声が消されていく。
生き残りは、と仲間に確認する他国の兵。その声に、どうしようもなくゾッとした。
おれたちを人として見ていない声。駆除の対象としてしかおれたちを見ていないその声は、自国に帰れば優しいものに変わるんだろう。
その人間の二面性というものがとてつもなく怖くて、震えた。
おれたちが死んでいって、喜ぶ人がいる。
おれたちが駆除されて、安心する奴等がいる。
おれたちが消えることで、ほくそ笑むところがある。
それが何より悔しくて、生きている意味も価値もないと言われているようで、腹立たしかった。
復讐したい。
おれの仲間を、家族を殺して安心した奴等をぶち殺したい。
ぶち殺して、笑ってやりたい。
お前らの命の価値だってこんなものなんだ、と。
「…っ!? おい貴様、何者だ!!」
「止まれ! 止まらないと撃つ…ぐっ!?」
突然、兵たちの慌てたような声がして、建物の間から覗き見る。
するとそこに、明らかに兵ではないーーしかもこの国の人間でもない女が、兵をなぎ倒してそこに立っていた。
先程まで人を撃ちまくっていた兵は倒され、気絶している。
…な、なんだ、あいつ。
パチリ。目が合ってしまって慌てる。
やべえ、どうしよう。
「…あ!!」
「!?」
女は目を輝かせておれを見ると、すごい勢いでこちらへ来てーーおれを抱き締めた。
突然の謎の行動に、俺はなにもできなかった。
生きてたよかった!! と意味のわからないことを言って抱き締めてくる、こいつは誰だ?
その声に何だか聞き覚えがあるような気がして、首を捻った。
こんなおかしな知り合い、いた覚えはない。
「ローくんだよね? そうだよね? トラファルガー・ローくん」
「…あ、……っ、だ、誰だよ」
「ハァ、…何でも屋です! 覚えてないかも知れないけど!」
何でも屋。その名前が引っかかった。
昔どこかで聞いた気がする。何でも屋です。……何でも屋です、か。
ハッと記憶が呼び覚まされて、思い出す。
メスだ。メスを修理してくれた女。
幼い頃の記憶だから曖昧だけど、変な女だったから覚えていた。
それが、どうしてここに。
「な、…なんでいるんだよ!?」
「フレバンスが滅亡寸前だって聞いて、ハァ、飛んできたの…っ、他の人は?」
「…分からねェよ! 父様も母様も、妹も死んだ!!」
「っ!!」
何でも屋と名乗る女はそれを聞いて、うんと悲しそうな顔をする。
何でだ。何で関係無いお前がそんな悲しそうな顔してんだよ。意味わかんねェよ、と泣きそうになった。
それからものすごい力で抱き締められて、「つらかったね」なんて。
「バッ…近寄んな!!」
「え…?」
「珀鉛病は感染症だって思ってんだろ!? なら近付くなよ!!」
知識不足のバカが、そう言っているだけなのに。それを鵜呑みにしたやつらのせいで、こうなっている。
珀鉛病は感染症じゃない、中毒だ、と他国の医者に訴えかけ続けていた父様。それを無視し、殺した政府。
政府は確実にこの国を地図から消す気だ。語り継がれるだけの、おとぎの国にしちまうつもりだ。
おとぎの国じゃなくていい。幻想的じゃなくたって、そんなに裕福じゃなくたっていい。
望まれて生きたかった。家族と生きたかった。
どうしてそれが、許されない? おれたちはただ、生きたいだけなのに。
「ーー珀鉛病は感染症じゃないよ。知ってる。…知ってるよ」
優しい掌と共に、そんな声が降ってきておれは反射的に顔を上げた。苦しそうな笑顔がおれを見つめている。
ぽかん、と口を開けたまま見つめていると、まっすぐな目で見つめ返されて、戸惑ってしまう。
「なん、で……」
「…ちょっと、ね。けど、珀鉛病は中毒だって知ってるから、私はきみから離れない」
理解してる人がここにいるよ、と微笑まれて、困る。
どんな反応をしたらいい? だっておれは今、絶望と歓喜…両方に呑まれている。
はは、と乾いた笑いが口をついて出た。なんだ。…なんだ。
「わかってくれてるやつが、いたのか」
それだけで少し、救われた気がした。
……けど、世界はそんなに甘くない。
「居たぞ!!」
「ーー…っ!」
嫌な発砲音と共に、女の胸から血が噴き出した。
目の前に舞う血に後ずさりしてしまったが、すぐに何が起きたか理解して血の気が引く。おれといたせいで、この女が、撃たれた。
やっぱりおれは、生きていない方が…。
「逃げて、ロー!!!」
「…っあ、」
「なにボーッとしてんの、生き延びろ!!」
「で、でも」
血が噴き出ているのに立ち上がり、次々と兵をなぎ倒す女の強さに驚いた。
女はキッと自分を睨み、叫ぶ。
「いいから、生きなさいって言ってんの!!! ばか!!」
まるで、悲鳴のような声だった。
その声に押されるように足が動き、地面を蹴る。
後ろからおれを狙って撃つ音が聞こえたが、そのあとすぐに女が兵を殴る音もした。
なんなんだ、あの女。どうしておれを助けてくれたんだ?
白い悪魔。ホワイトモンスター。…ああ、なんてひどい言葉だろうか。
庇ってくれた女のせいで死ぬに死ねなくなったおれ。
なのに、生きててほしいひとは居ない。どこにも。
世界は、おれに優しくない。